幕間10~アデル~
オルデン家長女、アデルです。八歳になりました。
今日は私の家族について紹介します。
「アデル? 一人で何をブツブツ言っているの?」
気にせずいつも通りにしていてください。
「? いいけど、人の部屋に入る時はちゃんとノックしてからにしなさいな」
この私そっくりでキレイな人がベルタお母様です。
少し口うるさくて怖いですが、『その冷たい目つきがイイ』『踏みつけられたい』と家来のオジサンたちが陰でよく盛り上がっています。
前に私が踏みつけてもライゼはちっとも喜んでくれなかったので、やっぱりお母様は凄いです。私の目標です。
「ベルタ、今帰った」
「奥様。ご報告に──と、アデル嬢ちゃんも一緒だったのか」
このおっきな二人はレイターお父様と家来のアハスおじ様。
お父様はすごく背が高くて、すごくムキムキです。家来のオジサンたちは大抵みんなムキムキだけど、その中でもお父様は一番ムキムキで、よくオーガみたいだねって言われてます。
「アデル。ベルタの言うことを聞いて良い子にしていたか?」
……お父様は手がゴツゴツしていて撫でられると痛いです。でもそれを言うとお母様が怒るので笑顔で我慢我慢。
私も大きくなったらお父様みたいに大きくてムキムキになってしまわないか少し不安です。
「ほれ、嬢ちゃんに土産だ。後でライゼと一緒に食べな」
わ~い、お菓子だ!
アハスおじ様は見た目は山賊みたいで汗臭くて不潔だけど、こういう気遣いができるところはポイント高いです。
「貴方、お疲れ様。それにアハスも、気を遣わせてしまってごめんなさいね」
お母様とお父様が並ぶとまるで美女と野獣です。
いえ、お父様も『ワイルドなところが素敵』と近所の奥様たちから人気なのですが、正直お母様とは吊り合ってないと思います。
それを言うとお母様がものすごく怒るので口には出しません。だけど私は絶対都会的で洗練された旦那様を捕まえてみせます。
「アデル」
──っ!? まさか、心を読まれた……?
「お菓子は独り占めせずにちゃんとライゼと分けるのよ──って、そんな変な顔してどうしたの?」
ほっ。いえいえ何でもないのですよ?
お菓子はちゃんとライゼと分けて食べるので安心してください。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
馬鹿ライゼ~? どこにいるんですか~?
「誰が馬鹿だ! 馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ馬鹿アデル!!」
なら今ライゼも馬鹿って言ったのでやっぱり馬鹿で間違いないですね。
「…………あれ?」
このちょっぴり頭の弱い男の子が、私の双子の弟でオルデン家の三男ライゼです。
お父様そっくりの赤髪赤目で、きっと大きくなったらお父様みたいなムキムキになると思います。
「──あ! その手に持ってるの何だよ!?」
全く、食べ物のことになると目ざとくて意地汚い男って嫌ですね。
ほら、お父様とアハスおじ様からのお土産のクッキーです。ありがたく食べるのですよ。
「おお、すげーっ!!」
私の手からクッキーを奪い取り、美味しそうに頬張るライゼ。甘いものは滅多に食べられないとは言え、手も洗わずその場でガツガツ食べるとかホントないです。
やっぱり私は都会の洗練された男性を捕まえないといけないのだと、改めて強く思いました。
「? あれ、アデルの分は?」
お~、そこを気にすることができたとは意外ですね。全部食べ切る前に言っていたらアデルちゃんポイントを上げても良かったのですが──いや、馬鹿ライゼのことだからきっと私の分も分けてくれと言い出したに違いありませんね。加点はなしなし。
私の分はライゼに取られないように先に取り分けてあるのです。
「え~?」
何が「え~?」です。それより、こんなところで何をフラフラしていたのですか?
