第63話
『妻がすまないね。さ、それでは行こうか』
『え? えっと……』
『ライゼ~、アデル~。お爺ちゃまとお婆ちゃまは少しお出かけしてくるから、いい子にして待ってるのよ~』
『あの、行くというのは……?』
『父さん、母さん? 一体、何を?』
『……言うておらなんだか、クレメンス? 昨日、辺境伯にヴァイスベルクにお邪魔していることを人をやって連絡したのだが、あちらから是非今日の席に我々も、というお話を頂いてな』
『はぁ!? どうしてそういう大事な話をちゃんと伝えてくれないんだ!?』
『だからすまんと言うておるだろうに』
『言ってない! 私には一言も、言ってない!!』
『もう、大きな声を出さないの、クレメンス。お客様の前でみっともないわよ』
『っ! 誰のせいだと──』
『まぁ、この話はまた今度だ。辺境伯をお待たせするわけにはいかん』
『……っ! 王都に戻ったら、このことはしっかり追及させてもらいますからね?』
『お~、怖い怖い。──と、すまないね、ソフィアさん』
『い、いえ……』
『おお、それとレゼルヴ。悪いがお前は代わりに留守番だ。あまり大勢でおしかけてもあちらに迷惑だからな』
『え゛?』
『お土産買ってくるから、いい子で待っててね~』
『あの──』
そんなやり取りが交わされた後、祖父母──エルツ前子爵夫妻は、エルツ現子爵とソフィアを連れて宿を後にした。
その場に取り残されたレゼルヴとメル、双子はポカ~ン。
『……レゼ様。あの二人って、あんなに強引な性格でしたっけ?』
『……う~ん』
年月と老いは人を変えるのだなぁ、とレゼルヴは思った。
祖父母の暴挙(?)により急遽予定がなくなり、しかも留守を頼まれ外を出歩くことも出来なくなったレゼルヴたちだが、意外な再会もあり楽しい時間を過ごしていた。
「お! 坊主、ガキの頃のシュヴェルトそっくりじゃねぇか?」
「オッサン誰!? 兄様を知ってんの!?」
「カハッ!……俺をオッサン呼ばわりするとこまでアイツと同じかよ」
屈強な体格の戦士がライゼの頭を撫で、オルデンの武闘派集団に慣れたライゼはそれに物怖じすることなく飛びつきじゃれついている。
「まぁ、エルフ様!? 初めて見たわ。アデルとお話ししましょう? お婆さまが用意してくれたお茶もお菓子もあるの」
「い、いや、私はハーフで……」
「師匠。女の子の夢を壊しちゃ駄目です。諦めて下さい」
ハーフエルフの美青年がアデルに絡まれてあたふたし、メルがその背をポンと叩いてアデルと一緒に奥の部屋へと連れ込んだ。
「あの子たちのことはウチの馬鹿どもに任せてのんびりしなよ。ハロルド様から色々噂は聞いてるよ。君、忙しくてあまり寝れてないんじゃないかい?」
「そんなこともないけど──ま、今日のところはお言葉に甘えさせてもらおうかな」
レゼルヴはノームの男性──ブッチのジト目に肩を竦め、その提案を受け入れる。ブッチはその答えに分かるか分からないかの微かな笑みを浮かべ、
「座って待ってて。お茶と何か摘まむものをもらってくる」
そう言って部屋を出て行くブッチの小さな背中を見て『昔は同じぐらいの背丈だったのになぁ』と、レゼルヴは時間の流れにほろ苦い笑みを浮かべた。
意外な再会とは、かつて双子が生まれた時、エルツ前子爵夫妻の護衛としてオルデン男爵領に滞在していた冒険者パーティーのことだ。
半年以上の長期滞在でレゼルヴやオルデン家の面々と交流を深めていた彼らは、今回もエルツ子爵家の依頼を受けてヴァイスベルクでの会談に帯同していた。
