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ストッパーが外れた瞬間

多分…こういう奴らが日本で言うチンピラなのだろう。ミアを囲う3人組の男…明らかに下っ端すぎるその容姿。ゆっくりと迫る下っ端男にミアは困惑し、足ががくぶると震えているのが目に分かる。その下っ端を従えているであろう大男、先ほど店で店主をしていた大男とは全く違う、完全な暴力重視といった目つき、見た目をしていた。


その大男はシーナの右腕を掴みながら周りを見ながら大声をあげる。


「てめぇら!今からその場を一歩でも動けば、この女は殺す」


そう高々と告げると周りにいた何人か…きっと助けようとしてくれた人たちなのだろう。服で隠して魔法を出そうとしていた人たちの手が止まり、目を瞑る。正人はその人たちの心境をすぐに読み取っていた。目を瞑りながら「すまない」と謝っているように見えるその行動に…正人は自分の不甲斐なさを感じていた。


(くそ…この状況をどうにかしないとミアとシーナがあぶねぇ)


魔法の出し方もろくに知らない正人、この怒りはどこか昔と似ていると…自覚していた。


妹である真希が倒れて救急車で運ばれ、何もできないと嘆いていた自分。そして今…仲間が連れ去られようとしているのに何もできない自分。今なら考えることも、どうするべきかわかっているのに、魔法で体をがっちり固定されて動かせない自分に対して、憤りを覚えていた。


幸せになるべき人間が…どんどん不幸になっていく。どうして不幸になるのは自分じゃないんだと…思ってしまう。自分が不幸になればいいのに、どうして幸せな人達がどんどん不幸になってしまうんだ…と、心の中で叫ぶ。


静まり返ったこのフリースペースで、声をあげる人物が一名…その様子を見て正人は目を見開いてしまった。


「いっ…たい!早くその手を離しなさいよ!」


「…シーナ…」


そう、最初に声をあげたのはシーナだった。掴まれていて声をあげるのも…やっとなはずなのに。シーナは掴まれている手を解くように浮いている体をくねらせて抵抗をしていた。


掴んでいる大男はにやりと笑みを浮かべて抵抗しているシーナをまじまじと眺めていた。


「ハッハッハ…無駄だってわけってるのに抵抗するか、いいな!お前おもしれぇ!俺達のパーティに入れよ!Bランクなんだろ?大歓迎だぜ」


掴んでいる手をぎゅっと握りシーナの動きを固定する。


「…っ…動かない」


シーナは自分たちの会話を聞いていた大男を睨みつける。


「おお、こわっ!」


微塵も思っていないであろうその言葉に舌打ちをして、頭をフル回転させて思考する。


(私がBランクってわかっていて、尚且つ私が魔法を出せないってなるとこの男はAランクね…)


思考を巡らせれば巡らせるほど絶望という文字が頭によぎる。魔法が出せないんじゃ何もできない。万事休す。そもそもの目的が分からない以上、シーナはうかつに言葉を出せないと分かりながらも、大男に向かって質問をする。


「あんたたちの目的は何よ」


シーナが大男にそう問いかけると、大男はにやりと笑みを浮かべた。


「うちのパーティには今回復がいねぇんだ…あのか弱そうな白髪の女は聖職者なんだろ?」


「そうって言ったらどうするのよ」


不敵な笑みを浮かべたまま、大男は宣言するように言った。


「あの女をもらう!」


シーナは再度舌打ちをして状況を整理する。そうなればシーナを大男が拘束して魔法が使えない正人は魔法で拘束。他の下っ端がミアを連れ去ろうとしているのにも納得がいく。だが当然、シーナの頭の中にミアを渡すという選択はなく、シーナは鼻を鳴らしながら片眉をあげて煽るように…


「悪いけど、うちのパーティメンバーは渡さないわよ!」


「あぁそうだろうな…だからお前も来いって勧誘してるんだが?」


シーナを掴んでいた大男は正人の方へと視線を向けて、続ける。


「あいつは見た所、魔法が使えねぇ雑魚だろ?警戒するのはお前だけでいい」


「えぇそうね。利口な判断だと思うわよ」


この段階で…シーナは勝ちを確信したかのように笑みを浮かべた。大男はシーナの表情を見て怪訝な顔をしていた。


「あぁ?何笑ってやがる」


この中で正人が魔法を使えると知っているのはミアとシーナのみ。だったらこの状況を存分に使わない手はない。正人もその会話を聞いているからシーナが何を考えているのかわかってはいたが、内心どうやって魔法を出していたのかわからなかったため目を背けていた。


