大好き⇄大嫌い
「死ね」
「………え?」
彼女に言われた言葉を信じられず、ただ呆然としてしまった。
・・・
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彼女は昔から全く話さない子だった。
見た目は可愛いし、勉強もできる。運動だって得意。
なのに、顔はいつも不機嫌で、自分から行動しようとしない。
俺はそんな彼女の世話をずっとしてきた。彼女の家の隣に住み、長い付き合いだからだ。
朝食と弁当を作りに行き、洗濯物を干し、衣類を洗濯し、食器を洗い、着替えるように頼み込み、その間に掃除して、着替え終わった彼女の髪を整え、買い物をし、彼女の相手をしながら夕飯作り、風呂を沸かして入らせる。
まあ、男として最低限の節度を保ちながら彼女の世話をしてきたわけだが、別に苦になってたわけじゃない。自分から進んでやってる部分もある。
そんなわけで、今日、この日に、彼女に言われた言葉がどうにも衝撃的で、俺の心はミシミシと悲鳴を上げていた。
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「…な、何で」
「昔から嫌いだった。ご飯は不味いしキモイしいつもやってくる世話が迷惑だった。もうあんたの隣には居たくないの。だから言うね。あんたの事は大大大っっっっっっっっっっっっっっ嫌い!」
「………」
…たしかに、世話は自己満足だった。料理だって下手の横好きみたいなもんだし、世話の内容だってどんな理由を並べようとも“変態”と言われたら言い逃れできない物もある。中学生ぐらいまでは風呂で背中とか頭とかも洗ってやってたし、世間体としては悪いとこもあるだろう。
…でも、
「…そんな言い方無いだろ!?俺は良かれと思ってやってきたのに!…そんな、今更になって言うなよ!」
「………」
彼女は、ただ強く睨みつける。
まるで何かを我慢するような目。
わからない。
彼女が何を考えてこんなこと言ったのか。
気持ちを吐き出してなお、何故我慢するような目をしてるのか。
ただ、今わかることは、
…俺の心は限界を迎えていた。
「っ!」
「…めん……い」
俺は気付いたら走り出した。
彼女が何かを言ってたような気がするが、俺の耳にはもう届かなかった。
・・・
・・
・
「…ずっと、あんな風に思われてたのかな」
自室のベッドでただ呆然と天井を見つめていた。頭の中はグルグル回っていて、いつまでも彼女に言われた事を考えていた。
「…くそっ」
心を落ち着かせるために適当な小説を読むが全く頭に入ってこない。
彼女に言われた言葉が俺の頭でリフレインされ続ける。
しょうがなく何かをしようと考えて時計を見ると昼の12時を過ぎた頃だった。
「あ、あいつの昼食作ってやってねえ」
習慣とは恐ろしいもので、俺の体は勝手に隣の家へと向かう。疑問も何も無かったため、玄関でやっとか嫌われてる事を思い出す。
「…何をやってんだ、俺は」
ここにいちゃまずい。そう思って俺は近くの公園へと足を向けた。
・・・
・・
・
「…はぁ」
懐かしい。
中学に上がってからは全く来なくなった公園。昔はよくここで彼女と遊んだものだ。
「…あのジャングルジム。あいつが落っこちて泣いてたっけ。
滑り台は懐かしいな。なぜか滑り過ぎて正面の木と衝突時したたよな、あいつ。その後木からクモとか木の枝とかサッカーボールとかいろいろ落ちて大変だった。
砂場はたしか異常な造形スキルで1m以上もあるでっけえ砂の城を作ってたしな。
ブランコも大ジャンプの後の奇跡の10回転をして周りの人たちから賞賛を…何を思い出してんだ俺は!」
何故か記憶にはあいつとの思い出だけが埋め尽くされていて、一つ記憶を探る度に彼女の顔を思い出…忘れろ俺え!?
