第92話
「これは戦だ。謝罪はせぬぞ、シュヴェルト・オルデン」
「……もう勝った気かよ」
シュヴェルトはそう言ったが、それが強がりであることは誰の目にも明らかだった。
新たに戦いに加わった二人の角持ち竜人──恐らく男爵か子爵級──は、ルーカスと比べれば明らかな格下で、シュヴェルトと一対一で戦えば五合から一〇合で切り伏せられる程度の実力しかない。逆に言えば、ルーカスと一対一でも拮抗していた戦況にそれだけの戦力が二人も加われば、もはや天秤の傾きは如何ともしがたい。
こうなればシュヴェルトの生きる道は仲間を見捨てて遮二無二逃げ出すことぐらいだが、機動力と数の差を考えれば今更それができるかどうか。
この状況で強いて良い材料を探すとすれば、角持ちが全員シュヴェルトに集中したため砦の護りが一息つけていること。ただそれもあくまで先ほどまでのような一方的な劣勢ではないというだけで、駐留部隊にはここから巻き返してシュヴェルトの援護に入るれる様な余力はとてもなく、そもそも万全の状態であってもこのレベルの戦いに介入できる人材は駐留部隊には存在しない。
戦うも逃げるも絶望的な状況──けれどシュヴェルトの瞳はまだ輝きを失っていなかった。
「む……」
──まだ何か……それともただの開き直りか?
その眼差しにルーカスの心に僅かな迷いが生まれる。あるいはシュヴェルトにはこの状況を覆す切り札が存在するのではないか、と。
そんな主の迷いを感じとり、レーラーとドロテア、二人の配下は自ら潰れ役を買って出た。
「……ルーカス様、我らが先に切り込みますので」
「好機とあらば、どうぞ我らごと」
二人は返答も待たずシュヴェルト目掛けて突っ込んだ。それに対するシュヴェルトの反応は──
『!?』
後方──アンデッドの軍勢の中への跳躍だった。
当然、シュヴェルトはすぐさまアンデッドたちに取り囲まれ四方八方から襲撃を受けるが、彼はそれを最小の動きと反撃でスルスルとすり抜けて軍勢の中を駆けていく。
「──まさか、逃げる気か!?」
「させるか!!」
その意図を推測し、ドロテアが炎のブレスを放ちアンデッドごとシュヴェルトを焼き払おうとする。
──ゴォォォッ!!!
しかしブレスはシュヴェルトには当たらず、ただ砦を取り囲むアンデッドを消し去るのみ。
「やめろ、ドロテア! 闇雲に撃ってもアンデッドを焼くだけだ!」
「……ちぃっ!」
レーラーはシュヴェルトの狙いを『自分たちを利用して味方を援護することか?』と推測する──が、彼の狙いはそんな生ぬるいものではなかった。
シュヴェルトは竜人たちの躊躇いを突き大型スケルトンを足場に跳躍。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
──斬ッ!!
砦攻めを行っていた竜人の雑兵が、シュヴェルトの一撃で胴を両断され落下する。
『!?』
そしてシュヴェルト自身は再びアンデッドの群れの中に潜り込み、激しく移動しながら手当たり次第にアンデッドを削り始めた。
こと、ここに至ってようやくレーラーとドロテアはシュヴェルトの狙いを理解する。
彼は逃げる気も、自分たち相手に玉砕するつもりもない。アンデッドを駆逐し、自分たちを倒し、砦の味方を救出する──この期に及んで全て実現するつもりなのだと理解し、竜人たちは激昂した。
「ふざけおってぇぇっ!!」
「ヒューマン風情がぁぁっ!!」
レーラーとドロテアは彼を挟み込むように上空から接近し、襲い掛かる。倒せなくともよい。斬られてもよい。この身を使って動きを止める。そうすれば必ずルーカスが仕留めてくれる。怒りに身を任せたように見えて、しかし彼らの行動は極めて合理的だった。
そしてその様子を上空から観察し機を窺っていたルーカスは、より正確にシュヴェルトの胸中を理解していた。
──あのような無茶な戦い方、できるものなら最初からやっていた筈だ。敵に囲まれながらのブレスの回避など、奴にとっても相当リスクの高い行動であることは間違いない。それを敢えてやっているということは、奴は今、己の生存を完全に度外視している……!
己の為ではなく、後に続く者の為に最大限の成果を残そうとする戦い方。それは氏族の長であるルーカスには決して選べない選択で──
──奴はあの槍遣いの後継ではなかったのか? 最も優先されるべき立場にある筈の奴が……何故?
長子であり、男爵家の後継者であるシュヴェルトにとっても、本来選ぶべきではない選択だった。
だが自己犠牲を選ぶシュヴェルトの目に、後悔や躊躇は微塵もない。
──俺が死んでも、レゼがいる……!
