遊具
大人になるに連れ人間関係がうまくいかなくなり自分自身に自信を無くなった久米。黒歴史を持つ後輩の馬。自信の無い久米にとって、馬をバカにすることで満たされる心持ちを抱いていた。
日常の二人の食事へ行くところ。
遊具
久米ユウスケは深夜に、公園へ行ってブランコを漕ぐときがある。頻度としては、二週間に一回か三週間に一回、そのぐらいだろう。久米は幼少の頃からブランコが好きだった訳ではなく、大人になって妙に乗りたく思えたのだった。歳が過ぎてゆけばゆくほど、周囲の人間と円滑にやることが難しくなっていった。さり気ない配慮のある一言、くすっと程よく笑わせるユーモア、親身になっているポーズの傾聴力……。久米は自分でも足りていないと思う能力を、自覚している部分だけでも、これだけ並べることが出来る。それに加えて自覚しきれていない部分が膨大にあることを感じていた。例にしてあげた部分を手に入れただけでは、説明出来ないもどかしさや周囲の否定的な反応があった。否定的な反応は直接ぶつけられる類ではなく、無言の圧、いわば体内に内臓された無臭の毒だった。久米はそれを実態として感じ取ってはいたが、正体を突き止めるまでに至らなかった。周囲の発する無臭の毒の生成者であるのは自分であることまでは判るが、自分のどの成分がそのようにさせるのかが判らなかった。
今ブランコを漕いでいる久米の脳内は、日々の生活で生じるやるせなさが充満していた。脳内と身体は、同時に動いている。
地に足をつけて、風穴をあけるがごとくため息をついた。半分を隠した月を見て、久米は少し心が軽くなった気がした。同時に、ブランコに対して飽きを感じていた。
公園から自宅の間、久米は一通の連絡を飛ばした。「明日、飯行かないか?」中川馬宛にであった。馬は、久米の二つ下の後輩で、自称バンドマンだ。数年前、音楽界を背負って立つと言い出し、路上ライブをしていた。その演奏が酷いもので、目も当てられない有様だった。何よりも酷く映ったのは、自己認識を大きく誤り、見当外れな全能感が剥き出しであったところだった。詩も乱雑であったり、自信過剰であったり、表現が卑猥であったりと、聴くものが不快になるものだった。街行く人に唾を吐かれたり、駅員にやめるよう懇願されたりして、ようやく馬は自分の行いを恥じるようになっていった。馬の周りの人間は平和になった。
久米も馬の周り人々に含まれているが、考え方は周囲とは違っていた。久米は馬鹿な奴やイタイ奴、周りの空気が読めない奴が大好きだった。病的といっていいほどだった。SNSを利用する際も、人の愚かだったり醜い部分に目を凝らし、指摘出来る部分があれば久米の指先は踊った。他人の不幸は蜜の味、久米は自分より下の人間を見つけることに歓びを感じるのであった。馬に対してもそうだった。馬のことを心底阿呆だと思っていて、切り札として以前の路上ライブのことを持ち出せば手玉にとれる。久米にとって馬は自分を裏切らない存在として、手中に収めることができた。
久米と馬は、月に二度ほど食事をする仲であった。
仕事を終え車内の久米の目には、数秒ごとに過ぎ行くワイパーと雨に揺れる前の車の赤の蛍光が映っている。雨の日は、道路が渋滞する。おそらく通常時より迎え等の理由で、車を必要とする人が増えるためだろう。
ボンネットを叩く雨粒の振動を久米は感じられる程に、雨は強かった。思うように進むことができないもどかしさから久米は少し苛立ち、通勤の鞄から電子タバコを取り出した。吸って吐いた息は視界を漂って、前の車の赤の蛍光を濁らせた。
