最終話 『推してくれてありがとう』
2日間で全10話連続投稿企画実施中!
「Re:Genesisぅーーー!」
「「「「最高―――――――!!!!」」」」
もう何度目かもわからない歓声を5人があげる。
結果発表後、僕たちは祝勝会を行ったが
アイドルをそんな夜更けまで出歩かせるわけにはいかないので、夜が深くなる前に早めに切り上げた。
王都の夜は静かだ。
大劇場の灯りも消え、昼間とは雰囲気が変わる。
だが、耳をすませばまだ歓声が聞こえるようだ。僕たちはそんな余韻の最中にいた。
事務所へ戻る途中、
石畳の路地で、リョーカが立ち止まった。
「悠真さん」
僕は彼女のほうを振り返る。
今宵は満月
月明かりがスポットライトのように彼女の輪郭を美しく照らしていた。。
「少し、いいですか」
他の4人は気を利かせて先へ事務所へ歩いて行く。
僕らは王都の中心に流れる、大きな川の脇のベンチに座った。
夜風が高揚する心に気持ちよく吹き、彼女の髪をさらう。
リョーカは僕をまっすぐ見ている。
「今日は本当にありがとうございました。
私、悠真さんがいなかったら今日のステージに立ててなかった」
「そんな……頑張ったのはリョーカさんです。僕は応援していただけ」
彼女は少し目を細めて笑った。
「そんなことない、いつも応援してくれてたでしょう。
最前列でも、最後列でも。ねえ、先生」
心臓が止まった気がした。
――今「先生」って。
こっちの世界では、リョーカはいつも僕のことを名前で呼んでいた。
僕が豆鉄砲を食らったような顔でぽかんと静止していると、リョーカはいたずらっぽい顔で笑ってつづけた。
「忘れててごめんなさい。私、談合坂45の宮坂涼香です」
「いつ……」
驚きすぎて言葉が出てこない。
「本選の舞台の上で。先生、ステージに向かってバナータオルを掲げて名前を呼んでくれたでしょう。
その時に思い出したんです。
前にもこんな景色、見たなあって……」
「僕のこと覚えて…?」
「もちろん。握手会、毎回すごく緊張してくれてましたよね。
私の列なんて、すぐ順番も来るし抽選が外れることもないのに
毎回すごく特別な、宝物みたいに扱ってくれた」
大粒の涙がこぼれ、僕は膝から崩れ落ちる。
「涼香さん、ごめんなさい。
僕はずっと君に謝りたかったんです」
何の謝罪かは、僕にもよく分からない。
だから情けないことに、彼女にすべてを吐露してしまった。
涼香が不倫なんてするはずがないのに、誤報から世間のバッシングから守れなかったこと。
不可抗力と言えど、同じ異世界まで追いかけてきてしまったこと。
涼香であることを分かっていながら、もう一度アイドルの舞台に立たせてしまったこと。
涼香は静かに首を振って
僕に目線を合わせるようにしゃがんだ。
目が合う。
涼香のキラキラした大きな瞳に、僕が映っていた。
「私が弱かったんです。ファンの方もメンバーも事務所の方も私のことを守ろうとしてくれたのに、私のこともよく知らない人の声に負けちゃった。
でも今日、先生が応援してくれたから、名前を呼んでくれたから、センターに立てました」
涼香は僕の胸ポケットに手を入れて、お守りに持っていた彼女のサイン入り生写真を取り出した。
ドキッとしたのもつかの間、
「握手会でも、いつもここに入れてましたよね」といたずらっぽく笑う笑顔に、目が離せなくなる。
彼女はそのお守りの写真と同じ、
いやそれ以上に可愛い笑顔でこう言った。
「推してくれてありがとう」
それは僕にとって世界で一番嬉しい言葉だ。
暖かい感情で、僕の心はいっぱいになってしまって、情けないことに何も言葉が出てこなかった。
涼香さん――こちらこそ、ありがとう。
「……せっかくだから……何かしてほしいこと、ありますか?」
何も言えない僕に、涼香は顔を覗き込みながら尋ねる。
何か…?
回っていない頭を、何とか動かす。
そして一つのことが思い当たる。
「握手を……」
「握手? 転移前も散々してるのに」
「何度でも、君の握手は特別です。
実は握手会で、ずっと憧れてて、
でもお願いできなかったことがあるんです……」
涼香は首をかしげる。
握手会には108回行ったことがあるが、いつもかっこつけてしまって
感想とか、がんばってください、とかしか言えなかった。
33歳の男が(20歳から見ればおじさん)が
お願いしたら気持ち悪いかなと思ってずっとためらっていた。
「あの……あの…その……」
めちゃくちゃ言いよどむ。そして覚悟して、言う。
「釣ってください」
「釣る」とは握手会などでアイドルがファンの心を魅了するために、
可愛い仕草や言葉などを仕掛ける行動を指す。
我ながら気持ち悪い。爽やかにさらっと言うのではなく、
言いよどんでいる感じが、より気持ち悪くて、僕の顔は真っ赤に染まった。
「……先生、私のこと好きですか?」
「え?も、もちろん……」
「私も先生のことが大好きです!」
そう言いながら涼香は力強くギュッと僕の手を握りながら、パチッとウインクをして見せる。
それから照れたような満面の笑みで笑った。
瞳はたくさんの星の光を宿してキラキラとしていて、前世と同じように口元にえくぼができる。
やっぱり彼女は僕の一番の推しで、最高のアイドルだ。




