30階層の迷宮
一夜明けて、再出発をする流星の魔術団一行。
「ねぇまだ?」
「シーちゃん、まだ歩き始めて3時間しか経ってないよ?」
「もうそんなに経ってるじゃん!ちょっと休もうよ〜」
駄々っ子のように言うシーナにミアは呆れながら宥める。
「もう少しですよシーナさん」
ユーノは優しい笑みを浮かべながら言うのだが、今のシーナにとってその表情は怖いと感じていた。
「あんたのそのメンタル、尊敬するわ」
「ありがとうございます!」
「だから褒めて…まぁいいや」
正人は後ろからその様子を見ていたのだが、確かにユーノの狂気じみた笑顔は今のシーナにとって苦痛でしか無かった。
この中で疲れているのはシーナだけじゃない。ミアも正人も疲れてるといえば疲れている。だがユーノはそんな素振りを一切見せずに険しい道をどんどん進んでいく。
まぁ、険しくはないけどね。ただの一本道なんだけど…今のシーナはこの一本道でも登山しているような、地獄のようなみちに見えるらしい。
ぎゃーぎゃーと文句を言いながら進めていくと、ユーノの言っていた通り海底の都に繋がる迷宮の入り口にたどり着いたらしい。
「ここが…海底の迷宮?」
「そのようですがなんか…思ってたのと違いました」
「…言いたいことは分かる。」
全員が怪訝な顔をしながら海底迷宮の方へと視線を向ける。
思ってたのと違った…というのも変な話だが、正人たちが思い描いていたのはもっとガチガチな警備の元、審査的なものをして中に通されるものだと思っていたらしい。
だが現実はそうではなく、門の前に立っている見張り兵のような人物が二人、立っているだけだった。
「それでは僕はこの招待状をあの人たちに見せてきます。みなさんはここで待っていてください。」
「わかったけど、気をつけなさいよ」
「大丈夫ですよ。あの人たちは僕たちが何者かわかってるらしいですし」
「え?そうなの?」
シーナは目を真ん丸にしながら後ろにいる正人の方を向く。正人は肩を竦めるだけして何も言わなかった。
(確かに、こいつらは俺達が何者かは分かっているらしいが、それにしても一通りが少なすぎる)
周りに人がほとんどいない。…と、そこで理解することが出来た。
「もう俺達はここに来るまでのどこかしらのタイミングで、海底の都の敷地内に入っていたんじゃないんか?」
「どうやら、そのようですね。」
「…?」
シーナは頭の上にクエスチョンマーク、ミアは正人の言葉に頷く。
「私の勝手な予想ですが…ユーノさんが持っていた招待状に何かしらの魔力が込められていて…」
「それを持っているものしか入れない場所を俺達は通ってきたって事か」
「はい」
「つまり…どういうこと?」
「疲れながらここまで来たかいがあったってことだ」
「なるほど」
本当にそれで理解したのかよという視線を向けつつも、招待状を持っていったユーノが笑顔でこちらに手を振っているので正人たちはユーノの方へと向かった。
「皆さん、もう今すぐにでも通れるらしいですよ」
「そうなのか…」
正人が顎に手を当てながら考えるそぶりを見せる。それを見ていたひとりの兵士がかぶっていた甲冑を外して明るく振る舞ってきていた。
「流星の魔術団様は我々海底の都の客人としてご招待させていただきましたので、何も警戒する必要はありませんよ。といっても…この海底迷宮を突破する必要はありますが…」
「ありがとうございます。自分たち以外にも他のパーティは来ているんですか?」
正人は軽く首を傾げながら聞くと一人の兵士は頷いた。
「はい。招待状を受けたパーティが10組。そして挑戦パーティが5組。」
「えぇ!?そんなにいるの!?」
「まぁ一応は…ですがこの海底迷宮を乗り越えたパーティはここ10年存在しないんです」
「そう…なんですね」
話を聞けば聞くほどシーナとミアの顔色はどんどん悪くなっていく。正人は臆することなく平然とした表情で兵士に聞いた。
「ちなみに、10年前に突破したパーティというのは…一体誰なんでしょうか?」
(俺の感が正しければ…)
「今目の前にいるユーノ・アタギ・カイ様のお父上様です」
「…やっぱりか」
「ええええええええ!?」
「あんた本当に何者なのよ…」
ミアはすごい顔で驚いてシーナは少し慣れたのか額に手を当ててため息交じりに言っていた。
そしてその息子…ユーノはというと…
「アッハハ…」
頭を掻いて苦笑しているだけだった。その様子を見て正人も軽くため息をついたところで一人の兵士に案内される。
「それではこちらです。」
「迷宮の入口はこの中なんですか?」
「ええ。この迷宮は30階層で出来ていまして、今現在15組がこの迷宮を探索してクリアをめざしています。」
「僕たちは1番出遅れているってことですね」
「そういうことになります。色々なギミックがあるのでやりがいはあると思います。」
「もし他のパーティと遭遇したらどうしたらいいんでしょうか?」
「共闘以外なら問題ないです。」
「ってことは…殺すこととかも?」
「はい。問題ないです。もし死んでしまえば迷宮の入口に転送されます。2回目の挑戦はないので命を大切にしてくださいね!」
