魔法ランク『?』
時は少しだけ遡り…ユーノの屋敷『防魔法室』にて。
「すげぇな…こんな設備まであるのか」
ユーノに促され防魔法室の扉をくぐる正人。
先程まで高級感溢れる屋敷だったが、この部屋は1面がダンジョンのような壁、天井で出来ており、雰囲気も少し不気味だった。
「部屋の雰囲気変えれますけどどうします?」
「変えれるんかい」
ユーノの発言に少ししょんぼりしながら変えなくていいと手を横に振る。ユーノは少し首を傾げながらも部屋から入って右側に武器が並べてある場所に足を運んでいた。
「ここに色々な武器があるので試したかったりしたらお好きにどうぞ」
「ありがとう」
正人はそう言って1つの片手剣を手に取る。
「…これは…」
その剣を手に取り違和感を感じた正人はボソッと独り言のように呟く。ユーノはその様子を見て笑みをうがながら人差し指を立てて言った。
「気づきました?これ全部ガラクタなんですよ」
「レプリカ?ってことか?」
「まぁそんなところです」
ユーノはそういうや否や自身も武器を手に取って反対側の壁に投げる。斧のようなものを投げていたが壁に当たってカランという音を立てながら地面に転げ落ちた。
しかし、ユーノはもう一度並べてある武器から同じ形状の斧を手に取り、手に魔力を覆う。その覆っていた魔力が次第にその剣に伝わり正人が先日行った体に魔力を覆った時のような感覚を覚えた。
そしてユーノはその覆った斧を反対側の壁に向けて投げると…壁を破壊する音と共に地面に落ちるのではなく突き刺さっていた。
「とまぁこんな感じで…基本魔力を込めたりすればなんでも強化できるんですよ」
「…えげつねぇな」
突き刺さっている斧を見て正人は少し引く。よく見る木に斧が刺さっているような感じならば理解はできた。だが壁は凹み、叩きつけられたあとのようになっている。壁は罅割れ、その斧を抜けば今にも崩れてしまいそうな…そんな感じだった。
「あ、大丈夫ですよ?斧を抜けば治るので」
刺さっている斧を抜けながら言うユーノ…その斧が抜けたらあら不思議。綺麗さっぱり元の壁に戻っていた。
「だから防魔法室って事なのか」
「そういう事です!」
ものすごい笑顔でサムズアップするユーノだが正人からしたら狂気じみて少し怖かった。いや、かなり怖かった。
(まじでユーノ怒らせるのやめよ)
そう心の中でつぶやき、正人はユーノを見て真摯な顔で言う。
「ユーノ…足りないものがあったら言ってくれ。全部できるようにする」
正人がそう言うと顎に手を当てて少し唸り、考えるだけ無駄と判断したのかこれまたいい笑顔で…
「全部足りないので大丈夫ですよ!」
「…全部…何が大丈夫なんだ…」
「1から僕がちゃんと説明しますので、急ぐ必要は無いです」
「なるほどそういうことか…お願いします」
軽く頭を下げる正人を見てユーノはパンッと手を叩きながら部屋の中央へと促した。
「一度、先程やった魔法を体に纏うのをもう一度やって見てください」
「…分かった」
笑顔だったユーノの顔は真剣になり少し空気がピリつく。それを感じながら正人は目を閉じて集中する。
(心臓部分に力を入れて…血液が流れるのを感じろ)
1点に集中されたものを放出するように全身に巡らせる。。次の瞬間…瞑っていた目を開くと青黒いモヤのようなものが体に纏う。
「うっし…これでいいか?」
「それでは僕の手のひらに打ち込んで見てください」
「こうか?」
こちらに向けられている右の掌に目掛けて正人は拳を振るった。すると拳がものすごい勢いで空を切り、パチンっと掌に拳が当たるのと同時に衝撃波のようなものが波打つ。
「…なんだ、これ…」
正人は思わず目を見開いてしまった。自分のいる場所とユーノが構えていた掌を中心に地面がえぐれていたのだ。
「さすがですね…」
ユーノは冷や汗を頬に伝いながらえぐれている地面をみて口にした。
(魔力を纏わせただけでこれ程の威力は初めて見ましたね)
実際、この街で一番の学園に入学し、その主席で卒業しているユーノなのだが…それでもこれほどの逸材が居たのかと内心驚いていた。驚きを悟られないよういつも通りの表情に戻して話す。
「これが先程僕がみせた魔力をものに覆わせるってことです。それがコントロールできたらものに纏わせる練習をしましょう」
「なるほどな…確かにこれめっちゃ疲れるな」
「そうですね。魔力というのはいわゆる生命力を具現化したみたいな感じなので最初はものすごく疲労感を感じると思います」
手を開いたり閉じたりしながらその手をまじまじと見る正人。
(生命力の具現化か…そう言われると分かりやすいな)
ユーノの教えに感心している正人だったが…ふと、ダンジョンでのシーナの使った魔法が頭をよぎる。
「シーナが出した基礎魔法って詠唱もしてたけど…もしかして慣れたら詠唱って必要ないよな?」
独り言のように言う正人にユーノは首を傾げていた。数秒が経過して何が言いたいのかわかってユーノは右手を前に出して唱える。
「『ファイヤーボール』」
ボウッと火の玉が出てそれが壁に激突し炎が広がる。
「何…急に…怖いんだけど…」
身も心も引きながら言う正人に対し、ユーノはきょとんとした表情で言った。
「魔法を出す時詠唱は必要ですが…慣れればこうして単語を発するだけで出来ますよ?」
「…なるほど」
少し引いていた体の態勢が元に戻り何が言いたいのかようやく分かった正人。
「つまり、原理さえ理解すればわざわざ1から全部唱える必要は無いんだな?」
「そういうことです。たとえば指を鳴らしたりするだけで発動したり『ボンッ!』とか『バンッ』て言うだけで発動したりすることもできます。僕の場合は関連することを唱えないと無理ですが…」
ユーノの魔法ランクはAでこの段階ということは…すごーく簡単な詠唱をするのに最低でもユーノ以上の実力が必要ということ。その現実を思い知らされて正人は額に手を当ててしまう。
(無理じゃね?)
