この世界での生き方と次の街
「それじゃまたね、おやすみ正人」
「ああ、おやすみ」
シーナは正人にそう言ってユーノが用意してくれた寝床へと向かった。その後ろ姿を眺める正人は少し悲しげな表情をしていた。後ろ姿が見えなくなり正人は前を向いて独り言つ。
「俺は、俺のやるべきことをやる…か」
拳を強く握りしめ、奥歯を噛み締める。
あれだけのことを言っておきながら自分がやれるべきことは出来ていない。
妹を救う手さえ知らない。
もしかしたらと言う手がかり…世界の謎を知る人物はこの世界で3人しかいないSランクの魔術師だけだ。
どうやって会いに行くのか。
自分がどうやってその境地にたどり着くのか。
正人はずっと、分からないままでいた。
この世界に来てからそのようなことを考えては挫折し諦めかけようとして…妹の顔を思い出し、ミアの笑顔…妹に似た笑顔を見てはまた思い出す。
自分はこの世界に楽しんできているのではない。帰る方法を探しに来ているのだと思い知らされる。
でも…自分だけじゃ何も出来ないのは分かっていたからこそ、一つだけ決めたことがあった。
「…俺はみんなに認められる人間になりたい」
独り言のように呟かれるその言葉。正人はここに来てからの出来事を振り返っていた。
シーナとミアに助けて貰ったこと。
ユーノに出会い魔法を教えてもらったこと。
自分はただ魔力が膨大なだけの異端者だと言うこと。
シーナはその自分の弱さを悔しく思い、強くなると宣言した。正人も同様に強くなる決心をした。それは変わらない。
だが強いだけじゃ『人間世界には帰れない』。帰るためには情報が必要だ。それも数多くの情報が。だからこそ、人脈が必要なのだ。ルディック達との別れはああいうものになってしまったが次、人と会う時は頼り頼られる関係を築いて行きたいと考えていた。
(どんな些細なことでもいい。帰るためなら何でもする。)
手のひらで小さい青い炎を出し、握り潰して決心した。
◇
今思えば、人付き合いなどはしてこなかった。俺はある程度人の顔を見たら何をどう思っているのかくらいはわかると思っていた。でも…シーナの言葉を聞いてわかった気になっていたんだと気づいた。
結果、俺は何も知らなかった。
きっと…人間世界の時も同じだったんだろう。
何故か今になって両親や妹にはどう思われていたのか。プロゲーマー時代の仲間たちにはどう思われていたのか、ふときになった。
「…なんでも分かってるようなキモイやつ…とでも思ってたんだろうな。」
小さな笑みを浮かべて肩をすくめる正人。実際になんでも出来たし、できないことの方が少なかった。
ただ人間世界では出来ないというかやってこなかったのが『人間関係』だ。人に避けられ、正人もそれが丁度いいとすら思っていた。ただ金稼ぎが出来ればいいと思っていたから。でも…今、この世界に来て正人の心は少しずつ変わってきていた。
心做しか人間世界にいた時より笑っているような部分もあるのかもしれない。普段は真顔でも、その真顔の時間は人間世界にいた時より少なくなっているのは確かだった。そして正人自身もそれに気づいていた。
手のひらで口を覆うようにして口角が上がっているのを感じる。
だがこれは異世界に来て楽しい・というより、未知のものに興味を示すそれに近しいものだった。
「何してんだ…俺」
そう言って両手を後ろにして地面に着けて空を眺める。人間世界の星とは異なりキラキラと輝く星々。キラリと流れ星のようなものが一つ過ぎ、正人はまた独り言つ。
「…頑張ろう」
途方もない人生になるだろう。人間世界に帰れるのは何年も先かもしれない。でも不思議とできないとは思っていなかった。俺は、妹を…真希と会うためなら何だってするつもりだ。
何年かかってもいい。
何をしてでも…。
何としても…現実世界に、人間世界に帰る。
そう決めたのだった。
◇
早朝、パーティメンバーは起きて朝食をとっていた。
「そういえばユーノ!私、課題クリアしたのよ!」
嬉しそうに声を上げながら完成した構築魔法の子猫を見せるシーナ。
「凄いですね!次の課題は…もう分かっていますね?」
「ええ!他の構築魔法でも細かく再現すること!」
「そうです!それがクリア出来れば、シーナさんの魔術は更に進化します!」
(といっても…もう基本魔法は完璧になってると思いますが…)
子猫の再現が完了したことでシーナの基礎魔法は完璧と言っていい程の完成をしていた。ユーノはシーナの基礎魔法を見ることなく見抜き、次の課題を与えそれがクリアした頃には基礎魔法を応用して使えるようになるとも確信していた。
(ですがこの二人には…色々と驚かされてばかりですね)
全てが規格外の正人、そしてポテンシャルだけでいえばユーノを超えているシーナ。どんどん肩の荷が狭くなるのをユーノは感じていた。
「昨日はよく眠れましたか?」
「途中ちょっと起きたけど、またすぐ寝たよ」
「そうですか」
ミアが優しい笑みを浮かべながら採ってきた木の実を口に頬張る。やはりその食べ方も顔立ちも全て真希に似ている。
(いくらなんでも似すぎだろ)
そう思いながら正人も木の実を口に運ぶ。口の中で弾ける甘い果汁が広がり朝起きたばかりにはちょうどいい朝食だ。幸福感溢れるひと時を堪能するかのように噛み締めて喉に流す。
そして正人は昨日の寝る前に少し考えていたことを口にする。
