第94話
──ゴォォォォッ!!!
光と炎、絶死のタイミングで放たれた二つのブレス。
──キィン!!
『!?』
しかしそれはシュヴェルトを包み込むように現れた不可視の壁によって阻まれた。
そして同時に竜人たちを襲う嵐。
「『冬の女王 その気高き息吹を大地へ──【氷嵐】』
──ゴォッ!!!
遥か上空から放たれた大規模な氷の嵐が竜人たちを地面に叩き伏せる。
「ぬっ!」
「ぐぁっ!?」
「っ!」
ルーカスは多少体勢を崩しただけで何とか立て直したが、残る二人は氷の嵐の直撃を受けて地面に墜落する。
氷の嵐はシュヴェルトをも巻き込むように放たれるが、不可視の壁──【理力障壁】で隔離され、冷気の一欠けらさえ届いていなかった。
「──やぁ、助けに来たよ、兄上」
戦場に似つかわしくない穏やかな声が響き渡り、その場にいた者たちが空を見上げる。
そこには煌々と光る月を背に、長杖を持って空を舞う若い魔術師の姿があった。その右目からは一筋の赤い雫が垂れていて、どこか道化の化粧を連想させる。
「レゼ!?」
シュヴェルトは表情を引き攣らせて叫んだ。
「馬鹿野郎! 何で来た!? お前まで来たら──!」
自分が何のために命を懸けて戦っているのか──シュヴェルトは言葉にならない叫びを奥歯で噛みしめる。
そんな兄の反応にレゼルヴは何か言おうとして──
「舐めた真似をっ!!」
「……よくも」
それより早く、レーター、ドロテア、二人の竜人が氷の嵐の衝撃から回復し、翼をはためかせて上空のレゼルヴへと襲い掛かった。
これは決して未知の敵に対する無警戒な突撃などではない。飛行呪文にリソースを割かれた魔術師は使用可能な呪文に大きく制限がかかる。空を飛び優位をとったつもりの魔術師を接近戦で仕留めるというのは、飛行可能な竜人にとっては常道の戦術だった──が、ここで彼らは疑問に思うべきだった。その飛行中で呪文使用に制限がかかっている筈のレゼルヴが、ドラゴンブレスを遮断するほどの結界を張り、彼らを地面に叩き伏せるほどの強力な攻撃呪文を使用したことに。
「死ねっ!!」
「!」
二人の斬撃を【幻歩】により短距離転移で回避。そして彼らがレゼルヴの姿を見失った一瞬の隙に、
「『宙の果てに在りしもの 祖は始まりの一 祖は慈悲と怒りを知る者 天上の威光 その一端をここに示し給え──【太陽光線】』」
レゼルヴの指先から幅一メートル、全長二〇メートル超の破壊の光が伸び、彼はその光を巨大な刃のように振るって二人の竜人を薙ぎ払う──
「ぐぅっ!?」
──ギィィンンッ!!!
