無限回生
第二回小説祭り参加作品
テーマ:桃
※参加作品一覧は後書きにあります
連載用作品のプロローグみたいな状態になってしまった気がしました。
「もうすぐ三年目か……」
一人の男性が開け放たれた窓から遠くを眺めつつぼやいた。
男性の見た目は比較的若く、年の頃は二十台半ば程である。また、短めに切られた髪には清潔感がある。窓から吹き込む綺麗な空気は、男が身にまとっている白衣を優しく揺らすことでより一層の若々しさや爽やかさを感じさせる。一方では、本人から漂う雰囲気が男性を見た目以上に大人に感じさせている。
「源間君。準備はもうできているのかな?」
男性は少し後ろに佇んでいた同年齢くらいの男性に話しかけた。
「えぇ、ばっちりです。三年目が来てもおそらく何とかなるかと思います」
源間は自らに話しかけて来た男性に向けてそうこたえた。
源間が立つ場所のすぐ隣には大きな机があり、その上にはこれでもかと言わんばかりに大量のバインダーが乗せられている。
バインダー一つ一つにはギッシリと資料と思しき紙が挟まっており、背表紙の一つ一つにはタイトルと番号が振られている。
「とは言え何も進んでないのと変わらんよなぁ……」
男性が相変わらず窓の外を眺めながら表情を少しだけ暗い物に変えた。
源間の立つ位置からは男の表情は見えないのだが、その状態を敏感に察知したのであろうか。源間はフォローの言葉を投げかけた。
「園郷先生はもっと自信を持たなければダメです。きっと先生なら無事解決できるはずです!」
源間のフォローを聞いた男、園郷は振り返って苦笑を洩らした。
園郷の視線の先は源間の隣、大量の資料が挟まれたバインダーが積まれている場所へと向けられていた。良く見るとバインダーには日付らしき数字の羅列も書かれている。
事実、その数字の羅列は日付であり、それはおよそ百年分の歳月を示していた。
「この研究を続けてから三年……実質的には九十年以上か……」
園郷の苦笑はさらに険しい物になった。
「記録によるとその系統の台詞は毎回言ってますね」
資料の内の一つを手に取った源間は、それに目を通すと遠慮も何もあったものではない言葉を園郷に放った。
「人間は三年じゃそこまで変わらんものさ」
「三十三回目の三年目ですけどね」
「……」
源間に悉く冷たいカウンターで返された園郷は、少しだけ肩を落とした。
「まったく……誰ですか。あんな薬を作ったのは」
「それも園郷先生ですよ」
「わかってるから……ツッコミ入れなくていいですから……」
「でも副作用がなければ確かにすごいものですよ。世に解き放ってはいけないものでもありますが……」
「えぇ、確かにこの薬は災いしか生みません。例え副作用を知っても手に入れようとする人々の争いの火種になることは避けられないでしょうね」
園郷と源間が今居る場所は人気の全くない場所である。一方で、この二人は好き好んでそんな場所に居るわけではなかった。
すべては園郷が作り出してしまった薬が原因だった。
園郷が作り出した薬は一口に言えば不老不死の薬である。
そんなものがあると知れば、あらゆる人々が薬を手に入れようと躍起になることが簡単に想像できる。また、手に入れるために手段を問わない人も出てくるだろう。
それら考えうる限りの不要な混乱を防ぐために、不老不死の薬を飲んだ二人は人目を避けて暮らしている。
薬の存在を、作り手を、飲んだ人物を。どれも知られてはいけないのであった。
「あと何年経てば副作用の解消もしくは薬の解毒ができるのか……」
「えぇ、せめてもの救いはそこまで長い間研究をしていると直接的には感じないことでしょうか」
園郷は現在、副作用の解消か薬の効果そのものの解毒をするための研究を続けている。
それも九十年以上の歳月を使って。
過ぎ去った歳月は不老不死の二人から見ればとても短い期間でしかないように思える。
しかし、薬の副作用が影響して九十年と言う歳月が流れていても、二人にとっては短過ぎる時間しか存在していなかった。
端的に言うと薬の副作用が大きな壁となっているため、園郷は副作用の解消剤や薬の解毒剤の開発をできないでいるし、九十年という歳月も短すぎるものへと変えられている。
「不老不死なのに寿命が三年……言い得て妙ですが……」
源間は手に持っていた資料を閉じると、不意に机の上に戻して言った。
「園郷先生なら絶対に成し遂げられます!」
この言葉はとてもありきたりで語呂の少ない励ましであり、聞きようによっては苦し紛れのフォローにすら聞こえてしまう。それでも園郷にとっては力になる言葉であった。
薬の副作用は三年間が経つと三年分すべてが巻き戻るというものだった。記憶も身体も何もかもが三年分巻き戻ってしまう。
