第20話
一時間以上にわたる厳しいお説教を受け、ようやく解放されたソフィアとレゼルヴ。
既に父親たちは事件の後始末について相談すべく部屋を後にしている。恐らくはユーベル子爵と接触していたという側室の処分について話し合いが行われるのだろうが、決定的な証拠が見つかったとは聞いていないし、過去の辺境伯の態度から見ても軽い警告止まりだろう。
リーナとその家族も移住の準備のためアハスに伴われ出て行った。ソフィアはリーナと話をしたそうだったが、リーナの方は自分がしでかしてしまったことの大きさを自覚して気まずそうな様子だ。互いに少し気持ちを整理する時間が必要だろうとボーゲンに諭され、ソフィアは渋々彼女たちを見送っていた。
そして現在、部屋に残っているのは、ソフィアとレゼルヴ、ミラと呼ばれていた魔術師の三人だけ。
「う゛あ゛あ゛……っ」
正座に耐性の無かったレゼルヴは、顔を歪め呻き声を上げながら痺れる足をおっかなびっくり揉み解していた。
「あの──!」
「うん?」
先に痺れから回復したソフィアが立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい!! 貴方は色々考えて私の──私たちのために動いてくれたのに、勘違いして殴ったりして……!」
「…………ああ、うん」
突然の謝罪にレゼルヴは一瞬キョトンとしていたが、足を揉む手をいったん止めて応じる。
「まあ、殴られたことに関しては気にするなとは口が裂けても言えないけど」
「ぐっ」
「あんまりグチグチ言うと父様に追加で折檻されそうだし、今の謝罪で手打ちにしておくよ」
「……ごめんなさい」
「いやいや、いいんだよ? 何で人助けしたのにゴンゴン殴られて説教されにゃならんのだとか、家に戻ったらウチの脳筋共と同じ訓練受けさせられるのか~とか、何か色々憂鬱で思うところはあるけど、半分くらいは父様が原因だし、君に愚痴を言うのは違う気がするしね。いやホント。いい平手だったよ。僕、今日まで父様にも殴られたことが無かったのに、色んな経験をさせてもらった」
「うぅ……っ」
「いやホントもう気にしないでいいから──あだっ!?」
「全然手打ちにできてないじゃない。あんまりしつこいと男爵に告げ口するわよ」
調子に乗ったレゼルヴの頭を女魔術師がペシッとはたいてツッコミを入れる。
レゼルヴは父親の拳骨でたんこぶだらけになった頭をさすりながら恨めしそうに女魔術師を見上げ、溜め息を吐いた。
「……まぁ、僕も君が追い詰められてたのは分かってたのに、何も説明せず勝手に話を進めたのは良くなかった。フォローも後回しにしてたわけだしね。というか君自身も被害者なんだし、そんな気にするのもおかしな話でしょ。殴られた恨み云々も半分くらいは冗談だから、ホント一々謝らないでよ」
「……半分は本気なんだ?」
「そりゃあね。殴られて気絶してそれで気にしてませんって言ったら、逆に僕ヤベー奴じゃん」
「まぁ……それもそっか」
少しの沈黙が流れた後、再びソフィアが口を開く。
「……ホントごめんね?」
「いや、だから──」
「ううん。これは殴ったことじゃなくて、君を疑ってたことへのごめん」
ソフィアは真っ直ぐにレゼルヴの目を見ながら続けた。
「君たちに助けてってお願いした時、私は君が『ああ、適当なこと言って誤魔化そうとしてるんだろうな』って失望してたの。酷い話だよね」
「…………」
「君はちゃんと私たちのことを考えてくれてたのに」
「いいさ。というか、僕みたいな子供が助けるなんて素直に言って信じる方がどうかしてるよ」
「だけど──!」
「いいんだよ。僕は、君にそんな顔をさせたくて苦労したわけじゃない」
「────」
穏やかに告げるレゼルヴに、ようやくソフィアは花が開くような満面の笑みを浮かべ、その言葉を口にした。
「ありがとう、小さな魔術師様。貴方は私が知る中で、お父様の次に素敵な紳士だわ」
「どういたしまして、未来の淑女様」
そんな幼くも微笑ましいやり取りを横目に。
「…………」
