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7人の魔女と3人の魔王  作者: 田野中 小春
第1章 覇王の惨死
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EP1:暁の逃亡者

「んんぅ~ 今日も良い天気だ。さぁ! 今日も一日頑張って働くか!!」


 午前5時、日の出前の誰も居ない町で喫茶店『ファミリア』の庭をギャルソン姿の平々凡々な風貌の黒髪の少年メシア=ランドルトが背伸びをしながら独り言を呟く。

 この時間は近所の住民すら起きていない。朝の静けさと涼しさが心地よいためメシアは夜明け頃に起きるのを日課にしており、無音の町を独占しているという優越感が彼にとって愉悦になっている。


「ハァッハァッハァ…」

 庭を掃除しようとすると、静寂をかき消すように少女が息を切らせて走ってくる。いつもと違う状況にメシアは少女を凝視してしまう。

 少女は誰が見てもランニングしているようには見えない。

 一つの理由は顔まで隠れるようなボロボロの薄汚いマントを羽織っているということ、二つ目はその姿が必死に恐ろしいものから逃げているように見えたからだ。


「ちょい待ち」

 少女の腕をガッと掴む。少女はビクッと肩を震わせ驚いたようにメシアに振り向く。その瞳はまるでこの世の終わりでも味わっているようだ。


「な! あ…」

「ん」

 見知らぬ少女に親指で「店に入れ」と指示する。

(余計なお世話かもしれないが見逃したら今日一日気分が悪い。偽善だが、家に匿うくらいどうということもないだろう。)


 軽い気持ちだった。だが、彼はその善意がのちに『浅はかだった』と後悔したくなることになるとは夢にも思わなかった。


「おい! 貴様! ここで何をやっている!!」

「はい?」

 少女が店に入ったことを確認した後にやってきたのは二人組みの厳つい兵士であった。こんな早朝に兵士が街中を走る理由など普通は思いつかない。


「私は店の前を掃除しようと思っていただけですが、何か用ですか? 」

「掃除だと? なぜこんな朝から掃除をしている?」

 この辺りは所謂いわゆる避暑地なので比較的に金持ちが多い、そのため午前5時(こんな時間)に掃除をする人間は極めて珍しい。

 実際、メシアの喫茶店のはす向かいのジョンソン家の灯がつくのは大体6時頃であり、早朝ジョギングしている人たちも6時くらいから増えてくる。


「うちの店は自分を含めてたった二人なので朝から仕込みと掃除をしないとお客さんに迷惑をかけてしまうのですよ。開店は7時からなのですが、一杯どうですか? コーヒーくらいなら今すぐに用意できますよ?」

「我々は遊んでいるわけではない!」

 それはそうだろう。朝帰りのゴロツキならまだしも兵士が制服を着て朝からうろうろするなんて奇妙奇天烈である。そんなことはメシアにだって分かっていたが名も知らぬ少女のために時間を稼いでいた。自分が損をしない程度で。


「この辺りに第一級指名手配犯が逃げたのだ。我々はそれを追っている。ボロボロのマントを着たこんな輩がこの辺りを通ったはずだ。見ていないか?」

 兵士から写真を渡されて少々驚く。写真に写っていたのは予想通り先ほどのマントの少女。第一級指名手配犯という言葉に疑問を感じながらメシアは二人の兵士に質問する。


「さぁ? ここら辺は少なくとも6時までは自分以外居ないので人がくればすぐに分かると思いますが……ところでこのひとは何をしたんですか」


「貴様が知る必要はない。おい行くぞ! 急がないとゴルルコビッチきょうが逃げてしまうぞ!」

「了解!」


 二人の兵士たちが走り去り騒々しい朝が終わったと思い一安心していたが、

(ゴルルコビッチキョウ……? それがあの女の名前か……けど第一級指名手配犯? 軽犯罪程度と思ったけど……もしかして、とんでもないことに首を突っ込んでしまった?)