「あ、そうだ! 俺これからタロンのオッサンとこ行くんだった! 冒険者のいろはってやつを教えてもらう約束してるんだけど、アデルも行くか?」
行くわけないです。
「え~? どうしてだよ~、オッサンの話面白いのに~」
ライゼは最近オルデン領にやってきた冒険者たちに懐いています。
お子ちゃまのライゼには『ドラゴンを退治した』とか『古代の遺跡で財宝を見つけた』とか、そんな冒険譚が刺さったみたいで、最近は『大人になったら俺も冒険者になってでっかいドラゴンを退治するんだ!』なんて夢みたいなことばかり言っています。
そんな馬鹿なこと言ってる暇があったら真面目に勉強して騎士でも目指せばいいのに。
ライゼは三男坊で気楽な立場なので好きにすればいいのですが、弟がニートとかだと私の婚活に差し支えるかもしれないので、できればちゃんとした定職に就いて欲しいですね。
「──ライゼ。冒険者もいいけど、今日はこれから弓術の稽古じゃなかったか?」
「げっ!?」
そう言って近づいてきたのは、ルデン家の長男シュヴェルト兄様です。
どうやらライゼは稽古から脱走してきたところだったようで、お兄様の姿を見て顔を引き攣らせています。
「ち、違うんだよ、兄上?」
「何が違うんだ?」
「その……訓練はオッサンのとこに行った後でやるつもりで──」
「そうかそうか。俺ももう少ししたら手が空くから、後でタロンのところに迎えに行くよ。いつもの倍、みっちり稽古しような」
「げぇ~!? 俺弓術の稽古キライ~!!」
「ハハハ、弓術は兵士でも冒険者でも必須の技能だぞ」
生意気なライゼですが、尊敬するシュヴェルト兄様に言われては逆らえないのか抵抗を諦めて項垂れています。
流石はじんぼーあついシュヴェルト兄様ですね。
最近、若い男の人たちが兄様に向ける視線がねっとりしている気がしなくもないですが、私は大人なのでそういうのちゃんと理解があります。
シュヴェルト兄様はお父様と一緒でムキムキですが、お髭が無くて雰囲気も柔らかいのでお父様と違ってオーガな感じはしません。
なのでこう、今のイイ感じのまま粘って欲しいのですが──
「──ん? どうしたアデル? 変な顔して」
い~え~、何でもありませんよ。
きっと無理なんだろうな~、と私はあまり期待しないことにしています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
メルちゃん、お茶淹れて~!
「お、どしたんアデル。いいもの持ってんじゃん」
アハスおじ様からのお土産でもらったの。一緒に食べよ~。
「? たくさんあるけど、ライゼの分もあるんじゃない? 呼ばなくていいの?」
大丈夫大丈夫。さっき一枚食べさせたから。
「あ~、了解了解。証拠隠滅ね」
メルちゃん、話が早くて好き~。
笑いながらお茶の準備をしてくれるのはウチの家来のメルちゃん。背は小っちゃいけど、頭が良くて話しやすい大人のお姉さんです。
ちなみにライゼが密かに片思いしてるけど、まるで相手にされてなくて、しかも本人にもバレバレです。
「……アデル。ここは仕事場なんだ。あまり五月蠅いことは言いたくないけど──」
なら言うな~。
「──はぁ」
この線の細い苦労人オーラが滲み出ている人が次男のレゼルヴ兄様です。
メルちゃんの上司ですが、ずっとオルデン領の外に留学していたので最近までほとんど会ったことがなくて、正直あまりお兄様という感じがしません。
ライゼやシュヴェルト兄様と違って赤毛でもないし、お父様にも全然似てないので、余計そんな風に思ってしまいます。
もちろん本人にそんなことを言ったら悲しむと分かっているので、私はそんなことは言いません。
でもライゼは子供なので舐めくさっています。
「……さっきから何をこそこそメモしてるんだい?」
あ! 返して! 授業で作文書くのに使うの!!
「あ~。そう言えばミラに勉強教わってるんだっけ──って、何てことを書いてるんだ君は。このメモは没収です」
ひどい~!! 家族について書かなきゃいけないのに~!!
「酷くない。君にこのテーマは早すぎる──いやそれとも君が早すぎるのか? ともかくミラには私から話をしておくから、作文のテーマは変更だ。読書感想文にしなさい」
……ぶ~。傑作が出来そうだったのに。
「誰に読ませる気だ。母上が読んだら折檻じゃ済まないぞ」
そう言って溜め息を吐くレゼルヴ兄様は、やっぱり線が細くて父様たちとは全然似ていません。
ううん。父様や兄様やライゼだけじゃなくて、ウチの領の人たちとはまるで雰囲気が違います。
戦士じゃなくて、ムキムキでもなくて、あんまり元気もない──何でこんな人がウチにいるんだろう?
わざわざこんな田舎に来なくても都会で働いていれば良かったのに。そうすれば私も兄様から都会の素敵な旦那様を紹介してもらえたかもしれません。
そんなことを前にメルちゃんに言ったら、彼女は「ホントだね~」って笑っていました。
「は~い。お茶の準備ができたよ~。レゼ様もいったん休憩しましょ」
わ~い。
私は優しいのでメルちゃんだけでなく兄様にもお菓子を分けてあげる。
ついでに兄様には早く都会に戻りなよと勧めてあげて──
その言葉の残酷さに気づいたのは、私がその頃より少しだけ大人になって、兄様と二度と会えなくなった後の話。
私は当時のことをその後何度も思い出し、生涯後悔し続けることになる。




