異端者
正人とルディックは対極の壁に衝突した。
観戦者たちは何が起こったのか分からない様子で見ていた。
「一体…何が起きたの…」
シーナがそう口にして、ユーノはなにかに気づいたのか声を上げた。
「正人さんはあの一瞬…自分が出せる最大の魔力を放ったんだ…」
そうでないと説明がつかない。今のルディックの重力は物凄いものだった。全ての魔法を打ち消されるほどの重力を放っていた。
ルディックの仲間であるキューライとリュイエットは信じられないといいたげな顔で唇を震わせながら…
「有り得ない…ルディックは今の最大重力だった…それを打ち破るのなんて見たこともない」
「…あの男の人は一体…」
この二人も何が起こったのかは分からなかったが、ユーノの言葉を理解していた。
正人の周りには膨大な魔力が纏われていたのだから…
「っ…てて」
壁にぶつかり破片がゴロゴロと落ちてくるのを退けて立ち上がるルディックと正人。
(今何が起こった?)
分かっている。自分が何をしたのかは。ただ理解が追いつかなかった。きっと…フリースペースで大男の魔法を無に返した時と同じ原理なのだろう。膨大な魔力で魔法を弾いたのだ。
「てめぇ、まじで強ぇな」
「そりゃどうも」
ニヤリと笑みを浮かべながらゆっくりと歩くルディックを見て、正人は尋ねる。
「本当の目的はなんだ?お前の強さならここの付近にいるのは到底考えられない」
「言ったろ?俺は始まりの街に用事があって来ただけだ…」
フッという音を鳴らしながら視線を逸らす。数秒空に彷徨わせた後にルディックは再度口を開く。
「だが……お目当てのものは見つかった。今回のところはそれでいい」
「見つかった?」
「ああ…俺の用事はお前と会うこと」
「は?」
意味のわからない言葉に正人は思わず首を傾げた。
「俺の親父からの命令でな…詳しくは話せないがそういうこった。」
「…何のために」
「さぁ?そこまでは聞いてねぇな。『異端者と会え』それが命令」
ますます分からない。異端者と会え?どうしてそれが俺になるんだ。と正人は考えるがどうしたって答えは出てこない。ルディックは背を向けてリュイエットとキューライに呼びかけた。
「んじゃ、戻るぞお前ら…」
「はーい」
「んじゃまたね、皆」
キューライは最後に正人の耳元で囁いた。
「(未来の魔術師は君の事なのかな)」
「…っ!?」
体をのけ反り囁かれた耳を軽く抑える正人。シーナはその行動に少しだけムッとしてこのダンジョンを出る3人の背を見る。そして後ろ姿も小さくなったところでルディックの声が響き渡った。
「お前がピンチの時…俺たちは必ず助けに行く」
その言葉だけを残し…気がつく頃にはこのダンジョンから去っていき気配も無くなっていた。
「…っ!?」
「大丈夫ですか正人さん!」
「…あぁ、何とか」
(魔力を使いすぎたか)
そのせいもあってなのか…ユーノ以外の人と戦ったのは魔法を使っては初めてだったのでその疲れもあり片膝が地面についていた。
ミアがすぐ回復魔法で治療してくれたおかげで何事もなくなったが、シーナはあのルディックに対して怒りを顕にしていた。
「なによ!あの魔族!戦うだけ戦ってどっか行っちゃって!」
「気持ちはわかるけど、今は正人さんの無事を喜ぼ?シーちゃん」
「…ん…そうね」
ミアの言葉にシーナは頷き静かになった。次にユーノが正人に近寄り声をかけていた。
「あの話が本当なら…なんか嫌な予感がしますね」
「ああ…なんだ異端者って…」
(もしかして転生者…転移者の事を言うのだろうか)
異端者が当てはまるのはここの二つぐらいしか思い当たる節はない。正人の魔力を見て驚いた様子もあったのでその可能性は大いにある。
「一先ず、このダンジョンから出ましょう。敵は全てルディックさんたちのパーティが片付けているみたいですから」
ユーノの言葉に全員が頷いてこのダンジョンを出た。
ダンジョンから出た外は日没の時間だったため、段々と暗くなっていた。
「今日はここを宿にしましょう」
「その方が良さそうね」
「私、何か食べれるものを探してきます」
「助かりますミアさん」
シーナはミアについていき近くの森林に向かい、食料を探しに行った。
正人はユーノと二人になったのを確認し、改めて聞いた。
「なぁユーノ…なんであいつらは種族が違うのに一緒のパーティにいるんだ?」
「…聞きたいのはそこからですか…」
目を見開き驚いた様子をして軽いため息をつきながら話すユーノ。
「僕は…正人さんとルディックさんが話していた内容と、最後の言葉が気になりますがね」
「…まぁ正直言って俺も分からないに尽きる。」
「そうですか」
「…わるいな」
視線を逸らすユーノをみて正人も少し視線をしたにしながら言う。
正人と出会ってから初めて経験するような事ばかりなのにも関わらずその当の本人は『分からない』『話す時が来たら話す』というばかり。正人もはユーノの気持ちを分かっていた。
(まぁ、事実だし何も言えないけど…少し心が痛むな)