「ルーカス様!?」
しかしその間にルーカスが割って入り、その魔剣で火花を散らしながら陽光の刃を防ぎきる。
その様子にレゼルヴは軽く目を見開き、兄が苦戦していた相手はアレかと、この場で最大の脅威がルーカスであることを理解した。
魔剣でガードしたとは言え大呪文に属する【太陽光線】を受けてほどんどダメージが通っていない。以前戦った竜伯爵より確実に二つ、三つは格上の存在だ。
──それに加えて角持ちが二体に、アンデッドの群れ。砦は今も雑兵に襲われてて事実上人質に取られているようなもの……よくこの状況で生きてたな、この人。
レゼルヴは地上の兄にチラと視線を送り、安堵と呆れの混じった溜め息を漏らす。
「レゼ! 何で来た!? お前には集落を護れって──!?」
「だから何度も言わせないでよ。助けに来たって言っただろう?」
「馬鹿野郎!! お前は──もしお前まで──!」
「…………」
話にならない兄の様子に呆れる。
──あ~……マジかこの人。ったく、マジでふざけんなっての。
正座させて説教してやりたいところだが、流石に敵を前にそんなことをしている余裕はない。さて──
「……答えろ。貴様、麓の集落から来たのか?」
「うん?」
レゼルヴがどういう手順でことを進めようかと考えていると、陽光の刃を防ぎ切ったルーカスが厳しい表情でレゼルヴを睨み、問いかけてきた。
「そうだけど……それ、今何か関係があるかな?」
「俺の部下が、そちらに向かっていた筈だ」
端的な言葉に、ルーカスが何を聞きたいのか理解する。
「襲撃してきた連中なら全員始末したよ」
『!?』
淡々とした答えにレーター、ドロテアの表情が驚愕に歪むが、ルーカスの表情は変わらない。
「……そうか」
「聞きたいことはそれだけ?」
「……いや。竜人氏族の長、竜公爵『紅翼天』ルーカスだ」
突然の名乗りに、レゼルヴは目を瞬かせ、一瞬遅れてその意味を理解する。
「……オルデン男爵が次男、レゼルヴ・オルデン」
そしてルーカスは空を舞ったまま長剣を構え、静かに宣言した。
「殺し殺されは戦場の習い。まして此度は我らが仕掛けた戦だ。恨み言を言うのは筋違いだと分かってはいるが──仇は、取らせてもらうぞ」
宣言した次の瞬間、ルーカスは常人の目には残像しか映らない超高速でレゼルヴに接近し、その首を刈り取らんと長剣を振るった。
本来それは並の反射神経しか持たないレゼルヴには対処不可能な一撃──だが、その必殺の斬撃はレゼルヴの前に現れた不可視の障壁によって受け止められる。あり得ない速度と強度での呪文防御にルーカスが驚愕し、その種を暴こうと行動に移すより速く──
「気にしなくていい。八つ当たりはお互い様だ」
レゼルヴの杖の先からノータイムで火閃が放たれ、ルーカスの胸部に直撃した。
──チュドドドッ!!
「ルーカス様!?」
空中を数メートルほど吹き飛ばされるが、煙の中から現れたルーカスはほとんど無傷。恐らく炎にはかなり強い耐性を持っているのだろう。だが、今の一撃はレゼルヴにとっても挨拶代わりだ。
「こっちも馬鹿な兄貴を甚振られてブチ切れてるんだ。今更五体満足で帰れるなんて思うなよ」
「……魔術師風情が。調子に乗るなよ」
魔術師を見下したようなルーカスの物言いだが、それは必ずしも間違ってはいない。
確かに一度、二度の攻防ではレゼルヴがルーカスたちの上を行ったが、ルーカスたちに決定打を与えられたわけでもなく、着実に呪文リソースを失っている。そしてどんな種があるのかは分からないが、あのような攻防はそう何度も続けられる筈がない。
再びルーカスが高速で飛行し、レゼルヴに襲い掛かる。警戒しているのか動きを見極めようとしているのか、先ほどより幾分速度は抑え気味だが、それでも飛行呪文で逃げるレゼルヴとの距離は見る見る間に詰まっていった。
レゼルヴは後ろ向きに飛行しながら数重視の【魔弾】を放つが、それらは全てルーカスの魔剣に斬りはらわれ牽制程度にしかならない。
木々の隙間を縫うようにして飛行し逃げ回るレゼルヴだが、空は竜人の領域。その程度で逃げられるものでは──
「──ルーカス様! 危ない!!」
「!?」
──ギィンッ!!
