第95話
──チュドドドドッ!!
「ぐうっ!?」
「レーター!! くそ──っ!!?」
──斬ッ!!!
「ちぃっ!!」
シュヴェルト対竜人三人の戦いは、レゼルヴが加わり二対三となったことで形勢が逆転した。
レーター、ドロテア、実力で劣る二人の竜人はもはや戦況について行くのが精一杯で、ルーカスが彼らをフォローし辛うじて凌いでいる状態。
とは言え数の上では未だシュヴェルトたちが劣勢で、総合的な戦力でも竜人たちの方がやや勝る。ましてシュヴェルトとレゼルヴに蓄積されたダメージは相当なもので、本来であれば十全に戦闘ができるような状態ではなかった。
にも拘らず、二人が竜人たちに対して優位に立てている理由は大きく二つ。
一つはレゼルヴの介入により、竜人たちの間合いの優位が完全に消滅したこと。竜人たちは制空権を有し、ブレスにより中距離から一方的な攻撃を行うことでシュヴェルトの動きをある程度コントロールすることができていた。けれど同じく飛行能力を持ち、中遠距離での攻撃手段を有し、ブレスを【理力障壁】により遮断可能なレゼルヴの介入により、その優位は完全に失われた。レゼルヴを仕留めようと思えば接近戦を挑むしかないが、そこにはシュヴェルトがいる。離れれば撃たれ、近づけば斬られ、竜人たちはいいように翻弄されていた。
「レーター、ドロテア! 援護しろ!!」
「っ!」
「ルーカス様!!?」
部下を主軸とした戦い方ではこの戦況は如何ともしがたい。ルーカスはリスクを負って自ら前に出る──が、
──ギィン!!
その突撃はシュヴェルトに受け止められ、援護しようと慌てて追随してきた部下たちをレゼルヴの攻撃呪文がつるべ撃ちにする。
──ドドドドドッ!!
「ぐはっ……!」
「ドロテア!?」
シュヴェルトたちが優位に立つ二つ目の理由はコンビネーションの練度の差。竜人たちは生来の強者であり個人主義者。今回は氏族の未来をかけた戦いということで共闘しているが、彼らはこうした連携の経験が決定的に不足していた。
一方、戦闘における個人主義者という点ではシュヴェルトたちも同様で、二人はこれまで実戦で連携したことなど一度もなかったが、その連携は当人たちが驚くほどに完璧なものだった。──何故か?
「兄さん! もうバテてきたかい!?」
「舐めるな!! お前こそ、飛ばし過ぎて息切れするなよ!!」
理由は単純。それは彼らが互いのことを誰よりよく見てきたから。そしていつの日かこうして兄弟共に戦うことをずっと夢想していたからだ。
生涯最初で最後の共闘に、二人の感覚は極限を超えて研ぎ澄まされ、益々加速していった。
──だが、それでも尚、一つ疑問が残る。
シュヴェルトの奮戦はまだ良い。彼は全身傷だらけで消耗も激しいが、そこは隙を見て霊薬を使用したのだろう。新たな出血は止まっているし、若干ではあるが体力も回復している。それだけでこれほどの動きができるというのはやはり異常に違いないが、まだ精神力や集中、高揚で説明できる範疇だ。
問題はレゼルヴ。彼は麓の攻防で脳や神経にダメージを負っており、無理をしても立って歩くのが精一杯の状態だった。それがいくら呪文に頼っているとは言え、飛行し高速の戦いに対応しながら攻防完璧に呪文を使い分けるなど、現実的に可能なものなのか?
いやそもそも、何故レゼルヴは飛行呪文を維持したまま高度な呪文を自在に行使できているのだろう?
当人の反応速度を超え完璧なタイミングで行使される防御呪文などあり得るものなのか?
自身も魔術の使い手であるルーカスはレゼルヴの異常の種を見抜くことができず、あと一歩踏み込みを躊躇せざるを得なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「早々に手札を切ってきましたか……恐らく二枚」
戦況を遠見の水晶球で見守りながら、エインは冷徹な瞳でレゼルヴを観察し、その異常な戦いぶりの種を推理する。
彼女の見たところ、レゼルヴはこの戦いで新たに二つの手札を切っていた。
「ローブ……もう一つは“眼”かしら……?」
エインの知識と洞察力を以ってしても、その手札を正確に看破することは難しい。それほどまでにレゼルヴの手札は特異かつ隠蔽性に優れたものだった。
種を明かせば、レゼルヴの手札が『ローブ』と『眼』であるとのエインの推理は当たっている。だが彼女に分かったのはそこまでだ。その二つの手札が如何なるもので、どのように今のレゼルヴの異常を実現しているのかは推測の域を出ない。
このレゼルヴの二つの手札は、彼が最も長く学んだハイエルフの導師であり、変成術の大家ミリアルデの下で完成させた技術。名付けるならば『シルクゴーレム』と『ホムンクルスの魔眼』と言ったところか。
前者の『シルクゴーレム』は移動、機動を補助するため、ローブにゴーレム技術で半自動運転の飛行機能を付与したもの。飛行呪文を維持したまま高度な呪文を連発できる種はこれで、便利な技術ではあるのだが、無茶な機動に身体が追いつかず使用後は全身が打ち身や筋肉痛で酷いことになるという欠点がある為、普段使いには向いていなかった。
一方、後者の『ホムンクルスの魔眼』は防御を補助するためのものだ。レゼルヴの右眼球は一度くり出され、ホムンクルス技術で改造した後、再び眼窩に収められた魔眼。そこには防御呪文を行使することだけに特化した回路が組み込まれており、レゼルヴの意思かあるいは危険を察知してフルオートで物魔を完全にシャットアウトする結界障壁呪文を展開する。
この二つの技術によりレゼルヴは移動と防御を外部に任せ、戦況判断と攻撃に専念することができていた。
エインはレゼルヴの手札を正確に見抜くことこそできなかったが、それがもたらす結果と影響に関しては概ね把握していた。
「……このままだと、十中八九ルーカスさんの負けでしょうね」
戦況は見ての通りルーカスたちの不利で、ルーカスたちに独力でこれを覆す手段はない。
シュヴェルトたちも半死半生で余裕がある訳ではなく、粘っていれば先にミスが出て力尽きる可能性はあるが、それはあくまで希望的観測だ。フラットな視点で見て、ルーカスたちは圧倒的不利な状況にある、とエインは戦況を評価した。
ではそれを踏まえた上で、自分はどう動くべきか?
