出発と別れ
夕飯を食べ終わったすぐ、ユーノを含めた4人は…メイドや執事に案内された部屋で体を休め…朝を迎えた。
朝食の準備が完了したと言われ、全員部屋を出て昨日夕飯を食べた部屋へと足を運ぶ。男女で部屋がすごく離れている訳では無いので通路で鉢合わせる4人。
「うあよ〜…」
「おはようございます」
「ああ…おはよう」
「おはようございます…ふっ…」
髪がボサボサな状態で目が半開きになってるシーナを見て正人は思わず苦笑する。そしてミアも肩を竦めながら微笑し、ユーノは笑いをこらえるのに必死だった。
正人はミアに顔を近づけて耳打ちで話しかける。
「あいつ今起きたばっかだろ?」
「そうですね…寝起きがすごく悪いので…ですが気づいたらいつも通りに戻ってますよ」
「さすがに髪の毛は直さねぇか?」
半目の状態でとぼとぼと足を奨め始めるシーナを怪訝な顔で見る正人。髪の毛は長くないはずなのに、色々な方向へと広がっているその赤い髪は太陽みたいだなと心の中で思っていた。のだが…笑いを堪えることが出来なくなったユーノが笑いながら口にする。
「シーナさん…ふふっ…太陽みたいですね」
「……」
正人は思わずユーノにジト目を向ける。ミアもさすがに人様の家という結論に至ったのか…ポケットからくしを取り出してシーナの髪の毛をといていた。
「は〜い…じっとしてね〜」
「ぅわぁぁぁあ」
わしゃわしゃと髪の毛を触り、くしで髪の毛をとくミア。シーナは「なにをする〜」という覇気のない声を上げながらミアのくしときに身を任せていた。
「はい。できたよ〜」
「んぁ…あいがと」
「いいえ〜」
「「親子かよ」」
そのやり取りを見て思わず正人とユーノはツッコんでしまう。ユーノは元々敬語を使う人ではないので慣れた口調で口にした。正人はそのユーノを見て少し笑みを浮かべながらも心の中では別のことを考えていた。
(にしてもこいつ…朝弱すぎるだろ)
シーナは頭もよく、抜けているところはあるが魔法もそれなりに使えるといった子だ。そのシーナは朝ものすごく弱く、赴くままにミアに体を預けているその様はまるで親子同然のようだった。実際…こうして口にしたわけでもあるのだが。普段の変わりっぷりをみて正人もユーノも驚きを隠せないでいた。
そして少し歩くと昨日夕飯を食べた部屋につき、その扉を開ける。ユーノがその扉を開けるとメイドや執事が並んでお出迎えをしていた。
「おはようございます。ユーノお坊ちゃま。」
「おはよう。みんな」
一礼して挨拶をする従者をみてユーノは優しい笑みを浮かべながらこたえる。一礼を終えたメイド長がスタタっとユーノの隣に行き、その後ろにいる正人達にも視線を向けて席へ着くよう促した。
長めの白いテーブルにパンや野菜。目玉焼きが人数分置かれており、正人は少し安堵する。
(昨日みたいな散々な飯はもう懲り懲りだからな…すげぇうまそうだ)
昨日の夕飯…正人がユーノに防魔法室で魔法を教えて貰っている間、ミアとシーナが夕飯を手伝っている方で、何やら色々な事があったらしい。味も全然不味くなかったしむしろ美味かったのだがそれはきっとミアとシーナではなく、元々料理されていたメイドさんたちによるものだったのだろう。昨日の出来事を思い出すだけで背筋がゾッとするのを感じ、正人は席に座る。その隣にシーナが座ったのだが、すっかり元気になったのか正人の方に眉をひそめて言う。
「昨日は別に…たまたま失敗しただけよ」
「さいで」
なんで考えてることがわかるんだと口にはしなかったが少し怪訝そうに言うシーナを見て正人は軽く返事を返すだけだった。
「それではみなさん席に着きましたね?」
全員が席を着くのと同時にコップに水を入れていたメイドの手が止まる。その手際の良さに正人は思わず感心してしまう。
(すげぇ…メイドとか執事ってまじで無駄が一切ない動きだよなぁ)
そんなことを考えつつ、ユーノは手を合わせて「いただきます」と告げる。シーナもミアもそれに続いて正人は少し遅れて口にする。
今思えば所作も飯の類も日本…元いた正人の世界にそっくりだった。逆にどうして今までそれに気づかなかったのだろうと頭の中で首を傾げて考える。
(…考えても仕方ねぇか)
すぐに結論を出して目玉焼きを口に運ぶ。
「おいしい」
思わず正人はこぼしてしまう。いい感じに半熟になっている黄身。そしてそれを割り白みにつけて口に運べば黄身の甘さが広がり軽く塩コショウが振ってあるおかげか黄身の甘さと塩味がいい具合にマッチしていた。普通の目玉焼きのはずなのに…物凄く美味しいと感じてしまった。
「ほんとだ!すっごい美味しい!」
「そうですね」
隣り合わせに座っているシーナとミアは目を合わせて笑っていた。
そしてユーノは自分の目の前に置かれているものを見つめながら…
「本当に…ここのご飯は美味しいよ。」
と…感慨深そうに口にする。
「食べてないけど…どうした?」
正人はユーノを見ながら言うが…すぐに気づいて肩を竦めた。
(あぁ…そうか…)
メイド長はすぐ駆け寄りユーノに頭を下げる。
「申し訳ございませんユーノ様。お口に合わないものなどを出してしまい──」
「違うんだ。本当に、すごく美味しいよ。」
