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全力で次男を遂行する!!  作者: 廃くじら
第三部

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第64話

レゼルヴやメルがヴァイスベルクで旧知の冒険者たちとの再会を果たしていたその頃、オルデン領では彼らの同僚マッシュが独り黙々と仕事をこなしていた。


苦心して共に練り上げた計画が上に却下されて以降、レゼルヴたちとの間には微妙なすきま風が吹いてはいたが、それで彼が仕事を疎かにすることはない。


一時期のように自分たちがこのオルデン領をより良いものに変えていくのだという熱こそ持てはしないが、それでも彼は自分のこの仕事が前線の兵士たちを支えているのだと実直に兵站管理者としての役割を果たしていた。


今日は以前提出された書類に不備や疑義が見つかり、その修正や確認の為に前線の砦を訪問中。本来なら担当者が集落に戻ってきたタイミングで呼び出しをかけ、向こうから来させるべき話ではあるのだが、連絡手段が言伝かメモぐらいしかない中で勤務時間外の兵士たちを捕まえるのは却って手間も時間もかかる。その為マッシュは現地確認など他の細々した用事とセットで自ら砦を訪れていた。


「おう、マッシュじゃねぇか!?」

「よう」


砦を訪れると、中の見張り台から周囲を監視していた顔馴染みの兵士が門を開けてマッシュを出迎えてくれる。


「今日は一人でどうした?」

「どうしたじゃねぇよ。お前さんらがいい加減な申請書上げるせいで、俺がわざわざこんな山の中までサイン貰いに来るハメになってんだろうが。つーかトルデ、お前も呼び出しすっぽかしてシレッとした顔してんじゃねぇ。休憩時間になったら俺のとこに来い。今日すっぽかしたら次の給料出ねぇから、忘れるんじゃねぇぞ」

「うひぃ!」


トルデと呼ばれた兵士がマッシュの文句に苦笑いを浮かべる。


少し前までは自分が戦えなくなった負い目で同僚に気まずさを感じていたが、今はそんなことはない。裏方とは言え自分が与えられた役割を果たせているという意識がマッシュの精神を安定させていた。


そうして落ち着いてみれば、マッシュはかつて自分が感じていた同僚からの悪意は、その大半が自分の被害妄想であったのだと気づく。勿論、実際に負の感情を向けられていたことは否定しないが、それはマッシュがウジウジと一人で陰に籠っていたことに対するもので、戦えなくなったことそれ自体を責めるものではなかった。