これ以上の介入には彼女であれ相応のリソースを払わねばならず、目的を達成できたとしてもその投資分を回収できるかは怪しい。
ここでルーカスたちが勝ってくれた方が自分にとって益があることは確かだが、負けても立ち回り次第で利益はどうとでも確保できるし、最悪は死ぬ前にルーカスだけでも回収し、恩を売ってもよい。
加えてレゼルヴはまだ他に切り札を隠している可能性が高く、介入したからといって確実にルーカスを勝たせられるという保証もない。
──どう考えても、これ以上の介入はリスクが上回りますよねぇ……
考えれば考えるほど、どうすべきか結論は明白だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──ギィン!!!
ルーカスとシュヴェルトが剣戟を交わす。
二人の竜人がそれを援護しようとするが、レゼルヴの妨害に遭ってそれもままならず、また単純に上位者二人の動きについて行けていない。
ルーカスは己が剣でこの戦況を覆すべく、斬撃に更なる力を籠めた。
「うぉぉぉぉっ!!!」
だが、力みはそのまま隙に繋がる。
──ガギィィン!!
「!?」
ルーカスの斬撃が不可視の障壁にぶつかり弾かる。シュヴェルトの反撃に備え距離を取ろうとするが──
「しまっ──!!」
障壁がシュヴェルトを護るのではなく、自分を隔離していることに気づいて、ルーカスは敵の狙いを理解する。
「レーター!!」
敵の狙いは先に部下を始末すること。必死にこちらに追随していた部下は、突然目の前に現れたシュヴェルトに反応できず──
──ドゴォォォォッ!!!
『!?』
突然目の前に現れ割って入った巨大な骨の壁に、シュヴェルトは攻撃を取りやめる。
「──っ!?」
「兄さん、避けて!!」
レゼルヴが背後からアンデッドにも有効な【太陽光線】の呪文を放ち、骨の壁を攻撃するが──
──ゴッ!
『!?』
高密度の瘴気に覆われたそれは、僅かに焼け跡がついた程度でほとんどダメージが通っていない。
更に骨の壁は周囲の──ここだけでなく山中全体の──アンデッドを吸収して益々膨張、巨大な竜頭の巨人へと変貌を遂げた。
「──んだ、こりゃ……?」
シュヴェルトがそれを見上げて呆気にとられた声を漏らすが、それは彼だけでなくこの戦場にいる者全員に共通する想いだった。
そして呆然と動きを止めるルーカスの脳に直接響く念話。
『どうも~、ルーカスさん。貴方のピンチにお助けエインちゃんで~す』
「エイン……」
能力的に可能ではあっても、その計算高さから介入は期待していなかった女の声。
ルーカスの戸惑いに構うことなくエインは続けた。
『本当は手出しするつもりはなかったんですけど、私とルーカスさんの中ですし、ここは特別サービスで──』
「──戯言はそこまでだ」
ルーカスは考えるより先にエインの言葉を遮っていた。そして言葉に遅れて、自分が何を言わんとしたのか理解する。
「もはやこの戦いは、俺と貴様の貸し借りや、次期皇帝を争うなどといった矮小な領域の話ではない」
『…………』
沈黙するエインに、ルーカスは二人の敵手を見据えながら続けた。
「ここで彼奴等を仕留めておかねば、必ず今後の帝国にとって禍根となる。そう判断したから、商人である貴様が売り込みも忘れて戦いに介入したのだろう?」
『……ですね』
虚飾を捨て、静かにルーカスの言を認めるエイン。
理屈では介入は損だと理解していながら、彼女が迷っていた理由こそがそれだ。
数千年の研鑽を積んだエインでさえその底を推し量ることができず、しかも未だ発展途上の魔術師──今仕留めておかなければ、必ずその存在は将来自分を脅かす毒となる。エインは理屈ではなく本能でそのことを感じとり、目先の損得勘定を捨ててこの戦いに介入することを選んだ。
『ここから先は文字通りの出血大サービス。彼らはここで必ず始末しますよ』
「言われるまでもない」
最悪の魔女の参戦により、天秤は再び蛮族たちに傾いた。




