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第4話 『精神科医というアイドルプロデューサーに最適な職業』

2日間で全10話連続投稿企画実施中!

Re:Genesis(リ・ジェネシス)が結成されて3日目。

さっそく練習もかねて予選でパフォーマンスする曲を渡し、

歌はリョーカが、ダンスはゼノヴィアが中心となって練習をするようお願いした。


ずっとパフォーマンスする居場所を探してきた5人、

気合は十分なようで、

初日から夜遅くまで練習場の明かりがついていた。


僕が差し入れをもって練習場を覗くと、ダンスレッスンの真っ最中だ。


「Cメロの前、もう一回。フォーメーションずれてる」


銀髪のダークエルフ、ゼノヴィアが腕を組んで言う。

他の4人はもうふらふらで、皆 膝をついていた。

彼女はダンススキルが群を抜いているためか、どうしても他人の粗が目につくらしい。


「言われなくても分かってるわよ!」

獣人のレオナがむっとした顔で返す。

ぴんと立った耳が怒りを表していた。


「でもタイミングが合わないのよ。ピノが半拍早いの!」

「えー? ボクはかわいく踊ってるだけだよ?」


竜人の少女がくるりと回ってポーズを決める。

ゼノヴィアの眉がぴくりと動いた。

その隅で、サキュバスのルルナは小さく縮こまっている。


そしてセンター――リョーカは、黙ったまま床を見つめていた。

肩が大きく上下している。


――妙だな。

練習を眺めながら、僕は違和感を覚えていた。


歌唱力やダンス能力の数値だけ見れば申し分ない。

楽観視していたわけではないが予想以上に全体の空気がどこか不安定だ。

僕はこっそりスキルを発動する。


――メンタルスコア鑑定。


すると視界の端に数値が浮かび上がった。


リョーカ精神安定値:D

ゼノヴィア精神安定値:C

レオナ精神安定値:C

ルルナ精神安定値:D

ピノ精神安定値:C


――これは……全員低い。

推察するに彼女たちは慢性的なストレス状態となっており

現代医学であれば軽〜中等度の抑うつ状態という診断になるだろう。



原因は想像がつく。

リョーカは転移前のトラウマをまだ引きずっている。

他の4人は異種族差別由来の慢性的なストレスが精神に影響しているのだろう。


僕は深く息を吐いた。


「アイドル」というのは人目にさらされ続け、自分自身を売り物にする職業だ。

自分自身を他人に評価され続ける、というのはやはりストレス値も他の職業に比べ圧倒的に高い。

しかも、彼女たちは年頃の多感な時期だ。


このまま、「ステージ」という戦場には送り出せない。

彼女たちが壊れてしまう。


僕が顔を上げると、案の定、空気はさらに悪化していた。


「だから遅いって言ってる!」

「うるさいわね!」

「ボ、ボクは悪くないよぉ……!」


声は一層大きくなり、ぶつかり合っていた。


「――練習中止です」

僕の声で、全員が止まった。


「は? お前が止めるのか?このままでは予選通過なんて夢のまた夢だ」

ゼノヴィアが眉をひそめる。


「いいえ」

 