このことから薬の効果は完全な意味での不老不死ではないが、実質的な効果で見れば不老不死であると言えるだろう。一方では、この状態は薬の副作用で寿命が三年しか存在しないとも言える。
その事は何も知らずに居られるならば負担はなかっただろう。
しかし、気がつけば未来へタイムスリップしてしまうのだ。
通常はあり得ない変化を目の当たりにすると、人は正気を保つのが難しい。さらに、この薬の場合は状況次第では自らが無限に時間を繰り返していることを把握してしまう。それらは必ず精神的な負担として服用者にのしかかるだろう。
園郷と源間の場合は、世界の流れに置き去りにされないように、また、研究をゼロに巻き戻さない為に源間の手によって記録されている。
その記録が正確で緻密だからこそ、年月が進んでしまっていることを殊更強く認識してしまう材料になる上に、無限に三年を繰り返すことを認識させる。
必要な物が精神的な負担を強くしてしまっているのである。
園郷にとってはそんな厳しい状態に自ら飛び込んで来てくれた助手の言葉は、本当に心強い物である。
園郷ならやり遂げると思ってくれたからこそ飛び込んできてくれたのだから。ましてや源間が薬の服用をしたのは、副作用等を知ってからである。薬を服用することはとても怖かっただろうし、全てを把握した源間は、園郷以上に精神的な負担を感じるはずなのである。
そんな人物が励ましの言葉を投げかけてくれる。
だからこそ園郷は、源間に対して申し訳ない気持ちと有難い気持ちでいっぱいになっていた。
「それにしても……源間君のまとめてくれた資料がないと現状把握すらできなかったでしょうねぇ……」
園郷は研究で残すべき記録を頭でまとめながら源間の働きに感謝の念を込めた。
「そんなことはありませんよ。それに私も我慢や記録がなければ先生とほとんど変わりなかったですよ。それに、私がいなかった場合も結果はあまり変わらなかったのでは?」
源間は軽く苦笑しながら園郷に告げた。
「いや、大いに変わっていたさ」
園郷は確信を持って源間に告げた。
園郷と源間が初めて会ったのは薬の服用前であり、園郷が十五歳、源間が五歳の頃である。園郷と源間は親類に当たる関係だったが、源間の両親の仕事の都合でそれまで会うことがなかった。さらに、初めて会ってからも頻繁に会う程二人の家の距離は近くなかった。
しかし、波長がとても合ったのだろうか、源間は園郷と会う度に園郷にくっついて離れなかったのである。
園郷も源間のことを特に嫌がることもなく、むしろ可愛がっているようだった。その様子は二人がまるで本当の兄弟のように感じさせた。
そんな兄弟のようであった二人の関係に先生と助手が加わったのは園郷が大学を出てからである。
園郷が大学を卒業後に一人暮らしを始めると、近くの学校へ進学する事を決めた源間が居候としてやってきたのである。
その時を境に、仕事と同時に個人でも研究を続けていた園郷の手伝いを源間が学校に通う傍らで始めた。
その結果、二人の間柄に先生と助手が追加された。
その二年後に、園郷は薬を完成させて服用した。それが園郷が二十五歳の時である。
それからも二人は特に何かあるわけでもなく普通に暮らしていたが、園郷の薬服用後から三年目に副作用の影響が出た。
園郷が薬の副作用で三年前の状態に戻ったのである。園郷も源間も何が起こったのかがわからなかったが、それが薬の副作用だと薬の完成から五年後に判明した。
自らの作りだした薬に副作用があり、それが自らに大きな影響を与えることがわかった園郷は、源間の証言等を元に状況を整理した。その後、源間の協力を得て数年の観察で自分が陥ってしまった状況を分析し、三年前に戻ってしまう自分に伝えるためのレポートや、研究引継ぎ資料等の作成方針を打ち立てた。
源間が手を挙げたのはその時だった。
園郷が自分で書き続けるつもりでいたあらゆる記録を源間がとると言い、園郷は源間の申し出を有難く受け入れた。そして、源間は記録を取り始めた。
この時、もしも源間が手を上げていなければ、園郷の研究はさらに数十年単位で遅れていた可能性もあっただろう。
それから数年後、源間が園郷と同じ年齢に差し掛かろうと言う時に、源間からとある言葉が発せられたのである。
「私も先生と同じ薬を飲みます」
当時の園郷はその言葉に対して許可を出そうとはしなかったが、最終的には源間の熱意に負けることとなった。
園郷は自分にとって兄のような存在であり、それを逆転させたくないこと。
研究を続けるための基礎は固めたので自分が三年間戻っても影響は少ないこと。
源間自身も被検体になることで園郷の研究がより進めやすくなる可能性があること。
もしも自分がこの世を去ってしまった場合、園郷の研究に大きな影響が出てきてしまうこと等が挙げられた。