そんな正人の心を見透かしているかのようにユーノは答えた。
「実際、僕は魔法に才能があった訳じゃないので…正人さんならもしかしたら簡単な詠唱でもできるかもしれませんね」
「いや…出来ないでしょ」
手を横に振りながらムリムリと言っているとユーノは正人の体に指をさしながら言った。
「だってほら…もう魔力の操作十分にできてるじゃないですか」
「え?…あぁ…言われてみれば確かに…」
意識していなかったわけではない。体の中に血液が流れている感覚だと思い込みながら魔力を流していた。初めはもちろん疲れていたはずなのに…今では無意識にそのコントロールができるようになっている。
この感覚は少し…覚えがあった。
元の世界で何をしてもなんでも出来てしまうあの感覚…努力や挫折を味合わずなんでもそつなくこなしてきたあの虚無感。
(あぁ…この世界でも…)
眉をひそめて自分の両手を眺める正人。ユーノはそんな正人を意に介さず、魔法を出すように促した。
「一度魔法撃ってみましょう!物は試しということで詠唱してみてください」
「わかった…詠唱…詠唱…」
どんどん言葉が弱まっていく正人にユーノは首を傾げる。
「どうしました?」
「詠唱ってどうやんの?」
そういえばそうだったと口には出さず額に手を当ててため息をつくユーノ。正人は少し申し訳なさそうに肩をすくめた。
(この人ほんとどうやって生きてきたんだ)
ジト目を向けながら正人をまじまじと見る。数秒の沈黙はあったがユーノは何事も無かったかのように話を進める。
「基礎中の基礎…火を起こす所からやってみましょうか。」
そう言われて正人は頷く。数回のジェスチャーをし、実際にやってみようと言われ正人は構える。火を起こす程度なので本当にフワッと火が出るだけの簡単な魔法。
(これで出なかったらもう魔力でゴリ押す近接しか出来そうにありませんよ)
…とユーノは考えながら正人を見る。以前正人は魔法を出したことがあったので出せないということは無いと思っていた。あの時もシーナの見よう見まねでなんとか魔法を出したんだし…と頭の中で思い浮かべながら正人は唱え始める。
「『原始の源よ…照らしたまえ』」
詠唱をした直後…
「嘘…ですよね?」
「…マジかよ」
教えてもらったのは火の玉がフワッと出る魔法だったはず。でも今正人が出した炎の魔法は…業火も業火だった。
ボワッと手のひらから出た炎…自分の頭の上あたりまで出ておりそれを見上げる二人。
「正人さん…あなた何者なんですか」
「ほんとにな」
他人事のように返事をする正人…それを怪訝な顔でみるユーノだったが切り替えてひとつ提案をした。
「ではこのまま、魔法を出してみましょう…もうなんでもいいです。適当に唱えてみてください」
「あ、ああ…分かった」
正人は頷いて掌に出ている炎をガシッと掴むようにしてそれを無くし、新たに右手を前に出して唱える。
(正人さんのポテンシャルならきっと…詠唱を簡略化させるだけで魔法が出せるはず…)
正人は目を瞑り、イメージする。
(水が流れる感じ…ホースから一気に水を出すイメージで…)
「『水よ』」
直後、右掌から魔法陣が出現し、そこから勢いよく水が放出した。
「…ずごい」
初めての魔法でここまでできているという事実。そしてそのポテンシャル。ユーノからしたら正人は天才そのものだった。神秘的なものを見るような目で…正人の魔法を見ていた。
「ほんとに出来ちゃったよ…」
「僕もビックリしました…今どんなのを想像してやりましたか?」
「普通にホースから水が勢いよく飛び出すイメージでってやった…この威力はホースというよりダムに近いかもしれないけど…」
「…ダム?」
ユーノは何を言っているのか分からない様子で首を傾げていた。
(なんだよこの世界にダムないのかよややこいな!)
心の中でそう反省して軽く咳払いする。
「まぁ…なんだ…ちょっと水強すぎたなって話だよ」
「確かにそうですね…これは予想外です」
隣でたっていたユーノは正人の前まで来て、告げるように話た。
「魔法というのは元来…こうあればいいな、ああなればいいなと言う思いから出来たと言われています。要するに強くイメージするんです。その理解が早ければ早いほど、強ければ強いほど威力も上がり、英称の簡略もできるんです」
「…そういうことか」
ユーノの言葉に…ストンと納得できてしまった。先日ダンジョンで魔法を初めて出した時…考えてみればあれも「こうじゃね?」という思考で出した結果だった。そして今回のユーノの言葉。水や炎…他のものの理解が早いから出来たんだ。
(そりゃそうだよな。元の世界ってその原理を学ぶけど、こういう世界って原理じゃなくて魔法を学ぶ)
要するに…理解するスピードが段違いということだ。
顎に手を当ててそう結論づける正人…そしてユーノはニコニコした表情で言った。
「正人さん…少し僕と戦ってみませんか?」
「ん?ああ…良いけど」
そう返事するとニコニコした表情がスンっと真剣な目になり…少し距離をとった。