第97話
ラスト三話。
敵が己を上回る魔術師である以上、呪文で争っても勝ち目は薄い。
それ故にレゼルヴは、切り札を己の手の届かない場所に配置した。
魔術師でも戦士でもない、気配なき狩人こそがこの場における真の鬼札。
誰も予想していなかった、完全な意識の外から放たれたメルの一矢が戦況に穴を穿つ。
「兄さん!!」
「応!!」
レゼルヴの言葉にシュヴェルトは即座に反応。
蛮族たちは姿を見せぬ射手を警戒しつつ、同時に目の前の敵への警戒を緩めなかった──しかし、それこそがレゼルヴたちの狙い。
『な!?』
シュヴェルトは目の前のルーカスを無視して、レゼルヴと相対するドロテアに突撃。同時にルーカスの眼前に【理力障壁】が現れてシュヴェルトへの進路を遮断。更にヒュージスケルトンの進路に【隧道】で穴が掘られ、足を取られたヒュージスケルトンの動きが止まる。
──斬ッ!!!
「ぐあぁっ!!?」
ドロテアはシュヴェルトの斬撃に辛うじて剣を挟み込み即死を免れたものの、左腕を切り落とされて墜落。戦闘復帰はまず不可能だろう。
これで戦況は二対二──いや、メルを加えれば三対二と数の上でも逆転した。
──マズいですね。私の使い魔はパワーこそあれ、小回りと決定力に欠けます。こちらが戦いを優位に進めていたのはあくまで手数が多かったからこそ。ルーカスさん一人では、敵の攻撃を凌ぎきれない。
遠見の水晶球で戦況を俯瞰していたエインは、いち早く自分たちの不利を理解する。
エインが操るヒュージスケルトンは攻防の出力こそ頭抜けているが、大味で動きを読まれやすく決定力には欠ける。ヒュージスケルトンはあくまで味方を援護するためのステージギミックのようなもので、それを十全に活かすためにはレーラー、ドロテアの手数が不可欠だった。
──砦を攻めている連中をこちらに回させる? いえ、雑兵ではこの戦いに割り込むには力不足。砦の敵兵を押さえさせていた方がまだマシです。
もはや立て直しは不可能と判断。エインはヒュージスケルトンを囮にルーカスを逃がすことを考えるが──
「──まだだ!!」
追い詰められたルーカスが、ここで覚醒する。
味方の窮地、氏族を背負う者として責任、そして何より生まれて初めて経験する同格以上の敵手たちとの戦いが、この極限の状況で彼の潜在能力を開花させた。
竜血が膨大な魔力を帯びて全身を巡り、赤黒い光を放ってその肉体を強化。その場から姿が掻き消えた。
──バキンッ!!
「──『【加速】!!』」
ルーカスの眼前に展開していた【理力障壁】が破壊された瞬間、レゼルヴは詠唱を破棄して兄に援護呪文を放っていた。単純な身体能力ではなく、意識や反応速度そのものを加速させる呪文の援護を得て──
──ギリィン!!
「はぁぁっ!!」
「ぐうっ!?」
それでも尚、ルーカスの動きはシュヴェルトのそれを一回り以上上回っており、咄嗟に挟み込んだシュヴェルトの長剣が弾かれて宙を舞う。もう一本の長剣で続く攻撃を辛うじて凌ぐが、蓄積したダメージもありルーカスの勢いは抑えきれなかった。
「兄さん!」
『ルーカスさん!』
シュヴェルトを襲う斬撃をレゼルヴの障壁が受け止める。シュヴェルトは即座に反撃を試みるが、ヒュージスケルトンが剛腕を戦場に挟み込んでそれを妨害。
──ドゴォォンン!!
土煙に紛れてルーカスはレゼルヴを狙おうとする、が──
──シュン!
