孤独だった人生を変えたのは…
大きい屋敷…多忙の両親のもとに生まれた。
今でも小さい頃の記憶はよく覚えている…というか魔法で思い出そうと思えば思い出せる。
『ユーノ・アタギ・カイ』…両親にはどうしてこの名前を付けたのか聞いたこともないし興味もない。物心つく頃には母親も父親も仕事でほとんど家に帰ってこなかった。
家にはずっと一人…ということもなかったのでユーノ自身、なんとも思っていなかった。この広い屋敷にはメイドや執事…自分を慕ってくれる人達がいて、何不自由なく過ごしていた。
ユーノがまだ6歳の頃…異変に気付いた。今までよくしてくれていたメイドや執事がユーノを避けるようになっていた。そう…魔法の特性だ。この世界の人間たちは魔力を使えるようになる年齢は大体4歳から7歳の間だといわれている。避けられている…とはこの時思っていなかったが顔が引き攣っているのはなんとなくわかっていたし、どんどんやめていく執事やメイドを目の当たりにしていたユーノ。
(みんな、僕の事嫌いなのかな)
いつしか…前みたいに明るく振る舞うということはしなくなった。何もしていないのに、近づくだけで避けるようにして…ユーノが話すたびに嫌な顔をされる感覚。幼い子供からしたらトラウマになっても仕方がない。
とある日の夜中…尿意に襲われて自室を出たユーノ。通路をゆっくり歩き…トイレへと向かっていたのだが、一つの部屋の扉から光がもれているのを見つけて足を止める。
(何か話してるのか?)
耳を澄まして扉に耳を当てる。ごにょごにょと話声が聞こえてくる程度だったが、読み取るには十分な声量だったのですぐ分かった。
「メイド長…その、ユーノお坊ちゃまの件なのですが…」
「どうかなさいましたか?」
(あぁ…また僕の名前だ。きっと…この人もやめるんだろうな)
一人のメイドが…メイド長である『アキ・キューヲ』に話をしていた。
「坊ちゃまの…その…魔法の特性…メイド長は怖くないのですか?」
口ごもりながら質問をするメイド。
「怖い?何を言っているのですか?」
「え?」
メイド長は何も動じず話していた。表情こそ見えなかったが、きっと嫌な顔一つもしていないだろうというのはユーノにも伝わっていた。
今思えばメイド長のアキだけ…嫌な顔せず、笑顔で対応をしてくれていた。
「ユーノ様が一度でも、あなた達に文句を言いましたか?」
「…それは…」
「あなた達が勝手に怖がり、ユーノ様を傷つけているのですよ?」
「…」
メイドの声は…聞こえなくなっていた。それでもメイド長は続けて話す。
「確かにユーノ様の魔法の特性は特殊です。ですがユーノ様はユーノ様です。変わらず元気なユーノ様なんです。」
アキの言葉がじんわりと…ユーノの心に突き刺さる。ずっと…アキだけが…メイド長だけがユーノの事を見てくれていた。考えてくれていた。それが嬉しくてうれしくてたまらなかった。気が付けば…自然と涙が頬を伝っていた。
「もし…次ユーノ様とお会いになられたら笑顔でお話してみてください。そうすれば自然とその特性は消えていますよ」
ユーノ以上に、魔法の特性に詳しいアキだった。貴族や魔法ランクの高い魔術師には魔力が使えるのと同時に魔法の適性が割り当てられる。そして長く仕えるメイド長ならそれを理解していても何ら不思議ではない。
「…わかりました。その、すみませんでした」
「謝らなくてもいいですよ。ユーノ様を幸せにするのが私達メイド、執事の務めですから…知っているでしょう?あの子からしたら私達が親みたいなものなんです」
優しい口調で言うアキ…その言葉を聞いてユーノは涙をぽろぽろと流していた。ユーノもまた、いやな顔をされて閉ざしていた身。アキに対する申し訳なさが込み上げてきていた。
そしてその翌日、ユーノはいつも通り朝食をとるため食卓の席に着く。並べられているパンやスープ…そして野菜などを目にしてナプキンを首にかける。