「あいつは俺を嫌いだって言ったんだぞ?なのに何で俺はまだあいつの事を考えてるんだ?どんだけあいつに未練たらたらなんだよ俺は」
思考する。彼女の事を考える。
記憶を引き出す。彼女の事が浮かび上がる。
周りを見る。彼女との思い出で埋まる。
ぐちゃぐちゃする頭の中で、俺は変に彼女の事を意識してる事に気付く。
「…何で、あいつの事だけで俺の頭はいっぱいなんだ?」
朝の出来事から夜の出来事まで、全部あいつとの記憶で埋まってる。
「…はは、何だよこれ。こ、これって俺が、あいつの事を…」
ーー好き、だと思ってるようじゃないか。
「…ダメだろ」
ーーあいつに嫌いと言われたばっかなのに。
「今更気付いても」
ーー世話が迷惑だと言われたのに。
「遅いだろうが…」
ーー嫌われてる事に気付いて、やっとか自分の気持ちにも気付くなんて。
「…はぁーーーーー」
何か恥ずかしくなってきた。
「…どうしよ」
これからの事を考えて、ベンチに寝転がってるうちに俺の意識は闇へと運ばれた。
・・・
・・
・
何だろう?何か柔らかいものの上に頭が乗ってる。
柔らかくて、甘い匂いがして、何だか、気持ちいい。
「…ん?」
そこまで考えて気付いた。
おかしい。俺はベンチで寝てしまったはず。
公園にこんな柔らかい甘い匂いのするものなんて無いはずだ。
何だろうと思い、恐る恐る目を開けた俺の目に映ったのは、
「っ!?」
「起きた?」
彼女の顔。
「な、なん…で?」
「………」
おもむろに彼女は自分の携帯を出す。
「零、零、コロン、一、二…00:12!?何!?もう日が変わったのか!?」
「…はぁ」
彼女は何故かため息を吐く。
…意味がわからない。
「…日にち」
「ん?…4月2日?それがどうした?」
そういえば4月入ったのか。俺はいちいち日にちを確認しない人なので、教えられなきゃ今日が何日かわからないのだ。
だが、この日にちに何か意味があるとは思えない。誰かの誕生日か?だが、全く身に覚えがない。
「…昨日は」
昨日?お前が俺に嫌い宣言をした昨日?
「ええーと、4月……1日?」
たしか、この日って、
「エイプリルフール」
「ああ!」
そうだ!エイプリルフールだよ!
「………で?」
それがどうしたにだろう?
「まだ気付かないの?」
まだとは何だまだとは。
「昨日、私が言った事は全部嘘」
「…what?」
何と?
「というか、あべこべ」
あべこべ?逆とかそういう事?
…じゃあ、昨日こいつが言った事って…
「hでgっbgdmhっkjっgふぇfjsfblw!?!?」
「日本語求む」
え!?だってこいつ昨日は俺に死ねとかいろいろ言って、それが全部あべこべって事は…
「……ばっ!?お、おま!?そういうのはちゃんと普通に言え!」
「…普通に言えたら、もうずっとずっと前から言ってた」
顔を真っ赤にしながら、こいつは言った。
「だ、だからって!」
「…返事」
「…今何と?」
「返事」
「ワンモア」
「…返事!」
返事って言うと…
「え、ええぇえぇぇええ!?い、今!?」
「今!」
か、顔近い!
「………」
こいつはずっと俺の顔を見続ける。
ど、どうすれば!?
俺は辺りを見回し、誰もいない事に気付いた。
そもそも、俺は答えが決まっている。なのに何故こんなにあたふたするのか?
…全部こいつの遠回しな言い方のせいだ。
そう思うと、妙なイタズラ心が出た。
だから、俺は、
彼女の唇を奪った。
「!?!?!?!?!?!?!?」
彼女も流石に予想外だったそうで、見事な慌てっぷりだ。
「今のが答えだ」
おかげで余裕がたっぷり出来た俺は意地悪な笑みを浮かべながら答えてやった。
すると、こいつはいきなり下を向いて嗚咽を漏らし始めた。
って、泣いた!?
「え?え?そんな俺とのキスが嫌でしたか!?俺ってやっぱり気持ち悪「違う」え?」
意味がわからない。
全く混乱するばかりだ。
だが、そんな混乱も、次の瞬間にが綺麗さっぱり消える。
「嬉しいんだ馬鹿野郎」
彼女は満面の笑みを浮かべながら、そうはっきりと言った。
エイプリルフールという事で、何か書きたいなー、という願望から書きました。自分の完全な妄想100パーでお送りします。
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