僕は倉庫用に買った備品のホワイトボードを引き寄せ、

簡易的なパーテーションにして、周囲の視界を遮る空間を作る。

そこに椅子を2つ置いた。


「今からひとりずつ診察をします」

「は!??」


________________________________________

1人目 ルルナ

サキュバスの少女は椅子に座ると、膝を抱えた。

今から何が起こるのか怖がっているようだった。


「今日は一つだけ教えてください。あなたが一番怖いものは何ですか?」


「……怖いもの」

「何でもいいですよ。今、頭に思い浮かんだもの」


「……失敗すること」

僕は「なるほど」と頷く。


「それは自然なことです。」

そして言った。


「考え方を一つ確認します、あなたは『自分が失敗する』と思ってますか?」


「……思ってる」


「では失敗するという証拠はありますか?」


ルルナは言葉に詰まった。

「……そんなのないよぉ……」


「では実験しましょう。

今練習をしている、ソロパートを僕の前で歌ってください」


ルルナは震えながら歌った。


小さいが澄んでいる声。

だが不安が声に出たのか半音ズレている。


「ユウマ、私やっぱり……」


「では次は、これをした状態で」


「これは……耳栓……? 歌えるわけないよぉ!」


綿と布で作った、簡易的な耳栓だ。


「いいから、もう一度」

そう言いながらしぶしぶ彼女は歌って見せる。

その様子を魔道具の録音機器で録音して聞かせた。


「これ、私の声……?」


そこには澄み渡った天使のようなルルナの歌声が収められていた。

精神安定値がD → Cへ上昇する。


「失敗しませんでしたね」

僕はルルナを見て微笑んだ。これが彼女のいつもの実力だ。


「……ほんとだぁ」

ルルナは目を丸くしている。


「人は強いストレスを受け続けると

“自分は失敗する”と思い込むようになります」


これを医学では認知の歪みと呼ぶ。


「ルルナはいつも上手ですよ」


彼女は恥ずかしそうに、「えへへ」ととろんと笑った。

あどけなさと色気が入り混じるその笑顔はさすがサキュバス、と言ったところで

油断すると魅了されてしまいそうだ。


________________________________________

2人目 レオナ


獣人の少女は椅子に座ると大きな耳を垂らしていた。


「私、全然だめなの……」

今日はデレモードなのか、最初から素直に本音を吐き出してくれる。


「何故そう思うんです?」


「みんなよりミスも多いし、

ゼノヴィアのダンスみたいな、これといった目立つ特技もないし」


「……鬱状態では自分の失敗だけを強く記憶する傾向があります」

心理学ではネガティブバイアスと呼ばれる。

危険を回避するための、生存本能のひとつだ。


「では質問です」

僕はピンと指を立てて、レオナの前に差し出した。

レオナの尻尾もピンと立つ様子が可愛い。


「今日うまくいったことは?」

「……ない」


「一つだけでも」

僕がそう言うと、レオナは少し考える。


「……ピノが転びそうだったのを支えた」


「それです」

僕はわかりやすく頷いて見せる。


「君はいつでも全体を見れる。それはリーダーの資質です」


耳がぴくっと動いた。


「それに、歌やダンスが突出していないのではありません。

君のような人はオールラウンダーというんです。

いつもパフォーマンスの底上げをしてくれて、ありがとう」


________________________________________

3人目 ゼノヴィア


ゼノヴィアは診察室に入るなり、

足と腕を組んで、椅子にドカッと座った。


「私は弱くない。こんな診察は無意味だ」

「そうですか、ならよかった」


僕はニコッと彼女に微笑みかける。

拍子抜けしたのか、彼女はぷいっと顔をそむけた。


少しの間、沈黙。だがゼノヴィアは席を立とうとしない。

僕は彼女の言葉を待ってみる。


「……でもイライラする。それでみんなに当たってしまう」


そう、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。


「それは防衛反応ですね」


興味を持ってくれたのか、彼女は眉を片方上げる。

「なんだそれは?」


「差別を受け続けると

人は攻撃的になることで自尊心を守ります」


「……」


「あなたはずっと戦ってきたんですね」


 ゼノヴィアはしばらく黙ったあと言った。


「……面白い分析だな」


________________________________________

4人目 ピノ


竜人少女は元気に「よいしょっ」と座った。

彼女には椅子は少し高かったらしい。


「ボクは元気だよ!ぜ~んぜん、大丈夫!」

「本当に?」

圧にならないように、極めて優しいトーンで聞いてみる。


「……」

 沈黙。


「……かわいくないって言われたら嫌」

