第60話
「──と、このように砦の集約に併せて監視用の櫓を増やし、行軍用の道を整備することで設備投資を抑えつつ防衛体制の効率化を図る、というのが今回の計画の骨子になります」
レゼルヴが留学先からオルデン領へと帰還し、母ベルタから後方支援、兵站に関する業務の引継ぎを受けて約三か月が経過。
レゼルヴはこの間、【転移陣】を活用した『オルデン領』⇔『ヴァイスベルク領』⇔『王都』を結ぶ行路の運用について関係者と話をまとめつつ、ブラックボックス化していた前線設備の耐用年数の調査と各種在庫の精査を行い、オルデン領の経理事務やヴァイスベルクでの導師としての業務、更には周囲に隠れて領内の監視強化や蛮族の撃退まで行うという極めて多忙な日々を過ごしていた。
幸か不幸か五年間の留学で鍛えられたレゼルヴの事務処理能力は周囲の想定を遥かに超えて高く、彼はその全ての業務をそつなくこなし、関係者全員が満足するだけの成果を挙げている。
特に業務の大半をレゼルヴに引き継いだ母は彼の働きにニコニコ顔で、数年ぶりにのんびりした日々を過ごしながら、今後どこまでレゼルヴに負荷をかけるべきかを探っていた。
仕事内容が裏方なのであまり目立つこともなく、ある意味とても無難に、両親の期待に沿った働きをしていたレゼルヴだったが、この日彼はオルデン家に一つの爆弾を落とす。
ことの発端は、レゼルヴが以前母から指示を受けていた老朽化した前線設備の更改について、今後の対応方針をまとめたので話を聞いて欲しいと言い出したことだ。
母はまず自分一人で報告を受けるつもりだったが、防衛に関わることなので父の意見も併せて聞きたいとレゼルヴが申し出て、父レイターとその腹心アハスも交えて話を聞くことになった。
場所はレイターの執務室。参加者はレイター、ベルタ、アハス、そして報告者側としてレゼルヴ、メル、マッシュの計六人。
報告はオルデン領の現状分析から始まり、当初レイターたちは設備面の調査だけに留まらないその精緻な内容に感心しきりだった。
その風向きが変わったのは、話が具体的な設備計画へと移ったタイミング。
前線の設備計画は防衛計画とセットで考える必要がある──それはその通りだ。
現在の防衛体制の問題点は戦力が各地に分散し過ぎていること──確かに、その点は男爵たちも問題視していた。
対策として前線基地を一つに集約する──発想は理解できるが、そうすると戦場全体をカバーすることが難しくなるのでは?
戦場全体をカバーするために監視用の櫓を増やし、迅速に戦場を移動するため道を整備しよう──
「いやぁ、待て待て坊。確かにウチの領は山ばっかで、戦場から戦場に移動すんのに時間がかかって救援が遅れがちだってのはその通りだ。だが道を整備すれば、逆にそれを使って蛮族共が攻めてくるかもしれねぇんだぞ? 大軍を動かしにくい悪路はウチを守る盾でもあるんだ。そう簡単な話じゃねぇ」
レゼルヴの説明にアハスが顔を顰めて異を唱える。周りを見るとレイターも同意見のようだ。
「分かっています。なので砦と道は……このように整備します」
レゼルヴは公的な場とあって敢えて畏まった言葉遣いでそれに応えつつ、黒いスレート版に石灰の塊で簡単な図を描いてみせた。
北に帝国、南にオルデン領、中央部分が戦場となる山岳地帯。その戦場の中心に砦を一つ、そしてそこから放射状に南北それぞれに道を三本ずつ──ホールケーキのように戦場を道で六等分するイメージだ。
レイターはすぐにその意図を理解して呻く。
「……なるほど。蛮族共が整備した道を使って攻めてくる場合、必ず砦を通るように配置するわけか」
「はい。こうすれば敵に道を利用されるリスクよりもメリットの方が上回ります。帝国側の道は敢えて細くし、段差などを設けることで大軍の移動を難しくすることは可能ですし、敵の進軍ルートを限定することで罠なども仕掛けやすくなる筈です」
「だがよ、坊。となると蛮族共が敢えて道を使わずに悪路をすり抜けてくるってことも考えられるんじゃねぇか? やっぱり砦を減らすってのは──」
「いや、アハス。恐らくそれを防ぐために監視用の櫓を増設しようという話なのだろう。敵が侵攻してきていることさえ確認できれば、悪路を移動する蛮族共より整備された道を馬で移動する我らの方が行軍速度は速い」
「むぅ……」
レイターとアハスがしばし沈思黙考する。互いにレゼルヴの案に問題がないか頭の中でシミュレーションを行うも、さしあたって大きな問題点は思いつかない。
そんな二人の反応を見て、レゼルヴとメル、そしてマッシュは手ごたえを感じた様子で顔を見合わせた。
