プロゲーマーと病弱の妹
「ナイス!お前上手すぎ!」
ヘッドホンから聞こえる同業者の声、俺はそっけない態度、興奮した同業者の声とは裏腹に淡々と次の指示をだす。
「次、別パが来るからケアして」
その言葉を発し、少しは喜べと言わんばかりの口調でわかったという...
そしてーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
真っ暗闇に響き渡るキーボードのカチカチ音、息を吞むような緊迫した状況の中、
最後に取り残された俺は一対一の勝負を制し大会の優勝を勝ち取った
3人パーティーで俺以外の二人はマイクの音が割れるような声で喜び、俺は『危なかった』『嬉しい』といいう表情を一切浮かべず、L字の机の下にある冷蔵庫から水を取り出して水分補給を取った。
部屋は多分六畳ぐらい、扉を開けると右側にベッド、そして部屋の左奥にそのL字型の机がある。というか俺の部屋にはそれしかない。
ふぅ...という安堵の声が耳に直接はいる。
「俺達ってこの大会優勝したら海外だよな!?」
「確かに、そうだったな!おいやばいじゃねぇかよ!」
「日本代表として…オフラインの大会に行っちゃうって事ですかい!?」
咄嗟に何で三下ムーブをかますんだよと心の中で突っ込むが…ふと、一人の同業者…チームメイトが俺に質問をする。
「なぁ、なんでお前ってそんなに喜ばねぇの?そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか?」
「海外で大会だぜ?観客の前でゲームするんだぜ?嬉しいだろ!」
気持ちが高揚しているせいなのか、少しだけ荒い息がマイクにかかり、ボフボフという音とともに聞いていた俺は音量を少しだけ小さくし、いやな顔をしながら座っている椅子を倒し何食わぬ顔で返答していた
「…一気に質問すんなよ」
「なんで!いいじゃねぇかよ!」
彼らは気づいていなかったが主人公…『久遠 正人』はその質問をうまく回避させるいい言い訳はないかと探してしまったせいで間が出来てしまった。
そして、暗い部屋の天井を見ながら…目をつむり口を開く
「ゲームしてるときは一瞬の油断が命取りになる。だから常に次の行動を考えてるからだ」
そのけだるさそうな声色で放った言葉は内心、こんな変な言い訳でいいのかと思考するが…まぁそれはあながち間違ってねぇし大丈夫だろと自分の中で自答する。
「ふ~ん…聞きたかったのはそれじゃないけど、まぁそういうことにしといてやるよ」
先程の荒い声とは裏腹に、少しだけ落ち着いたのかその話をチームメイトが終わらせた。
よかったと天を仰ぐが…直後、もう一人のチームメイトが話を遮るように発した言葉で倒していた椅子から体を起こしてパソコンのモニターを見る。
「次、俺達の優勝インタビューだぞ!」
そう言われ、俺は『またこれか』と少しいやそうな顔をしながらマイクを一時的にミュートする。これは決して話したくないからという理由でしているのではない、無論…話さなくていいのなら話さないのだが。簡単に説明すると3位から順番にインタビューをして、最後に優勝者である俺達がインタビューを受けるという形。これがめんどくさいのなんの…
今回の大会は少し特殊で世界と戦うための日本の頂点を決める大会に出場していた。
例えるなら全国大会に出るために県内の頂点を争っている感じ…それのゲーム版だ。毎年行われるその世界大会の優勝を胸に、大概の人はゲームを本気でプレイしている。それがプロゲーマー。
だが世の中はそんな簡単に回っちゃいない。e-sportsのチームを立ち上げては結果が出ずに解散、チームのオーナーが選手に給料が未払いなのが世間にばれて解散、あげたらキリがないほどに問題は出てくる。
そう…プロゲーマーとは先程話したのとプラスで基本的に給料を支払っているのが普通だ。それに見合った練習量、そして結果…言ってしまえば金は滝のように消え去ってしまう。結果が伴わなかったら当然その賞金をチームに入れることも、自分が手にすることも出来ない。だがその点、正人が所属しているゲーミングチームは日本一と言われている所に所属しているため問題はなかった。
「続いては、今大会優勝を勝ち取り!世界への切符を手にした…今この日本で最も熱いプロゲーミングチーム『JPSの皆さんです!」
うるせぇ…と内心でつぶやきながら正人はミュート解除ボタンにマウスカーソルを合わせる。