シーナは蠱惑的な表情を浮かべ、周りの人間にも聞こえるように大声で語る。


「腐っても私達は仲間なの!…そこの魔法が使えない人間も含めてね…だから侮辱するのをやめてもらえるかしら?それとも…私にビビッてるのかしら?Aランクさん?」


「…っ…てめぇ!言わせておけば!」


掴んでいた腕を骨がミシミシとなる強さで強く握り、大男はその次の瞬間…逆の手でシーナの腹に手をかざして魔法を出していた。ドサッと地面に倒れて腹を抑えるシーナ。


「…ゴホッ、ゴホッ」


「へぇ~今のくらって意識を保ってるなんてやるじゃねぇか」


シーナは息が出来ない中頑張ってその空気を吸い込みながらも咳をする。そして腹を抑えながら思考していた。


(今の…衝撃波みたいなものなのかしらね。全く体型のわりにちゃんと魔法も使ってくるのは予想外だわ)


ただ…これで準備は整った。今のところはシーナの思い描いた筋書き通り。正人はどうやって魔法を出すのか自分で言理解していないのをわかっている。だからこそ…出さないといけない状況を作ると考えたシーナはわざと挑発をし、自分が痛めつけられているのを正人に見せる。私が倒れれば自ずと…


「シーちゃん!」


「おっと、あまり動かない方がいいぜ?」


「…っ!?」


下っ端たちはにやにやと笑みを浮かべながら人差し指で小さな魔方陣を展開し、ミアを脅すようにしていた。こいつらの目的がミアなのであれば、ミアを傷つけるという行動はしないはず…と考えたのもつかの間。大男はシーナの所から離れてミアの元へとゆっくり近づいていた。


「な…なんで…」


(まずい…ミアが連れ去られる。私が…私が何とかしないと…)


くの字に倒れこみながら右手で自分の腹を抑え、左手で震えながらも魔法を出そうと前に出す。


が…しかし、魔法は出せなかった。


大男がミアの場所まで行くと、シーナの方を見ながら不敵な笑みを浮かべる。


「選べ。こいつと一緒に俺達の仲間になるか、お友達だけ仲間になるか」


シーナは頬をひくつかせて大男をじっと睨みつめる。


「…屑が」


「ハッハ~!すまねぇがそれは俺達にとって誉め言葉だ!さぁ、早く選べよ」


シーナは奥歯をぎしぎしと噛みしめながらも…正人の方へと視線を向ける。シーナの視界に移ったのは正人の頭だった。俯き、地面を向いている正人の頭が視界に入り…もうだめか…と諦めてしまう。


単純な話…無理だったんだ。こんな無理やりな方法で正人に魔法を使うように促して…魔法の出し方もわからないんだから最初からできるわけがなかったんだ。


(でも…あなたなら…)


心のどこかでできると…信じていた。シーナ…ミアを助けてくれた正人なら、できると信じていた。


(だってあなたの魔力の量は…)


でも…ダメなのなら仕方がない。潔く諦めて、ミアが生き残る可能性がある方を…選ぼう。大男は左手でぶおぉぉんという気味の悪い黒の魔方陣を出してそれをミアに向けていた。


「さぁ…どうする?」


「私……は———」







「選べ。こいつと一緒に俺達の仲間になるか、お友達だけ仲間になるか」


大男がシーナに選択を迫り、正人は顔をあげる。


(クソが!何で、何で俺の体は動かねぇんだ!大事な時に限っていつもそうだ)


何度も何度も動かしてもびくともしない正人の体。この世界に来てから…ずっと足しか引っ張っていないじゃないか。何が仲間だ…何がパーティだ。


「俺は…お荷物だ」


そう…ぽつりと呟いて下を向く。


ずっと…ずっと…俺は俺が嫌いだった。妹を救うといって救えない自分が。でも、やっと…やっとの思いで大金を手にして手術を受けることが出来るって時に、この世界に飛ばされた。俺が何をしたっていうよ。何か悪いことしたか?なぁ教えてくれよ。…と考えても意味のないことをうじゃうじゃと頭の中で駆け抜けて正人の思考を鈍らせていた。