 まさかの事態に少し肩を落として、今後は思慮深く生きていこうと反省する。 



 カランカラン

 来店用のチャイムが店内に響く。


(……今日は嫌な予感がするし休業にしようかな? どうせそんなに客来ないし)


 喫茶店『ファミリア』はブルジュワが住む街『ヘヴンヘイズ』にしては珍しくリーズナブルな価格でコーヒーや紅茶、そしてお茶菓子を提供する店であり、客層は常連客ばかりで基本的に閑古鳥が鳴いている。

 そのため店長であるメシアを含め店員2人を養うくらいの利益しか出ていない。


 ゴルルコビッチキョウ(仮)の姿を探し店の中を軽く見渡すが彼女は居ない。

 テーブルの下は何の違和感もないようだ。ならカウンターの裏側に? ……と思うがそこにも誰も居ない。

 倉庫の扉がかすかに開いていることに気付き、 ギィ~という音と共に扉を開ける。けれども気配は全くない。

 電気をつけてみると、手で口元を抑えて息を必死に殺し、目に涙を溜まらせて少女は座っていた。


「大丈夫ですよ? そんなに怖がらなくても」

「…………」

 数秒後に本当に大丈夫だと理解したのか、ゆっくりと呼吸しだす。


「ハァ……ハァ……匿って頂き有難う御座いました。ではこれ以上迷惑は掛けられませんので失礼します。もしもここに私が入ったことがバレた時は勝手に侵入した、それか脅されたと言って下さい。きっとそれで彼らは信じてくれますから」

「ちょ! ちょっと待ってください!!」

 儀礼的に感謝の意を表明し、メシアのことを心配しながら喫茶店を出ようとした少女をメシアは静止させる。


「なんですか? ……まさかと思いますけどこの私に『ぐへへ~ お嬢ちゃん。謝礼は言葉ことばじゃなくて身体からだで払ってもらおうか♪』とか言うつもりですか。こう見えても股は緩くないですよ」

「いやいやいや、そんなつもりじゃないです!!」

 可愛らしい声で可愛くない事を発言する少女に驚きながら手と顔をブンブンと横に振って彼女の考えを否定する。


「…………? では何故に?」

「いや……ただ疲れてそうかなと思って……」

 少女の発言がさっきまで恐怖していた人間のモノとは思えず呆れながら答える。正直、ここで見送れば良かったと軽く後悔していた。


「あぁ、そういうことですか。ごめんなさい、疑ったりして。昔から友人に『男の厚意には裏があるから注意しろ、お前は疑うことを知れ』と言われているので」

 少女はカウンターに座るが、マントから顔も出さずに緊張を抱いていた。彼女の緊張を違和感丸出しのその姿勢で理解できたメシアは自分の選択が正しかったのだと再認識してコーヒーをカップに注ぐ。


「……」

 カップに注がれたコーヒーをじっと観察したまま数秒が経った。何故かと考 え一つの可能性に気付く。そう、彼女はカップに毒が盛られている可能性を気にしているのだと。ゆえにメシアはカップを持ってコーヒーに口を付けた。『これには毒なんて入ってない』と伝えるために。


「……? 何しているんですか? 間接キス?」

「え!? ……いや毒を盛られたと思っていたんじゃないんですか?」

 彼女が予想外のことを言ってきたため素っ頓狂な声を出してしまうが、

取り繕って言い訳、もとい自分を弁護する。


「なるほど、その可能性は考えていませんでした。自慢ではありませんが、カップ一杯程度の毒では死にません」

 どんな体だ、と疑問になりながらもメシアは棚から新しいカップを取り出して改めてコーヒーを注ぐ。


「毒のことは置いておいて、じゃあなんで飲まなかったんですか?」

「なんでって…この良い香りがする黒い液体は何かと思いまして……改め

て質問します。それは何ですか?」


「何って……コーヒーですよ? 飲んだこと無いんですか?」

「コーヒー……へぇ~ これがあの帝都でも噂の……ゴクリ」


 生唾を飲んでマントの中の目を輝かせてコーヒーを新しいオモチャを見る子供のようにウットリとする。

「帝都では売ってないんですか? 大変人気だと聞きましたが?」


 この喫茶店でコーヒーを取り扱うようになったのも帝都で人気だと聞いていたからである。実際、そのネームバリューのおかげか最初は飛ぶように売れた。今はそのブームは完全に消えて元々から親しまれている紅茶よりも売れなくなってきている。


「帝都は貴族ばかりなので物価が基本的に高いんですよ。知ってますか? 『レストラン』という食事処じゃ20ドルで出さないと食事ができないんです。ボッタクリです! ちなみにくだんのコーヒーは3ドルもするんです。たかが飲み物に3ドルも払えませんよ」

 やれやれだ、と言わんばかりに手を上げて首を横に振った。


(3ドル……ウチのコーヒーは50セントで提供しているから値段は6倍……この街も富裕層ふゆうそうが多いが貴族との格差を改めて痛感する)