世界大会を決める特別な大会、そしてそれはネットのライブ配信が行われている。公式配信5.8万人...他の配信者がウォッチパーティーをしているのもあって、視聴者数は10万人を優に超えている。
さすがに多いなと目を丸くさせながらマイクのミュートを解除する。
「ではさっそく、JPSのポップさんからお話を伺いたいと思います!今回の大会では凄まじい破壊力を見せてくれましたが世界大会が決まり、今のお気持ちを聞かせてください」
キャスター陣たちがニコニコとしながら正人のチームメンバー一人に質問を投げかける。
ネットの世界では自分の本名を公にしないので名前は基本適当だ...少なくとも俺は...。そして質問を投げかけられたチームメイトは表情を見なくてもわかる程の高揚とした声で口を開く。
「はい!すっごく嬉しいです!まずは純粋にその感想しか出てこない程には…はい…」
自分のテンションを自覚したのか、話していくうちに我に返り…ぎこちなさが言葉に出ていた。
「ありがとうございます!それではKRさんにも聞かせてください、今大会...ずばり優勝できたきっかけや秘訣などがあれば教えてください」
キャスター陣が淡々ともう一人のチームメイトに質問を投げかけ、正人は台本って便利だなぁと内心思う。質問を投げかけられたKRは最初のポップとは打って変わり、冷静かつ的確に返答をしていた。
「そうですね、きっかけかはわかりませんが…僕達はコミュニケーションを常に取り続け、チームの心臓がよく回るように従っただけです」
さてはこいつ…台本を用意していたな?と言わんばかりの表情を正人は浮かべていた。そしてキャスター陣はその返答は予想外だったのか、苦笑を浮かべて一瞬の沈黙が場を凍らせていた。
「ハハハ...なるほど」
必死に何か話そうとひねり出した結果がこの言葉、それを発した当の本人は少しだけ決まったなと言わんばかりのどや顔をしたときの鼻息がマイクにかかる。
「.....くっくっく」
最初に質問をされていたポップは笑いを堪えるのに必死だったが耐えきれず、声がもれてしまっていた。
当然俺は真顔、こんなもので緊張する必要もないし、見栄を張る必要もない。
一人のキャスター陣が話題を変えるように手を叩きながら…
「そ!し!て!今大会のMVP!そして世界でも注目されているチームの心臓!まさとさんに質問をさせていただきます」
そうやって紹介されながら片眉を上にあげ、持ち上げすぎだろと内心漏らす。
「あなたの状況判断は私達キャスターから見てもすごいです。まるで上から情報を取っているかのような完璧な動き、そして鋭いエイム。その強さはどこから来たものなんですか?」
キャスター陣は素朴な疑問を正人に投げかけていた。過去にチート疑いをかけられたことのある正人はまたこれも何食わぬ顔で話し始める。
「マップの構想を頭に入れ、次に敵の動きと自分たちの動きを照らし合わせる。そうするとおのずと答えは見つかるはずです」
正人が端的に話すと、これまた何を言われているのかわからないといったような…目をぱちぱちさせるキャスター陣の顔を見ていた。
(ほら…言った所で分からねぇじゃねぇかよ。)
頭をポリポリと搔きながらこのままじゃやばいと思ったのか正人はそのまま話を続けた。
「ですが全員、努力をしてきました。誰よりも。そしてその結果が出た。応援してくれている皆様、サポートしてくれている企業の方々には頭が上がらないです。いつもご支援ありがとうございます」
そういいながら正人もモニター越しにお辞儀をする。キャスター陣は拍手をしながらありがとうございますと言葉を告げ、チームメイトもぐすんと鼻水をすする音を立てて泣いていた。
後頭部に手を添えて、掻く動作をしながらこんなもんだろという表情を正人はしていた。
ふとモニターの横を見て流れているコメント欄を目にする。
『聖人すぎだろw』
『世界大会でまさと見れるとか最高だろ!』
『○○がいなくて見る気失せたわ』
『頑張れ!』
『かっこいい!』
などなど...ものすごく早く流れるそのコメント欄は普段何も感じない正人にとってすごく不思議な感情を抱いていた。嬉しさからなのか…はたまた疲れなのか。わからないが、どことなく…自分が今一番なんだと認識し、そっとそのコメント欄から目を背ける。
一通りのインタビューを終え、公式の通話が切れたところで…正人を含めた三人が、はぁ…とため息をこぼす。
「やっと終わった~…インタビューって嬉しいけど終わると疲れがどっと来るよなぁ」
