第96話
──ドゴォォォォォン!!!
骨で出来た竜頭の巨人──ヒュージスケルトンが、その拳を振り下ろし地面にクレーターを作る。
その巨体がもたらす威力と攻撃範囲に、シュヴェルトは間一髪それを回避しながら顔を歪めた。
「竜か巨人かはっきりしろよ!?」
しかしただそれだけならば日頃から巨大な亜竜を一対一で仕留めているシュヴェルトにとっては然程の脅威ではない。巨体は武器だが同時に隙も多い。攻撃直後のインターバルを狙えば──
「ストップ! そいつは瘴気の塊だ!! 下手に触れると肉が腐れ落ちるよ!」
「な──っ!?」
──ジュワッ!!
接近しただけで表皮が紫に変色しかけ、シュヴェルトは慌てて後ろに飛び退き距離をとる。
「近づくこともできないって無茶苦茶だな!?」
「任せて──」
レゼルヴは【火球】の呪文を連発し、ヒュージスケルトンの急所である腰骨を砕こうとするが──
──ドドドドドッ!!
爆発が晴れた後に現れたヒュージスケルトンは全くの無傷だった。
「──無理!!」
「諦め早くねぇか!?」
シュヴェルトは抗議するが、レゼルヴにも言い分があった。
「超高密度の瘴気で攻防共に強化されてる!! そもそも神秘としての位階が私たち現代魔術師とは違う次元にあるんだよ、そいつは!!」
「わかりやすく!」
「どんな呪文も通じません!!」
「馬鹿にも分かる説明、ありがとよ!!」
兄弟は怒鳴り合いながらヒュージスケルトンを牽制し、竜人たちの奇襲を警戒する。
「対策はあるのか!?」
ヒュージスケルトンは巨体故の鈍重さはあるものの、攻防共にほぼ無敵。本来、こうした使い魔と戦う場合のセオリーは術者本人を叩くことだが、術者であるエインは遠く離れた帝国だ。これではいかなレゼルヴであれ対処のしようなど──
「ある!!」
「どうすればいい!?」
「こいつは蓄えた瘴気を爆発的に燃焼させて今の出力を発揮してるんだ!! こんな無茶な状態は長続きしない!!」
──正解──
遠く離れた帝国で、エインはレゼルヴの推測を認めた。
このヒュージスケルトンは、無数のアンデッドを一体に束ね、更にその全エネルギーを後先考えずフル稼働することで今の出力を得ていた。どれほど膨大なタンクを備えていようと、蛇口を全開にしていればあっという間にエネルギーは尽きる。そして遠く離れた地にいるエインは、そのエネルギーを補充する術を持たなかった。
──ただし、その時間を稼ぐことができるのなら、ね──
「俺を忘れてもらっては困るな」
「!」
──ギィン!!!
ヒュージスケルトンの影から、ルーカスが気配を消してシュヴェルトを奇襲する。
シュヴェルトはそれを辛うじて長剣で受け止めるが、その背後からヒュージスケルトンの腕がぬるりと圧力をかけてきたため、体勢不十分なまま逃げ惑う。
「兄さん──!」
「させるかっ!!」
レゼルヴが援護に入ろうとするが、それをレーターがブレスで妨害。
厄介なことに、レーターはヒュージスケルトンを盾にしていて呪文を撃ち返しても有効打とはならず、更にもう一人の竜人ドロテアが別方向からレゼルヴを狙う動きを見せていた。
しかもそこに──
──轟ッ!!!
「うおっ!?」
「っ!!」
ヒュージスケルトンの尻尾の薙ぎ払いがシュヴェルトとレゼルヴを同時に襲う。
雑な攻撃ではあるが攻撃範囲が桁外れで、しかも二人は竜人たちを警戒しながらそれに対処しなくてはならない。一方の竜人たちは事前に念話で攻撃タイミングを伝えられているのか余裕をもって回避しており、体勢の崩れたシュヴェルトたちに更なる猛攻を仕掛けてきた。
シュヴェルトとレゼルヴは連携もままならず追い詰められ、何とか攻撃を凌ぐので精一杯。ヒュージスケルトンの活動限界がどれほどかは分からないが、到底そこまで二人の気力体力が持つとは思えなかった。
三人の竜人に対し、シュヴェルト、レゼルヴがコンビネーションを駆使して辛うじて攻勢に転じることができていた戦況は、エインの使い魔──ヒュージスケルトンの介入により一瞬で蛮族の圧倒的優位へと傾いた。
このままではレゼルヴたちはジリ貧だ。この窮地を脱するためには新たな手札を切る他ない。
だがレゼルヴは逃げ回るばかりで動きを見せようとしなかった──何故か?