「おはようございます。ユーノお坊ちゃま。」
メイドや執事がユーノに対して頭を下げる。そこには今まであった嫌な感じはなく…今まで通り普通の態度に戻っていた。きっと…今朝ユーノが起きてくる前にメイド長から話があったのだろう。そしてユーノもおびえた表情をすることなく…
「おはよう!みんな!」
そのユーノの純粋な笑顔を見て、思わず驚いてしまうメイドと執事…そしてメイド長がユーノに近づき嬉しそうな顔をして話していた。
「今日は随分とご機嫌ですね。何かいいことでもあったのですか?」
「へへっ、まぁね!」
にししっと笑うユーノを見て、アキは他のメイドや執事に視線を向ける。これが…ユーノ様なんですよ。何も怖がることなんてありません。…と、言葉には発していなかったがそう訴えかけるような目を向けて、他のメイドたちは少し申し訳なさそうにしていた。それでもアキはそれ以上いうことなく…ユーノの近くにあったコップに水を灌ぐ。
「いただきま~す!」
「はい、召し上がれ」
その子供ならではの元気がいい返事にその場にいたメイドたちはにっこりと笑みを浮かべ…また平穏な日々が続いた。
◇
そこから1年が経過し…貴族が通う魔法学校の入学式に足を運んでいたユーノ。貴族の学校なので当然、その子供を守る護衛が何人もいたのだが、ユーノは両親が不在のためメイド長であるアキと執事長の3人で入学式に来ていた。
驚くことにユーノの家系は他の貴族たちもよく知っているようで話しかけられることがしばしあった。
それでもこの魔法の特性が最初にバレたりでもしたらよくないと思ったのか、ユーノはメイド長に隠れるようにしてその場の話は執事長とメイド長に任せていた。それが良い選択だったのか悪い選択だったのか…入学式が終わり自分達のクラスに足を入れて直面してしまう。
「ユーノくんっていうんだよね?お母様がいつもお世話になっております。って言ってたよ!」
「お父様もすごく立派で、そのよかったら友達にならないかな?」
案の定…自分の席に着くや否や周りの人達に話しかけられてしまう。ユーノは今まで一人で屋敷にいることが多かったのだが、友達が欲しくなかったわけじゃない。むしろ友達というものに興味があった。でも…どうやって話したらいいのか分からなかった。
(勇気を振り絞って話そう!)
そう決心して、口を開いた瞬間…
「ッヒ…」
「何…今の…」
見るからにわかる…冷たい視線に明らかな拒絶。この、魔法の特性のせいで…そこからずっとクラスの人たちにも、学校の人たちにも避けられるようになった。
しばらく忘れていたこの感覚…今の自分ならもしかしたらと、勇気を振り絞った結果がこれだ。でも仕方のない事だ。魔法の特性が『殺意』なんて逆になめられなくていいじゃないか。変に舐められて見下されるくらいなら…こっちのほうがまだましじゃないか。そう心に言い聞かせて学校生活を送っていた。
一人でいるのは慣れてる…大丈夫…そう…大丈夫だ。今までだってそうしてきたはずだ。
10歳になったころ…ユーノは屋敷で夕食を食べているとき、一粒の涙を流してしまう。きっと…耐えきれなくなったのだろう。周りからの拒絶…そして圧倒的孤独感に。メイド長であるアキはいち早く気づきユーノのそばに駆け寄る。
(いずれこうなるってわかってたでしょ私…何私まで泣きそうになってるのよ)
あふれ出そうになる涙をぐっと堪え、少しだけ声を震わしながらユーノを抱きしめる。
「友達が…欲しかった…」
ユーノはまだ子供だ。その子供が仲間を、友達を欲しがるのなんて普通の事だ。でもその普通の事が出来ないユーノはものすごくつらい思いをしていた。でも嫌な顔をせずに屋敷のメイドや執事には振る舞っていた…でも、メイド長であるアキはわかっていた。分かっていたからこそ…アキ自身もものすごく辛かった。そして涙ぐみながら…ユーノの細い背中をさすりながら、アキは答える。