「では、冷めない内に頂きますね」


 ふ~ふ~と息を吹きかけて火傷しないように適度に冷まして味わいながら飲む、ブラックのままで。

「…………苦い……こんな物を3ドルで売ってるんですか? なんて酔狂な……」

「いや、砂糖とミルクを入れるんですよ。普通は」

「砂糖? ふむふむ、なるほど紅茶と同じなんですね」

 飲み残したコーヒーに大量の角砂糖とコーヒーの2/3程度のミルクをカップの中に放り込む。余程苦かったようだ。

 そして臆病に飲む。やはり彼女にとってブラックはかなり苦痛だったようだ。


「……コーヒーは香りを楽しむもの。断言します」

 砂糖とミルクをたんまり入れてもお気に召さなかったようだ。


「じゃあ、口直しにケーキでもどうですか? 何か好みなのは?」

「ケーキ!? ケーキをご馳走してくれるのですか!! 素晴らしいですね!! 何がありますか!?」

 目を爛々に輝かせて『ケーキ』の単語に食いついた。


「えぇっと、ストロベリーショートケーキにザッハトルテ、ミルフィーユにレアチーズケーキ、それからフランポワーズ……」

「フランポワーズ!! それをください!! 私、フランポワーズ大好きなんですよ!!」

 狂喜している少女にメニューを伝え、ご要望通りに冷蔵庫からフランポワーズを用意する。

「ほはぁ~♪ フランポワーズ……いただきます! ハムハム、うぅん~最高♪」

 少女は特徴的な甘酸っぱさの紅いケーキを頬張って幸せそうな声を出して喜んだ。



「んぅ~? おはよぅ」

「おはよう、リータ」

 階段から目をこすりながら二人の前にやって来たパジャマを着た6歳くらいの女の子にメシアはコーヒーを飲みながら朝の挨拶をする。


「妹さんですか?」

「いやあの子は…」

「……誰? お客さ……!!!?」


 リータは少女の存在を確認した瞬間に目を大きく開けて階段の陰に隠れる。しかし、すでに遅かった。

「猫耳? ということは亜人あじん?」


「!!!!」


 大きな猫耳を手で隠そうとするが全く隠れていない、そんなことを知ってかしらずかリータは階段を駆け上がり二階に逃げてしまう。

「その通り、あの子は獣人。名前はマルガリータ=ランドルト。愛称はリータ。3年くらい前に山で死にかけてるところを助けて以来、大切な家族としてここで暮らしているのですよ」


「……亜人と?」

「亜人と」

 亜人種、それは人間と同じような姿をしているが人間以上の潜在能力を持っている種族のことである。亜人種は獣人だけでなく、様々な種族が存在しているのだが、現在生物界の頂点に君臨している人間には『化物』等と気持ち悪がられ差別や迫害の対象になっている。


 それはメシアが住むローアシュタイン帝国も例外で無い、それどころかローアシュタイン帝国の人間は9割以上が亜人種差別主義者、一部の人間に至っては亜人種を奴隷として調教している者までいる。

 そのため、メシアのように家族として扱う人間は少数派というレベルではなく異端であった。


「変わってますね」

「変わってる? いいえ、正しいモノの見方をしているだけです」

「正しい?」


 メシアの自分を肯定している発言に少女は当然疑問を抱く。

 通常の価値観であればメシアがやっていることは間違っていると後ろ指を差されるほど『悪』に染まっている行為に思えた。


「亜人種というだけで差別をするなんて思考停止の人間こそが変わっているのです。彼らが人間に何をしたというのですか? そのような事件も歴史的事実も存在しない。なのに差別主義者の連中は畜生ちくしょうか何かのように扱う。反吐へどが出るほど不愉快です」


 メシアの目には怒りがにじみ出ていた。彼の発言通り亜人が何かしたという事件は存在しない。

 しかし、誰かが「気持ち悪い」と思い、それが国民全体に感染してしまった。それが現代では差別するのが当然、むしろ普通という常識が一般となってしまっている。


「やっぱりあなたは変わってますね。良い意味で」

「良い意味で変わってる? それって褒めているんですか?」

「もちろん褒めていますよ? 賞賛しょうさん絶賛ぜっさんしています。……そういえばお名前を伺っていませんでしたね?」


「名前はメシア=ランドルト、姉に貰った大事な名前です。あなたは……ゴルルコビッチキョウさんでしたっけ?」


「ゴルルコビッチ? その呼び方は嫌いなのでやめて下さい。私の本名はセレスティーナ=R=ゴルルコビッチ、セレナとでも呼んで下さい」


 ゴルルコビッチことセレナが自己紹介をしてボロボロのマントから顔を出した。


「……その尖った耳……あなたってもしかして」


 栗色の髪の毛に隠れていた人間にしては尖っているその耳を見てメシアはある結論に達する。


「えぇ……エルフ、亜人種です」

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