中でも園郷が許さざるを得なくなる一言があった。
「これ以上成長すると先生に私が誰かわかってもらえなくなってしまいます」
それは瑞から見ると源間の我侭でしかないだろう。
しかし、源間は園郷にとって助手でもあるが、何よりも弟だった。そんな人物のはずなのに三年前に戻った際に、一瞬誰かわからなかったのだ。
そんな現実を突きつけられては許可を出す以外に園郷がとれる道はなかった。
このような経緯があり、現在は源間も同じ副作用の影響を受けているが、園郷の補佐としては完璧に近い状態でこなせていた。
何よりも薬の副作用をを把握した状態の三年前に戻ることで、柔軟性の高さも得ることができていた。
「ところで、私の副作用の発生は三日後だったかな?」
園郷は再確認の意味を込めて源間に聞いた。
「はい。三日後で間違いないです」
「ふむ……そうか……」
園郷は少しの間考えると、研究の続きにとりかかった。源間も園郷に習って研究の補佐へとついた。
それからの二日間はあっという間だった。
園郷曰く、研究の把握が進んでいる今こそ発展させるチャンスらしい。
源間は只管に記録を取り続けた。
そうして、園郷の副作用が発生する日。また一つ新たなバインダーが机の上に追加された。
「さて、今回の三年の最後の晩餐といきましょうかね」
園郷は三十三回目の三年間の終わりの日の食事の前に、そう切り出した。
「今回もうまくはいきませんでしたが源間君。君のおかげで今生も楽しむことができたよ。それと同時に本当に申し訳ない」
園郷は記録から源間が副作用に晒される経緯を把握しているため、深々と頭を下げた。
「先生、頭を下げないでください」
源間は園郷の頭を上げさせた。
「この言葉を先生は覚えておくことはできませんが、私はこう思っています。もしも先生が謝りたいと言うのであれば、それは副作用の解消に成功してからにしてください」
園郷は源間の言葉の続きを待った。
「そして、僕のことが誰だかわからなかったことを謝ってください」
待った結果の源間の言葉は見事な爆弾だった。
一瞬固まってしまった園郷は、次の瞬間に源間が本当に言いたいことを理解した。
「あぁ、わかった。そうすることにしよう」
園郷はこの会話を記録には残さず、源間の言葉を承諾した。
源間が本当に言いたかったこと。それは、「謝る必要は一切ない」と言うことだった。
園郷は謝る必要はないと告げられても、頭を下げただろう。
しかし、園郷が源間のことを知るように、源間も園郷のことをよく理解している。
次は本当にそうなるかすらわからない事を持ち出して、それに謝れと言うこと。それは、そうならなかった時は謝る必要性が全くなくなる内容だった。
確定していない未来に対して負い目を感じるなと言う遠まわしの励ましだった。
「えぇ、是非お願いします」
数時間後、園郷は源間に別れの挨拶を告げて眠りについた。
次に目覚める時には、園郷は三年前に戻る。三十三回目の三年間を過ごした園郷は永遠の眠りに就くのである。
園郷が眠りに就いたのを確認した源間は、自らも眠ることにしてベッドに入ると、あっという間に眠りに落ちていた。
それから数時間後、朝日が窓から差し込み始めた頃に源間が目を覚ました。
源間は、園郷が起きて来る前に身支度を整えた。
「さて、三十四回目の先生に引継ぎをしに行きますか」
そう呟いた源間は、園郷の部屋の前に来るとゆっくり扉を開けた。
そして、部屋のベッドの中には三年前の姿に戻った園郷が横たわっているのを確認すると、源間は勢いよく布団を剥いだ。
「先生、朝ですよ! 僕が誰だかわかりますか?」
「うわっ!! えっ……は? 」
こうして、訳がわからずたたき起こされた園郷は三十四回目の三年目を始めるのだった。
今回はとんでもなく中身のない小説に仕上がりました。自分でもどこを目指したかったのかはわかりません。
そして、中身のない小説の共通点「つまらない」。
これも地で行く中身と相成りました。
ところで、今回の小説祭りのテーマは「桃」ですが、私の小説から「桃」は見つかりましたか?
今回は個人的に少し捻ったつもりです。
一つは「不老不死」。これは「桃源郷」に由来します。
そしてもう一つは「三年」。これは「桃栗三年」からとってきています。
読んでいる最中にわかりましたか?
それにしてもにわかりにくいですね。
と言う訳でこんな駄作にここまでお付き合いくださりありがとうございました。
感想・評価・レビュー。何でもお待ちしております。←
他の参加者の方々の作品はきっと面白いので是非読んでみてくださいね!!
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