ものすごい笑顔で怖いことを言ってくる兵士にシーナとミアは怯えながらも、流星の魔術団は迷宮の入口へとたどり着く。
その直後───
ほわ〜っという優しい光に包み込まれながら入口に一つのパーティが転送された。そう…死んだ=脱落ってことだ。そのパーティの一人の男は地面を這いつくばりながら兵士に泣きつくように言った。
「た!頼む!もう一回だけやらせてくれ!」
そいつが言うと他の仲間たちも便乗をして……
「次ならできる!」
「そうよ!今回はたまたま不意打ちを食らって───」
「皆さん?残念ながら脱落です。」
その兵士は淡々と、事実を述べる。そして……それが気に食わなかったのか、脱落したパーティのうち一人が勢いよく走り出し……
「てめぇ!調子乗ん────」
ストン……と、そいつの首が落ちた。
当然、それを見た他の仲間たちは兵士におそいかかる。
「はぁ……あまりこういう仕事はしたくないのですか……」
そう独りごちながら、一人、また一人とパーティメンバーの首を落とす一人の兵士。最後の一人を殺したところでその兵士は正人たちの方へと視線を向ける。
「……ヒッ」
ミアは顔を背けるようにして怯えている。シーナはそれを守る形で警戒態勢。他二人は何もしなかった。
「ちょっと!あんた達!なんで警戒しないのよ!」
「だって、ルール違反は殺すのが常識なんじゃないの?」
「僕もそう思いますけど……」
「……あんたらねぇ……」
ユーノと正人は何も警戒しないでその一連の行動を見て、シーナはため息をつけながら顔を軽く振って警戒態勢を解いた。
「それに、この兵士からは殺気を感じない。」
「よく気づきましたね」
「……」
軽く目を見開き驚いている兵士に正人は内心「しまった」と思ってしまう。そこで誤魔化すように軽く咳払いをしようとしたところで、その兵士は口を開いた。
「大丈夫ですよ。あなたたちに危害はくわえません。ですが……あのパーティのようにルール違反をしたらその時はこの刃を抜きます。」
「そうか。肝に銘じておくよ」
兵士の発言に、正人は頷く。
(ルール違反……と言っても恐らくは2回目の挑戦を懇願すること、共闘することぐらいか)
転がっている首をみて正人は舌打ちをする。
どのみち、ここまで来てしまったんだ。中に入る以外の道は無い。
「いくぞ。ユーノ、シーナ、ミア。俺たちで10年振りのクリア者になろう」
「……え、ええ」
「やけに乗り気ですね」
「何かあったんでしょうか?」
今までにない正人の様子に三人は首を傾げながらも迷宮の中へと入っていった。
何かあったんでしょうか?だと……元プロゲーマーからしたら、迷宮なんて燃えないはずがないだろう!
そう。ただの個人的な意見だった。
◇
案内人の兵士は元の門へと戻っていた。
「どうだった?流星の魔術団」
「ありゃすごいね〜……目をつけるのもわかるって感じ」
「やっぱそんな凄かったのか!アタギ・カイの息子は!」
ユーノの父親……というか両親は巷で有名になっている。その息子となれば当然気になるはず……だがその案内人をしていた兵士は軽く首を振ってから、真摯に告げる。
「もちろんアタギ・カイの息子も凄かったが……一番はその仲間、あの黒髪の男だよ」
「あいつが!?」
「ああ……俺はあいつと戦いたくないな」
「まじかよ……」
話を聞かされたもう一人の兵士は少しだけシュンとした表情になる。甲冑を被っているので表情は見えないが、声色で何となくわかった。
だがすぐに、その兵士は軽く視線を上に向けながら言った。
「だけどまぁ……強さだけが迷宮をクリアできる訳じゃないからな〜」
「そうだろうな。だから、ここ10年間クリア者は出てねぇんだ」
◇
第1回層にて……
「やはりここにパーティはいませんね」
「ええ、この階層は突破してるってことですね」
「他のパーティは何回層にいると思う?」
シーナは皆に投げかけるように質問をした。
「まぁ、意外と迷宮は難しくないんだろうけど……どこかの区切りでアホみたいに強い敵とかが出るんだろうな。」
正人は顎に手を当てながら言って、ユーノはなるほどと言いながら付け足して話す。
「となれば……他のパーティは10階層以上はいってる可能性がありますね。」
「……もうそんなに行ってんの?辿り着くのかしらこれ」
と、そんなことを言っているうちに前方からゴブリンの群衆がこちらに向かって走ってきていた。
「なにあの数……」
「しかも迷宮なので敵の強さも段違いですよ」
「シーナさん、ミアさん!僕たちの後ろに───」
「いいや、ここは私たちがやるわ!」
「はい!私たちだって強くなりました!」
ユーノの言葉をさえぎってシーナとミアは二人の前に立つ。
「大丈夫か?」
正人は心配そうにユーノに聞くが、少し考えた結果……
「これくらいの敵なら問題ないでしょう。それでは二人とも任せました」
「……はい!」
「任せなさい!」
(二人ばっかりに助けてもらう私じゃないわ!)
心の中でそう言って、シーナとミアはザッと構えとった。




