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全力で次男を遂行する!!  作者: 廃くじら
第四部

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第86話

「閣下。ご下命の通り、全軍直ぐにも攻撃を仕掛ける準備は整っております」

「…………」

「……閣下?」


その日『黒王』ラーゼンから『今夜、襲撃を仕掛ける』と告げられたダークトロルの側近は、ついに決戦の時が来たかと胸を昂らせて戦の準備を万全整えていた。


しかし日が落ちても、ラーゼンはジッと夜闇の向こうで篝火を焚く敵陣を見つめるばかりで、まるで動く気配を見せない。


──待機状態が続けば兵の疲労も溜まる。状況次第では明日以降のことも考えねばならぬし、せめていつ頃攻めるつもりかだけでも教えていただけないものか……


管理職としては切実な感想だが、しかしラーゼンに対しそのような弱音ともとれる発言は口にしづらい。


側近がどうしたものかと頭を悩ませている、と──


「あの女の話では、日の入りと同時に奴らの故郷で蜥蜴どもが混乱を引き起こすということだったが、どう思う?」

「は──?」


脈絡のないラーゼンの言葉に、側近はその意味を理解するのに数秒の時間を要した。


『あの女』というのは、状況的に恐らく『屍姫』エインのことだろう。つまりラーゼンはエインから、今宵竜人たちがオルデン領を襲撃するとの情報を掴み、それに合わせてこちらも襲撃を行い敵の混乱をつくつもりだった、ということだ。


──全くこの方は……そういう事情なら最初から説明して下されば良いものを。


側近は内心の不満を押し殺しつつ、夜目の利くダークトロルの視力を以って敵軍の様子を観察した。


「……敵は普段より警戒を強めているようですが、特段焦ったり動揺している様子は見られませんな。まだ襲撃の情報が伝わっていないか、あるいは蜥蜴どもが失敗したのではありますまいか?」


言いながら、側近は恐らく後者ではないかと予想した。普段より警戒が厳しいということはつまりオルデン領襲撃の情報が伝わっていて、にも拘らず動揺が少ないということは襲撃が失敗したか大したものではなかったと考えるべきだろう。


「一旦、待機状態を解除して部下を休ませますか?」

「…………」


側近はもう今夜の襲撃は中止するとの答えを期待してそう訊ねたが、しかしラーゼンの反応は真逆のものだった。


「あの女の口ぶりからして、今日の襲撃は相当本腰を入れたものだった筈だ。少なくとも蜥蜴の若造はそのつもりだったろう。それがこの短時間で決着したとは些か考えにくい」

「……確かに、それはそうですな」


ラーゼンの言葉に側近は唸る。まだ日が落ちてから三時間ほどしか経っていない。敵の主力がここにいる中、こんな短時間で撃退されるほど竜人たちの襲撃が甘いものだとは側近にも思えなかった。


「となると、考えられることは三つでしょうか。蜥蜴どもの本格的な攻勢はまだこれからである。あるいは彼奴等が味方に何か弱みを握られ領地が危機に陥っても動けない状態にあるのか、領地に残した戦力だけで十分に撃退可能だと判断したのか」

「……そんなところだろうな」


つまりあちらの状況の推移次第ではまだ襲撃の目が消えたわけではない、ということだ。


──やれやれ、まだ休めそうにないが、そういう事情であれば仕方あるまい。


ダークトロルの側近は胸中で溜め息を吐き、不満が溜まっているだろう部下たちの様子を見るため、そっとラーゼンの傍を離れた。


その途中、ふと足を止めて疑問に思う。


──はて? そういえば予定が崩れたというのに閣下はやけに機嫌が良さそうだったな。いったいあの方はどの可能性を期待しておられるのだろう……?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「レゼ様!!」


バタンと音を立てて戸を開け、メルが息を切らせて詰め所の中に飛び込んできた。


普段飄々とした態度を崩さない彼女の焦った様子に詰め所に残っていた者たちは表情を険しくするが、唯一レゼルヴだけは落ち着いた態度で彼女を出迎える。


「お疲れ、メル。部隊の皆は無事かい?」

「──え? あ……はい。全員回収済みで、怪我人はいますけど大したことはないです」


普段通りのレゼルヴの言葉に、メルはつい言いたかったことを忘れて仕事の結果を報告する。


「そりゃ良かった。疲れただろう?──ソフィア。悪いけど彼女に、水と何か軽食を厨房から貰ってきてくれるかい」

「あ、うん……」

「ど、どうも──じゃなくて!」


そこでハッと我に返り、メルは手をばたばたと振って続けた。


「それどころじゃありません! 敵襲です!!」

『!』


その言葉に詰め所内の緊張が一気に高まるが、レゼルヴはわざとのんびりした態度で溜め息を吐く。


「落ち着きなって。敵襲も何も領内はとっくに敵だらけだ。急ぎの時こそ報告は正確丁寧に、っていつも言ってるだろう?」

「いや、だから──!」


そこでメルは緊張で引き攣った周囲の様子に気づき、自分の焦りが周囲に伝播していることを自覚する。


そして浅めに深呼吸をして言葉を区切ると、何とか普段通りを装える程度の落ち着きを取り戻して続けた。


「──。部隊の皆を回収して山中を移動中、上空を集落方面に移動する影を発見しました。多分、竜人ドラゴニュートの群れです」

『!?』


竜人という言葉に、緩みかけた詰め所内の空気が再び張り詰める。


「ふむ? その報告にはいくつか気になることがあるね」

「!? そんな悠長なことを言っている場合では──!」


ノンビリしたレゼルヴの態度に、シュヴェルトに命じられ詰め所に残っていたシューレが噛みつこうとする。しかしそれはマッシュとソフィアに制止され、レゼルヴとメルのやり取りは続いた。


