魔法ランクA
「ま、参った!このダンジョンはお前のパーティに譲る!」
ビクビクした様子でオレンジ髪の代表者は剣を落とし手を挙げて降伏するように声を上げた。目の下に影を作っていたユーノはその言葉を聞き、いつも通りの優しい笑みをして答えた。
「ありがとうございます♪」
「っ…ヒ…」
その異質な笑顔を見たオレンジ髪の青年は下半身が凍らされているせいなのか…ユーノの強さを見たからなのか。咄嗟に声を漏らしてしまっていた。
背中に触れていた右手をそのままにし、魔法を解除する。
凍っていた下半身の氷が溶けだし、地面にじんわりと水を張る。オレンジ髪の代表者はバタンっと両膝と両手を地面に着けてユーノに尋ねた。
「お前、マジで何もんだ?」
問われたユーノは人差し指を唇に着けて「ん〜」としばらく唸りながら…
「知らない方がいいこともありますよ」
「ッハ…なるほどな」
オレンジ髪の代表者は少し笑みを浮かべて何かを察したように言った。ユーノが正人たちの方に視線を向けると、シーナが手を振って出迎えてくれていたのだが…後ろから先程手刀で気絶させた紫髪の魔法使いの声が聞こえてきた。
「あんた、少し待ちな」
「なんですか?」
キョトンとした顔で振り向くと、魔法使いの代表者は左腕を仲間の方に回し、空いている右手を顎に当ててユーノをまじまじと見ていた。
魔法使いの代表者は何かに気づいた様子で口を開こうとしていたが、ユーノは魔法で文字を書いてメッセージを送っていた。
『あまり公にはしたくないので内緒でお願いします』
「…!?」
その文字を見て見開いていたが「ふっ」と笑みを浮かべて頷くだけにした。ユーノは体をひねり、正人たちの方へと歩く。
「ユーノ!あんたほとんど魔法無しで倒すのは強すぎるんじゃない!?」
「はい!驚きました!基礎能力だけで勝ってしまうなんて…」
「お疲れ、ユーノ」
「ありがとうございます皆さん」
頭を描きながら少し気恥しそうにするユーノ。シーナはユーノの横腹をぐりぐりと拳を当てて喜んでいた。
「どうして魔法を使わなかったのですか?」
ハッと思い出したように首を傾げて質問するミア。ユーノは優しい笑みで答える。
「1対1だったら魔法を使ったんですけど、今回は相手が二人でしかも違うチームの代表者だったので使わずにすんだんですよ。」
「どういうことよそれ」
ちょっと理解に追いついていないシーナ。ジト目を向けながら質問をする。
「えっと、相手は近接特化型と中遠距離特化型だったので魔法使いの軌道を軸に戦ったんですよ。」
「なるほどわからん」
「…お前なぁ」
額に手を当てて顔を左右に振るミアと、同じ動作をしながらため息を着く正人。
(頭がいいはずなのに…変なところで抜けてるよなぁこいつ)
そう考えながら付け足すように正人が口にする。
「簡単に言えば1対1を意識してやったって事…そうだよなユーノ」
「はい、そうです。昨日言った事しっかりと頭に入ってますね」
優しい笑みで答えるユーノにミアとシーナは思わず「昨日の事?」と首を傾げる。それを思い出したのか手のひらをポンっと叩いて言った。
「あー!正人が昨日ユーノに魔法教えて貰ってたんだっけ?」
「そういうこった…ほら、とりあえずダンジョンに行くぞ〜」
手をふりながら正人とユーノはそのダンジョンへ入っていく。シーナはバツが悪そうにその背中を眺めていたがミアに宥められて2人もその後ろへついて行く。
この段階でパーティのほとんどが姿を消していたが、ユーノの正体を知った代表2人は顔を合わせて睨むように話していた。
「なぁ…あいつって、あれだよな?この街で有名な…」
「だろうな…この街で『一番強い家系』はあそこの奴らしか知らない」
「ま…ありゃ勝てねぇよなぁ…」
頭をポリポリと掻きながら下に落ちている剣を拾い上げて腰にある鞘にしまう。カキンという少し高い音と共に歩み始めるオレンジ髪の代表者。紫髪の魔法使いの横を通り過ぎる時にボソッと呟く。
「ユーノと一緒にいたやつにきぃつけろ…あの黒髪はやべぇ」
それだけ言って手をぷらぷらさせるオレンジ髪の代表者を眺めながら独り言つ。
「わかってるさ…代表者はあくまで青髪で、裏ボスはあいつだったという訳だ」
「…リーダー?今なんて言いました?」
「なんでもない。私たちもここを離れるぞ…ここに用はない。」
パーティメンバーに指示を出し、このダンジョンからパーティは居なくなった。
◇
ダンジョンを歩き始めること数分…正人たちは昨日倒した敵の場所へと来ていた。
「あれ、死体が無くなってる」
「そうですね…跡形もなく消えています」
シーナとミアは敵の死体があったであろう場所をみながら不思議そうに口にする。
「ダンジョンの敵って時間経過で消えるのか?」
正人は隣にいるユーノに尋ねる。ユーノはシーナ達がみている床をじっと何かを見てめるようにしながら答えていた。
「ええ…基本的にはダンジョンたちのモンスターは消えます。ですが何か変ですね。」
顎に手を当てて思考を張り巡らせる。
「消えるのはダンジョンのモンスターだけであって、戦った痕跡が無くなることはないんです」
「え!?そうなの?」