二日前に彼らを【転移陣】で王都から運んできたのはレゼルヴなので厳密にはもう再会は済ませていたのだが、その時はお互い仕事中で人目もあり、再会を喜ぶ余裕もなかった。その為、こうして降って湧いたようにその時間ができたことは素直に嬉しい。
──ひょっとして、お爺様とお婆さまはその為にワザと代わりに……いや、ないな。
「どうかしたかい?」
埒もない創造に苦笑するレゼルヴに、テーブルで向かい合うブッチが不思議そうに首を傾げる。
レゼルヴは自分の馬鹿な思考を誤魔化すように全く別のことを口にしていた。
「いや、ミラも来れたら良かったのにと思っただけさ」
「ああ……」
彼らのパーティーは、リーダーで戦士のタロンと、斥候役で弓使いのハーフエルフ・ニーゲル、精霊遣いでノームのブッチとあと一人、女魔術師ミラの四人組だ。
この四人の中でもミラはレゼルヴに最初に魔術の手ほどきをし、かつ姉弟子にもあたる縁深い存在だった。
「まぁ、本人は悔しがるだろうが仕方ない。いくらハロルド様たちが大らかとは言え、赤ん坊を背負って護衛を務めるわけにはいかないからね」
苦笑するブッチ。彼の言う通りミラは一昨年子供を産み、現在育休に入っていた。
お相手はリーダーのタロン。命の危険を共に潜り抜け、仲間同士昂ってしまうのは男女混合の冒険者パーティーではよくある話。ただ流石に子供ができてから付き合っていることを報告するのは遅すぎるだろうと、タロンはニーゲルとブッチにボコボコにされたらしい。
彼らはミラの産休中も新メンバーを迎えることなく、スポットで臨時メンバーを雇うことはあっても基本三人で活動を続けていた。だがしかし──
「子供も大分大きくなってきたとは聞いたけど、実際どうなの? その、ミラの復帰は?」
「……難しいね」
レゼルヴの問いかけに、ブッチは微かに表情を曇らせて答えた。
「当初は本人も、子供が二~三歳ぐらいになったら冒険者に復帰しようか、なんて話をしてたんだ。王都には働きながら子供を育てる女性が困らないよう、子供を預かってくれる施設もあるからね。そういうサービスを利用しながら、極力日帰りできる仕事を選んでいけば、とは考えてたんだけど……」
「何か問題が?」
「……費用はともかく、冒険者みたいに明日も知れない仕事じゃ、中々信用が無くてね」
ブッチの言葉に、レゼルヴは『ああ』と漏れそうになった納得の声を押し殺した。
冒険者と言えば聞こえはいいが、その実態はならず者に毛が生えたような連中が大半で、しかもいつ死ぬとも知れない危険な仕事だ。軍人のように遺族への保障があるわけでもなく、預かった子供が次の日には孤児になることだって普通にあり得る。施設側の預かり拒否もやむを得ないことだろう。
ブッチはチラと部屋の中を見渡し、他に話を聞いている者がいないのを確認してから、溜まっていた愚痴めいた言葉を吐きだした。
「実際問題、子供が出来たっていうのに冒険者なんてヤクザな仕事を続けてること自体がおかしな話なんだ。僕らもいい加減、潮時なのかもしれないね……」
「!」
冒険者が現役でいられる時間は短い。いくらブッチやニーゲルが長命種でまだ若いとはいえ、パーティーとしてはそろそろ次の段階を考える時期が来ているのかもしれない。
幸いと言うべきか、彼らは非常に腕の良い冒険者で、こうして貴族から指名依頼を受けるほどの伝手と信頼もある。冒険者を廃業して別の仕事に就くのも、あるいは解散して別のパーティーを組むのも引く手数多だろう。
「……次、どうするかは決まってるの?」
「いや」
しかし意外にもブッチは途方に暮れた様子でかぶりを横に振った。
「少なくとも冒険者を続ける気にはなれない。何だかんだあいつらとは長い付き合いだからね。今更他の人間と組んで、一から人間関係を作ってなんてのは正直考えられないよ」