今までのことを思い出すかのように…優しく…すごく優しい口調でメイド長…アキに話すユーノ。その光景を見ていたミアとシーナも何となく察して肩を縮める。
そう…これがこの屋敷で最後の朝食になるかもしれないからだ。ユーノが正人達のパーティに入った今、一緒に冒険をする仲間だ。だからこそ…ユーノは懐かしさを含んだ顔をアキに向けていたのだ。無論…この街を出てもユーノの所有する屋敷は何個もあるので会えないわけではない。だがユーノはこの屋敷で育ち、この街からあまり出たことがないので少し…いやかなり惜しんでいた。
「アキ…それに皆、僕は今日でこの屋敷を出る」
アキも他のメイドや執事も分かっていたことだ。しかしいざ口に出して言われるとくるものがある。
そしてこの場にいる全員がユーノの言葉に耳を傾けた。
「今までずっと1人だった。でもこの屋敷の皆に支えられて、今はパーティに入れて貰えている。この街を出ないという選択も出来たけど…僕は色々な街を、景色を、このメンバーで見てみたいんだ」
真摯に告げるユーノの顔。先程も言ったが決して会えない訳じゃない。それでも生まれ育ったこの屋敷とはしばらく足を運ばないのには変わらない。だからこそ…ユーノは頭を下げて皆に感謝を伝えたかったのだ。
「皆、本当にこんな僕を育ててくれてありがとう。違う屋敷でも会えるけど、言わせて欲しかった。」
感極まって泣きそうになっているユーノを見て涙ぐむミアとシーナ。そして目頭を抑えるメイドや執事たち。だが1人…涙をポロポロと零しながらユーノを抱きしめるメイド長アキ。
「もったいないお言葉ですユーノ様…こちらこそ本当にありがとうございました」
母親が子供に向ける感情…そして従者が主人に向ける感情でもあるメイド長を見て正人は胸が暖かくなるのを感じた。
(であって一日目だし、旅はこれからなのに…なんか不思議な気持ちだな)
自分も母親は父親にそうして欲しかったような…少し羨ましさすらもある視線をユーノに向けていた。
数秒の沈黙が続き、ユーノは咳払いをして明るい表情に戻る。
「さっきも言ったけどこれで会えない訳じゃないし!さ、みなさんも食べましょう!」
重くしてしまった空気に謝罪を入れながら食べ始めるユーノ。ミアもシーナも思い出したかのように食べ進める。正人は先程ユーノが話していたのに少しだけ疑問を浮かべながらも残っているパンを口に運ぶ。
「「「「ご馳走様でした」」」」
出されている朝食を全て食べ終え、メイドや執事たちはすぐにお皿を片付け始めていた。
ユーノはコップに残っている水を飲み干すと、パーティメンバーに視線を向けて言った。
「3人はこの街が初めてと行っていましたが…この後の予定などは決めているのですか?」
「ん〜そうね〜…とりあえずは昨日行ったダンジョンの続きからしようと思ってるんだけど…」
少し気まずそうにしながら視線を逸らすシーナに正人はすぐに察していた。
(あぁ…まだこの街を離れる気がなかったからさっきのユーノがメイドたちに感謝を伝えていたのを思い出して…ってところか)
正人もどちらかというとシーナ側の人間で、少し気まずさもあったがミアはそんなこと意に介さず優しい笑顔を浮かべながら…
「ここの屋敷に戻らないって訳じゃないってさっきユーノさんも言っていましたし…そこまで気を使う必要は無いんじゃないんですか?」
ユーノもその言葉を聞いて理解したのか続けて言った。
「そうですよ!初めてのパーティだったので少し感極まってしまっただけですし…気にしないでください」
「分かってるわよ…」
ぷいっと顔を逸らしながら怪訝そうに言うシーナにじと目を向ける正人。そして正人も申し訳なさそうに口を開く。
「その…おかしなこと聞くんだが、この街についても知らないんだよね。その色々と教えてくれたり…」
当然だ。正人は何も知らないんだ。この街のことも…世界のことも。みんなが何に向かって魔法に励んでいるのかさえも、正人にはわからない。だがしかしバカ正直にいう肝も座っていないためこうして聞く事しか出来なかった。他3人は口をぽかんと開けて正人を見つめるが、もう考えるだけ無駄だと言うのも分かっていたためため息混じりにシーナは答える。
「はいはい…そういうのも含めて話してあげるからとりあえず準備が出来次第ダンジョン行くわよ」
手をひらひらとさせて答えるシーナにミアは「ハハハ…」と苦笑する。ユーノも正人もシーナの言葉に頷き席を立つと、それぞれの部屋に戻って身支度を済ませに向かった。
◇
各々準備が終え、屋敷を出て中庭を歩く4人。門の前に着く頃にはその門は開かれており、その横には執事やメイド…そしてメイド長であるアキが立っていた。
門をくぐり、振り返る4人。ユーノは一歩前に出て…手を振りながら満面の笑みで告げる。
「行ってきます!」
メイドたちの目に映るのはかつて子供だったユーノの姿。それと重なり自然と目頭に力を入れる。ユーノはそれだけを告げて返事を待つ素振りを見せることなく足を進める。他3人はお辞儀だけをしてユーノの後について行く。
段々と背中が小さくなるその後ろ姿を見てアキは独り言つ。
「ご立派になられましたね。」