トワの大いなる学習帳:「飛行機」
「前から気になってたんだけどさ」
いつものように夢の世界に行くと、いつものように少女が待っていた。俺は少女が質問をするより早く自分の疑問をぶつける。
「なんでお前浮いてんの?」
どういう仕組みなのかは分からないが、少女は常に床から10cm程浮き上がっていた。ファンのような音がするわけでもなく、魔術的な、あるいはファンタジックなオーラや粒子を身に纏っているわけでもない。ただ、よくよく少女の背後に目をこらすと菱形の薄いガラスの板のようなものが六枚ほど少女を取り巻くように浮かんで見える時があった。
「何故、浮いてない」と少女が俺を指して言った。
「いや、普通浮かないんだよ人は。飛行機を使ってやっと空を掴んだんだよ人は」
俺は肩を竦めて嘆息した。彼女の常識破りには何度ぶつかっても慣れない。
「飛行機とは何?」
少女が首をかしげて質問した。本当によく質問する子だ。これだけ質問に質問を重ねた生活をしているなら、いっそそれを商売として生計を立てれば良いんじゃなかろうか。質問業だ。世の中には自分のことを質問して欲しい人間はごまんといる。皆自分が一人だという思いに縛られて寂しく生きているんだ。そういった人間たちに生まれたその日の天気から今まで食ったパンの枚数まで懇切丁寧に質問し尽くして、ひと財産築いたら良い。俺はその稼ぎで壊れたブルーレイディスクプレイヤーを買い直すから。
「飛行機、何?」
俺がベンチャーな展望に思いを馳せていると、業を煮やしたのか少女がもう一度催促してきた。
「飛行機は、まぁ乗り物だな。空を飛ぶ乗り物だ」
「乗り物?」
「人が効率良く移動するために作った機械のことだよ。この前自転車見せただろ?あれもそうだな」
「アレが、空を飛ぶ・・・」と少女は遠い目をして天井を見上げた。大きな誤解から少女が宇宙人を乗せて月を背景に飛び立ってしまわないように、俺は即座にイメージの軌道修正を図る。
「形は全然違うものだよ。大きさも全然違う。一人乗りのものから、何百人も乗れるものまであるんだ」
何百人・・・!と少女は目を見開いて驚いた。
「人は、そんなにいるのか・・・」
「そこかよ」
「しかし」と少女は顎に手をやって考える。
「何故飛べないのに飛ぶ?」
「趣味で飛んでる人もいるだろうけど、大抵の人は都合上仕方なく飛んでるんじゃないかな」
仕事の都合かもしれない。家族の都合かもしれない。どちらにしろ大抵の人は墜落という可能性を孕んだ機械の塊にすすんで身を預けたいと思っているわけではない。飛行機に乗らざるを得ないだけなのだ。
「仕方なく」
少女は変な顔をした。いや、変というより、心底不思議そうな顔をした。そして確認のため指を折りながら、自分の考えを順に話し始めた。
「人は飛べない。でも飛ぶ。でも仕方なく飛ぶ。飛びたくないけど、飛ぶ。何故、飛ぶ?いや、何故、飛んだ?」
俺は決まりが悪そうに頭を掻いた。何だか神様か何かに説教されているみたいな気分になった。畢竟するに彼女の質問は、何かをするには意欲が必要なんだから、空を飛んだのも初めは人が空を飛びたかったからじゃないのか?という意図のものだろう。確かにそうかもしれない。人間も昔は空を飛びたくて飛びたくて仕方なかった。たぶん空が今よりずっと広かったからだろう。だからうっかり勘違いしてしまったんだ。あそこに行けば何かを得られると。
「そうだな。なんで飛び続けてんだろうな」
今日学んだこと
飛行機・・・空を飛ぶ自転車のようなもの。
・仕方なく人が作った。
・速い。
・浮力を生みだすためのエネルギー源がペダルを回すことによって生み出されていると仮定すると、人間の底力には畏怖せざるを得ない。