既にレゼルヴの手の中に、切るべき札は残されていなかった。
いや正確には札がないわけではないし、今も彼は札を切り続けている。しかしそれはこの状況を打開するほどのものではなく、ただ敗北を先延ばしにする程度のものでしかない。例えば攻撃の直撃を防いだり、尽き掛けた呪文リソースを補うものであったり、彼の実力以上を発揮するものではなかった。
加えて、仮にもし逆転の切り札がレゼルヴの手の中にあったとしても、それが真に有効な一手となるかは怪しいものだ。
敵魔術師──エインのここまでの介入はレゼルヴにとっても予想を超える出来事だった。レゼルヴはエインの人物像を「慎重で損得勘定にうるさいタイプ」と予想しており、どこまでリソースを消耗するか分からない泥沼の戦いは望まないだろうと考えていた。しかしその予想は外れ、敵はなりふり構わずレゼルヴたちを殺しに来た。こうなればエインの方が魔術師として格上である以上、レゼルヴが切った札は対処されてしまう可能性が高かった。
「レゼ!!」
敵の猛攻を凌ぎながら、シュヴェルトがこの状況の打開策を弟に求める。
決してレゼルヴに思考を委ねているわけではない。もし弟にも手がないと分かれば、レゼルヴは今度こそ己の全てを賭けて特攻を行い、目の前の敵全てを道連れにするつもりでいた。しかし──
「耐えて!!」
「──分かった!!」
返ってきた力強い答えに、シュヴェルトはノータイムで応じる。
回避し損ねた瘴気の触手で鎧はボロボロになって剥がれ落ち、露出した胸は青紫に変色して爛れていたが、シュヴェルトの動きは弛まない。
追い詰められ、削られる一方で、とてもヒュージスケルトンがエネルギー切れを起こすまで持つとは思えない状況──しかし、弟が耐えろと言ったなら、それを疑う理由はどこにもない。シュヴェルトは愚直に敵の攻撃を凌ぎ続けた。
当然、二人のそのやり取りは蛮族たちにも伝わっている。
──耐えろ? 耐えてどうなる? このボロボロの状態で、まだ何か逆転の手を隠していると言うのか……?
ルーカスたちの警戒は自然レゼルヴに集まる。
この難敵が何の意味も策もなく耐えろなどと言う筈がない。そう言ったからには、必ず何かあるのだ。
だが敵がどれほど優秀な魔術師であろうと、エインには及ばない。
エインが目を皿のようにして警戒している中、果たしてそんなことが可能なのか?
──ハッタリ? いや、あるいはこちらが気づいていない何かが、エインの使い魔に起きている……?
戦いながら、ルーカスやレーター、ドロテアはあらゆる可能性を警戒し、レゼルヴたちの奇襲や不測の事態に備える。だが、それは──
──グラァ……
「レゼ!?」
飛行してドロテアの接近から逃れていたレゼルヴの身体が、空中で突然崩れた。
演技ではない。脳にダメージを負ったまま高速で戦闘を行っていたのだ。これまで動けていたこと自体がそもそも異常。
シュヴェルトは助けに入ろうとするが、ルーカスがそれを許さない。
エインは罠やレゼルヴが切り札を切る可能性を警戒し、全ての意識をレゼルヴへと集中し次手に備える。
そしてレゼルヴと相対する二人の竜人は──
「ドロテア、避けろ!!」
「!」
レーターは最大火力のブレスでレゼルヴを焼き尽くそうと息を吸い込む。
仮に罠があったとしても、その罠ごと焼き尽くしてやる。その思いでチャージされた喉から──
──トスッ
『!?』
矢が、生えた。
「──カハッ……?」
後頭部から喉を貫いて、炎ではなく、飾り気のない鏃が顔を出す。
『レーター!?』
「……ったく、人使いが荒いんだから」
ただ一人を除き誰も予想していなかったタイミングでその矢を放った半小人族の女弓手は、泣き笑いのような表情で呟いた。