レゼルヴが展開次第でソフィアたちのことを切り捨てる気満々だったことを知る魔女は『マジかこいつ……』と戦慄していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オルデン男爵にもお礼をしてくると言ってソフィアが部屋を出て行き、後には二人の魔術師だけが残された。
「…………」
「…………」
ソフィアとユーベル子爵の縁談にまつわるこの騒動に関し、レゼルヴたちの役割はもう終わっており、これ以上できることは何もない。
そもそも少し口出ししただけで、最終的にリーナたちを見逃すことを決断し行動したのは辺境伯やオルデン男爵だったのだから、レゼルヴ自身はとっくに暇と言えば暇だったのだ。
だが彼が無為に時間を過ごしているかというと──
「ところで今回の一件について、採点はどんなもんでしょうか、お師匠様」
ふとこちらを見上げながらそんなことを口にしたレゼルヴに、魔女は一瞬目を瞬かせて苦笑した。
「あら? お師匠様だなんて随分畏まった言い方ね?」
「ああいや。別に畏まってるわけではなくて──」
レゼルヴは真っ直ぐに彼女を見つめ、静かな声音でその言葉を告げる。
「──ミラから、貴女の名前を聞けていないので」
「────」
その瞬間、ミラと呼ばれていた栗毛の女の姿が靄のように崩れ、その下から紫髪の妖艶な美女が現れる。その姿はつい先日、誘拐犯の反撃にあったレゼルヴを救ってくれた魔女のものだった。
突然の変化に驚く様子もないレゼルヴに、紫髪の魔女はニンマリと笑って口を開く。
「何時から気づいてたの?」
「……それは貴女が僕に課題を出したことに、ですか? それともミラと入れ替わったタイミング?」
「両方よ」
レゼルヴは顎の下に手を当て、思い出すようにその問いに答えた。
「……最初に違和感を覚えたのは、この屋敷に泊まった次の日の朝ですね。父様とアハスが珍しく深酒をして寝坊してたので、僕はきっと久しぶりに会ったボーゲン卿と遅くまで飲んでたんだろうな、と想像してたんです。だけど朝食の席に現れたボーゲン卿は酔いの気配なんてこれっぽっちも無くて、しっかりとした様子でした。父様もアハスもお酒は強いのに、ボーゲン卿だけどうして? ひょっとしてボーゲン卿と一緒に飲んでた訳じゃなかったのかな、って」
「…………」
「おかしいと思って、僕は父様たちと別れたすぐ後にもう一度ボーゲン卿に会いに行ったんですよ。するとそこで会ったボーゲン卿からは、ついさっき会った時にはしなかった酒の匂いがプンプンしてたんです。確信したのはそのタイミングですね──最初に会ったボーゲン卿は、貴女が化けて会いに来たんだって」
「…………」
紫髪の魔女は笑みを濃くし、レゼルヴの言葉を無言で肯定する。
「後は何のために貴女がわざわざそんなことをしたのか考えました。僕らの為人を観察するだけなら、わざわざボーゲン卿に化けて接触する必要はない。きっと何か伝えたいことがあったんだろうなって。あの時、ボーゲン卿の姿をした貴女は僕らにこう言いました──『誰かこのもつれた状況をどうにかしてくれるなら、私もいくらでも閣下に協力できるのですがね』──と。貴女の人物像についてはミラから予め聞いていました。だからこれは僕ら──というか僕に『手を貸してほしければ、一つこの状況を解決して見せろ』と課題を出したんじゃありませんか?」
「正解」
パチパチパチと拍手して魔女はレゼルヴの推理を肯定した。
「そして貴方はお父様や辺境伯を動かすことで、私の出した課題に対する答えを示した。じゃあ、私がミラと入れ替わっていることに気づいたのはどうして?」
その疑問にレゼルヴは頭を掻きながら言い難そうに答える。
「……実を言うと、貴女がミラと何時入れ替わったのか──そもそも本当に入れ替わっているのか、確信はなかったんです」
「! カマをかけたってこと? でも、そうしたからには、やっぱり疑う理由があったんでしょう?」
「理由ってほどのものじゃないんですけどね。ただ──」
「ただ?」
「貴女が僕に課題を出した、という推理が正しいものと仮定して。採点するならきっとその様子は一番近くで見たいんじゃないかな、と思ったんです」
「────」
その言葉に魔女は大きく目を見開くが、レゼルヴはそれに気づくことなく推理の続きを語った。