そう考え、ユーノもハッとした表情になり軽く咳払いをして話を始めていた。
「えっと…魔族と天使族とエルフ族…についてですよね。正直言って僕も初めて見た時は驚きました」
「やっぱそうなのか…」
「ええ…エルフ族はともかく、魔族と天使族はこの世界でも『対極の位置』にあるんです。もっと言うなら険悪の仲ですかね」
(なのに何故…その種族が手を取りあっているのか…)
「僕も詳しいことは知りませんが、ルディックさんの魔力特性を見るに『忠誠を誓わせた』のでしょう。そう仮定しないと僕にも分かりません。」
「なるほどな…んじゃ現状は謎のパーティってことか」
「はい。正人さんに会いに行き、ピンチの時は必ず助ける…これは何か予言しているようにも思えますよね」
「ああ…あの天使族のやつにも耳元で『未来の魔術師』的なことも言われたし…」
「そうですか…」
結局は何も分からないままこの話は終わった。この世界には他にも獣族、呪族、炎族といった人間世界でもあまり聞いた事のない種族が沢山いるということをユーノから聞いた。
シーナとミアも戻り、皆でご飯を食べ、ユーノの魔法で寝床を2箇所作るとパーティメンバーの皆は就寝した。
数時間が経ち…正人は目を覚ました。
「まだ夜中くらいか…」
ボヤきながら寝床から出て背伸びをする。ポキポキっと骨がなる感覚は気持ちいいが異世界に来てまだ間もないのであまり寝付けていないのが現状。それが正人の悩みでもあった。
寝床から出てしばらく歩くと、1人の人物の影が見えた。
「……シーナ?」
その声にビクッと体を跳ねさせて恐る恐る振り返るようにして正人を見る。
「…なんだあんたか」
安心した声を上げてため息をつくシーナ。その手に持っていたのはユーノから与えられた課題。子猫に顔、毛、を付け足して立体的にするというものだ。正人はそれを見てシーナの隣に座る。
「課題、成功したな」
「…まぁね、こんだけ時間かかったけど」
シーナは完成した子猫を軽く撫でながら言った。
「あんたは…本当に凄いわよね」
「?」
「だって、魔力も私より多いし、魔法だって詠唱せずに単語だけ言えば発動できるようになってるし…」
暗いせいで顔ははっきりと見えない。軽く背けているのもあるだろうか。少しだけ震えている声を聞いて正人は目を瞑った。
「私…このパーティのお荷物になりたくない」
その言葉を聞いた直後正人は目を見開いた。正人は当然そんなこと思っていなかったがそういう驚きではない…人間の世界で向けられたあの視線と言葉が頭をよぎった。
『お前はなんでも出来ていいな』
『お前がいると俺たちが霞む』
そんなような言葉だ…どうでもよかったからちゃんとは覚えていない。でもそのような感情を…シーナから感じ取っていたのは確かだった。
「…違う」
正人はボソッとつぶやくように言った。シーナは正人の方を向き、今にもこぼれ落ちそうな涙を浮かべていた。その顔を見られたと思ったシーナはまたそっぽを向く。
「…何がよ、事実じゃない」
「俺はまだ知らないことが沢山ある。」
「教えたらあんたはすぐ理解して私たちを超えるわね」
違う…そんなことを言いたいんじゃない。
「俺は…お前たちと旅がしたいんだ」
「…え?」
そう…正人は人間世界で人を知った気になっていた。知った気になってこの人間はこういうやつと決め付けていた。正人の周りは妹以外近寄らなかったのでどうでもよかったが…この世界に来て分かったことがあった。
(こいつらと出会って、俺は変われる気がする)
一人の人間として…しっかりと向き合うことが出来るのかもしれないと…そう思った。
「お前たちのことまだ何も知らない…だから知りたいんだ。シーナはお荷物なんかじゃない。いつも何かある度に1番に動こうとしてくれている。それがすごくありがたいんだ」
知っている。その言葉を聞きたかったんじゃないって言うのは最初から知っていた。でもこういう言葉を正人は言わないといけないと思った。人間世界では言わなかったかつてのプロゲーマー時代の仲間達に。これを言っていたら…もう少し有効な関係を築けたかもしれない。
シーナは涙を拭いながら笑い…
「何それ…なんの答えにもなってないじゃない」
「…そう、かもな。でもこれだけは断言出来る。俺も、他のみんなもシーナをお荷物だとは思ったことは無いしこれから先もない。」
正人は真摯な顔でそう告げる。シーナは頬を少し赤らめてしまう。愛の告白のようなそんな顔で言われてしまったら…と。心の中で顔を左右に振って立ち上がる。
「決めたわ!私はあんたを必ず超える!そしてこのパーティを支える魔術師になる!」
「…そうだな。俺も頑張らねぇと」
座っていた腰を上げて正人は先に進む道を眺めながら言った。
「俺は、俺のやるべきことを全力でやる」
妹を助けるために、全部一人でやろうとしていたが…この会話をきっかけに、人脈を広げようと決意する正人。
そして互いに見つめ合い…拳を軽くぶつけた。