ルーカスがそれを防げたのは、部下の警告のお陰であり、ほとんど運が良かっただけだ。反射的に空中で身を捩り、闇雲に振るった剣が偶々敵の攻撃に当たっただけ。
新たな敵に意識が割かれ、いつの間にか地上近くに誘導されていたことに気づかなかった。戦線に復帰したシュヴェルトの斬撃を吸収しきれず、ルーカスは錐もみしながら吹き飛ばされ、地面を転がる。
「ルーカス様!!」
追い打ちをかけたいところだが、すぐさま二体の竜人が間に割って入ったため、それは難しい。いや何より──
「レゼ! お前何で──!?」
シュヴェルトは未だレゼルヴが救援に来たことを納得しておらず、追撃どころではなかった。兄は何なら今からでも避難しろと言わんばかりの勢いでレゼルヴに詰め寄る。
「お前の役割は俺に何かあった時、俺に代わって跡を継ぐことだろう!? そのお前が俺と同じ戦場に出てきてどうする!!」
その言葉は長男、次男の役割分担という意味では、間違いなく正しい。
「命を懸けるのは俺の役割だろうが! お前だってずっとスペアで不満だったんだろう!? 俺が死ねば、地位も婚約者も家族の期待も、お前が望むものは全部手に入るのに、何でこんな──」
──ゴスッ!!
「──っ!?」
「……あ、ごめん」
気が付いた時には、レゼルヴは兄の頭を杖で殴っていた。素人の打撃など兄が躱せない筈がなかったが、彼にとっても予想外の攻撃だったのだろう、無防備に食らって痛みに頭を抱えている。
そんな兄の様子に嘆息一つ。
「あんまりにも馬鹿なこと言うからつい……」
「馬鹿って、お前……」
いい機会だ。一つ本音をぶつけてやろうと、レゼルヴは腹をくくる。
「まぁ、そりゃあね。私もスペアって立場に不満がないなんて言うつもりはないし、兄さんのことを妬んだり、羨ましく思う気持ちがなかったとは言わないよ」
「う゛……」
自分で言っておきながら、レゼルヴ本人に言われるのはまた別なのかショックを受けた様子のシュヴェルト。
「私だってもっと評価されたいとか、こんなに頑張ったのにどうして、って思うことはあった。何で兄さんばかり、ってね──だけどさ、それと今更兄さんが死んで全部手に入るってのは違うでしょ」
「…………ん?」
黙って聞いていたシュヴェルトが、少し雲行きがおかしいなと首を傾げる。
「というか、この状況で兄さんが死んで私が跡を継ぐとか最悪だよね。領地は今回の件でボロボロで立て直しは大変だし、領主なんて極貧生活の厄ネタ祭りだ。部下からは絶対、兄さんじゃなく私が死んでればよかったのにって目で見られて針の筵だろうしさぁ。立て直しのために酷使されて、ライゼあたりが成人したらそっちに爵位を引き渡すってことになりそうじゃないかい?」
「…………」
レゼルヴの未来予想に、十分あり得る話だと何とも言えない表情になるシュヴェルト。
その、まるで考えもしなかったと言いたげな反応にレゼルヴは「どいつもこいつも……」と嘆息する。
「ホントさ、勘弁してほしい。兄さんが考えなしってのは今更だけど、それより何より人のことを勝手に『兄さんが死んでそれで良かった幸せです』なんて笑えるような薄情な人間にしないでくれよ」
「…………」
「私の人生は後悔のない満点の人生です、とか見栄張るつもりもないけど、それでも十八年間頑張ってきたんだ。それを、あんたが否定するなよ」
「……ごめん」
「うん」
兄の謝罪を受け入れ。レゼルヴは茶化すように続けた。
「──というか、そもそもこの程度の状況で生きるの死ぬのを語るのは、少し弱気過ぎない?」
「レゼ……」
その言葉の意味を理解して、シュヴェルトは弟そっくりの表情でニヤリと笑みを浮かべる。
「そうかな──いや、そうかもな」
「かもじゃなくて、そうなんだよ」
「ああ、そうだな」
そして兄弟はキッと竜人たちを睨みつけ、武器を構える。
兄弟ともに満身創痍、気を抜けば今にも倒れてしまいそうな状態。
けれど何故だろう? まるで負ける気がしなかった。




