バチギレ
屋敷から出た正人は早速街へと向かっていた。
「やっぱ最初にやるべきことは…ギルドだな」
1番情報が出回っている場所と言っても過言では無い。実際どの街のギルドも情報を交換する場所に使われたりもしているらしい…ユーノ曰く。
その言葉を頼りに街へと足を運ぶ。黒の服の上から緑色のローブを羽織、ちゃんとこの街の人間ですよとアピールすることも忘れずに。
「こんにちは!」
「どうだい!うちの商品はどれも一級品だよ!」
元気がいいなぁと思いながら会釈だけして通り過ぎる。高貴な街とは違い、一般の場所に来ると道を真ん中にして左右どちらにも商人がいる形になる。
自分の商品を売ってその金で暮らしいているのだから当然のことだ。だが正人は人間世界から来た人間…この光景に少し慣れずにいた。
(まぁいいんだけど…慣れねぇ…)
気持ち肩をおろしながら溜息混じりに心の中で呟く。
(それにしても…マジで緑がいっぱいだな)
どの場所を見ても必ず緑が目に入る。この街の風習というこは分かってはいたが、屋敷で聞いていた王が決めたと言われたらにわかには信じ難いものだった。
きっと先代や先祖たちが良かったのだろう。そして今回の王はハズレだった。少しこの街の人間たちには同情してしまう。
辺りを見渡しながら歩いていると目的地であるギルドに着いた。
「…ここか」
緊張する。それが最初に出た言葉だ。ドアノブに手をかざし、一秒固まるように息を呑む。
(…うしっ)
意を決して扉を開く…扉が開いたことで周りにいたパーティの連中は正人の方に視線を集めるが、数秒も経たずにガヤガヤとし始めていた。
中には机と椅子が何個もあり、そこで談笑しているパーティ…誰かを待っている人や右側には依頼というものがズラーっと書かれた紙を眺めている人…様々な人がいた。
正人はその様子を眺めながらてくてくと歩く…すると…
「兄ちゃん見ない顔だな!もしかしてこの街に来たばっかか?」
「はい…実は今日来たばかりで…」
焦げ茶色の髪の毛をしている気のいい中年男性に話しかけられ言葉を交わす。
「そうかそうか…まぁ、なんだ…」
ニコニコしていた表情から少しぎこちない顔になり、正人は肩をすくめる。中年男性は正人に耳打ちで話しかけていた。
「(気いつけろ…この街で問題を起こせば即死刑になる)」
「(死刑?)」
死刑…そのような言葉は人間世界でも1度や2度耳にしたことがある。その言葉に少し驚きながらもラッキーと思う正人。
(早速聞きたいことが聞けそうだな)
正人の目的はこの街の人間は王をどう思っているのかを聞き出すこと…その情報をもとにユーノの助ける算段を立てようとしていた。しかし、この中年男性がいっていることが本当なら…正人も強行突破をせざるを得ないと考えていた。
「(あの、少しお時間よろしいですか?)」
「(ん?あぁ、いいけど)」
耳打ちで話していてもあれなのでとりあえず人気の少ない場所…ギルドの裏にある細い路地裏に来た2人。
「我儘を言ったのにも関わらず、了承してくれてありがとうございます」
正人は謝罪混じりにそう言って、頭を下げる。それを見た中年男性は頭を掻きながら言った。
「別に謝ることはねぇよ…っと…まずは自己紹介からだな。俺はリョウ…お前は?」
「俺は久遠 正人です。」
日本人みたいな名前はこの世界にもいるのかと思いながら正人は尋ねた。
「先程…この街で問題を起こしたら即死刑と仰っていましたが、それはいつ頃からですか?」
正人がそう聞くとリョウは腕を組んで唸り声をあげる。
「ん〜…確か今の王が就いてからすぐだな」
「…そうですか。リョウさんはこの街の人なんですか?」
「ああ…俺の故郷はここだぜ…だが…」
その後の言葉を言う前にリョウは顔を背き、何かを諦めたようにしていた。
(やっぱ今の王になってからこの街は変わった様だな)
そう結論づけてもいい程にリョウの顔色は変わっていた。怒り、哀しみ、絶望…この世の不が全て混ざったような顔。
「何か…あったんですか?」
正人は躊躇いながらも聞いた。叱咤されてもおかしくないはずなのに、リョウは俯きながら話し出していた。
「…俺は子供と妻がいたんだ。だが5年前…俺の仕事が失敗してそれが王にバレて子供と妻が殺された」
「…っ!?」
「どうして俺じゃないんだって…今でも思ってる。だが、仕方が無いのも確かなんだ。俺の仕事は国と国を繋げる大事な物で俺にしかできないことだったからだ」
涙を流しながら…自分の両手を眺めるリョウ。
「今は俺以外にもその仕事が出来るやつが現れそいつに任務を任せている…そこからずっと俺はこの街の亡霊になった」
きっと…正人が思ってる以上に辛い。大切な人がいなくなるという感覚は分かるが、もし…正人がその立場なら正気を保つことさえもままならないだろう。
「あいつは…あの国王は…俺の妻と子供を殺した張本人だが覚えてないだろうな。そういう奴だから…」
もう…聞きたくなかった。それ以上聞いたら内にある魔力を全て使ってでも王を殺してしまいたくなるから…。だから、それを遮るように正人は真摯な顔をして…
「俺の仲間が…王に囚われています。出来れば力を貸してください。」
「…そうか…だからそこまで必死なんだな」
必死さを出していたつもりは無い。だが…この人からは分かったのだろう。だからこんな路地裏まで来て話を聞いてくれた。
