第7話 マリアの部屋に訪問
説明が少し重いかもしれません。読むとマリアの人柄がよく分かるので、よければじっくりご覧下さい。
その日の放課後。
ケイネラとベリーはマリアの部屋を訪れた。
白いアーチの扉の前で立ち止まる。
「……この部屋だよね!」
「うん。名札も、マリア・ファムファタールって書いてある」
一応確認しておく。
ベリーが僅かに緊張しながら、ノックをする。その手は微かに震えていた。
「はぁい、どうぞ」
中からマリアの可愛い声がした。
ベリーは扉を開け、部屋の中を見る。
「わ、わ〜〜!!!めっちゃ可愛い!!」
「おぉ、可愛いね」
見た瞬間、2人から思わず感嘆の声が出た。
ベージュ、ゴールド、アイボリー、ピンクを基調とした部屋。可愛らしいのに、上品で、魅惑的だ。そして僅かに、緊張する。
マリアはカウチチェアに座っていた。立ち上がり、正面の椅子に座る。座面の色が一つだけ深い、ピンクの椅子。それがマリアの席である。
「どうぞ、座って」
マリアは椅子を示す。
「失礼するね!」
「失礼するよ」
2人も椅子に座る。
マリアは机の上に置いてあったティーポットを手に取る。
ティーポットは、白磁を基調に、ほんのりと温度のあるアイボリー。装飾は最小限で、縁と注ぎ口にだけ、淡い金彩が細く入っている。派手ではないが、光を受けると"良いものだ"と分かる。
持ち手は少し細く、女性の指にちょうどいい曲線だ。
マリアは、"ようこそ、貴方達を歓迎します"という意思を込めて、2人に紅茶を注いだ。
「お口に合うといいのだけれど」
そう言いながら。
「ミルクとお砂糖、要る?」
「ボクはお砂糖欲しい!」
「僕は要らないよ」
「わかったわ」
マリアは角砂糖のみ用意した。
茶葉は、ダージリン・ファーストフラッシュ。
これは春に摘まれる最初の新芽を利用した茶葉だ。
若葉のような香り。軽やかで、少し青い渋み。「今ここ」の季節感。
これはベリーに対して、「貴方は軽やかで美しい」と言外に伝える選択である。
そして、ケイネラに対して。
ファーストフラッシュは、紅茶に詳しい者ほど知っている。
高級だが、誇示しない。重厚ではない。しかし“分かる人には分かる”。
ケイネラは、この選択を見て、マリアは、こちらの力量を測る気がないことを悟った。
それは、彼にとって非常に心地よかった。
マリアのこの選択は、歓迎であり、同時に境界線であった。
濃厚なアールグレイでも、甘いフレーバーティーでもない。
"まだ、深くは踏み込ませない。でも、拒んでもいない。始まりとしては十分でしょう?"
その絶妙な距離感。罪深い女である。マリアは完璧に季節と心を読んでいると言えた。
カップとソーサーは、同じ白磁でも、よく見るとミルクを溶かしたような柔らかいクリーム色に見える。
飲み口は薄く、音を立てずに口に触れられる。これは「育ち」の良さが自然に出る選択だ。
柄はある。ただし、控えめだ。
小さな花が、内側の縁にだけ描かれている。外からは見えない。でも、飲む人だけが気づく。
見せびらかさず、内側に美を仕込む。
マリアらしい選択である。
ティースプーンは銀色。だが、新品のように輝いてはいない。
丁寧に使われ、磨かれ、少しだけ柔らかな光を帯びている。
"使うための美"を知っている人の持ち物だ。
茶菓子は、サブレ・ヴィエノワ。ウィーン風クッキーだ。
バターは使うが、主張しすぎない。口に入れた瞬間ほどける。音も静かで、上品。“日常”と“特別”の中間にある菓子。
つまり、歓迎しているが、囲い込まない。
ファーストフラッシュの若い香りを、決して殺さず、しかし「もてなしとしての体温」は残す。
そういう選択だ。
ベリーが、ファーストフラッシュを一口飲む。
「おいしい!」
「それは良かったわ」
その素直な反応に、マリアは微笑む。
ケイネラも、一口飲む。そして、頷く。
「……ありがとう。美味しいよ」
短い謝辞は、言外に、マリアのメッセージを受け取った、と伝える。
「えぇ。良かった」
マリアも満足して微笑んだ。
「ねぇ、後ろの絵がマリアちゃんの描いた絵?」
ベリーが問う。
「実は、結構気になってたんだよね。凄く目を引く」
ベリーは興味深そうに言う。
「僕も思った。アレはマリアの絵に見えるね。マリアと似てて、視線が引き込まれる」
ケイネラも同調した。
「ふふ……上手なのね。そう、私が描いた絵よ」
マリアは嬉しそうに目を伏せた。
「すご〜〜!え、近くで見てもいい?」
「どうぞ」
「僕も」
2人は絵に近づき、よく見つめた。
画材はアクリル。感情が滲んでいるのに、崩れていない。
タッチは、滑らかすぎない。線は残されているが、主張はしない。
特に人物の輪郭──────強く引いていないのに、視線が逃げない。
(マリアは支配しようとしないね)
ケイネラはそう思った。
天使たちは、写実ではない。顔立ちは少し抽象的で、個性が削がれている。
その代わり、羽と布の筆致が丁寧だ。
(大事なのは、彼らの人格じゃないね。態度、立場、視線───────)
ケイネラは頷く。
目隠しの布は完全な白ではなく、わずかに灰色や、淡い紫、影の色が混じっている。
(何も知らない……わけじゃなさそう?)