彼女にとって「かわいい」は唯一無二の自分の価値。

それを否定されてしまうと精神が不安定になるのだろう。


「ではあなたには一つ、宿題を」


「宿題?」


「毎日寝る前に“今日かわいかったこと”を3つ書く」


いわゆるポジティブ日記である。

1日の終わりに前向きな出来事を3つ書くだけで

自分の価値を認めることができ、ポジティブになれるメンタルケア手法だ。


寝る前に書くのは、この時間が一番記憶に残りやすいためだ。


「それ、楽しいかも……!」


ピノはいつもみたいな眩しい笑顔ではなく、ふにゃっと、柔らかく笑った。

常に明るい彼女だが、やはり常に不安と隣り合わせなのだ。


________________________________________

5人目 リョーカ


最後にセンターが座った。

宜しくお願いします、と丁寧に頭を下げる。


「ユウマさんに心配かけてすみません……

私が弱いからチームがまとまらないんですよね……」


彼女は頭を下げる。

先に自分が謝ることで、争いごとを避けようとする性分のようだ。


「違いますよ、でも確かに原因はあなたにありますね」


僕は静かに言った。

リョーカが不安そうに顔を上げた。


「あなたは全部一人で背負おうとしている」


「……」


「それが一番危険です」


アイドルグループに必要なもの。

歌唱力、ダンス、バラエティ能力、トークスキル……上げたらきりがない。

たしかに、リョーカは歌もダンスもグループ全体を牽引する実力があり

記憶はないものの唯一のアイドル経験者だ。

だが、すべて自分で抱え込んでしまえば、逆に孤立してしまう。

そして抑鬱は孤立すると悪化する。


「……でも、どうすれば……

私、絶対に今回の予選通過したいんです!」


「治療法は簡単です」


「なんですか!?」


「頼ること」

リョーカははっと驚いた。


「頼ること……」

そしてもう一度、僕の言葉を繰り返した。


________________________________________


5人全員の診察が終わると、僕は全員を呼んだ。


「今からグループ練習をします」


「ダンスレッスンか?」

ゼノヴィアはさきほど中断されてしまった練習を再開したくてうずうずしているようだ。


「違いますよ」


なんだ、と前のめりになっていた5人の身体が元に戻る。

ゼノヴィアだけではない、

全員が練習をしたくてうずうずしているようだ。良いチームだ。

 

「今からお互いを褒め合ってください」


「「「「「え?」」」」」

全員綺麗にハモった。


「そんな……子供だましみたいなことさせないでよ!」

「そうだ、そんなことやってられるか!」

恥ずかしがりやのレオナとゼノヴィアが真っ先に反論する。


「レオナの!」

リョーカが二人に割って入るように、発言。

注目が集まると、リョーカは顔を真っ赤にしたが、震える声で続ける。


「……レオナのダンス、ハッピーオーラが出ててすごくいいと思う……」


「あ、ありがとう……」

レオナは照れくさそうに、口をとがらせて

髪をくるくるといじっている。だが尻尾はぶんぶんと動いていて、嬉しそうだ。


「リョーカの、パフォーマンスも可憐で素敵よ。指先まで綺麗だもの」


その二人のやり取りを皮切りに、それぞれがお互いの良いところを言い合った。


「ルルナの声は綺麗だ。初めての感覚だ」

「ピノはいつもかわいい……癒し」

「ゼノヴィアのスタイルの良さ、羨ましい♪」


最初はぎこちなかったが、少しずつ笑い声が増える。

僕はもう一度スキルを発動した。


リョーカ精神安定値:B

ゼノヴィア精神安定値:B

レオナ精神安定値:B

ルルナ精神安定値:B

ピノ精神安定値:B



――改善している。


僕はホッと息をついた。

集団精神療法は抑鬱改善に効果的なのだ。


やがてレオナが手を5人の中心に差し出した。


「頑張りましょう。この5人ならきっとうまくいくわ」


ゼノヴィアが手を重ねる。

「……そうだな」


ルルナ。

ピノ。

最後にリョーカ。

五人の手が重なった。

「Re:Genesis、行くわよ!」

レオナの掛け声に合わせて、4人が「おー!」と元気よく掛け声。



――うおお、ドキュメンタリー・オブ・Re:Genesisだ……!

思わずオタク的思考に戻ってしまったので、咳払いをして我に返る。


これは治療の第一段階だ。

彼女たちは若い時から極端にストレス値の高い環境に身を置いていたため

自分の心を守るために、ネガティブな情報のほうが記憶に残りやすくなっている。

人の思考の「癖」というものはすぐには変わらない。

だが小さな成功体験を積んでいくと、脳は学習し、改善されていく。


星魂祭(せいこんさい)予選まで――

あと少しだった。

次は本日19:00〜20:00に更新予定です!

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