第85話
嵐がそこにあった。
「ハァァァァァァッ!!!」
シュヴェルトが長巻を一振りする度、アンデッドの骨が、屍肉が、瘴気が、粉微塵に打ち砕かれて消し飛んでいく。それはもはや人ではなく、自然と同じ暴威の域に達した何かだった。
不死の怪物たちは決して弱くない。肉を失った分、生前より膂力や技術は劣化しているが、恐怖も痛みも感じずダメージを与えても怯むことなく攻撃してくるその戦闘力は、生前のそれに勝るとも劣らない。
中にはオークやオーガを素体にした巨躯も含まれていて、パワーと不死性を併せ持つそれらは古代魔導王国のゴーレムに匹敵する脅威だ。
しかしそんな怪物もシュヴェルトの前では鎧袖一触──否。
『キィィィィァァッ!!!』
斬撃の嵐を透過して、実体なきゴーストがシュヴェルトに襲い掛かる。
非実体の存在であるゴーストに物理攻撃は通じない。シュヴェルトの長巻には魔力がこめられているが、あくまでそれは物理攻撃を補助するためのもの。ゴーストを祓うには僧侶の奇跡か、精神に直接干渉可能な特殊な呪文を用いる必要があった。
どれほど強くとも一戦士に過ぎないシュヴェルトではゴーストに対抗する手段はなく──
「──ふんっ!!」
『ギヒャァッ!!?』
シュヴェルトの肉体に憑りつこうとしたゴーストが、彼の肉体に触れた瞬間、悲鳴を上げて弾かれる。有り余るその生命力がゴーストの干渉を寄せ付けなかったのだ。
その後も数体のゴーストがシュヴェルトに憑りつこうとするが、憑依どころか碌に精神力を削ることさえできずにいた。
『…………』
そんな圧倒的な光景を眺めていたのは砦の中に籠っていた駐留部隊の兵士たち。
主君の息子がたった一人で救援に来たと聞き、流石にこの数相手では無謀だと助けに入ろうとしたのだが、目の前で繰り広げられる一方的な蹂躙劇に呆気にとられて動けないでいた。
シュヴェルトが強いことは理解していた──いや、そのつもりだった。
彼を知る者であれば誰もが、いずれ父であるオルデン男爵に並ぶ戦士になると確信していたし、実際既にオルデン領内でもシュヴェルトとまともに打ち合えるのは男爵とその腹心であるアハスぐらいのものだ。
繰り返すが、強いことは分かっていた。
けれどシュヴェルトが本気で戦える相手は多くない。それ故に味方であり彼のことを良く知る部下たちでさえ、シュヴェルトの本当の実力を理解できていなかった。
あるいは既に王国最強と謳われた彼の父に匹敵──
「グラウ! ボケっとしてないで、援護しねぇと!!」
「!」
同僚のフォーゲルに肩を揺さぶられ、ドワーフの神官戦士グラウビヒはハッと我に返った。
いくら戦況が一方的とはいえ、シュヴェルトは霊体に攻撃する手段を持たない。あのまま纏わりつかれていては、万が一ということはあり得る。
彼は部下に命じて砦の門を開けさせ──
──ギィィィィィ……ッ!