「あなたなら…王宮の中に入ることが出来るんじゃないんですか?」
「……」
沈黙。それが答えだった。出来ない訳ではないのだと…すぐに分かった。正人からしたらそれで十分だった。
「リョウさんは…どうしたいんですか?」
「…っ!?」
正人の問いに…リョウは肩を縮めながらも拳を強く握り、その音が正人の耳にも届いていた。
「ハックを殺してやりたい…そんな奴がゴロゴロといるだろうよこの街には。だがそれはできない…でもせめて!妻と子供が報われる様に、なにかしてやりたいとは思っている」
「分かりました。では俺と手を組みましょう。」
「…手を?」
「はい。リョウさんは俺が王宮の中に入れるように手助けして下さい。仲間を助けた後、あなたの前に王を連れていきます。」
「そんな事が…」
リョウは真摯に告げる正人の顔を見て…何処かおぞましさを感じながら頷いた。
「分かった。手を組もう。」
「ありがとうございます。助かります。」
正人はそう言って手を差し伸べ、リョウもその手を取る。
「礼を言うのは俺だ……このままだったら俺は自分が死んででも王を殺そうとしてた。感謝している。」
腐っても王なのだと。この国を代表する人物なのだと。それを理解しているのだろう。恨みを持っているものは死ぬほどいるが、それでもこの国が、街が存続しているのはヒューロン家のおかげというのも大きい。だからこそ間違った選択をしないように、手を組んだのだ。
「では…また明日」
「おう!ありがとな!正人!」
ギルドの前でそう言ってこの場所を離れた。そうと決まれば早速シーナとミアに話をしようと屋敷へ戻ろうと歩き始める。
こんなにも早く情報を得られるとは思わなかった。しかも手を貸してくれるのはかつて国と国を繋いでいた大事な役割の人だ。これ程やりやすい人物は居ないだろう。自分の運の良さに感謝しながら元来た道を戻る。
高貴の街並みになってすぐ…胸騒ぎがし始めていた。いや違う…体の周りに薄く張っていた魔力が反応していた。今、行くなと…体が言っている。もし行ってしまえばなにか大変なことが起きるぞと…体が悲鳴をあげるように言っていた。
(なんだ…これは…この感じはなんだ)
辺りを見渡しても何も見えないしいない。その変な感覚を払拭するかのように走り…屋敷に着く。
魔力の反応がどんどんと強くなっているのがわかり、その原因は屋敷なのだとわかった。
最初来た時みたいに自動で門が開かないのが分かり、正人は自力で開けて中に入る。中庭を駆けて玄関の前に着き、勢いよくその扉を開く。
「…っ!?」
目に映った光景は…なんとも悲惨なものだった。
鉄の匂いが充満し、吐き気を催してしまう。薄暗く広い玄関の周りに飛び散っている血痕。その匂いが強くなっている方へと走る。方向は今朝ロイと話していた広間の方。
そんな事は無いだろうと…走る。
シーナとミアの無事を祈るように走る。
玄関から通路…その道中で血を流して倒れていたメイドや執事に届くように魔力を広げてヒールをする。
止血する程度ではあるが出血していたのが止まり、横切っていく正人を薄目で見るメイドと執事…
「…正人、様?」
その言葉は正人にも届き、安堵する。
それと同時に広間に到着して閉まっている扉を勢いよく開く。
「シーナ!ミア!」
バンッ!と音を響かせながら開くドア。部屋の奥には白い貴族服にオールバックをしたオレンジ髪が剣を持ち、シーナとミアを切ろうとしていた。
「…あ?」
振りかざしていた手がピタリと止まり、声のした方向へと振り返る。
「誰だテメェ…」
「てめぇこそだれだ」
正人はそう言いながら1歩、踏み入れる。
「来ちゃダメ正人!」
シーナが強く言った事で足が止まり、つま先のギリギリのところで斬撃が床を傷つけていた。
(斬撃を飛ばす魔法か!?しかも…見えなかった…)
心の中で整理しながらも構えをとる正人。だがその瞬間、振りかざそうとしていた剣をおろし、ニヤリと笑みを浮かべて愉快そうに話始めていた。
「てめぇが正人か…良かったなぁ、もう少しで殺しちまうとこだったぜ」
「ごめんなさい正人さん…私たちの作戦が…」
正人はすぐに理解した。何かの拍子で俺の名前が出て反応してしまった。ユーノが捕らえられているとなればそのパーティもこの街、屋敷に来てもおかしくない。そこで正人の居場所を吐かせようとしたのか…とわかった。
正人は謝罪をするミアにいつも通りの表情で答える。
「大丈夫だ…ミアとシーナが謝ることは無い。辛い思いをさせたな。」
「かっけえこと言うじゃねえか…てめぇモテるな?」
「そんな話は関係ねぇだろ」
「いいやあるね…俺は女にモテるために生きてきた。こんな美女二人を連れて冒険者なんていい人生だなぁ!」
そう言いながら剣を振り、空を斬る音が響き渡る。正人の後ろの壁が斬撃で傷ついたところで…
「何が目的だよ…」
「目的?この屋敷の抹殺」
その言葉が出た直後…正人は今までにない怒りが込み上げてきて…。部屋の奥で倒れ込んでいる執事長のロイが目に入る。
「正人…様…申し訳ございません…でした」
あぁ…きっと、これを『怒り』というのだろう。
これが…『殺す』という感情なのだろう。
それを押し殺すことも今はできない。
今はただ…こいつをどうにかしないといけない。
体に纏っていた薄い魔力から青黒い魔力に変換し…気がつけばオレンジ髪のオールバック…ネクスに走り出していた。




