もう一度、悪夢を
「どうやったら悪夢を見れますか?」
今日、私のところへ来た女性は、開口一番そう言いました。
悪夢と言うのは普段見る嫌な夢ではなく、都市伝説にあるような二度見たら死んでしまうたぐいのものだと説明されました。
彼女は前に一度その夢を見て、もう一度見たいと思っていたのです。
占い師である私に悪夢を見る方法を占って欲しい、と言われました。
正直困りました。
私の『占い』は未来を視るなんてものではないのです。もちろんインチキではありませんよ?
私は人間の波長を感じることが出来るのです。
普通の人が相手の様子を見て、体調が悪そうだな、とか、機嫌が良さそうだな、と感じる能力の強化されたものとでも言えば良いでしょうか。
相手が本心や体調不良を隠していても、波長を感じて察することが可能なのです。
その上で、このまま無理をしていたら病気になりますよ、とか、今は思いのままに進んだほうが良いですよ、と常識的な忠告をするのです。
ありがたいことに、私の『占い』は当たると評判です。
この朗読会にこうして割り込めたのも、私のお客様が無理を通してくださったからなのです。ふふふ、望んでもいない語り手が現れて申し訳ありませんね。
そんなわけで私は困りました。
悪夢の見方だなんて波長でわかるはずがありませんもの。
それに彼女の話だと、もう一度その悪夢を見ると亡くなってしまうのです。お客様に死ぬ方法を教えるなんて出来ませんよ。
どうしようかと彼女を見つめて、私は気づきました。
彼女の波長は私ととても似ていたのです。
たまにそういうことがありました。あまり歓迎出来ることではありません。
だって波長が近いと、相手の状態に引きずられてしまうのです。
ほら、歌が下手な人が合唱で上手い人のいるパートに引きずられてしまうように。
相手が良い状態なら問題ないのですが、悪い状態だと私まで不調に陥ってしまいます。
ただ、次に見たら死んでしまう悪夢をもう一度見たい、なんて言っているわりに、彼女の状態は悪いものには思えませんでした。
多少不安定な、二律背反を感じているような様子は見られましたけれど、自分の中に複数の考えがあって悩むというのは珍しいことではありませんからね。
私は彼女に告げました。
「大丈夫ですよ。あなたの望みは叶います。もしダメだったら、もう一度ここへ来てくださいね。本日のお代は結構です」
正直なところ、彼女は悩んでいるだけだと思ったのです。
悩んで行き詰って、死という選択肢に救いを求めているだけなのだと。
時間が経てば回復して、悩んでいたこと自体を莫迦らしく思うことでしょう。
そうでなかったとしても……望み通り悪夢を見られたとしても、悪夢を待ちきれなくて自分で……でも、私のところへ再来はしないでしょうからね。
ええ、私が死ぬ方法を教えたのでなければ良いのです。
人生の中で未来を選択するのは本人にしか出来ないことです。私のような占い師は、相手の望んでいる言葉を告げることしか出来ませんよ。
波長が似ていたせいか、聞いた話が頭に残っていたせいか、私はその夜彼女が言っていたのと同じだと思われる悪夢を見ました。
次にこの夢を見たら死んでしまうよ、と忠告とも脅しともつかない言葉をかけられて目覚めると──今日でした。
今日だったんです。明日ではなく今日でした。
なにを言っているかわからない?
そうでしょうね、私も最初は理解出来ませんでした。
悪夢を見て目覚めたら、終わったはずの昨日と同じ日付だったのです。
ああ、でも少しずつ違うのです。初めて繰り返した今日では、悪夢を見たいと望む女性客は現れませんでした。
その翌日も今日でした。
何度繰り返しても今日でした。
二度目の悪夢は見ていません。どうやら眠った時点で昨日の状態になるようなのです。
だから徹夜したこともあります。
途中で意識が途切れて、今日目覚めるだけでした。昼寝をしても夢は見ませんでした。
繰り返す今日は、先ほど言ったように少しずつ違いました。私は時間を戻しているだけではなく、時間を戻すと同時に世界を移動しているようなのです。
平行宇宙とかマルチバースとかコペンハーゲン解釈……は少し違いますね。とにかく世界はひとつではないという理論、みなさんもどこかでお聞きになったことがあるのではないでしょうか。
私は世界線を越えて時間を遡り、今日を繰り返しているのです。
理由はわかりません。
本来この世界にいた私がどうなっているのかもわかりません。
不安定だったあの女性と同じように、今の私の中には複数の私が同居しているのかもしれません。
今日を繰り返しているのは私だけだと思いますが。
……この現象は、二度目の悪夢を見ることによって死に至ることを恐れた私の生存本能のなせるわざなのかもしれません。
私は波長を感じることが出来るだけで、時間をどうこうする能力はありませんでした。
これはあの女性が……いいえ、あの女性とよく似た波長を持つだれかが持っていた能力まで受け継いでしまったからでしょう。
時間の繰り返しを終わらせるため、せめてもう一度悪夢を見るために、私は今日の中でいろいろと努力をして参りました。
ですがダメでした。
明日が来ないのです。何度目覚めても今日なのです。たとえ今日の中で死んでも、今日目覚めるのです。
最終的に私は、とにかく人の多いところへ行くことにしました。
だってどこかに私に似た波長の人がいて、この繰り返しを受け継いでくれるかもしれないではないですか。
そうしたら、私は解放されるかもしれないではありませんか。
ああ、あの女性ですが……何度目かの今日のときにニュースで見ました。
死亡記事です。
亡くなったのは本当に彼女だったのでしょうか。
彼女に入り込まれていたあの世界の彼女が、繰り返しから逃れようとした彼女に殺されてしまったのかもしれません。
死んでしまうのと今日を無限に繰り返すのは、どちらがマシなのでしょうか。
あのときの彼女の気持ちがわかります。もう一度悪夢を見て解放されたいのです。私もそうなってしまったのです。
今日はここへ来て良かったと思います。
だって私とよく似た波長の人がこんなにたくさんいらっしゃるんですもの。
どうかあなた達の明日が今日でありますように──
<終>