「『偉大なる鍛冶神よ 勇壮なる勇者に御身の加護を授け給え──【神聖武器】』」
砦の開門と並行してドワーフの荘厳な詠唱が響き渡り、シュヴェルトの長巻に神々しい輝きが宿る。
「若様を一人で戦わせるな!!」
「今が好機だ、蹂躙しろ!!」
そして砦の中から飛び出してきた兵士たちが、シュヴェルトの姿に戦意を取り戻しアンデッドの後背をつく。
「お前ら、無事だったか……!」
一〇〇以上いたアンデッドの軍勢を殲滅するまで、それから五分とかからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「助かりましたぞ、シュヴェルト様。しかしお一人でアンデッドの軍勢に切り込むとはなんと危険な。貴方はオルデン領の嫡男なのですぞ? もう少し慎重に──」
「説教は後だ、グラウ」
砦に群がっていたアンデッドの軍勢を見える範囲で殲滅し、砦の中に入ったシュヴェルトと駐留部隊。
責任者であるグラウビヒは早速シュヴェルトの危険な行動を説教しようとするが、シュヴェルトはそれどころではないと制した。
「まだ他の砦には兵士たちが取り残されたままだ。一刻も早く助けに行かないと」
「それはそうですが……いえ、それよりも他の者たちはどうしたのです? シューレは? レゼルヴ様は?」
グラウビヒもオルデン領がアンデッドの軍勢に襲われ説教などしている場合でないことは理解していた。しかしならば何故シュヴェルト一人でここにやってきたのか? 麓の集落にはいくらか兵士や冒険者が残っていた筈だし、少なくともシュヴェルト一人で三つの砦の救援に向かう必要はない筈だ、と。
「レゼには集落の護りのために屋敷に残ってもらった。シューレ達は連れてきても良かったが、俺一人の方が速いし予備兵力として待機させてる」
『…………』
そのあまりに乱暴な判断にグラウビヒだけでなく、周りで話を聞いていた兵士たちも呆気にとられた。
「そん──」
「説教は後だと言ったろう。俺たちは今、追い詰められてるんだ」
口を開こうとしたグラウビヒの機先を制し、シュヴェルトは敵が二の矢、三の矢を用意している可能性が高く、それに対応するためには予備戦力を十分に確保しつつ、迅速にアンデッドを排除する必要があったことを説明した。
その説明にグラウビヒたちもシュヴェルトの無謀な行動の意図を納得はできずとも理解する。
「むぅ……確かにあり得ることです。ですが、そうであれば指揮官であるシュヴェルト様が麓に残り、レゼルヴ様あたりに救援を任せるべきだったのではありませんか? あの方であれば転移呪文で砦まで跳ぶことができますから、救援として不足ということはないでしょう」
グラウビヒが暗に兄弟の立場の違いを指摘していることに気づかないふりをして、シュヴェルトはかぶりを横に振った。
「逆だよ。どんな手を打ってくるか分からない敵を相手にする以上、対応力のあるレゼの呪文は温存すべきだ。救援だけなら俺一人でも何とかなる。これがベストだ」
「それは──」
グラウビヒは反論しようとして結局口を閉ざす。シュヴェルトの言ったことは道理ではあったし、実際シュヴェルト自身の安全という点に目を瞑ればこれが一番効率的な判断であったことは間違いない。
彼が渋々納得したのを見て、シュヴェルトは長巻を担ぎなおして続けた。
「俺はこのまま残り二つの砦の救援に向かう」
「では我々も──」
「いや、皆はここに残ってくれ」
『!』
シュヴェルトの指示に、グラウビヒだけでなくその場にいた兵士たち全員目を見開き、反駁しようとした。
「そ──」
「何度も言わせないでくれ。時間がないんだ。俺一人の方が移動するのは速いし、戦力も十分だ」
「────」
口をパクパクさせて反論の言葉を探す部下たちを見回して、シュヴェルトは更に続けた。
「それに負傷者を連れて移動するわけにはいかないし、またアンデッドが湧いて出ないとも限らないから守る人間も必要だろ」
「それは……そうですが」
納得した様子のないグラウビヒに、シュヴェルトは畳みかけるように言った。
「グラウたちはこのまま砦を守ってくれ。ここを空にするわけにはいかない。敵は俺たちがアンデッドから逃げ出したところを狙ってるのかもしれないからな」
「…………」
確かにそれは十二分に考えられるし、砦を奪われればオルデン領そのものが危険にさらされることになる。
せめてアンデッドの対処のためにグラウビヒだけでもついて行きたかったが、ドワーフの鈍足ではシュヴェルトの足についていくことは不可能だし、この場の負傷兵たちを見捨てることもできない。
──信じるべきなのじゃろう。若き勇者が、この苦難を乗り越えることを……
「……シュヴェルト様、せめてこれを──聖水と毒消し用のポーションです」
「ありがとう」
「ご武運を。決して我らを、主人を見捨てて保身に走った卑怯者にさせんでくだされ」
部下の『生きて帰ってくれ』という激励を背に、シュヴェルトは次の戦場に駆けた。
──ちょうどその頃。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ!?」
「な、何でこんなところに──」
「落ち着け!! アンデッドは結界内には入ってこれん!! 弓で弾幕を張って近づかせるな!!」
「やってるよ!? でも当たら──ガッ!?」
「ザイン!?」
「救援──誰でもいいからはや──!」
──轟ッ!!!
大事な嫡男を亜竜相手に日頃単騎で突っ込ませている部下が何を言っているんだと思われるかもしれませんが、数が多くて毒持ちのアンデッドの群れの方が弱くても厄介という認識。ラッキーヒットが怖いですし、何より亜竜との戦いは何かあれば周りがフォローできる状態なので。




