第7話 『僕は君に救われた』
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その夜。
拠点にしている倉庫は、6人が集まっているにもかかわらず静かだった。
ランタンの灯りが、僕とメンバーたちの影を揺らしている。
呼吸は落ち着いたものの、まだ声の出ないリョーカは筆談で、事の詳細を教えてくれた。
夜香草―ナイトハーブ―で働いていたのは事実であること。
最初は普通の定食屋だったが、常連であった街有数の権力者に取り入るために法外なサービスをする従業員が現れたこと。
リョーカはすでに退職済みで、決してその権力者とはかかわっていないこと。
リョーカは椅子に座り、両手を膝の上で祈るように握っている。
そしてノートに、何かを書き僕らに見せた。
≪ステージに立つのが怖いです≫
弱弱しい字で、そう書かれていた。
リョーカの精神安定値はE。早急に対処しないとまずい状況だ。
精神科医として何ができるか――。僕は思考を巡らせた。
ここで判断をミスれば、また前世と同じ過ちを繰り返す。リョーカを死なせてしまう。
――どうする
――どうする
――どうする
「私も、ずっと怖いよ」
その時、ルルナが、そっとリョーカの手を取った。
「サキュバスってだけで人間族からは変な目で見られる……近づいたら酷い目に遭うんじゃないかって」
彼女は笑うが、目は悲しげだ。
「でも今日、リョーカが疑いをかけられたとき……私、悔しかった。
あなたのことを悪く言ってる人に、私 負けたくない」
ゼノヴィアが壁にもたれながら口を開く。
「私は、ずっと“強く見せる”ことに固執してきた……」
ダークエルフは強く、気高くあれ。
それが長命種である部族の掟。
「弱さを見せたら、舐められると思っていた」
「だが違うな」
彼女はリョーカを見て、小さく笑った。
「歌で苦戦している私を、君は全くバカにしなかった。常に尊敬をこめて接してくれた。
弱いのは……そんな君に強く当たってしまう自分だ」
その言葉は短かったが、誇り高いゼノヴィアがどれほど勇気を出したか、伝わった。
「君は強いよ」
ピノがくるりと回る。
「ボクもずっと竜人らしくしろって言われてたけど
それが嫌で“かわいい”で武装してた」
明るい声。だが続けて
「それが、自分が決めたことでも、怖い時だってあるよね」
そのトーンは驚くほど大人びていた。
彼女が見せていたのは、彼女のほんの一部だったのだと、感じた。
レオナが腕を組んだまま言う。
「私は獣人族だから力があるわ。でも、力で守れないものがあるって、今日知った」
レオナは腕をほどき、リョーカの手を繋いだ。
「リョーカ、守れなくてごめんね」
レオナに続いて、皆がリョーカの手を握り静かながらに温かい雰囲気が漂う。
するとリョーカの頬に涙がつたう。
4人がリョーカを励ます姿を見て、僕も少し落ち着きを取り戻すとともに気づいたことがある。
宮坂涼香の一連の誤報と自殺、
あの出来事は自分でも気づかないうちに僕のトラウマになっていて
今の今まで冷静な判断ができなくなっていたのだ。
「精神科医として正しい判断をしなければ」という強迫観念に襲われていた。
しかしそれは間違っていた――というよりも傲慢だった。
彼女を救えるのは、正解がある理論のような単純なものではない。
僕はお守りである、涼香の直筆サイン入り生写真が入っている胸ポケットに手を当てた。
思い出せ、僕は精神科医である前に、オタクだ。
「…はい!はい!はい!はい!リョーカ!」
僕は手をたたきながら彼女の名前を呼ぶ。
メンバーは皆びっくりして僕のほうに注目した。
「リョーカ!リョーカ!今日も世界で一番最高!」
僕は転移前のライブでよく叫んでいた談合坂45のコールを再現する。
カッコ悪いかもしれない、というかオタクの1人コールなんて間違いなくカッコ悪い。
でもこれは嘘偽りなく、リョーカを応援する声だから。
広い会場で、少しでも力になれるよう、推しに送ったエールだから。
「歌うまい!ダンスも最強!魅せ方天才!リョーカ!」
彼女は「ははっ」と力が抜けたように笑った。
何やってるんですか、というようなくしゃっとした気の抜けた笑顔だった。
それを見たメンバーたちにも笑顔が戻る。
「ちょっと、ユウマ笑わせないで!」
「なんなんだ、こんな時に」
和らいだ空気に僕は少し安心して、椅子に座るリョーカの前に跪いた。
