第12話
突然部屋に飛び込んでくるなり、話を聞いて欲しいと訴えたヴァイスベルク辺境伯の四女ソフィア。
昼間、見合いからの脱走・誘拐騒動を引き起こし自室で蟄居を命じられていた筈のご令嬢は、呆気にとられて絶句するレゼルヴとミラを見て「あら?」と首を傾げた。
「えっと……間違いだったらごめんなさい。私ここにレイターおじ様が連れてきた魔術師様がいらっしゃると聞いて来たのだけれど……」
戸惑った様子でレゼルヴを見るソフィア。視線を受けてレゼルヴは、幼い自分の存在が何かノイズになっているのだろうと察し、半眼で彼女を睨む。
ミラは腕の中のレゼルヴの頭をポンポンとあやしつつ、嘆息してソフィアの疑問に答えた。
「オルデン男爵に同行してる魔術師をお探しなら間違いじゃないですよ。ちなみにこの坊やは昼間貴女を悪漢から救出したナイトで、男爵のご子息です」
「えぇっ!?」
ミラの言葉にソフィアは驚き目を丸くする。まあ昼間は誘拐犯に抵抗していて周りの様子を見るどころじゃあなかっただろうから──
「嘘よっ! 私を助けてくれたのはもっと美男子で背の高い方だったわ!!」
「…………」
いや、見えてはいたようだが脳内補正で大幅に美化されて、昼間誘拐犯に立ち向かったのが目の前の小柄な幼児だとは認識できていないらしい。
背丈より先に容姿について言及され、無言で怒りのボルテージを上げるレゼルヴを苦笑してよしよしと宥めるミラ。
ソフィアは二人の反応に「え? え?」と困惑。彼女がミラの言葉を信じ、レゼルヴの怒りが収まるまで、暫しの時間を必要とした。
「助けてもらっておいて失礼なことを言ってごめんなさい」
素直に頭を下げて謝罪するソフィアを見て、レゼルヴはストップ安まで落ちた彼女の評価を少しだけ買い戻し、改めてその姿を観察した。
肩のあたりで絹糸のような金髪を切りそろえた細身の美少女。その振る舞いは育ちの良さだけでなく確かな知性を感じさせた。身長はミラより少し低いぐらいで昼間見た時は成人しているものと思っていたが、よくよく見れば顔立ちはまだ幼い──と、そこで顔を上げたソフィアと視線が合い、マジマジと見つめ合う。
「でも……ホントに貴方が助けてくれたの? 昼間のことは色んな事があってよく覚えてないのだけれど、貴方まだ五歳ぐらいよね?」
「僕は来月には八歳だ!!」
「えぇっ!? 私と二つしか変わらないの? え、でもだって……」
顔を真っ赤にして反論するレゼルヴに、ソフィアは悪意なく驚き、彼我の視線の高さを手で比べて首を傾げる。
「はっ! そのガタイで一〇歳!? 何の冗談だデカ女!!」
「はぁ!? 誰がデカ女ですってぇ!!」
「どうどう、どう」
背丈にコンプレックスを抱えた少年少女が睨み合うのをミラが呆れた様子で宥める。
二人を落ち着かせるのに更に一分ほどの時間を必要とし、本題に入る前から疲れたミラはご令嬢相手に素っ気ない態度で話を促した。
「……それでお嬢様、結局貴女何の用なの? その様子だと、この子に助けてもらったお礼を言いに来たって風でもないけど」
「っ!」
そう言われて初めてソフィアは、未だ自分がレゼルヴに礼の一つも伝えていないことに気づいたが、憎々しげにこちらを睨む彼を見ては今更そんな気にもなれなかった。
彼女はフンと鼻を鳴らして自分の非礼から目を逸らし、改めてミラに向き直る。
「……魔術師である貴女に依頼したいことがあるの」
「いらい~?」
顔を顰めるミラの反応を無視して、畳みかけるようにソフィアはその依頼内容を説明した。
ソフィアの依頼内容とは、ある意味で全くミラの予想を裏切らないものだった。
長くなるので要約すると、つまりソフィアの依頼とは自分の婚約話を破談にして欲しい、というもの──全くもって馬鹿馬鹿しい、一冒険者、一魔術師にできる筈のない内容である。
破談にしたければ父親である辺境伯に頼め。平民が貴族の婚約話に嘴を挟めば自分の首が飛ぶどころでは済まない、とミラの目は雄弁に語っていた。
無論、ソフィアもミラのそんな反応は予想していたのか、彼女なりに必死にその理由を説明する。
「ユーベル子爵は中央から人を送り込んで、ヴァイスベルクを乗っ取ろうとしてるの!」
──そんな訳ないじゃん。
「彼は私と婚約を結んだらお父様たちを排除して自分が実権を握ろうと考えているんだわ!」
──中央の小役人ごときが辺境伯領を乗っ取るとか、妄想にしても馬鹿馬鹿し過ぎない? てか、自分の婚約の価値を高く見積もり過ぎ。
「私が嫌がってるのは向こうも分かってるから、きっとお見合いの席で何か言いがかりをつけて強引に婚約を結ばせるつもりなのよ!」
