第3話_魔法がないなら願うまで
俺の転機は、小学生高学年のときに訪れた。
その日、日本列島は、理由の分からない異常現象に包まれた。
空が、揺れた。
正確には、空気そのものが、歪んだ。
テレビでは「原因不明の振動現象」と繰り返していたが、
俺には分かっていた。
(……来た)
(……超次元魔力振動)
魔法少女アリスシリーズ、すべての始まり。
魔法なんて存在しなかった世界に、
“魔力”という概念が流れ込む瞬間。
物語の、ゼロ話。
(……ついに、この日か)
手が、震えた。
怖かったわけじゃない。
興奮していた。
震源地は知っている。
富士樹海。
シリーズ三期で明かされる設定だ。
超次元振動は、ただの災害じゃない。
次元の壁が薄くなり、異界の魔力が、地球に流れ込む現象。
そして――
高濃度の魔力に触れた人間が、
“強い願い”を持っていた場合。
魔法が、発現する。
一期のアリスも。
作中で語られなかっただけで、
同じ原理だったと、三期で明かされた。
(……条件はそろってる)
(……超高濃度魔力)
(……そして、俺の願い)
問題は、そこだけだ。
(……俺は、何を願う?)
家を出た。
親には、何も言わなかった。
言えなかった、が正しい。
「富士樹海に行ってくる」なんて、言えるわけがない。
電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、最後は、歩いた。
ニュースでは、「立ち入りを控えるように」と言っていた。
でも、俺は向かった。
(……誰も、魔法を知らない)
(……だから、止める理由も、説明できない)
(……この世界で、この瞬間の意味を知ってるのは……)
(……俺だけだ)
胸の奥が、熱を持つ。
優越感でもあった。
使命感でもあった。
そして、どうしようもない――
(……オタクの執念だ)
樹海に入った瞬間、空気が変わった。
重い。
湿っている。
肺の奥に、冷たい何かが入ってくる。
肌が、じりじりと痺れる。
(……これが、魔力)
(……目に見えないだけで……確かに、ある)
視界が、歪んだ。
遠くの木々が、二重に見える。
足元が、ぐらつく。
(……笑える)
(……前の人生じゃ……)
(……テレビ越しに見てただけの現象に……)
(……今、俺が、直接、触れてる)
喉が、ひくりと鳴った。
(……なあ、アリス)
(……お前も、こうだったのか)
(……怖かったか)
(……それとも……)
(……嬉しかったか)
震源地に近づくにつれ、
世界が、音を失った。
鳥の声が、しない。
風の音も、遠い。
あるのは、低い、うなり声みたいな振動だけ。
(……ここだ)
地面が、淡く光っていた。
現実なのに、現実じゃない色。
青とも、紫ともつかない光。
(……これが)
(……始まりの場所)
膝が、笑った。
立っているだけで、精一杯だった。
それでも、前に出た。
(……願え)
(……ここで、願え)
胸に手を当てる。
心臓の音が、うるさい。
(……俺は、魔法少女が好きだ)
(……ただのキャラじゃない)
(……物語じゃない)
(……あいつらは……)
(……世界を救うために、戦ってた)
(……笑って)
(……泣いて)
(……ボロボロになって)
(……それでも、立ち上がってた)
喉が、熱くなる。
(……見てるだけで、満足だったか?)
(……違うだろ)
(……見守るだけで、いいのか?)
(……違う)
(……俺は――)
(……あの物語の、外にいるのが、嫌なんだ)
視界が、滲んだ。
(……願いは、決まってる)
(……魔法がないなら)
(……願うまでだ)
震える声で、口に出した。
「……魔力を、見たい」
「……感じたい」
「……あの戦いを、ちゃんと、見届けたい」
「……必要なら、俺も、戦える力を」
「……俺に魔法をくれ」
息が、白くなった。
次の瞬間。
世界が、裏返った。
胸の奥に、熱い何かが、流れ込んできた。
血管の中を、光が走る感覚。
視界に、色が増えた。
木々の輪郭が、淡く輝く。
地面から、空へ、
無数の線が、伸びているのが見える。
(……見える)
(……魔力……)
(……本当に……)
膝をついた。
笑いが、漏れた。
「……はは……」
「……成功、だろ……これ……」
胸の奥が、ひどく静かだった。
同時に、恐ろしくもあった。
(……もう、戻れない)
(……ただの、観客じゃ……いられない)
(……物語の外側じゃ……いられない)
魔法少女アリスの世界で。
誰も知らない場所で。
誰も知らない方法で。
俺は、最初の一歩を踏み出した。
(……ここで、決めたんだ)
(……見守るだけじゃ、終わらないって)
(……俺は――)
(……物語に、触れる側になる)
作者( ゜Д゜):え?主人公の絵は必要ないよなぁ




