第83話
「状況はどうなっている!?」
太陽が地平線に沈んで二時間が経過。
本集落周辺に出現したアンデッドの討伐を終えたシュヴェルトは、屋敷に帰還し駐留部隊の詰め所へと駆け込んだ。
詰め所と言っても部隊の半数以上は三か所ある山中の砦に駐留しており、休暇などで集落に残っていた兵士もほとんどが出現したアンデッドの討伐や見回り、領民の避難誘導などで出払っている。その場に残っているのは側近のシューレ他数名の兵士と、情報収集に専念していたレゼルヴとマッシュ他斥候部隊が二名、他に冒険者の代表としてギルド長のブッチとその仲間のニーゲル、そして非戦闘員のソフィアと使用人が三名。
「落ち着いて──誰か、兄上に水と身体を拭くものを」
返り血ならぬ返り屍肉が付いたままのシュヴェルトは、しかしそんな場合ではないと続けた。
「レゼ!」
「……どうやらここ最近襲撃してきた蛮族共の死体に罠が仕込まれてたみたいだ。蛮族の死体をベースにしたアンデッドが少なく見積もっても五〇〇以上、領内で暴れ回ってる──ごめん、敵の企みを見抜けなかった私のミスだ」
レゼルヴは苦い表情で頭を下げる。
「謝るな。味方の死体を利用するような外道の発想はオルデンにはない。そんなものは見抜けなくて当然だ」
その言葉に場の空気がほんの少しだけ軽くなった。
「そんなことより戦況はどうなっている? 領民の避難状況は?」
「……まだ全てを確認できたわけじゃないけど、領民や集落への被害は軽微だよ。アンデッドの発生は死体を埋めた戦場周辺がメインだから、集落周辺の発生はそれほど多くない」
「念のため、僕の職権で緊急依頼を出して冒険者どもを各集落に派遣した。僧侶技能を持ってる奴もそれなりにいるし、最悪倒せなくても領民を逃がすぐらいのことはできるから、そこは安心してくれていい」
ブッチの補足にシュヴェルトは少しだけ表情を緩めて「助かる」と謝意を口にした。
そしてすぐに表情を引き締め直し、一番の問題に言及する。
「砦の方は?」
「……通信機で確認した限り、砦は落ちてはないし、今すぐどうこうって状況じゃあない。ただどの砦も大量のアンデッドに取り囲まれて、閉じこもって防衛するので精一杯。身動きが取れる状態じゃないみたいだ」
「今すぐに救援に向かいましょう!」
側近のシューレがそう進言するが、シュヴェルトはそれにかぶりを横に振る。
「落ち着け、シューレ。すぐに砦が落ちることはないと言われたばかりだろう」
「しかし三つある砦全ての救援となればすぐには終わりません。もたもた手をこまねいている間に状況が変化すれば──」
「だから落ち着け」
シュヴェルトは改めてシューレを窘め、レゼルヴに視線をやる。
「レゼ、お前の意見は?」
「……敵の攻撃が温すぎる。多分、本命はコレじゃない」
「俺もそう思う」
その兄弟のやり取りを理解できた者は少なく、代表してシューレが疑問を口にした。
「攻撃が温い、とは? 五〇〇を超えるアンデッドの軍勢ですよ? 夜闇で能力が強化され、しかも領地に全域に分散していて討伐するのは簡単ではない。間違いなくここ数年なかった大規模攻勢だ。とてもお二人が言うように温い攻めとは思いませんが……」
「だからだよ。これだけ用意周到に時間をかけて罠を仕掛け、味方の死体まで利用しての侵攻にしては中途半端過ぎるって言ってるんだ。砦が囲まれてるのにしたって、現地を見てきた者の報告じゃアンデッドはただ生気に反応して群がってるだけで、砦を陥落させようって意図がある訳じゃない。もし敵の攻撃がこれだけだとしたら、私たちは多少の被害はあれ普通に撃退できてしまうだろう? 私が敵の指揮官なら、間違いなくこの混乱に乗じて次の一手を準備しているよ」
『…………』
その場にいた者たちが、レゼルヴの言葉に暗い表情で押し黙る。
彼の説明は明快で、だれもそれを否定する言葉を持たなかった──いや。
「──いいかしら?」
それまで黙って話を聞いていたソフィアが挙手して発言の許可を求める。レゼルヴがチラとシュヴェルトに視線をやると、彼は頷き彼女に発言を促した。
「次の一手と言うけれど、具体的に敵にどんな手があるのかしら? 仮に別の軍を動かそうにも、敵が侵攻するためにはアンデッドがうろついている山中を通り抜けるしかないわけでしょう? アンデッドに制御されている様子はないって話だったし、近づけば襲われるのは敵も同じことだわ。二人の言いたいことも分かるんだけど、この状況に連動してすぐ次の一手をとなると難しいんじゃないかしら?」