──あほくさ。この娘、あたしの所に来る前に医者に頭診てもらった方がいいんじゃない? ああでも、ひょっとしたら辺境伯が頭のおかしい娘を厄介払いするために強引に婚約を成立させようとしてる、って可能性はあるかもね。
ソフィアの言葉にミラが失礼な──しかし割と妥当な評価を下し、その表情がどんどん冷めていくのを見て取ったソフィアは、焦って更に何かを言おうと口を開く──
「──ねぇ。どうしてそう思ったの?」
と、それまで横で黙って話を聞いていたレゼルヴが突然口を挟んだ。
ミラは何のつもりだと彼に視線を向けるが、その目に呆れでも好奇心でもない理知の光が宿っているのを見て取り、開きかけた口を噤む。
「えと、どうしてって……」
不意打ち気味の──しかし当然予想された筈の質問に何故かソフィアは回答に詰まる。それを見たレゼルヴは答えを待つことなく質問を続けた。
「ユーベル子爵が何か企んでるなら、そのことを辺境伯に伝えて守ってもらえばいいんじゃない? 辺境伯には伝えたの?」
「い、いえ。お父様に伝えても相手にしてもらえないと思って──」
「それだけ?」
「え……?」
「父親が信じてくれないような話を、外部の──しかも初対面の人間に話した理由はそれだけ?」
ミラにはレゼルヴが何を思ってこの質問をしているのか分からない。だが何か躊躇い迷っている様子のソフィアの表情を見て、黙って成り行きを見守ることにした。
ソフィアは暫し逡巡し、やがてポツリと口を開く。
「……あまり、大事にしたくなくて」
「自分の結婚や、辺境伯領の未来が関わってるのに?」
「それは……」
ソフィアは再び言葉に詰まり、沈黙する。
我慢できなくなってミラが口を開こうとすると、その機先を制するようにレゼルヴがパンと手を叩いた。
「分かった。つまり君は血を流さず穏便に、ユーベル子爵にこの一件から手を引かせたい。その為の工作を上手いこと魔術でできないかここに相談に来た──そういうことでいい?」
「う、うん……」
戸惑いながらも頷くソフィア。
するとレゼルヴはニコリと笑ってミラを見上げ、
「そういうことなら是非引き受けて上げようよ。ね、お師匠様?」
「どういうつもり?」
蟄居中のソフィアがここにいるのがバレたらマズイと、詳しい話もそこそこに彼女を追い出した後の客間で、ミラは勝手に話を進めたレゼルヴを問い詰めた。
ミラはレゼルヴが何も考えなしに──例えば正義感などで──ソフィアに助け舟を出したわけではないことは理解している。だがソフィアの話は妄想としか思えない荒唐無稽な内容で、仮に何かしらの真実が混じっていたとしても貴族の結婚話など自分たちが関わってよい問題ではない。そのことは当然、レゼルヴも理解していると思ったが──
「どういうつもりって?」
「だから、勝手にあの娘の依頼を引き受けて──」
「ああでも言わないと帰りそうになかったし、何しでかすか分からなかったからね」
一瞬、その言葉の意味が理解できずソフィアは目を瞬かせる。
「……え? 依頼を引き受けたんじゃ──」
「そうだけど、そんな重く考える必要はないんじゃない? 子供の勝手な話だし契約どころか報酬についても決めてない。そもそも僕らが首突っ込むような内容じゃないんだから、無視するかコソッと辺境伯に報告しとけば問題ないでしょ」
悪びれることなく言ってのけるレゼルヴ。
「いや、まぁ……そうなんだけども……」
理屈では理解できても、子供の口から子供の想いを踏みにじるような言葉が出たことに何とも言えない気持ちとなりミラは口をごにょごにょさせる。
そんな彼女にレゼルヴは肩を竦めて続けた。
「それにまだ無視すると決めたわけじゃないよ。辺境伯の周辺が揉めてたんじゃ、僕らの用事が後回しにされる可能性だってある。上手いこと辺境伯に恩を売れれば、母様に優先して医者を紹介してもらえるかもしれないよ?」
「恩を、売れる……?」
とてもそんな話になるとは思えず顔を顰めるミラに、レゼルヴは表情から笑みを消して続けた。
「ねぇミラ。気づいてた? 彼女、焦ってたってのもあるだろうけど、言ってることがチグハグで、しかもそのことを自分でも分かってるみたいだった」
「それは……」
そう言われて、ミラは一見聡明そうな少女の口から荒唐無稽な話が飛び出してきた違和感を思い出す。
「そもそもどうして彼女はあんな荒唐無稽な考えを持ったんだろう? わざわざ見合い直前に逃げ出すなんてやり方をとったのは何で?」
「…………」
「頼れる家族や家臣がいるのに、魔術師──しかも外部の人間に頼るのってどんな時だと思う?」