「わかる、俺もう何も考えられねぇもん」
「何言ってんだよ、何も出てこない程嬉しいっていう薄っぺらい感想を述べた奴が」
「はぁ!?なんだよ!お前だって台本通りに読んでたたのか知らねぇが『チームの心臓』なんてかっこつけたこと言いやがって!」
その辺にしとけよという言葉が正人の口から出そうになったすぐ…言い合っていた二人は優勝した喜びを思い出すかのようにポップが口を開く。
「優勝ってさ、まじでやばくね?」
「やべぇね、正直実感あんまりねぇも…あるわめっちゃ」
「なんなんだよお前は!」
漫才的なことを繰り広げる二人、やれやれと手を額に当てて首を横に振る正人の姿、まさに優勝したものにしかできない優越感だった。
それはそうだろう、優勝以外は全員もれなく敗北者だ。それ以外の価値はない。
だからこそ、この空気感は他のチームより特別なものだと正人は理解する。
「くらはこの後どうすんの?」
ポップがそうKRに言葉をかける。くらとはあだ名みたいなものだ。
「ん~腹減ったから飯かな、ぴーはどうすんの?」
ぴーはポップの事である。日常的な会話を始める二人、そして俺は会話に入ろうとはせずパソコンのモニターの時間を目にする。
(もうこんな時間か、そろそろか)
時刻は19時、大会の始まりが12時からだから…7時間もやっていたのかとカーテンを少しだけめくり暗くなっている空を眺めながら溜息を吐く
「お~い、まさと、おい!バカ!」
段々と声量がでかくなってくるポップの声が正人の耳に入り、ぼーっとしていた視界がハッとなり、正人はとっさに口を開く。
「あ~わりぃ、なんだって?」
椅子に座りなおしながら聞き返し、二人はやれやれと言わんばかりの声でお前なぁと口に出していた。
「お前はこの後用事あんの?飯食った後ゲームする予定だけど...」
何気ないチームメイトの言葉、その言葉には気まずさも何もない、ただ普通に俺をゲームに誘っているポップの声を正人は聞き、目をつむりながら話していた。
「今日は疲れたし、この後少しやることあるから先落ちるわ」
そう言いながら右手を頭の後ろに置き、ポリポリと掻きながら話していた。
だがチームメイトはそっかというだけで何も言わなかった。
「まぁ今日くらいはゆっくりしようぜ、明日からも世界大会に向けて練習があるんだし」
「それもそうだな」
KRは気を遣うようにポップに話し、ポップもそのKRの言葉を聞いて了承していた。
席を立とうとして正人は通話を切ろうとする…が、その手がぴたりと止まる。
「本当にありがとう、お前らと世界大会いけてよかった。それじゃあ、また」
そう言ってトゥルンという通話を切る音が耳に入り、もう一度椅子に座りなおす。
(何言ってんだ…俺…)
正人自身も予期せぬ行動をとっていて驚いていた。
両の手を顔に覆い、少しだけ頬を赤面させながら、恥ずかしい…ただただ恥ずかしいという思いを全面に出していた。
そして10秒程度が経ったところで両手をぶらんと下ろし、真っ暗闇の天井を見て小さくつぶやく。
「意外と…嬉しかったんだな」
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先程まで暗闇の中ゲームしていたせいか...自分の部屋から出ると、眼光に光が差し込む。
眩しいとつぶやきながら左目を瞑り、右手を顔の前に出して右目でその光っている方向へと視線を向ける。
「あぁ...そうか、電気つけっぱなしにしてた」
独り言のようにつぶやき、てくてくと隣の部屋に歩く。
扉の前に立ち、立てかけられている『妹の部屋』というのを目に、正人はノックをする
「開けるけど、いいか?」
どことなく、心配した声でドアをコンコンと優しくノックする。
すると、それに反応した正人の妹が弱弱しい声で返事をする。
「はい…どうぞ」
返事が返ってきたのを確認し、ガチャっと扉を開ける。部屋の構想は正人とは異なり、右側にベッドがあり、左側には少し大き目なテレビが掛けられている。
正人の容姿は黒髪の短髪、ザ・普通といった感じのに対し妹である『久遠 真希』は腰に届きそうな長い白髪…瞳は赤色でお姫様のような容姿をしていた。
もじもじとしながらテレビが見えるようにベッドの上にくまのぬいぐるみをぎゅっと握りながら体操座りをしていた。正人はすぐに異変に気付く。
「どうした真希…なんで泣いてるんだ?」
正人が近づきながらそう言うが、妹である真希はぐすんと鼻をすすりながら唇を震わせながら話し出す…