「そうか…最初から、俺が悪いじゃねぇか」


妹が生まれて両親からの愛が分散されて、それに嫉妬した…あの瞬間からなんだ。悪いのは、最初から…全部自分のせいなんだと。妹を救うためとか言って、何もできていない。そんな惨めでダサい俺が…嫌いだった。今もそうだ。魔法が出ないことを嘆き、仲間が連れ去られようとしているのに何もできていない。できていないどころかその現状から背けるように…見ないようにしようとして顔を地面に向けている。


『よかったら…どうぞ』


路地裏で会ったミア…その心配そうにしている顔はものすごく…妹に似ていた。シーナも、自分を取り繕ってミアの隣で歩いている。そこに正人が隣に立っていいのか…そんなようなことを正人は自分自身に問いていた。ミアを自分の妹と重ね、仲間と呼んでくれたシーナ。それがきっと間違いだったんだ。ミアはミアだ。妹じゃない…それなのにどうして負い目を感じてしまったのだろうか。それは考えなくてもわかっていた。それは…


(シーナと話しているミアの姿はかつて妹が元気な時に見せていた真希にそっくりだったからだ)


でも…それは正人だけの独りよがりなものだってわかっていた。


『俺に何ができるのかわかってないが…二人がよければ、お願いします』


『そこは普通にお願いしますでいいのよ』


『これからよろしくお願いしますね!正人さん!』


(そうだ…仲間だ。俺達はもう…仲間なんだ)


パーティに誘われたことを思い出し、先ほどまであった負い目というものはなくなっていた。二人が正人を勧誘している顔は、仲間に向けるような、優しい笑顔だった。忘れていたわけじゃない。


『二人がそう言ってくれたのなら、その期待に応えるのが仲間じゃないのか?お前は今まで下を向いていたのか?違うだろ、お前に今できるものとできないものを瞬時に判断してきたんだろ?お前はもう魔法を出しているじゃないか。それでもなお、自分に魔法は出せないと言い聞かせて逃げるのか?』


そう問いただしてくるのは部屋の中でプロゲーマーをしていたかつての自分。


(仲間…か。ポップもKRもそう思ってくれてたのかな)


プロゲーマだった時の仲間を思い出し、正人は前を向いて笑みを浮かべる。


もうこの瞬間には…不思議と…魔法が出せないという感情はきれいさっぱりなくなっていた。


そして…大男が黒い魔法陣をミアに向けたところで…


「さぁ…どうする?」


「私……は———」


シーナが口を開いた直後。


「おい、てめぇ何うちの仲間に手ぇ出してんだ」


シーナもミアも…その声を聴いて目を見開く。先ほどまで椅子で固まって動けなかったはずの正人が、大男の背後に立っていたからだ。大男は声のした方へと振り返りながら高圧的な態度をとる。


「あぁ!?んだよてめ―—」


次の瞬間…大男は地面をバウンドすることなく勢いよく飛ばされ壁に激突していた。壁はめり込み大男の跡がつき、その下で大男は倒れこむ。下っ端たちはびくびくと震えながら大男を飛ばした張本人に顔を向けて…


「あ…あり得ねぇ…なんでお前、魔法が使えるんだよ!」


「話とちげぇじゃねぇか!」


「…嘘だろ、ボスが…」


三人の下っ端は足がすくんだのかそこから一歩も動かず…されど足だけがぶるぶると震えていた。正人はミアと倒れこんでいるシーナに視線を向ける。


「…正人さん…」


「正人…あなた…」


二人はまだ、困惑している様子だったが…正人のその異質な様子を目の当たりにし、すぐに理解する。


(魔法が…使えるようになってる…)


(すごい…なんなのこの異質な…邪悪とも呼べる魔力は…)


二人に視線を向けていた正人は一言告げる。


「後は俺に任せてくれ」


ミアとシーナはその言葉に安堵したのか頷き、大男が飛ばされた方に歩いていく正人を見ていた。その姿はものすごく頼もしく、でも少しだけ…恐怖心も覚えていた。

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