軍事責任者の二人が黙り込んだのを見て、極力軍事に口出すことを控えているベルタが、別の視点からレゼルヴの案に疑義を呈した。
「軍事的に有効かどうかの議論は一旦おいておくとして、そもそもこの計画は当家にとって実現可能なものなのですか? 現在分散している駐留部隊と物資の全てを収容可能な規模の砦と、山間部に道を整備するとなればそのコストは膨大なものになる筈ですが……」
「それに関してはお配りした資料の五枚目をご確認ください」
そう言われて、ベルタたちは事前に配られていた資料の五枚目に目を落とす。
そこには三パターンの設備更改計画案と、それぞれのメリットとデメリット、問題点、そして想定される概算費用について記載されていた。
「設備更改案を三案比較検討しています。第一案は現状の砦を可能な限り改修して維持し、不可能になった段階で建て替えを行うパターン。第二案は三つある砦の内、まだ耐用年数の長い東の砦は改修して維持し、残る二つの砦を集約し中間地点に新たに砦を新築するパターン。第三案は先ほど説明した案で、第一、第二案の費用には道の整備費用は含まれていません」
「……概算費用は、今後二〇年間にかかる設備関連費用のトータルを計上しているのね?」
「はい」
ベルタはレゼルヴに確認をとり、補足資料まで読み込みその数字の内訳を確認していく。
一方、レイターとアハスはこうした数字を見せられても今一つ要領を得ない様子で、パッと見て気になったことをレゼルヴに質問していった。
「……第一案の現状維持がトータルで見ると一番コストがかかるのか。今一つ腑に落ちない気がするが、これは?」
「一番大きいのは三拠点を維持することによるコストの差ですね。分散するより集約した方が当然無駄は少なく、コストも抑えられます」
「坊よ。問題点のところにある『西の拠点の現地建替困難』ってのは何だい?」
「あそこは平らな土地が少ないので、今の砦を取り壊してからでないと新しい砦を建てるのが難しいんです。じゃあ、その間の拠点をどうするのか、って話になるでしょう?」
「あ~、確かにな。少し離れりゃ土地がないわけじゃねぇが、守り易さを考えると今の場所から離れるのは上手くねぇ」
「第二案がコストは一番安いが、これに道の整備費を加えたらどうなる?」
「下に概算費用の内訳があるのでそれを足してもらえば凡そのところは出ます。必要とされるルートが変わってくるので正確なところは改めて試算しないと分かりませんが……」
「ああ、そういうことか。その場合は結局、どの砦にルートを集約させるかという話になるものな。第三案に比べればルートも伸びるだろうし、コスト面でもメリットはないか」
レイターとアハスが質問しながら計画案を見比べていくと、結局レゼルヴの第三案が良いのでは、という結論に思考が落ち着いて行く。レゼルヴたちもそう見えるように資料を作り込んでいるので、二人の反応は狙い通りだ。
対照的にベルタは慎重にレゼルヴの案に穴がないか資料を読み込み、コストの根拠やスケジュール、安全性や人手の確保など一つ一つ質問を交えながら小一時間に渡り内容を精査していった。
そしてベルタの目から見ても、不確定要素はあるにせよ計画に大きな穴は見当たらない。これはレゼルヴだけの力ではなく、計画の裏付けとなる資料をマッシュがしっかり作り込んでくれていたことが大きかった。
全ての確認を終えて、ベルタは暫し瞑目して何かを考えるように黙り込む。
レイターとアハスは概ねレゼルヴの提案で異論ないのか、ベルタの反応を窺っていた。
たっぷり一分以上の沈黙の後、ベルタは目を開けて口を開く。
「……短期間によくここまでまとめてくれました。ただこの件は当家の今後に関わる極めて大きな話ですので、この場で結論をというわけには行きません。一旦話を預からせてもらって、私たちももう少し検討を深めたいと思うのだけれど……どうかしら?」
その問いかけはレゼルヴたちではなく、レイターとアハスに向けられたものだった。
「そうだな。俺も本当にこの方針でいいのか、もう少し考えてみたい」
「あっしも異論ありやせん」
そしてベルタはレゼルヴ、そしてメルとマッシュにもそれぞれ視線をやって続ける。
「貴方たちも、宜しいですね?」
『はい』
苦労して計画を練り、提案し、そして首脳陣から前向きな反応を得られた。
十分な会議の結果に、三か月間この計画に没頭していたマッシュなどは頬を紅潮させて喜びを隠しきれない様子だった──
──が、しかし。
そこから一週間後、彼らが首脳陣から伝えられた結論はそんな期待とはかけ離れたものだった。