しばらくして道路は流動化を戻して、流れに乗って久米は大きな道路を抜け出した。馬の家までで一番大きく、混む道路だった。脇道へ脇道へ、それは少数派を選び続けることみたいに車を走らせると馬の家へとたどり着いた。馬は実家ぐらしで、表札にはもちろん中川が居座る。馬の両親も馬の兄弟も社会的に不自由ない生活を過ごせる地位にいる人物たちだ。その分馬の劣等生さが浮き彫りとなる形となり、久米はその部分を茶化すことが愉快だった。
到着して、直ぐに馬が家から出てきた。バイク乗りのジャケット、中に海外バンドのイラストとロゴが入ったパーカー、ダメージジーンズ。この服装しか持っていないのではないかと思うほどに、記憶と同じだった。
馬は両手で頭上に傘をつくる格好で、車の助手席へ駆けつけた。
「おつかれっす」
「おおう、一族の恥!」おどけた仕草、口調で久米は言った。
「いや言い過ぎっすよ!まあ間違ってないけど、こちとら楽しく懸命に生きてますよ!」
久米は笑って、運転を再開した。馬のツッコミに、久米は満足した様子だった。
「この街で、美味いと有名なレストランに行きます!」
「いやいやいつものファミレスでしょ!僕らぐらいですよ。あそこに通ってるの」
久米と馬の食事をする場所は近くにあるファミリーレストラン一択だった。
「雨が多いっすよね、僕たちが会うとき」と馬が言った。
「そうやな」久米は運転に集中しているふりをして興味なさを隠した。
「なんか窮屈な感じですよね、街に邪険にされているみたいで」
馬が言ったセリフに久米は答えなかった。先ほどの電子タバコの煙のように、車内に漂いほどなくして消えた。
ハンドルをゆるく曲げて、車止めにくっつけるように微調節をした。車は久米の思惑通りに動く。目的地のファミリーレストランへ、たどり着いた。
馬が車を降りたのを確認してから、久米も車を降りた。車の施錠という理由もあるが、馬が先に店内へ入るというのが主な理由だった。久米は初対面の相手が苦手だった。本能的に化けの皮が剥がされるのではないかという警戒心が働くのだ。よって無表情、無愛想という対応になってしまい、場の空気に緊張を沈下させてしまうことが多いのだった。その点、馬は初対面の相手に話しかけられることが多い。久米と二人でいたとしても老婆や外国人に道を聞かれたりする。馬もにこやかに返して、柔らかい時間がうまれるのだった。馬鹿だと見えるのだろう、と久米は考えていた。話しかけられない自分に疎外感を感じつつ、馬のことをそのように分析していた。
久米の予想通り、店内に入った馬は店員と上手にコミニケーションを取り、段取りがスムーズに運ぶ。店員は時間帯というのもあって、少しくたびれた様子であったが、馬との会話にて詰まるところが無い安心感からか息を吹き返し、精気を取り戻しているように見えた。注文を取り終えた後には、顔を崩した笑顔まで見せる様子だった。
席について馬と向かいあったとき、久米は思った。俺の時間だ。俺がこいつを手玉にとれる時間だ、と。
会話は久米が最近身の回りに起きたこと、感銘を受けた映画、面白かったお笑い番組と進む。馬は相槌や笑顔、リアクションを取って聞き手に回る。馬が関連づけた話をしようとすると、やんわり奪いとって自分の話に繋げた。久米は終始ターンを回さないといった具合だった。
久米が音楽の話をしたときだった。眠れない深夜の時間帯で発掘したバンド。思わぬ会合、久米は運命的に感じて、夢中になっているバンドの話をした。が、馬は既に知っていて、バンド体制やこれまでの活動、隠れた名曲の話をした。久米の反応を見ないほど、馬はそのバンドが好きで、熱を込めて話した。
久米の表情が歪む。露骨に嫌悪が表に現れた。
その表情にようやく気が付いた馬の口数は急失速して、最後には久米の話への滑走路となるような質問をした。そこから久米の話は続いて、続いて、続いた。その道中で久米はあることとリンクしていることに気が付いた。あることとは、一人公園のブランコに揺られているときの感覚のことだ。