「…その、テレビでお兄様の活躍を見ていたんです」
左腕で胸を隠すようにぎゅっとくまのぬいぐるみを持ち、右手の人差し指でテレビの方向へと指をさしていた。
正人も指をさしていたテレビの方に視線を向けるが…その画面を見て安堵の気持ちがスーッと入り込む。
どうやら状態が悪化したとかそういうわけではなさそうだ。
そのテレビを凝視すると、先ほど部屋で閲覧していたコメント欄が目に映る。
『強すぎだろw』
『頑張れ!』
を最後に、俺はそっと目を閉じて再度、真希の方に視線を向けた。
「ゴホッ…ゴホッ…」
妹は直後せき込んで、一瞬にして安堵の気持ちが消える。
「おい!大丈夫か真希…」
「はい…大丈夫です…ゴホッ、ゴホッ」
明らかに大丈夫ではなさそうな真希の姿を見ていてもたってもいられなくなり、持っていたくまのぬいぐるみを枕の横に置き、優しく真希の背中に手を当てて態勢を横にさせる。
妹である真希は兄を信頼、信用しているので思うがまま…小さくごめんなさいと呟き、正人はそれを聞きながら掛け布団を優しくかける。
「何度も言うが謝らなくていいぞ、お兄ちゃんに任せなさい」
右こぶしを前に出し、親指をくいっと上げる。真希はその様子を見て本当に申し訳なさそうにしていた。
うるうると涙と赤い瞳に浮かべ、ぎゅっと掛け布団を少しだけ強く握る。
正人はいつものように妹の真希の額に手を当て、体温を確認する。
「…あっつ、ほんとに大丈夫か?」
すごく心配そうに見ている真希、少しだけ目を瞑り、気持ちに整理がついたのか、その正人の問いに答える。
「はい、本当に大丈夫です…ただ…」
正人はその妹の話が終わるまで何も言わなかった。そして数秒が経過したのちに、再度口を開いた。
「お兄様ばかりに負担をかけさせてしまい、本当に申し訳ないなと…」
ゴホッゴホッと咳こみながら話す真希を見て、正人は右手で頭を撫でながら優しい表情を向ける。
チームメイトや他の出来事に対しては何も興味をなさそうにする正人が唯一、甘い態度を見せるのが妹である真希だ。両親は今、母親の方の祖父母の看病をしないといけないため、海外へと飛んでいる。そのためここ数年は俺は妹の面倒を見ているということだ。
家族構成は、日本人の父、フィンランド出身の母、正人、真希、といった感じだ。
正人は父親の血を色濃く受け継いでおり、妹である真希は母親の血を色濃く受け継いでいる。
正人はゆっくりと真希の頭を撫でながら、優しい顔つき、優しい声色で話す。
「大丈夫だ、本当に…俺は真希の顔を見て、こうして話しているだけですごく落ち着くし疲れも吹っ飛ぶから」
優しい顔、優しい声でそう話すがどことなく恥ずかしそうにしている兄を見て、真希はクスっと笑みを浮かべる。
「私も…お兄様と話していると心が落ち着きます」
そのまた照れくさそうに口元を隠しながらいう真希の姿を見て「これが幸せというやつか」と胸を躍らせる。
正人は立ち上がり、濡れたタオルを持ってくるといい立ち上がり、歩き出そうとしたとき…
「その、もう少しだけ…ここにいてくれませんか?」
右手で軽く、正人の袖を引っ張っていた真希。少しでも微量の力を入れてしまえば離れそうな手を見て、正人は再度、先ほどまで座っていた場所につく。
しばらくしてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガクッと顔が落下しそうになり、正人はハッと目をぱちぱちさせる。
「あっぶねぇ、寝落ちするところだった」
手に顎をのせ、その重さに耐えられなくなったのだろう。正人は痺れている手をさっさっと軽く振り、眠っている真希の方に視線を向ける。
スースーという寝息が静かな部屋に響き渡る。カチカチと時計の秒針とともに…。
(そら眠くなるわな)
心の中でそうつぶやき、座っていた椅子を元に戻して電気とテレビの電気を消す。ドアノブに手を当てて部屋を出ようとそれを捻った直後だった…
「お兄…ちゃん…」
「……っ!?」
その手はぴたりと止まり、一瞬だけ涙を浮かせながら真希の方へと視線を向けた。数秒が経過し、手にかけていたドアノブを捻って妹の部屋から出る。起きないようそっと閉めて、大丈夫かと確認したすぐに背中をその扉につけ、正人の顔は地面を向き、ゆっくりと目を瞑る。
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「お兄ちゃん!私ね!お兄ちゃんの事が大好きなの!」