「っ!」
その動きは死角から放たれたメルの矢が許さない。
ルーカスの覚醒により再び戦況は五分に引き戻されたが、それでも数の差により押し切れない。
『ルーカスさん! ここはもう潮時です!!』
エインが撤退を進言する。
想定外のルーカスの覚醒はあれ、それはこの戦況を覆すほどのものではなく、またその覚醒状態がいつまで持つかは未知数だ。撤退は余力がある内に決断しなくてはならない。
『味方の被害が大きすぎます。ここで勝利を収めたとしても、これではもはや本来の目的を果たすことは不可能です。悔しいでしょうが、ここは味方が生かすために撤退を──』
エインはできるだけ穏便に、撤退し易いよう言葉を選んで言ったつもりだが、しかしルーカスの反応は頑なだった。
「……ならぬ」
『意地を張っている場合ですか!?』
「ここで張らずしてどうする!!」
『っ!?』
その勢いにエインが息を呑む。
「今ここで何の成果もなく撤退を選べば、我ら竜人氏族は瀕死の敵に怯えて逃げ出した臆病者と謗られよう!!」
『そんなの誰が言うっていうんですか!? 誰も見てない、黙ってれば分かりませんよ!!』
「我らが見ている!!」
『!』
「俺はまだ敵を裂く爪牙も、天を駆ける翼も、何一つ失っていない! まだ戦える!! ここで引いてしまえば、戦士としての俺は終わりだ!!」
『~~~~っ! この脳筋が~っ!!』
折角、本当に珍しく善意で忠告してやったのに踏みにじられ、エインは水晶球越しに地団駄を踏んだ。
しかしもはやこうなれば、ルーカスは敵首の一つも取るまでは意地でも撤退すまい。
プチン、とエイン中で何かが切れた音がした。
『……あ~、そうですか。そちらがそういう態度をとるなら、お望み通り協力して上げようじゃありませんか』
エインはヒュージスケルトンに残された瘴気をフル稼働させ、その出力を限界まで引き上げた。
「! 何を……!?」
『こういう他人任せのやり方は個人的に大嫌いなんですが──貴方たちみたいな人間には有効でしょう!?』
周囲の反応を無視して、エインはヒュージスケルトンを動かした。
その意図に最初に気づいたのはレゼルヴ──一瞬遅れてシュヴェルト。
「マズいっ!?」
「ちぃっ!!」
ヒュージスケルトンが突撃する先にあるのは、今も双方の兵士たちが所有を巡って争う砦だ。
このまま行けば空を飛べる竜人たちはともかく、駐留部隊の者たちは壊滅的な被害──いや、確実に壊滅する。
そして防ごうにも、あれだけの質量と出力だ。レゼルヴたちが全力を振り絞ったとて止められるかは怪しい。
一番合理的な判断は、砦をこのまま見捨てることだ。
あのヒュージスケルトンとて流石に砦と衝突すればただでは済まず、恐らくはそのまま力尽きることだろう。駐留部隊の犠牲と、ヒュージスケルトンの破壊であれば戦力的なつり合いは十二分に取れている。どうせ砦も廃棄しなくてはならないのだから、解体が楽になったと割り切ればいい。
そしてヒュージスケルトンさえいなくなれば警戒すべき敵はルーカス一人。シュヴェルトとレゼルヴでいかようにも処理できる。
それが確実な判断であることは間違いない、が──
「させるかぁぁぁぁっ!!!」
「──だよねぇ!!」
シュヴェルトはヒュージスケルトンの前に立ち塞がり、レゼルヴは『知ってた』とその決断に追随する。
いかにシュヴェルトであろうと、ヒュージスケルトンの大質量と出力を受け止めることはできない。本人もそれは理解していた──が、引かない。
そしてエインはその行動を予測していたからこそ、ヒュージスケルトンを使い捨てる決断をした。
「やらせねぇよ!!」
──バギィィィィィィンッ!!!
レゼルヴは右目の魔眼を介してヒュージスケルトンの前に【理力障壁】を展開し、その突進を受け止める。
魔眼の限界を超えた最大出力で展開された障壁は、しかしヒュージスケルトンの質量と瘴気の前にゴリゴリと削られ──
「『万物の根源 万能の力 理を断絶する壁となれ──【理力障壁】』」
魔眼とレゼルヴ自身による障壁魔法の二重展開。
──メキメキメキィ……ッ!!
「ぐぅ……っ!!?」
一枚目の障壁が砕け、同時にレゼルヴの右目が破裂する。
「レゼ!?」
その様にシュヴェルトが悲鳴を上げるが、レゼルヴは弛めることなく障壁を維持。
「──だらぁぁぁぁぁぁっ!!!」
──ドシャァァァァッ!!!
突撃を受け止められ勢いを失ったヒュージスケルトンが地面に膝をつく。
「兄さん!!!」
「!」
弟の叫びにシュヴェルトは即座に地面を蹴って跳び上がり、瘴気の薄まったヒュージスケルトンの腰骨に渾身の一撃を加える。
──轟ッ!!
瘴気を使い果たし、急所となる腰骨を砕かれたヒュージスケルトンは、バラバラとその場に砕け──
「──貰った」
「!?」
ヒュージスケルトンを撃破した一瞬の心の隙と、崩れ落ちる巨体が巻き起こす土煙に紛れて、冷静に機を窺っていたルーカスがシュヴェルトに襲い掛かった。
完璧な不意打ち。そうでなくともシュヴェルトは全力の一撃を放った直後、反動で直ぐには動けない。
レゼルヴの切り札である防御用の魔眼も先ほどの攻防で弾け飛び、防御呪文は間に合わない。
絶死の攻撃に、今度こそシュヴェルトは「あ……死んだ」と己の死を受け入れ──
──ザシュッ!!
『!!?』
突然目の前に現れたレゼルヴがその身でルーカスの刃を受け止め、血飛沫が舞う。
最も得意とする緊急回避用の短距離転移呪文【幻歩】──それを一瞬の躊躇なく行使し、兄の盾となり、その胴体を切り裂かれながらレゼルヴは──
「兄さんっ!!!」
「っ!」
──斬ッ!!!