「今から言うことは、リョーカさんは何を言っているのか分からないと思うんですが」
リョーカの瞳は少し揺れるが、
真っすぐに僕を見つめて、話を聞いてくれた。
「僕は君に命を救われたんです」
大学2年生の時に親友が自殺してしまってから、辛いことがあった時に「自殺」という選択肢が常に思い浮かぶようになってしまった。
彼女に振られた時。
家庭教師のバイトで失敗続きだった時。
病理の試験で再試になった時。
そして医師4年目――閉鎖病棟のある単科の精神病院で研修を行っていた時。
この病院は精神病の中でも、人に危害を加えたりする恐れのある重症の患者さんが集まるところで
暴れる患者さんを落ち着かせるために、押さえつけて鎮静剤を投与するのは若手の医師の役目だった。
自分と患者さんの身を守るためと言えど、
苦しんでいる患者さんを押さえつけて注射を打つ行為は正直苦痛だった。
また、こんな体力のいる仕事だと思っていなかったし、
自分の能力の低さに落ち込む毎日だった。
自慢ではないが学生時代一度も運動部に所属したこともなく、勉強しかしてこなかった僕は、
当時178cm、体重61kg、BMI19のヒョロヒョロ体形だった。
「ええ、想像つかないです……」
「あれから鍛えましたので」
体力なくして医師の仕事はできないと反省した僕は
転移前はどんなに忙しくても、毎日筋トレ+マラソン2キロ走って鍛えるようにしていた。
「そんなボロボロの時に、涼香さんに出会いました」
深夜12時近くに帰宅をし、そこから夕食を食べてすぐ寝る、というのがルーティンだった頃。
僕はコンビニで買ってきたカップ麺とサラダを流し込みながら
深夜のバラエティ番組で気を紛らわしていた。
それは当時結成間もない談合坂45の冠番組で、その日の企画は「アイドルトークバトル」。
各アイドルたちがお題に沿った内容でエピソードトークを繰り広げ、その出来によって勝敗を決める、というものだ。
そこに出ていたのが当時15歳の宮坂涼香だった。
涼香は自分の番が来ても、顔を赤くするばかりで何も話せず、そんな自分が悔しかったのか恥ずかしくなったのか番組の中で泣いていた。
芸達者なメンバーが多い中で、彼女だけが何も話せず番組中ずっと表情が硬かった。
それはそうだろう、「なんか面白い話して」なんか社会人でも難しいのに、15歳の少女がこんなテレビ番組で話すなんて。
でもリョーカは、司会に話を振ってもらえるよう、負けじと手を挙げていた。
僕はその姿に勇気をもらった。
15歳の少女が泣きながら、でもまた挑んでいく姿。
僕はそれ以来、彼女の活躍を追った。
初めてライブというものに行った。大人になってから初めて職業関係ない友達ができた。
涼香の初選抜。自分のことのように嬉しかった。
談合坂45握手会。たった10秒の時間でこんなにも幸せになれるとは。
「アイドルを追っていると、ライブやら握手会やらで半年先まで予定ができるので
死んでる暇がなくなるんですよ」
少しだけおどけてみせる。
何の話かわからないだろうに、リョーカは真剣に僕の話を聞いてくれている。
「君は歌もダンスも素晴らしい。でも僕が好きになった涼香さんは、歌が上手い涼香さんでも、ダンスの才能がある涼香さんでもない。失敗して、でも立ち上がった人間らしいところが好きになりました。だから……」
僕は君にずっと、これを言ってあげたかった。
「完璧であろうとしなくていい」
彼女は常に完璧を目指そうとしていた。そうじゃないと自分に価値がないと思い込んでいる。
音は絶対外してはならない。隙を見せてはいけない。
事実、鬱病の患者さんには真面目な人が多い。
自己評価が厳しすぎて、目標に到達しなかった時「頑張りが足りない」と自分を追い詰めてしまう。
そしてだんだんと心が疲弊し、壊れていくのだ。
「完璧でなくても、ミスをしても
君がそこで笑っているだけで僕は君のことが大好きです」
「……ュウマさん、私……」
リョーカの桜色の唇から、小さな小さな声が漏れた。
「みんなと舞台に立ちたいです……」
ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、僕に伝えてくれる。
精神安定値がEからCまで上昇する。
「リョーカ!」
他のメンバーが駆け寄り、彼女の肩を抱いた。
星魂祭まであと2週間。