それは彼が兄であり、託すべき弟が存在したから。
──レゼがいてくれるから俺はこうして戦える。兄貴として……皆を守って戦える!
自分が兄として生まれた意味をシュヴェルトはずっと考えていた。スペアとして生まれた弟のために、自分は一体何ができるのだろうと。
彼が辿り着いた答えはとてもシンプルで単純なもの。
スペアはメインが損なわれた時に為にある。ならば自分の命は弟を守る為にこそ使おうと、そう決めていた。だから──
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
その後一〇分以上に渡り、シュヴェルト・オルデンは一手誤ればたちまち命の無い奇跡的な綱渡りを成功させ続けた。
砦を取り囲むアンデッドの約六割を排除し、竜人の雑兵を更に二体撃破し、一体の翼を切り裂き戦闘不能に追い込んだ。
角持ちの竜人は、レーラーが左腕を斬られて動かせなくなり、ドロテアはブレスを連発し過ぎて魔力切れを起こした。
ルーカスは消耗こそほとんどないが、決定機を見いだせずシュヴェルトを仕留めることができずにいる。
当然シュヴェルトの損耗は激しく、全身傷だらけで出血は止まらず、もはや体力は限界で気力だけで身体を動かしている状態──それでも、燃え尽きる直前の蝋燭が煌々と輝く様に、シュヴェルトの動きはキレにキレていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いやいや。ゾーンだ何だと言えば聞こえはいいけど、要はただの過集中状態。そういうのは得てして、一度崩してしまえば脆いものですよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「!?」
突然、それまで本能のまま生気を求めて動いていたアンデッドたちが、一斉にシュヴェルト目掛けて襲い掛かる。
唐突な変化にシュヴェルトは驚き目を見開くも、即座に二本の長剣を振り回しアンデッドの群れを薙ぎ払った。
『カァァァァッ!!』
「っ!!?」
しかし斬陣はスケルトンなど身体を持つアンデッドには通じても、完全な霊体を防ぐことはできない。
二本の刃の陣をすり抜けたゴーストたちがシュヴェルトの肉体に纏わりつき、その生気を奪う。平時の彼であれば、その程度の干渉は容易に弾き返していただろうが、今の彼は心身ともに消耗しきっていた。
ゴーストの生気奪取に抵抗できず、思わずその場に膝をつく。
そしてそのような明白な隙を見逃すほど、ここにいる竜人たちは愚鈍ではなかった。
「今だ!!」
──ゴォォォォッ!!
二方向から放たれた光と炎のブレスがシュヴェルトの身体を包んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
再び、時は少し遡る。
「方針を決める前に一つ教えてくれ。メル、君は私に何か言ってないことがないかい?」
「……はい?」
レゼルヴの確認に、メルは何のことか分からないと言いたげにキョトンと目を瞬かせる。
「何の──」
「いや、いい。分かった」
「────」
レゼルヴに言葉を途中で遮られ、メルが不機嫌そうに顔を顰めるが、状況が状況なので文句は飲み込む。
「これからの動きなんだけど──」
「はい」
「……期待させて悪いけど、私にも集落の人間全員を連れて逃げるようなことはできない──さっきの襲撃でできなくなった。だから基本方針は集落外へ徒歩で避難だ。一応、避難計画はマッシュに策定させてある。悪いけどシューレ、残った兵士と冒険者を指揮して領民を避難させてくれ」
「かしこまりました」
シューレもそれしかないと考えていたのか、特に食い下がることなく素直に頷く。
「ソフィアは屋敷の使用人を取りまとめて一緒に避難を」
「私は──」
「悪いが我儘は無しだ。君が逃げなけりゃ他の人間が逃げられない。君が残っても何の役にも立たないし余計な犠牲が増えるだけだ。弁えてくれ」
「──分かったわよ」
いつになく厳しく淡々としたレゼルヴの声音に、ソフィアも渋々ながら頷いた。
そして方針が決まったところで、シューレがレゼルヴに確認する。
「……レゼルヴ様の移動手段はどういたしましょう? 歩くのは難しいでしょうし、多少の振動はありますがやはり馬車を使って──」
「私はここに残るよ」
『!?』
レゼルヴの宣言に全員が目を丸くする。周囲の反応に苦笑を返しつつ、レゼルヴは勘違いさせたかなと続けた。
「ああいや、別にこの場に一人残って戦おうなんて無謀なことをするつもりはないから安心して欲しい。兄上が帰ってきた時に何があったのか分かるようにメッセージを残して、ついでに敵に嫌がらせ用の罠を幾つか仕掛けておこうってだけさ。私一人だけなら呪文でどうとても逃げれるからね。適当なところで切り上げて脱出するから、私のことは気にしなくていい」
この状況で敢えてレゼルヴが無理をする意味はなく、シューレたちはその言葉を信じた。




