囚われの身
「それで?親がお世話になってるから挨拶に行くってこと?」
「そういう事ですね。」
ユーノから話されたこと。
ユーノの両親は魔術学園のトップで王族や貴族…様々な種族とご繋がりが多い。だからこうして街に出向いた時には挨拶をするという決まりがあるのだとか。
「なんであんたが世話になってないのにわざわざ挨拶するのよ」
「仕方ないですよ。繋がりというのは大事ですからね。」
(繋がり…確かにそうだ)
数日前…寝る前に正人も同じことを考えていた。だからこそ正人は何も反論せずただユーノの話を聞いていた。
だがしかしここで問題があるとのこと。
「風の都の王様は少し変わってる方でして…面会は僕だけの方が良さそうでしょう」
「逆になんで俺たちが王様と挨拶するんだ?」
正人が怪訝な顔で聞くと、ユーノは肩を竦めながら言った。
「あの人、身内以外にはものすごく厳しいらしいんですよ。本当はパーティ名やあなた達を知ってもらってお手伝いとかした方がいいんでしょうけど…」
ようやっと理解した。確かに王様に正人たちの名前やパーティ名を知ってもらうのはこの先の冒険でかなり優位に動くだろう。風の都の王族との繋がりがあるとか他の街からも多少なりと知って貰えるチャンスが増える。
しかし、ユーノの言った身内以外には厳しい。これは王族ならではの事なのだと正人は思っていた。
(王族や貴族ってまじで大変って聞くしな。身内だけを信用するのは納得だ)
そこまで考えたところでミアは人差し指を頬に当てながら口にした。
「それでは、私達はこの街を見て回りませんか?暫くはここに滞在するでしょうし……」
「いいわね!私も賛成!」
「俺もいいけど……」
チラッとユーノの方を見れば顎に手を当ててなにやら考えている様子。
「何よ、まだ何かあるの?」
シーナは眉をひそめながらユーノに聞いた。
「この街に僕の所有する屋敷があるのですが──」
「いく!すぐ行く!」
「荷物もありますしユーノさんの屋敷に行ってからにしましょうか」
目をキラキラさせながら急かすシーナと、輝かせてはないものの、「屋敷に行けるのなら最優先ですね」と言わんばかりの顔をしているミア。
欲しいものを強請っている子供にも見えるそのなんとも言えない表情に正人も方を竦めた。
「屋敷はこちらを見てください」
ユーノはそういいながら地図のようなものを手渡すのと同時に、何やら別の紙も渡される。それに気づいた正人がユーノに視線を向けると目で合図を送るように片目をぱちぱちとさせるユーノ。その行動に不信感を抱きながらも小さい紙をすぐ左ポケットにしまい、屋敷の場所が記されている地図を開いた。
「では僕は王宮へ行きますので、また後で落ち合いましょう」
「おう、わかった」
「またね!ユーノ!」
「お気をつけて」
手を振って見送り、ユーノは見上げたらひと目でわかる王宮へと足を運んでいった。
「俺らも屋敷に向かうか」
と言ったところでミアとシーナが咎めるように正人の肩を掴んだ。
「ユーノに地図と何渡されたの?」
「私たちには隠し事ですか?」
「……っ!?」
やはり…バレていたかとため息を軽く吐いて左ポケットに手を入れながら…
(俺にだけ隠すってことはなにか理由があるんだろうけど…)
さすがにこの状況で変に言い訳をしたり誤魔化したりするのは野暮だろうと考えた所で。
「わかった、見せるよ」
ふんっとシーナは鼻を鳴らしそっぽ向き、ミアはじーっと正人を見つめる。
屋敷に向かいながら小さな紙を広げて書いてある内容を見る。
『今日中に帰って来れなかったら屋敷の人と協力してこの街を出るように。もし、シーナさんやミアさんにこの手紙がバレたら屋敷から出ないようにしてください』
なんなんだ。この手紙は。ユーノは全てわかっていたかのような手紙の書き方をしている。だが問題はそこじゃない。
「なによ、これ」
「帰って来れなかったらこの街を出るってどういう…」
おかしい。この手紙を見ればもう一目瞭然。ユーノは囚われの身という事だ。何故だ。何故──。
『あの人、身内以外にはものすごく厳しいらしいんですよ。』
ユーノとの会話を思い出し、正人はハッとした顔になり、片手で口元を覆うようにして整理した。
(ユーノも確証はないが魔力の特性を加味したのか?だがそれはおかしい。身内は身内だ。いくら魔力の特性があるにしろ厳しくするはずがない。だとしたら何だ…)
1秒にも満たない速度で思考をめぐらせたところでミアが口を開く。
「まずは屋敷に行きませんか?この文章であれば屋敷の人はユーノさんの現状を知っているのかもしれません」
「確かにそうね。それにユーノ、私たちを屋敷の中にいるようにって…どういう事なのよ」
先日シーナはお荷物になりたくないと言っていた矢先にこれだ。当然怒るのも無理はない。だがユーノのことだから屋敷の中にもきっと何かしらの問題があるのだろう。そこまで正人は考え、とりあえず屋敷へと足を運ぶことにした。
始まりの街どうよう…この風の都も少し歩けば高貴溢れる街並みへと変わっていった。貴族の連中らが不思議そうに正人たちを見る視線は多少なりと慣れたと思っていたのだが…。
(慣れねぇ…なんだこいつら?みたいな顔されるの変な感じするな)
人間世界でも同じような顔は何度もされたことがあるのだが、それとは少し違う視線…きっと、貴族でもない人間がどうして?という疑問からの視線なのだろう。おまけに貴族の連中は腕に腕章を付けている。始まりの街との違いはそこだ。