それはそうだろうな、と思う。気の置けない仲間など人生においてそう何人も得られるものではない。レゼルヴも一度故郷を離れてそのことを痛感した。
そして冒険者なんてのは社会性が一般的な水準を大きく下回っている者たちが大半だ。考えられない、というのはブッチの正直な想いだろう。
「……かと言って、中々他の仕事というのもね。勿論、選り好みしなければ仕事は幾らでもあるだろうけど、今更軍人や傭兵なんてのは気が進まない」
「子爵家で雇ってもらうってのは?」
「ハハ、悪くないけど、子爵家も普段は僕らみたいなのに用はないからね。スポットで声をかけてもらえる程度には信頼されてる自信はあるけど、そもそもこういう護衛みたいな仕事は年に一度あるかないかさ」
まぁそれもそうか、とレゼルブも頷く。地方貴族ならともかく、母の実家であるエルツ子爵家は中央の法衣貴族だ。役人として働いている彼らに、独自の常備戦力など基本的には必要ない。
「それに、僕やニーゲルはともかく、馬鹿夫婦をどうするかって問題もある」
ずっと誰かに吐き出したかったのだろう。ブッチの言葉はとめどなく続いた。
「タロンとミラ?」
「ああ。ミラはまだいい。彼女は魔術師だ。学もある。子供がもう少し落ち着けば、教師でも何でも働き口には困らないだろう」
それはその通りで、この国では貴族や一部の富裕層を除けば高等教育を受けている者は少ない。いや、貴族であっても十分な教育を受けられていない者は珍しくない。そんな中、高度な教養を備えた魔術師の存在は稀少で、例え魔術の腕前が最低レベルでも、学院卒業レベルの教養さえあれば雇いたいと望む者は幾らでもいる。
「問題はあの馬鹿だ。戦いしか脳の無いあの男が、冒険者を辞めて何ができるのかを考えると頭が痛くなるよ。今まで十年以上自由気ままに生きてきたんだ。肉体労働なら雇ってくれる場所はあるだろうが、今更そんな堅実な働き方ができるかどうか。軍属になるにしても上下関係なんて柄じゃあない。そもそもパーティーを解散しようと言って納得するかどうか……」
ブッチは本当に頭が痛そうに溜め息を吐く。一番の悩みは自分の今後ではなく、子の親になった仲間たちの行く末なのだろう。
「……何かブッチ、お母さんみたいだね?」
「!」
思わずレゼルヴの口からこぼれた言葉にブッチは大きく目を見開き、そして額に手を当て苦笑した。
「せめてお父さんにしてくれよ……」
「ハハ、ごめん」
謝りながら、レゼルヴは彼らの冒険者引退について想いを巡らせる。
彼らの有能さについては疑いないが、今まで自由に生きてきた彼らが別の道に進んで上手くやって行けるかはまた別問題。ブッチが心配しているのもその点だろう。
特にタロンに関しては、下手にパーティーを解散するより冒険者を続けていた方が良かったということにもなりかねない。
また本人たちの希望もある。ブッチ一人で決められることではないからこそ、色々と彼も気を揉んでいるのだろうが……
──うん。選択肢は幾らあってもいいよな。
「ブッチ。これはもし君たちが良ければなんだけど──」
「?」
レゼルヴはたった今頭に思い浮かんだばかりの思い付きをブッチに提案する。
話を聞く内に、ブッチの表情は驚きと興味に染まっていき──
──バタン!!
「おい、レゼルヴ! 今からライゼに俺の冒険譚を聞かせたやるんだけど、お前も聞くか!?」
「レゼ、このオッサンすげーんだぜ!! 冒険者ってすげーんだ!!」
部屋に飛び込んできた能天気な馬鹿二人に話を遮られ、レゼルヴとブッチは深々と溜め息を吐いた。
『…………はぁ~』




