第23話 深夜 年末
「……眠れませんね」
クリスマスの終わった夜。フィリアは自室のベッドで天井を眺めていた。
ソッと体を起こす。カモミールティーを淹れた。
今日のクリスマスパーティー。あの場で。
(僕だけが、何者でもなかった)
ベリーは思い出を形にした。凛は覚悟を示した。ケイネラは調和を完成させた。マリアは中心であることを確定させた。
自分は?
(シリウスさんには認められましたが……)
何も、持ち帰ってはいない。
それ自体はいい。ただ、
(……僕の存在に、意味はあるのでしょうか?)
それを考え出したら、辛くなってしまった。
元々、自分が人を完璧に救えるなんて思っていない。
誰かの為に生きているわけじゃない。自分のために生きているわけでもない。
胃がキリキリと痛む。
湿ったマグカップに、手を添える。
湯気が立ち上るのを見る。
眠いからだろうか。その湯気が、一瞬マリアを形作った気がした。
(もしかして、この苦しみを、マリアは救ってくれるでしょうか)
そう思って、フィリアは苦しくなった。
髪を握る。
自分はマリアに、自分を救うような期待をしてはいけないからだ。
マリアの隣に立つとは、それは全てを与えられるに等しく、同時に何も求められなくなることだった。
マリアに期待してはならない。彼女は、与えるために在る光ではない。
カモミールティーを飲み干す。
眠気は来ない。
「……今日は徹夜ですかね」
自嘲気味に笑った。
仕方が無いので、フィリアは蝋燭を立てた。
使い古された、鈍い金色の蝋燭立ての上に。
小さなオレンジの火が、フィリアの呼吸に揺れる。
揺れる火を見ると、少し安心した。
「……」
彼は一晩中、ジッとそれを見ていた。
次の日。
神の信者の彼にとって、相談を打ち明けられるのは神のみだ。だが、神は答えを返さない。
だからだろうか、マリアの部屋に来たのは。
「……いらっしゃい。どうぞ、お座りになって」
「えぇ、失礼します」
マリアは少し怪訝な顔をしてから、椅子を示した。
「……」
「……」
暫し、沈黙が流れる。
マリアがおもむろに、口を開いた。
「フィリア。貴方──────」
フィリアの目に一瞬、期待の光が宿る。
「───────、貴方がいると、部屋が少し明るいわ」
マリアは。笑わずに、フィリアの目を見て告げた。
目を離さない。フィリアも目を見開き、マリアの目をじっと見つめていた。
心臓にクっと力がかかる。
(救われて、しまった────────)
次に来るのは、己への深い失望。
「マリア、ごめんなさい。僕の至らぬ点だ」
「いいのよ。……」
マリアはそれ以上話さなかった。何を話しても、傷をえぐると分かったから。その声は、少し冷えていた。
ただ、カップの縁に視線を落として、ツッとなぞる。
甘く囁けば、フィリアは救われるかもしれない。だがマリアの愛はそんなものではない。
フィリアの己の立つ力を信じる。少しその手助けをするだけ。
フィリアは、何も言わずに小さく息を吐いた。
(やはり、これ以上救われてはいけない)
これは、信仰だ。
(救われたら、僕は壊れてしまう)
神の前で誓ってきた、「他者に依存しない在り方」を。マリアの隣に立つ自分の「在り方」を。壊してしまうことになる。
フィリアは小さく笑みを作った。
「……失礼しました」
マリアも小さく笑う。
「……いいのよ」
もう、そこに冷たさはなかった。
※
やがて、年の末となる。
正月に限って、マリアは帰省していた。
実家の炬燵に入って、テレビを見ている。
フィリアもいる。
向かいに座ればいいのに、一辺を二人で共有していた。
「みかん剥けましたよ」
「ありがとう」
筋の取れたみかんを受け取った。
ひと口食べて、マリアは微笑む。
「……このみかん、凄く甘いわ。フィリアにも1つあげる」
「ふふ、ありがとうございます」
小さなみかんを1つ渡す。
フィリアは、胸がぽかぽかした。
こんな時間が続けばいいのに、と、思ってしまう自分を、軽く律する。
テレビを見ながら、マリアに振り向く。
「マリア、ここの教会─────、マリア?」
「……すー」
「……おや」
いつのまにか、マリアは寝てしまったらしい。
フィリアはフッと笑って、マリアの手の中のみかんを、そっと机に戻す。
少し迷ってから、優しく、マリアに抱きついた。起こさないように、慎重に。
眠っているマリアの体は、ぽかぽかと温かかった。
「……愛してます」
マリアの肩に顔を埋めて、小さく呟く。
ゆっくり、体を離す。
いつのまにか、マリアの寝息は止まっていた。
ふるりとまつ毛を震わせたマリアは、ニコリ、と小さく笑う。
「わたしも、あいしてるわ」
覚束無い声で、マリアは言った。
「……聞こえてましたか」
フィリアは耳を少し赤くする。
「……」
返事はない。
「……マリア?」
マリアはまた寝息を立て始めた。
「……寝言……」
肩の力が抜ける。
「はぁ……」
暖房の効いた、暖かい部屋の中。
少し小さくなったテレビの音が、静かに部屋に響いていた。
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フィリアの胃がキリキリ痛むところで、私の胃もキリキリしました。読み返す度にキリキリします。痛い。
緩急をつけたくて、平和な話を書きました。
フィリアは、神への強い信仰と禁欲的な生き方ゆえに、自分が救われる存在だとは思っていません。
けれど、本人の知らないところで、少しずつ救われ始めています。