ソフィアの発言に周囲から「確かに」と納得と感心の混じった反応が漏れる。
「……ソフィア様の仰る通り、この状況で敵が打てる手は多くありません。こちらがアンデッドの対処に疲れ果て、アンデッドの活動が弱まる明朝に本命の軍を動かしてくる、というのは考えられませんか? 直接アンデッドと別働隊を連動させるのではなく、あくまでアンデッドは削りとして使う──あるいは技術的にそういった使い方しかできない、という可能性です」
ソフィアに追随してシューレも意見を述べる。確かに彼の言うことには一理あるし、十分に考えられることだ。あるいは単純に、レゼルヴたちが敵を高く見積もり過ぎているということもあるだろう。
シュヴェルトは二人の意見を聞き、こめかみをトントンと叩きながら考える素振りを見せた。
「……もし二人の言う通りなら、逆に敵を警戒して動かずにいることがリスクとなり得るわけか」
もし敵の狙いがアンデッドによりこちらを削ることで、本命の軍は時間を空けて襲撃してくるのだとしたら、可能な限り早急にアンデッドを排除し、本命を迎撃する体制を整えた方が良い。そしてそれはシュヴェルトが動けば十分に可能だ。
あるいは敵が父オルデン男爵の武名に目がくらみ、領地に残留した戦力を甘く見積もっているということも考えられた。
動くべきか動かざるべきか。あるいは動いて、それが敵の狙い通りだったとしたら──
「──レゼ。忌憚のない意見を聞かせてほしい。仮に敵の狙いがこちらの戦力と目を砦に集中させることで、何らかの方法で敵がアンデッドが跋扈する戦場をすり抜け直接本拠地を襲撃してきたとしたら、その迎撃をお前に任せても大丈夫か?」
「…………」
周囲の視線がレゼルヴに集中する。
彼は真っ直ぐに兄の目を見つめ返し、正直な所感を伝えた。
「大丈夫──だと、思う。別働隊の可能性はあっても、この状況で送り込んでこれる数は知れてる。一応、迎撃の備えはしてあるし、任せてもらって構わない」
「そうか」
『…………』
二人のやり取りに、ハッとした様子でシューレが口を開く。
「──だ、大丈夫なのですか? いえその、砦の救援にというのは私が言い出したことですし、レゼルヴ様の能力を疑っているわけではありませんが……」
シューレはチラとソフィアに視線をやった。シュヴェルトがここを離れるということは、辺境伯の娘であるソフィアをレゼルヴに託すということだ。今更ではあるが、彼女に万一のことがあれば、と不安に思うのは当然だろう。
ソフィアだけをここから逃がす、というのは彼女がオルデン領に来た意味を考えれば難しい。
シューレたちがここに残ったとしても戦力としては知れているし、危険な救援に向かうシュヴェルトを一人で送り出すのはどうなのだろうか。まさしく二律背反──いや。
「そうだ! 通信で御屋形様にこのことをお伝えして──」
『駄目だ』
シューレの言葉は、シュヴェルトとレゼルヴにより異口同音に却下された。
「それこそが敵の狙いかもしれない。オルデン領を脅かし、父上を撤退に追い込もうとしているのか──」
「そうでなくてもオルデン領から派遣された兵士が動揺したらまずいね」
「!」
口々に指摘され、シューレは口を閉ざす。二人はそんな彼に構わず続けた。
「レゼ、父上には──」
「もう通信は送ってあるよ──『オルデン領ニ大規模ナ侵攻有リ。迎撃ハ恙ナク完了。陽動ノ惧レアリ注意サレタシ』──確認も取らず勝手してゴメン」
「いや、いい。俺もそう指示するつもりだった」
兄弟のやり取りに周囲は口を挟めない。
そして彼らは暫し見つめ合い、やがてシュヴェルトは責任者として決断を下した。
「──俺が砦の救援に向かう。その間の指揮と拠点の防衛はレゼ、お前に任せる」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同時刻。メルはアンデッドを避けながら、逃げ遅れた斥候部隊の人間三人を連れて麓の村へと向かっていた。
生命オーラそのものを感知して近寄ってくるアンデッド相手に一般的な隠形術は意味をなさない。しかしメルは卓越した観察力と探知能力によりアンデッドの感知範囲を正確に把握し、それを避けることで足手纏いを連れながら山中を移動していた。
一流の斥候技術を持つメルをして神経を擦り減らす危険な行軍──
「!?」
『────』
上空に気配を感じて、彼女はハッと動きを止め、背後の三人も分からないながらそれに倣う。
彼女が息を殺して夜空を見上げる──と、彼方の空に翼持つ無数の人影が、二方向に分かれて移動していた。




