第62話
「うわぁぁぁぁっ! 凄い大きい! 高い! でっかい!!」
「……馬鹿ライゼ。それ全部同じ意味よ」
ヴァイスベルクの街並みに、生まれて初めてオルデン領の外に出たオルデン家三男ライゼが興奮し、はしゃいでいる。
長女アデルはそんな双子の兄に呆れた言葉を吐くが、視線は忙しなく動いていて、ソワソワした様子を隠しきれていなかった。
レゼルヴはそんな今にも駆け出していきそうな弟妹に後ろから声をかける。
「二人とも、迷子になるから勝手に動いちゃ駄目──」
「うっせーレゼ!」
「大丈夫よ、兄様」
「──……」
言葉遣いは対照的だが、どちらも次男の言うことを聞くつもりがないという点では共通していた。
『もう二人も八歳になるのだから、外部にお披露目しても大丈夫だろう』
レゼルヴは、自分もちょうど今の二人ぐらいの歳で初めて領の外に出たことを引き合いに出し面倒事を押し付けてきた大人たちに胸中で呪詛を吐きつつ、何故自分がこんなことをと天を仰いだ。
レゼルヴが留学先からオルデン領へと帰還し、約半年が経過した。
引き継いだ業務や環境変化によるあれこれは既に落ち着き、【転移陣】を活用した行路の運行、辺境伯家への軍の派遣など新たに始めた事業も軌道に乗り始めていた。
しかし変化が起きれば、そこに口出ししなければ気が済まない人間というのはどこの世界にもいるものだ。
特に辺境伯は国土防衛の為に広範にわたる独自裁量権を与えられた大勢力。王都の貴族や役人たちはその牙が自分たちに向くことが無いかを常々警戒し、その動向に注意を払っている。例えば周辺貴族との軍事的結びつきの強化などはその最たるもので、今回の話にもケチをつける者は存在していた。
『ヴァイスベルク辺境伯は王家に叛意を抱いているのではないか?』
当事者からすれば相手にするのも馬鹿馬鹿しい話ではあるが、発現者がなまじ権力を持っているせいで無視することも難しい。やむを得ずヴァイスベルク辺境伯はオルデン男爵同席のもと王都からの下問の使者を受け入れ、今回の件について事情説明を行う運びとなった。
とは言え、だ。辺境伯が王都に呼びつけられるのではなく、使者が遠路はるばるやってくるという時点で、道理がどちらにあるかなど関係者のほとんどが理解している。
そもそも辺境伯が激化した帝国の攻勢に対抗する為オルデン男爵に援軍を要請したのは誰の目にも明らかで、しかも辺境伯は事前に何度も王家に支援を要請していた。その要請を王家とその側近が握りつぶした結果、辺境伯はやむを得ず寄子のオルデン男爵に頭を下げねばならなくなったのだから、文句があるなら言ってみろといったところ。王都に呼びつけなどしたら本当に謀反でも起こしかねない。
王都でも比較的常識のある木っ端役人たちはそのことを理解しており、この一件の処理を互いに押し付け合った。
機嫌の悪い野蛮な地方貴族の相手など誰もやりたがらず、最終的に使者を押し付けられたのが、オルデン男爵の義兄であるエルツ子爵。
『お前の妹が嫁いだ家のせいでややこしくなってるんだから、行って上手いこと収めてこい』
そんな言いがかりに近い懇願を、エルツ子爵は渋々受け入れた。
今日はその三者会談がヴァイスベルクで開かれる日。本来ならオルデン家は会談において添え物に過ぎないのだが、そこに相乗りしてきた方々のせいで、レゼルヴは余計な苦労をするハメになっていた。
「おお。遅かったではないか、レゼルヴ」
「そっちの二人がライゼとアデル? 覚えてるかしら? お爺ちゃまとお婆ちゃまよ~」
『!』
滞在先の宿を訪れるなり開口一番親し気に話しかけてきた老夫妻に、双子の弟妹はビクリと身体を震わせレゼルヴの背に身を隠す。
普段は人見知りをするタイプではないのだが、オルデン領では目にすることのない貴族らしい煌びやかな姿に驚いてしまったようだ。
レゼルヴはそんな双子の珍しい姿に苦笑しながら、老夫妻──母方の祖父母にあたるエルツ前子爵夫妻に挨拶を返す。
「お待たせしました。何分、この子たちが初めての都会に興奮して寄り道してしまったもので──ほら、ライゼ、アデル。恥ずかしがってないでご挨拶なさい。お爺様とお婆様だ。君たちも赤ん坊の頃にお会いしたことがあるんだぞ?」
「ははは、そう言われても流石に覚えておらんだろう」
老夫妻と親し気に話をする兄の姿に、双子も警戒を解いておずおずと口を開く。
「おじいさま、と──」
「おばあさま……?」
「そうよ~! さ、いらっしゃい。貴方たちの為に美味しいお菓子と綺麗な服を用意してきたのよ」
「おかし!?」
「ふく!!」
双子は祖母の発した言葉に目を輝かせて警戒を解き、祖父母に手を引かれて奥の部屋へと入っていった。
彼らと入れ替わるように奥から姿を見せたのは、母ベルタと面立ちよく似た眼鏡をした壮年男性。
「父と母の我儘で手間をかけさせてしまって済まないね」
「いえ、お気になさらないで下さい。こちらとしてもどこかで一度ご挨拶に伺わねばと思っていましたので、お声かけ頂いたのは良い機会でした」
社交辞令を口にし苦笑し合ったその男性は現エルツ子爵クレメンス──レゼルヴにとっては母方の伯父にあたる人物だった。