ベリーはそう思う。
周囲の色が、彼女に向かって静かに薄くなっている。結果として、彼女が輝いているのではなく、周囲が彼女を中心に退いているように見える。
林檎は、赤が強すぎない、熟れきっていない赤。
少し青みを含んだ、冷静な赤だ。誘惑の色ではなく、選択の重さを持った色。
そして全体の色調。
暖色と寒色の中間だ。どちらにも転べる、不安定な均衡。見る者の精神状態で、「優しくも」「残酷にも」見える配色。
ケイネラは、無意識に一歩引いた。
この絵の上手さを評価しようとして───────やめた。それは語るに落ちると思ったのだ。
これは見る者の立場を、否応なく中央に引きずり出す絵だ。
この女性は正しいのか。誘惑なのか、選択なのか。林檎を取るべきか、取らないべきか。
それを判断する材料がないのだ。だから見ている者は、意味の中央に立たされる。
「貴方は、どうするのですか?」
と。
だから、目を引く。
だから、落ち着かない。
だから、忘れられない。
ケイネラは、そう解釈した。
「これ……面白い絵だね」
ケイネラは言う。
「そうでしょう?で、──────貴方なら、どうする?」
マリアは試すような口ぶりで問うた。
「ふふ、うん。そうだなぁ……」
ケイネラは暫し考えた。
「うん────────僕は、林檎を受け取ろうかな」
「……そう。貴方らしいわ」
マリアは静かに頷いた。
2人の様子に、ベリーは内心焦る。
(えっ、えっ〜〜、2人ともそういう感じ?)
正直、ベリーはこの絵の意味がよく分からなかった。
ただ、この女性が差し出す林檎。これに危険の香りがすることだけ。それだけが彼には分かった。
「───────ベリーくんは、どうする?」
遂に、その質問が来てしまった。
ベリーは狼狽える。
「ボクは──────まだ決められない」
なので、正直にそう答えた。
これが良かったらしい。
「ふふ、あはは!そう、そうよね」
「ふふ、ベリーくんらしい」
2人とも笑った。
ベリーは安心した。
(よく分かんないけど、正解だったっぽい!?)
なんとかくぐり抜けた。そんな感じであった。
3人は席に戻り、暫く雑談した。
1時間半程経った頃に、マリアは時計を見る。
「……それじゃあ、今日はそろそろお開きにしましょうか」
指先を合わせて、マリアは言う。
「うん!今日はありがとう!」
「楽しかったよ、とても。ありがとう」
2人は笑顔で感謝を述べた。
部屋を出ようとするベリーの服の裾を、マリアは掴む。
「ベリーくん、私───────」
「ん?」
ベリーはマリアを振り返る。
「───────貴方が林檎を受け取ってくれても、嬉しいわよ」
「!!!」
意味は分からなかったが、それは告白めいていた。
「えーっと……」
ベリーは困惑する。
マリアはおどけたように笑って、ベリーの背中を押す。
「それだけ。また明日」
「う、うん!また明日!」
ベリーは慌てて返事をした。
そうして、お茶会は終わった。
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