「はい…あなた達が戦ったとなればその魔力を見て確認できるんですけど、ないんですよ。その魔力がこの場所に…」
ユーノがそう口にしてから一気に緊張感が走る。ユーノは魔法にはものすごく詳しいというのも正人は昨日の段階で分かっていたし、先程の戦いを見てシーナもミアも理解した。そのユーノが…凝視しても正人たちの魔力が見えないと口にした。そうなれば当然周りを警戒する。そして…正人は気づく。
(あそこ…俺が昨日吹っ飛ばされた場所だと思うんだが、確かに綺麗に直ってるな)
ミアもシーナも気づいたようで…肩を縮めて声をふるわせながらミアは口にする。
「場所違い…の可能性は…」
「ないですね。そのような魔法は感じられません…」
「なら…やっぱり綺麗さっぱりなおったんじゃ?」
シーナは肩を竦めながら口にするが、ユーノはすぐにそれを否定した。
「それもないですね。だったら尚更その痕跡がわかるはずです」
周りを見渡しながら言うユーノ。そのままゆっくりと手を壁に触れて歩きだす。
(何故だ…何故こんな不可解なことが起きているんだ)
「『検出』」
考えるように右手を顎に当てながら、壁を触っていた方の手で詠唱をする。
「…あんな簡単な詠唱で…」
「すごい簡略化ですね」
シーナもミアも、魔法陣を出してから詠唱をしないと発動できない。でもユーノはものに触れながら詠唱するだけで発動ができる。その圧倒的な練度の差に思わず驚いてしまう二人。
『検出』五感を最大限に高め、対象のものに触れることでその空間を全て知覚し、探索したりすることが出来る。ユーノは目を瞑り集中力をあげるがこの3階層あるダンジョンは至って普通のものだと改めて再認識する。
「ダメですね。何も怪しいものはありません。」
「私たちの考えすぎ?」
「かもしれませんね…」
「逆に怪しすぎるくないか」
正人は3人に向かって口にする。シーナは怪訝な顔を向けるがユーノは頷いてミアも少し考えるようにしていた。
(ユーノが魔法を使って何も無いと言っていたのなら…それは『何も無いから安心して』とこのダンジョンが言っているようにしか見えない)
それはなんとなくユーノも感じていた。…のだが、シーナは自分の頭をぐしゃぐしゃして唸り声をあげる。
「うぅぅ〜…とりあえず考えても分からないならダンジョンを進めようよ!そしたら何かわかるかもしれないし!」
「確かにそれもそうですね」
「ま、異論はねぇな」
「わかりました。ですがくれぐれも油断せずに進みましょう。」
シーナの言葉に全員が賛同し、このダンジョンの攻略が始まった。
◇
特に何事もなく2階層を終えた4人…3階層に向かう階段で異変に気づいた。
「この2階層ってさ、私の基礎魔法で難なく進んだじゃん?ほんとに3階層になんかあるのかな?」
視線を空に彷徨わせながらいうシーナにミアは言った。
「シーちゃん…せっかく譲ってくれたダンジョンなんだよ?面倒くさがっちゃいけません」
「めっ!」という声とともにシーナにぷくぅと頬をふくらませて怒るミア。それを見て正人は「おかんかよ」とツッコミそうになるがそれをグッとこらえてミアの言葉に頷いた。
「そうだぞ〜…これで3階層に行って何も無かったらそれでいいじゃん」
「ま、まぁそうだけどさ…」
怪訝な顔をしながら肩をすくめるシーナだったが足を進めていた4人はちょうど…そのタイミングで3階層へと着く。
見た目は1階層と2階層と変わらなかったが『何かが違う』と4人はすぐに気づいた。
「…ねぇ」
「ああ…わかってる」
「なにか居ますね…」
「というか、向かってきてますね」
3人は息を潜めるように話していたが、それをぶち壊すようにユーノは指さしながら答えた。そちらの方に視線を向ければあ〜ら不思議。昨日戦って倒した得体の知れないドラゴンのような何かが3体…勢いよく近づいてきていた。
そこでユーノと正人はようやく気づく。
((誰かいるな))
図らずしも二人の思考は重なった。ユーノの検出魔法で何も無い。普通のダンジョンだと分かったはず。もしこんなにデカい魔獣のようなものが彷徨いていたら分かるはず。ユーノは足をプルプルと震えさせているミアとシーナを後ろに行かせ、正人さんに声をかける。
「…正人さん」
「俺は1度こいつを殺してる。俺の服が反応しなかったら間違いなく誰かいる…つってもほぼ100%いるが」
「ええ…しかも相当な人ですよ。僕の検出魔法に引っかからないんですから」
ザッと二人は構えて向かってくる3人の敵を睨みつけるように見る。
(大丈夫だ…昨日のユーノに教えてもらったことを思い出せ…)
(僕一人でも片付けれるけど…正人さんの教育係としてここはサポートに徹しましょうか)
「正人さんは好きなように動いてください!僕があわせます!」
「分かった!」
二人は言葉を交わし、正人も勢いよく敵に向かって走り抜ける。分からないことはいくら考えても仕方がない…とりあえず今は目の前の敵を殺すことに集中をしないと仲間が殺されてしまう。正人は頭の中でフリースペースで起きた悲劇を思い出す。
「もう…仲間を危険にさせねぇ!」
そう言いながら正人は右手を出して詠唱を始めた。