元々、今回ヴァイスベルクで開かれる三者会談に用があったのはこのエルツ子爵一人だったのだが、【転移陣】を使ってレゼルヴが彼を王都まで迎えに行った際、隠居していた祖父母が『自分たちも娘や孫たちに会いたい』と言い出し、急遽今回の旅路に同行することに。
レゼルヴはそんな祖父母の我儘を叶えるため、忙しい中何度も転移呪文を使わされ、わがままざかりの弟妹の世話を押し付けられるハメになっていた。
ちなみに両親と兄は先にヴァイスベルクに到着していて、祖父母とも再会済み。今は辺境伯の屋敷で今回の一件について打ち合わせをしているところだ。
「今回の一件、伯父上にはご足労おかけして申し訳ありません」
「いやいや、気にしないでくれ」
レゼルヴは血縁者というだけで揉め事に巻き込んでしまったエルツ子爵に改めて頭を下げるが、子爵はむしろ機嫌よく笑った。
「こうした地方との取次こそが私のお役目だ。それにご足労と言っても実際には君の魔法でひとっ飛びだからね。こんな楽な仕事はないさ」
そこで子爵は言葉を区切り、周囲に他に人がいないことを確認してから、声を潜めて続けた。
「……ベルタから事前に話を聞いていたお陰で、今回の話は出来レースだ。ウチにも利益のある話だから、むしろこちらが礼を言わねばならないところさ」
決して上手いとは言えないウインクをする伯父の姿に、レゼルヴは曖昧な苦笑を返す。
子爵の言った通り、今回のやり取りは全て出来レース。王家側の担当者であるエルツ子爵は最初からこちらの味方だ。
辺境伯は今回の一件を利用して王家から支援を引き出し、エルツ子爵は辺境伯の怒りを収めたというていで中央での影響力を高めようという話で、概ね落としどころは決まっている。
既に決着の見えた会談の話はそこそこに切り上げ、レゼルヴとエルツ子爵は会談開始の時間が来るまでの間、暫し各地の情勢についての情報交換や今後の連携の可能性について話し合った。子爵はレゼルヴの能力と学院との伝手を高く評価し是非とも取り込みたいと思っているようで、子爵からの積極的なアプローチをレゼルヴがそれをのらりくらりと躱していると──
──コンコンコン
「レゼルヴ様。辺境伯閣下の使者がいらっしゃいました」
声の主は今回双子の世話係としてレゼルヴに同行していたメル。
『今回の件は仕事だからノーカンですよ!?』とヴァイスベルク観光の時間が取れないことに不満を口にしていた彼女は、余所行きの言葉遣いでドアの外から呼びかけてきた。
「分かった。すぐに向かう」
何故エルツ子爵側の帯同者ではなくメルが呼びに来たのだろうと首を傾げつつ、レゼルヴはそう返事をする、が──
「あ、いえ……そうではなくて、ですね……」
「? どうかしたか?」
「その……レゼルヴ様に用事があるそうなのですが……」
「私に?」
レゼルヴはエルツ子爵と顔を見合わせるが、彼も心当たりがない様子だ。
とは言えあまり使者を待たせるわけにも行かない。目線でエルツ子爵に許可を取り、メルに返事をした。
「分かった。入ってもらってくれ」
ほどなくしてその場に現れたのは、レゼルヴにとっては顔馴染みの美女。
「初めまして、エルツ子爵閣下。私、ヴァイスベルク辺境伯アーフェンが四女、ソフィアと申します。父より閣下を会場までご案内するよう申し付かってまいりました」
「あ、ああ……これはご丁寧に」
突然の辺境伯の娘の登場に戸惑いを隠せず間の抜けた答えを返す子爵。
レゼルヴは彼に助け舟を出すつもりで、敢えていつも通りの口調でソフィアに話しかけた。
「ソフィア? 何で君が?」
「お父様に言われたのよ。プロジェクトが一段落して、ここ暫くのんびりしてたら『暇なんだろう?』って」
ソフィアは肩を竦めてそう言うが、言葉の内容ほど不満そうな様子はない。どうやら暇をしていたというのは事実のようだ。
ただそうは言っても、辺境伯がわざわざ彼女を使者に寄越す理由が分からない。しかもわざわざ淑女らしく盛装までしている。これで彼女がエルツ子爵と顔馴染みだと言うならまだ分からなくもないが、反応を見る限りそんなこともなさそうだ。
困惑するレゼルヴにソフィアが何か思い出した様子で口を開く。
「あ、そうだ。お父様たちが、今日は会場が狭いから貴方は──」
「──あら!? まぁまぁまぁ!」
ソフィアの言葉を遮って、部屋の奥から甲高い声と共に祖母が姿を見せた。
「ひょっとして貴女がソフィアさん? まぁ~、噂通りなんて可愛らしい──!」
「え? あの……えぇ?」
些か興奮した様子で手を握り話しかけてきた祖母にソフィアは戸惑いを隠せない。
そうこうしていると騒ぎに気づいて祖父と双子──いつの間にか見たこともないめかしこんだ服装に着替えさせられている──も奥からひょっこり顔を出す。
「これ、ターシャ。ソフィアさんが困っておられるだろう」
「あらあらまぁ、ごめんなさいね? 私ったら、すっかり舞い上がってしまって──」
「い、いえ……」
謝りながらも自分から離れようとしない祖母に困惑顔のソフィア。
祖父も軽く窘めはしたものの、何故かそれ以上祖母を止めようとしない。エルツ子爵も同様だ。
ソフィアは助けを求めるようにレゼルヴに視線を向けるが、彼はその場に得体のしれない力学が働いているのを感じとり、割って入ることができなかった。