前線から距離を置き精神的な安定を取り戻したマッシュは、かつての同僚たちと再び良好な関係を築くに至っていた。


「それとグラウビヒはいるか? あのオッサン、請求書の数字の桁間違えてんじゃねぇかと思うんだけど……」

「おう。オッサンなら今は礼拝室にいる筈だから呼んでくるよ!」

「あ、ちょっと待った!」


見張りの役目を放り出して人を呼びに行こうとするトルデを呼び止め、マッシュは荷物から光沢のある液体の入った瓶を取り出し彼にパスする。


「消毒用の()の差し入れだ。後で皆で飲んでくれ」

「へへっ、あんがとよ」


マッシュの上司はよく付き合いで物をもらってくるのだが、嗜好品の類は嗜まないためマッシュたちに下げ渡すことが多い。今回の百薬の長もそのおすそ分けだ。


そのいかにも高級そうな瓶にトルデは頬を緩ませ、軽快な足取りで砦の奥へと姿を消した。




「儂は間違えとりゃあせん。どうせ使うんだから少し多めに──」

「請求は三か月分の使用量が目安だって言ってんだろ? 手続きが面倒だからって五年分まとめて請求する馬鹿があるか」

「……いや、しかし急に必要になることも──」

「ねぇよ。むしろ使えるもんなら今使って見せてくれ。さっき倉庫確認したら使わないままゴミになった在庫が山になってたぞ」

「…………」


僧衣を纏った屈強なドワーフが、事務所でマッシュに詰められて渋々請求書を書き直す。


書きあがった書類に不備がないことを確認し「よし」と頷くマッシュの姿に、ドワーフのグラウビヒは分厚い口髭を鼻息で揺らした。


「ふん。少し前までは戦いに怯えて居心地悪そうに身を縮こまらせておった小僧が随分と生意気になったものよ」

「けっ。立ち直れって散々はっぱかけてきたのはあんたらの方だろうが」


レゼルヴたちに対するものとは違う乱暴な言葉遣いで言い返し、マッシュはグラウビヒと笑い合う。


ひとしきり笑い合った後、グラウビヒはふと顔を顰めて口を開いた。


「……そう言えばお前さん、今日は一人か?」

「うん? そういやトルデにも同じこと聞かれたが、一人だから何だってんだ?」


首を傾げるマッシュに、グラウビヒは少し言い難そうに言葉を続けた。


「いや、防衛線の内側とは言え、この辺りは蛮族や魔物が出てこないとも限らん。誰か手すきのもんと一緒に動いた方が良いのではないか……?」

「はぁ~?」


しかしその心配にマッシュは顔を歪める。


「何言ってんだ、オッサン? 出るつっても、精々迷子になったゴブリンやオークぐらいのもんだろ。猪や熊のがよっぽど怖いぜ」

「いや、まぁそうなんだが……」

「心配し過ぎなんだよ。俺だって一応は兵士なんだぜ? 今日も来る途中にデカい猪に出くわしたが、普通に槍で追っ払ったし」

「……ん?」

「? 何だよ、変な顔して」


マッシュの言葉にグラウビヒが目を丸くし、その反応にマッシュが首を傾げる。


「お前さん、大丈夫だったのか?」

「あん? たかが猪に何を──」

「いやお前さん、猪に跨ったゴブリンどもに袋叩きにされてから、蛮族だけじゃなく獣を見ただけで足が竦んで動けなくなっておったんじゃなかったか?」

「…………」

「…………」

「…………あ」


指摘されて改めてその事実を思い出し、マッシュは気の抜けた声を漏らす。


確かにその通り、そのせいで自分は一人で見張りをすることも山道を歩くことも出来なくなっていたことを、今更ながらに思い出した。


──どうして俺はそのことを忘れてたんだ? 前線のプレッシャーから解放されたから? いや、後方勤務になってからも一人で山道を歩くなんて怖くて出来なかった筈だ。一体いつから……


思い返すが、こうして一人で行動するようになったのは昨日今日の話ではない。彼自身気づかなかっただけで、最近は当然のように山道を一人で行き来していた。だが後方勤務に回されてしばらくはそうではなかった。いったいいつから、何の切っ掛けで──


──健康診断……?


三か月前、レゼルヴに言われてヴァイスベルクで受けたあの健康診断が頭をよぎる。あの時は緊張で頭がパンクしたのか、よく分からないまま診察が終わっていて──


「……訓練場に来い。ひょっとしてお前さん、治ったんじゃないか?」

「いや──」


そんなまさか、とは思いながらも、マッシュは微かな期待を胸に訓練場へと向かった。




結論から言うと、マッシュの『敵を前にすると足が竦んで動けなくなる』というトラウマは回復していた。


少なくともグラウビヒとの軽い立ち合いでは全く問題は感じられない。


実戦ではないので完治しているとまでは断言できないが、以前は武器を持った味方と訓練で向き合うだけでも足が震えて満足に動けなくなっていたことを考えれば劇的な変化だ。


「おい、やったじゃないか! これならまたすぐ前線に復帰できるんじゃないか!?」


バシ、とグラウビヒがマッシュの背を叩き頬を綻ばせた。


訓練場にいた他の兵士たちも、マッシュの回復を見て驚きの表情を浮かべている。


「あ、ああ……」


だがマッシュは戸惑いや疑問の方が大きく、素直に自分の回復を喜べずにいた。


確かに後方勤務に回るよう言われた際、レゼルヴからは『心の回復の為に環境を変えてみるのも手ではないか?』といった趣旨のことは言われていた。マッシュ自身、前線で同僚の目を気にして自分が精神的に追い詰められていることは自覚していたが、レゼルヴが使った回復という言葉はあくまで方便に過ぎないとも思っていた。


──いやそんなことより、グラウビヒの言う通りトラウマが治ったなら元通り前線勤務……に?