「パーティ名決めないか…?」
唐突に告げられた言葉に全員ポカンと口を開ける。他のメンバーならまだしも正人に言われるとは思っていなかったらしい。
「ルディックさんたちは『復刻者』と名乗っていましたしね」
「たしかにこれから冒険するならパーティ名は必要よね!」
「では皆さんから一つずつ名前を提案しませんか?」
ミアからの提案で全員が頷いて名前の発表会が行われた。
シーナが『魔術騎士団』どうしてこの名前になったのかと言うと…ユーノが剣を生成して使って私も使いたいから!だそうだ。将来を見据えてこの名前にしたいらしい。
ミアが『未知の援団』これはミア曰く、パーティメンバーの二人は発展途上…これからの冒険で人助けをするという意味が込められているらしい。弱き者を助ける。これがミアの行動原理なのだとか。
ユーノが『メテオ』流星の如く現れ、名を轟かせる為だとか。なんともユーノらしい名付けだ。
俺はと言うと…
「ん〜〜〜〜」
唸り声を上げて考えていた。シーナやミアの考えた名前はすごくかっこいいと思う。でもどこか背筋がこしょばゆくなってしまう。ユーノも物凄くいいのだが…なんかいまいちピンと来ていなかった。そこで正人はハッとした顔になり3人にを見た。シーナは怪訝そうな顔で、ミアは首を傾げ、ユーノはきょとんとした顔をしている。
「お前たちも始まりの街を出て冒険をするのは初めてなんだよな?」
「そうだけど」
シーナの言葉で3人が目を合わせてこくりと頷く。
だったらもう…正人はあれしかないと言わんばかりに…だけども少しだけ気恥しそうにしながら言った。
「…トで」
「はい?よく聞こえなかったんだけど」
「スタートで…」
「どういう意味よ」
怪訝な顔をしながら聞いてくるシーナに正人は肩を竦めながら答える。
「全員が同じ位置から始めてるって意味で…」
「ダサい」
「…ですよね」
肩を縮める正人にユーノとミアは苦笑い。
結果…なんやかんやありましてパーティの名前は『流星の魔術団』になりました。
いや〜絶妙にダサい。わざわざ代表戦だとかで戦う時、名乗りあげたくないくらい絶妙にダサい。でもきっとこれぐらいがいい。最初からアホみたいにキメるより、こういった方がいいものだ。そうに決まっている。深くは考えないでおこうと思い、身支度を済ませたメンバーは『風の都』を目指す。
◇
その間は特に何事もなく、数日が経過した。ダンジョンもない、人と会っても商人が馬を引連れていてそれに出くわす程度。そして無事…始まりの街の次の街と言われる『風の都』にたどり着く正人たちのパーティ基『流星の魔術団』。
「ようやく着いたわね!」
「少し風はありますかね…」
「そうですね。風の都なのでそこは仕方ないですよ」
大きい石でできた門をくぐると、広がった街が目に入る。比較的始まりの街と街並みは似ている。ズラーっと建物が並び、商売をしている人。しかし始まりの街と違うものがあるとするならこの街にいる全員の服装が緑を主体としたものということ。
「風の都と王様は自然を大事にするということから、それに習うようにこの街に住んでいる人は必ず緑の色の服を着ているそうです。」
「なるほどな…ってことは俺たちも着替えるのか?」
「はい。見てわかる通り全身じゃなくてもいいので、多少緑っぽいものをみにつける程度で大丈夫のはずです。」
ユーノの言葉にバツが悪そうに返事をするシーナ。真紅を代表するような彼女に緑色の服を着るというのがいやらしく、近くの服屋に入っては緑色のリボンを買い、それを髪を結ぶ形にしていた。
「これでいいわよね?」
「ええ、大丈夫です」
ミアは聖職者のような服を来ていたというのもあり、その服に緑色が入っているので問題ないとの事。
正人は黒の服に灰色のズボン。その上に少し大きめの緑色のローブのようなものを身に纏う。このローブには黒の服とは違いなんの魔力作用もない普通の布だ。正人はそれにホッとしながらユーノの方に視線を向ける。
青髪に真っ白い騎士のような服装をしていたユーノ。その上から緑色のマントをはらりと翻し、キメ顔をしていた。
「似合ってますか!」
「ええ…似合ってるわよ」
「とってもお似合いです!ユーノさん!」
「いーんじゃねーの」
ジト目を向けていう正人とシーナ。ミアは多分本当に似合っていると思っていたのだろう。目がキラキラだ。ユーノはふふんという音を上げながらご機嫌な様子。
一通り風の都のルールを頭に入れ、着替えたところでシーナは高々と宣言をした。
「せっかく冒険者になったのよ!やっぱ最初はギルドに行って依頼を見ましょう!」
腕を大きくあげて言うシーナにユーノはバッサリと切り捨てるかのように口にする。
「いいえ、まずは風の都の王様に挨拶をしに行きます。ギルドはその後です」
真摯に告げられてシーナも反撃する余地もなくシュンっと撃沈するのだが──。
「は!?王様へ挨拶!!!????」
「ちょっと待て聞いてないぞユーノ」
「言ってませんでしたからね」
「どうしていってくれなかったんですか!」
全員数秒がたったところでぐんっとユーノに迫りながら聞いた。
両手を上にあげ体をのけ反りながらみんなを宥めるように言う。
「ちゃんと説明しますから…落ち着いてください!」
といったは言いもののこのあと数分間は理解して貰えなかったユーノであった。