「言いたいことは分かります。場所、数、そして時間ですね」

「そうだ」


レゼルヴはそう言ってメルを自分の近くに手招きした。彼の前のテーブルにはオルデン領全域の地図が広げられている。


メルはレゼルヴの聞きたいことを先回りし、地図の一点を指さしながら口を開いた。


「私が敵を発見したのは……この辺り。この稜線の少し下を南に移動してたタイミングで、北東の空に影を見ました」

「ふむ……となると、敵の位置は防衛線より少し北側かな?」

「だと思います。影はそこから私たちの丁度真上を通って南方向へ移動していきました」


その説明にレゼルヴは少し眉を顰める。


メルの説明だと、その敵は確かにこちら方面に向かったことは間違いないようだが、方向的には少し本集落から逸れていた。


しかしその方向には別の集落があるわけでもなく、本当に何もない小さな山が連なっているだけだ。


「数は?」

「……木が邪魔でハッキリとした数は分かりませんけど、二〇より少ないってことはないと思います」

『!?』


その場にいたほとんどの人間が息を呑んだ。上位蛮族である竜人は最下級の雑兵でも並の戦士一〇人分に相当すると言われている。それが単純に二〇以上。逆にこちらは屋敷に残った中で戦える者は一〇人前後。数字上は絶望的な戦力差だ。


メルやマッシュはレゼルヴがかつてそれ以上の数の竜人の単独で撃退したことを知っているが、それは様々な幸運や条件が重なった結果であり、しかも今回は領民という足手纏いがいる。例え撃退できても相当の被害は避けられまい、と危惧していた。


恐怖と不安の視線が自分に集まる中、しかしレゼルヴは落ち着いた態度で確認を続ける。


「最後にもう一つだけ。君が敵を見たのは何時のことだい? 君が敵を発見した場所からだと、空を飛べばここまで一〇分もかからないと思うけど」

『!』

「……三〇、いえ四〇分は経ってると思います」


その説明に周囲の者たちが困惑の表情を浮かべる。


二人のやり取りが正しければ、竜人はとっくにこの本集落を襲撃していなければおかしいが、今のところ襲撃の気配は全くない。


ということはつまり、その敵の狙いはこの本集落ではないということだろうか?


半信半疑の安堵を皆が胸に思い浮かべる中、レゼルヴはジッと地図を見つめていたかと思うと、その一点──集落の少し西の小山を指さした。


「……ここかな」


そして同時に目を瞑り、小声で詠唱を行う。


「『見えざる目よ 開かれよ──【念視スクライング】』」

『!』


その場にぼんやりとした映像が浮かび上がる。まさにその地図上の光景のようで、モヤがかかってハッキリとは見えないが、翼を持った複数の人影が山中で休息しているように見えた。


──ブツッ!


映像は不安定に揺らめき、一〇秒ほどで断線したように消失。レゼルヴは忌々しそうに舌打ちした。


「チッ。対抗魔術を仕込まれてたか。【警戒アラート】に連中が引っかからなかったのもこれが原因だな──まあいい。状況は概ね把握できた」

「レ、レゼルヴ様、今のは……?」


シューレが動揺と困惑を隠しきれない様子で今見たものは何かとレゼルヴに訊ねる。


「見ての通り──というのは少し不親切か。今のは実際の山中の映像だよ。多分、メルがみた竜人の群れが、この集落を襲撃する前に休息をとってるんでしょ。竜人にとっても長時間の飛行は消耗が大きいと聞くからね」

「!」


その答えは予想していただろうに、シューレの顔が動揺と焦りで引き攣る。


「な、何を落ち着いて──いえ。とにかく、それだけの数を我々だけで撃退するのは不可能です! 一刻も早く避難を──」

「どこに? あっちの方が足は速いし夜目も利く。逃げたところで背中を討たれるだけだよ」

「っ! そんなことは──そうだ! 貴方の呪文ならシュヴェルト様を呼び戻すことができる筈だ! シュヴェルト様さえいればなんとか──」


シューレはレゼルヴの落ち着きの理由を、いざとなればシュヴェルトかオルデン男爵を呼び戻せるからだと解釈し、そんなことを言いだす。


彼だけでなく他にも同じことを考え目を輝かせる者はいたが──


「いや、やらないよ?」

「どうして!?」


意味が分からないと目を見開くシューレに、レゼルヴは頭を掻く。


「どうしてって……そりゃ連れ戻すことはできるけど、空飛ぶ敵を相手に戦士の兄上を当てるのは非効率だ。それにそれをしたら砦の救援が遅れることになるだろう?」

「そ、それはそうですが、この状況、敵の狙いは明らかにアンデッドで砦の戦力を釘付けにし、その隙に飛行戦力でこの本集落を陥落させることです! であれば、敵の狙いを防ぐためにシュヴェルト様を呼び戻すのは──」

「いや、そうじゃなくてさ」


シューレの言葉を遮り、レゼルヴは至極何でもないことのように言い切った。


「この程度の敵を相手に、一々兄上の手を借りる必要はないって言ってるんだよ」




この十七分後、かつて最年少で導師の位を獲得し、ハイエルフの魔女から『超常ならざる異端』と呼ばれた魔術師が、オルデン領の空にその真価を刻む。

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― 新着の感想 ―
レゼルヴさん 師匠程でないにしても覚醒者なの?
 おお、「倒してしまっても構わんのだろう?」並みにカッコいい台詞、と言うと褒めすぎかなw  しかしレゼルヴ、日頃の報われない苦労人ムーブからは想像し辛いくらい実力あるんだよなあ⋯⋯。
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