「ユーノ様にはいずれ…信用できる仲間が現れます。絶対です。あなたは優しいから…」
言葉を発するたびに涙があふれて止まらない。きっと大丈夫。きっとユーノならと…根拠のないことを並べながら語るアキ。
「ほんとに…できるのかなぁ…」
どこか諦めているような…でもそれでいて本当にできるかもしれないという一縷の希望にかけるように…ユーノも涙ぐみながら言った。
◇
友達も…仲間こそできなかったがユーノは魔法の成績はピカイチで魔法ランクAという判定をもらっていた。基本魔法から上級魔法まで省略して出すユーノを見て、周りにいた人間は難癖付けて離れていく。それでもいいんだ。アキが言ってくれたように、いつしか仲間が出来る。信頼できる人間が現れると信じて…ただがむしゃらに自分の魔法を磨き続けた。
結局、17歳になった今でも仲間に恵まれず…パーティを追い出されていたユーノ。初対面で殺意がむき出しになるというデバフを抱えながらもダンジョンに行きそのストレスをぶつけるように敵を倒した。
その…帰りの出来事だった。家に帰ろうと街を歩いていた時…
「なぁ聞いたか?あのダンジョン…一階層だけだけど攻略した奴がいるらしいぞ」
「マジかよ?誰だ?」
「名前もパーティも分からないんだが、調査に行ったパーティがすぐ帰ってきて聞いたんだよ」
「この街で一番難しいといわれたあの階層を突破するとはな」
街中での何気ない会話。ここはそういうダンジョンの情報やパーティの会話が聞けるのでユーノもよく聞き耳を立てていた。いつもならスルーして頭の片隅に置いておく会話だったが、この時は何故かその人物に会ってみたくなった。
名前もパーティも知らない。きっと無名の人なのだろう。もしそうなのであれば…訳ありなのかもしれない。そう思いユーノはその人物を探すように街中を歩いていた。
「やっぱいないよな」
そう簡単に見つかるはずもなく…フリースペースで飲み物を買って席に着くユーノ。一口飲んで一息ついたタイミングで…その人物を目にしてしまう。
「てめぇら!今からその場を一歩でも動けば、この女は殺す」
大男が一人の赤髪の少女の腕を掴んで声をあげる。飲んでいた飲み物を置いて、すぐに助けれるように服で隠して魔法を出そうと構えるが、大男の強さは並み以上あると判断しうかつには動けなかった。
白髪の少女が下っ端に囲まれてその向かいに座っている男は魔法で拘束されている。その拘束されている男は魔法が使えないらしく、ただ…その光景を眺めているだけだった。
(僕が何とかしないと…でも…どうやって…)
頭の中でぐるぐると思考していると、赤髪の少女は大男の魔法で吹っ飛ばされていた。このまま見ていることはできなかったためユーノが動こうとしたその直後…
拘束されて、動けなかったはずの男が一瞬で動き…大男の背後に立って蹴りのモーションに入っていた。
「おい、てめぇ何うちの仲間に手ぇ出してんだ」
「あぁ!?んだよてめ―—」
大男が振り返ろうとしたときには…その蹴りが顔面に直撃し勢いよく飛ばされていた。
「…すごい」
ユーノは思わずそう呟いてしまった。ユーノから見ても、先程までの彼は確かに魔法が出せないと分かっていたから。でも…今その彼が大男を蹴り飛ばし、身に纏っている魔力が凄まじいものだと理解する。
さっき街中で話していた名前の知らない人物…パーティはこの人たちの事なんだと…すぐにわかった。
魔力を纏っただけであそこまで強いのは見たことがない。その圧倒的強者感は見ていて背中がぞくぞくした。
その一件が片付き…フリースペースにいた人たちは全員賞賛を送っていた。ユーノの体は自然とそのパーティの元へと足を運んでおり、手をパチパチと叩きながら…
「君、ほんと強かったね…一体何者なんだい?」
そして…ユーノは久遠正人と、出会ってしまう。