幼少期の真希、白く美しい髪は肩にかかる長さ、そして大きな目を丸々とさせながら抱き着くように正人にそう言っていた。確かこれは10年ほど前の事だったと思う。5歳の妹、昔こそは元気だったが年を重ねるにつれて、段々と持っていた持病が悪化した。ろくに学校に行けず、正人が中学3年生になるまで退院はできなかった。真希が倒れたすぐ…そこに追い打ちをかけるように両親は海外にいる母方の祖父母の介護に行ってしまった。
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閉じていた目を開き、拳をぎゅっと握りしめながら正人は今日一低い声を発していた。
「金だ…金を稼がないと意味がない。」
世の中は金だ。金さえあれば全てが手に入るとまではいかないがある程度のものは手に入る。それはこの世の中だ。
そしてそう呟いたのと同時にチームメイトに言われた『なんでお前ってそんなに喜ばねぇの?』という言葉を思い出す。当然、チームメイトに話す気もないし、話したくもない。本気でゲームをしている奴に、金が必要だからと…そう言える程正人の肝が据わっていない。正人は生まれつき全ての才覚が備わっていた。動体視力、身体能力、五感、現代社会において何不自由なく…というよりものすごく有利な能力が備わっていたのだ。
それではなぜ、正人がその『完璧な人間』なのにプロゲーマーになったのか、それは至極簡単な理由だったからだ。金が楽に稼げる、それ以外の理由はなかった。バイトをしたりして金を稼ぐのは容易いことなのだが、正人は真希の手術代を稼ぐため、一気に大金を得る必要があった。だからこそ…そのプロゲーマーという職業は正人にとってお手軽だった。自分の持っている才能を存分に生かし、日本の頂点に立つ正人。それでも正人は金を稼ぐためにやっているのに変わりない。
気持ちを落ち着かせ、ふぅっというため息のようなものを吐き階段をくだる。階段を下ったすぐにリビングがありそのキッチンに足を運ぶ。キッチンにたどりつき、ぶら下がっている紐を引っ張り電気を点ける。チカッと光る蛍光灯を眺め、正人はそそくさとタオルを手に取り水道の蛇口をひねる。ジャーって出る水にタオルをつけてその水気を取る。後ろにある冷凍庫から数ある保冷剤を手に取りそれをタオルに巻き付けながらまた階段を上がる。
妹の部屋を再度ゆっくりと開けて、額にタオルを優しく置いた。スースーという寝息を耳に正人は真希の部屋を出て自分の部屋に戻る。
「あ~疲れた」
ボフっとベッドに身を投げ、電源がついているパソコンの方へと視線を向ける。
「…消さないと」
そう口にし体を起こそうとするが…
(めんどくせぇ)
12時から19時の間フルで大会を出たというのもあり、体は思ったより疲れていた。そのまま仰向けになり、右腕を額に当てて天井を眺める。
「世界大会…か、適当に始めたゲームだったけど、ここまで大きくなるとは思わなかったな」
先程も言ったが正人は金を稼ぐためにやっている。チームメイトのように観客の前でゲームができるとか、正直どうでもよかった。優勝して金さえ手に入れれば…あとは適当に引退をして真希の手術代にあてる。ただ…それだけのはずなのに、正人はどこかもったいなさを感じてしまっていた。
(まぁこんだけ考えても仕方ねぇよな、とりあえず寝よ)
心の中でつぶやき、正人は数分もしないうちに眠ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
聞こえるはずもないガヤガヤと耳に入る人の声、これまた聞こえるはずのない、数多くの地面をける音。正人は夢の中かと思いながらも、その確実に聞こえるドタドタと歩く人の足音を聞きながら…
「…るっせぇ」
機嫌悪く、耳をふさげながらそう言う。多分眠り度で言うならもうほぼゼロに近い。例えるのなら朝少し早く起きてしまったがもう少し寝たいなという時の感覚。もう一度言おう、正人はもうこの時点でほとんど起きているのだ。
明らかにおかしいという違和感を覚え、正人は勢いよく起き上がる…その光景は先程まで眠っていたせいなのか、はたまた細い路地裏のような場所にいるせいなのか、よく見えなかったが思わず大声をあげてしまう。
「なんじゃこりゃーーーーーーーー!?」
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