「あの時、父様や他の人たちにはこの件を解決するにあたって明確な役割がありました。もしミラ以外の人と入れ替わっていたら採点に影響が出ていたかもしれないし、後から自分が紛れ込んでいた痕跡を誤魔化すのも手間だった筈です。だから貴方が入れ替わるとしたら、あの場で唯一役割がなく、採点に無関係だったミラの可能性が高いんじゃないかなって」
「フフッ、素晴らしいわ!──一二〇点の推理よ」
満面の笑みを浮かべ手放しで称賛する紫髪の魔女に、レゼルヴは照れたように頬をかく。
しかし魔女は笑みを収めると、全く反対のことを口にした。
「だけど、私が出した課題についての採点はまた別の話」
「…………」
「ねぇ、どうして貴方はこの一件に関して、解決を父親や辺境伯に丸投げして、自分で動こうとしなかったの? ううん。それどころか、大人たちの判断次第では、あのメイドとその家族を見捨てても構わないと考えてたわよね?」
「…………」
魔女の追及の視線を、レゼルヴは無言で真っ直ぐに見つめ返す。
彼女の指摘通り、レゼルヴはボーゲンや父親に『リーナとその家族の罪を見逃し穏便にことを収める方法』について提案はしたが、最終的な判断は大人たちに任せ、リーナをどうしても助けようとはまではしなかった。ソフィアの願いにしたって、どうしても叶えようとしていたわけではない。
「貴方は自分が採点されていることを理解していた。なら、私がそのやり方で納得すると思ってたの?」
「いいえ」
キッパリとした否定に魔女は目を丸くする。
「……では何故? どうして最終的な解決を他人任せにしたの?」
「単に優先順位の問題ですよ。僕はこの一件に関して所詮は部外者だ。リーナと言う女の子とその家族を救うことがこの辺境伯領にとって是か非かを判断できる立場にはないし、勝手な正義感や同情で嘴を突っ込んでいいことじゃあないと思ったんです。少なくとも、その結果に何の責任もとれない人間が好き勝手していい話じゃあありません」
善悪や物事の良し悪しは立場や見方によって変わる。例えレゼルヴやソフィアから見てリーナやその家族を救うことが正しく思えても、辺境伯やボーゲン卿にはリーナを厳しく処罰しなくてはならない理由があったかもしれない。救った結果、より多くの犠牲を招く結果となっていた可能性もあった。
決断には責任が伴う。責任を取れない者は決断など下すべきではない。
魔女はレゼルヴの言葉に道理があることを認めた上で追及を続けた。
「その結果、私が貴方に『手を貸す価値なし』と判断を下したとしても? 貴方、私に母親を診て欲しいんじゃなかったの?」
その道理は母親の命と天秤にかけられるものなのか、と問いかける魔女にレゼルヴは肩を竦めた。
「だからそこは優先順位の問題だって言ったじゃないですか」
「優先順位?」
「ええ。こう言ったら何ですけど、多分僕と貴女とでは少し認識に違いがあるんじゃないかな」
「?」
レゼルヴの言っていることが理解できず、魔女は首を傾げた。
「駄目なら駄目で、貴女の助けが得られないなら得られないで構わなかったんです。元々ヴァイスベルクに来たのは、何かあればめっけものぐらいの感じだったわけだし、母様もこのままじゃ絶対助からないって訳じゃあない。どんな名医を連れ帰っても母様が助かるなんて保証はないし、それは貴女に関しても同じことです」
そこでレゼルヴは言葉を区切って、苦笑する。
「言いにくいことですけど、僕らそれほど貴女に期待してるわけじゃないので」
「────」
ここ数十年来聞いたことの無い評価に呆気にとられる魔女。あるいはレゼルヴの言葉を非礼と怒り狂い、襲い掛かってきてもおかしくなかった。
だが内心の恐怖を押し殺し、腹に力を込めて平静を装う。
予めミラから彼女の為人を聞いていたレゼルヴは、敢えて魔女を挑発し、賭けに出た。
そして──
「──ふふ、うふふふふっ……! あは、あはははははははははははははははっ!!!」
魔女は堪えきれないと言った様子で笑いだす。その笑いはたっぷり一分ほども続いただろうか。
「──あ~……そっかそっか。そう言われたら私も引き下がれないわね。いいわ。その挑発、最高値で買ってあげる。魔女の力と私を侮った代償、貴方にしっかり思い知らせてあげるから覚悟なさい」
うん? これは成功……なのか?