そんなことを考えながら歩いているうちにすんなりとユーノが所有している屋敷に着いた。
門の前に着けば自動的にその扉が開き、正人たちは当然のように驚いた。
「えっ、怖」
「私たちまだ来ただけよね?」
「監視カメラでもついているのでしょうか?」
ガラガラと門が開き、中庭を歩き始める3人。限界の前に人影が見えて正人たちは少し身構えるが、それをわかっていたかのようにその人影は1歩前に出てお辞儀をした。
「正人様、シーナ様、ミア様でごらっしゃいますね?」
「…はい」
正人がそう返事した事でお辞儀していた人は顔を上げて自己紹介を始める。
「わたくしはここの屋敷の執事長…ロイ・キューヲと申します。」
「キューヲって…」
「はい。姉のアキがお世話になりました。」
丁寧に一礼をする執事長。始まりの街の屋敷のメイド長はアキで、ここの屋敷の執事長はその弟であるロイ。3人はすぐに納得ができた。
(((姉弟だ)))
容姿もものすごく似ている。顔立ちから口調まで。声の張り方も多少似ているのがわかり3人は安堵し、屋敷内へと案内された。
屋敷は始まりの街とほとんど同じだった。部屋の数や廊下の長さまでほんとに全部。
正人たちはひとつの部屋に招かれ、白長いテーブルを目にする。
「どうぞ…座ってください。あなた達がくるというのはユーノ坊っちゃまから聞いておりました。」
「えっと…今ユーノが…」
シーナがあたふたしながらもユーノのことを話そうとするのだが、ロイは頷きながら話し始めていた。
「ユーノ坊っちゃまは今、王宮へ向かわれているのは知っています。そしてあなた達が何を話そうとしているのかも…」
そこまで話したところで、瞑っていた目がゆっくりと開き軽く頭を下げて懇願するように…
「どうか…私達の主人…ユーノ様を助けてください。あなたならそれが可能です。」
軽く頭を下げながらも見ている視線は正人だった。正人は首を傾げながら問う。
「どうして俺なんですか?俺たち…では無いのですか?」
「私達もユーノを助けるわ。仲間だもの!」
「…っ!?」
シーナの言葉に目を見開き、涙を浮かばせるロイ。
(あの坊っちゃまが…仲間を持っているとは。アキから聞いていたがなんとも嬉しい)
心の中で嬉しさを噛み締めながら首を軽く振って前を向く。
「どうして…私とミアじゃダメなんですか?」
睨む着けるように言うシーナに謝罪しながら答える。
「すみません。執事ともあろうものが順番を飛ばして話してしまいました。」
一拍置き…続ける。
「シーナ様とミア様には、屋敷の問題について解決して欲しいのです。」
「「屋敷の問題?」」
「はい…つきましては──」
◇
案内された自室に足を運び、荷物を置く正人。そしてその椅子に座り状況を整理していた。
執事からの言動からしてユーノは十中八九囚われるとのこと。そして、この屋敷には問題があること。
その問題というのは…本来、この屋敷はユーノの家系…アタギ・カイのもの達を中心に保有しているのだが、この街の王族がその強大すぎると考えたのか新しいつかいを屋敷によこしたとか。そいつがもう問題児で排除したいらしい。
正人はここまで状況を整理したところで大きくため息を吐く。
「…ユーノ、お前この世界ではすげぇ坊っちゃんなんかよ…」
王族が怯えるって相当だぞ。アタギ・カイとなるとこの家系は他にもたくさんのものたちがいる。そういうのをもろもろと考えたところで…
「…どうすっかなぁ」
と言葉をこぼす。
◇
王宮の前に着いたユーノは立っている兵士に話しかける。
「ユーノ・アタギ・カイと申します。シキ様にお伺いしたく参りました。」
普通なら身分証などを提示する必要があるのだが、名前を聞いてハッとした顔になるのと同時にユーノの殺意剥き出しが合わさることですぐに中へと招かれた。
(この魔力特性には助けられてるけど…こういった交流では邪魔なだけなんだよな)
心の中で呟きながら王宮の中に足を運ぶ。新しい街に来たらその王様に挨拶をするのが当たり前な世界…特に貴族や名の知れた貴族はなおのこと、両親が関わっているとなれば当然のことだ。
だがユーノはこの街に来る前から気づいていた。自分はきっと、この街に来たら王によって囚われの身になるということ。始まりの街出発前にアキに伝え、風の都の屋敷に正人達のことを伝えて自分ができるだけ生き残れる道を模索し続けていた。
以前、アキから聞いたことがある。風の都の王は私利私欲の為なら何でもする人間だと。その為なら邪魔な人間を殺し、自分が頂点に立つという傍から見たら屑だが…この世界からしたらこういう人物が生き残るというのが自然の摂理だった。
そしてユーノの両親は厳しい人間だと聞いていた。
となれば…自ずと出てくる答えはひとつ。
その子供を厳しく扱うだろう。あまつさえ殺そうとしてもおかしくは無い。
それほど…ユーノという存在は大きかった。
兵士にひとつの部屋へと招かれ、足を運んだのと同時に床が抜ける。
「…うわぁ!?」
下には地下牢のような場所で律儀に藁が敷いてあり怪我をすることはなかった。
すぐに脱出をしようとするが魔法が出せない。
「……!?」
どうやら、この地下牢は魔法陣が覆っているらしい。魔法を出せなくする術だとすぐに分かりため息混じりに呟いた。
「…やっぱりか」
下に敷かれている藁を殴り、ユーノは上を見上げて申し訳なさそうにしながら兵士が空いた床を木の板で覆っているのを目にする。