「──マッシュ」


そんなマッシュの戸惑いまじりの思考は、かつての上司の呼びかけにより中断された。


「若様!?」


現れたのはオルデン男爵家の長男であり次期後継者シュヴェルト。まだ若いながらも風格漂う居住まいに、マッシュは慌てて姿勢を正して敬礼した。


「み、見ておられたのですか!?」

「ああ。君があんなことになってしまって申し訳なく思っていたけど、レゼの下で仕事をしたのがいい気分転換になったのかな? 何にせよ、元気になったようで安心したよ」


穏やかに微笑むシュヴェルトの姿に、マッシュは彼が役立たずとなっていた自分を庇ってくれていたことを思い出し、胸に熱いものが走るのを感じた。


「いえ……若様が使えない自分を見捨てず庇って下さったお陰です」

「?」


しかしシュヴェルトはその言葉にキョトンとした表情で首を傾げる。


「何のことだい?」

「──……え?」


照れているわけでも惚けているわけでもない、心底心当たりがなさそうなシュヴェルトの態度にマッシュは言葉を失った。


これはどういうことだ?


あの時、確かにレゼルヴはマッシュが密かに厄介者でしかない自分を庇っていたと言っていた──そう、密かにだ。表立ってシュヴェルトが自分を庇えば、余計自分に対する周囲の風当たりが強くなる恐れがあった。だからシュヴェルトはレゼルヴにマッシュを託したのだ、と。


その筈なのに──


「それより丁度良かった。マッシュ、君と少し話をしたいことがあったんだけど、今少し時間はあるかな?」

「あ……はい。勿論です」

「良かった。それじゃあ私の部屋に行こうか」




「忙しいのにすまないね」

「いえ、とんでもありません」


数分後、指揮官用の個室に連れてこられたマッシュは、シュヴェルトと二人きりで向かい合っていた。


以前、前線に勤務していた際もこの部屋に招かれたことなどほとんどなかったが、一体何の用だろうか? ひょっとして復帰の話か?


マッシュが緊張しながら思考を巡らせていると、シュヴェルトは前置きもそこそこに本題を切り出した。


「実は私は今、父上と母上から一つ宿題を出されていてね。それが何とも難題で、君の助けを借りられないかと考えていたところだったんだ」

「? 私の……ですか?」


自分が前線指揮官であるシュヴェルトの役に立てることがあるとは思えず、マッシュは眉をひそめた。


「私ごときが若様のお役に立てることがあるとは思えませんが。むしろ以前の戦いでは若様の足を引っ張ってしまい──」

「そんなことはない!──いや、そうじゃなくて、戦の話ではないんだよ」

「? どういうことでしょう?」

「あ~……厳密には戦の話なんだけど実戦の話じゃないというか、今後の防衛戦略の話なんだ」

「ぼうえい、せん、りゃく……?」


その言葉に、マッシュの脳裏に嫌な予感が過ぎる。


そんなマッシュの反応に気づくことなくシュヴェルトは邪気の無い笑顔で続けた。


「ああ。実は父上たちは今後前線の砦を一つに集約して、スムーズに戦場と戦場を移動できるよう山間部に道を整備することを検討しているそうでね。私にその素案を作るよう指示があったんだ」

「────は?」


聞き間違いかと思って──いや聞き間違いであって欲しいと、マッシュの口から険の混じった声が漏れた。


その彼の反応にやはりシュヴェルトは気づかない。


「あ。このことはまだ極秘だからここだけの話にしてくれるかい? ともかく、いきなり防衛戦略だ砦の再編だと言われても何から手を付けていいか分からなくてね。そう言ったら母上から君の名前が挙がったんだ。君はレゼの下で設備関係を担当してるんだろう? 是非、その見識で私を助けてもらえないかと──」

「────は?」


今度は先ほどより少しだけ大きく、怒りの混じった声が出た。

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― 新着の感想 ―
 まあそうだろうね、と読んでいる人皆思ってるんじゃないかな。  プロローグ見る限りレゼルヴもマッシュも「現在」オルデン領に居る以上、このレゼルヴを都合良く使い潰す風潮は男爵家から消えてはいない状況で活…
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