第91話
──ギィン! ガッ、ザンッ!!
「ぐっ!」
「むっ!」
剣戟を交わしながら、シュヴェルトとルーカスの口からそれぞれ意味の異なる唸り声が漏れる。前者は苦悶、後者は驚愕。純粋な武力においては実力拮抗している両者の戦いは、現状ルーカス優勢で進んでいた。
その要因はいくつかある。一つはシュヴェルトが砦を背にアンデッドと挟み撃ちにされていること。シュヴェルトにとって本来この程度のアンデッドは大した脅威ではないが、後背を脅かされればやはり集中力は削がれる。一方のルーカスたち竜人はエインから対アンデッド用の護符を預かっており、これで一〇〇%アンデッドを対策できるわけではないが、圧倒的に狙われにくくなっていた。
また地形や武器もルーカス有利に働いていた。シュヴェルトの武器は長巻で、ルーカスの武器はその半分ほどの長さしかない長剣──竜人は飛行に支障が出ないよう基本的に長物や重量武器を持たない。本来であればシュヴェルトが間合いにおいて優位に立つはずだが、ちょうど彼らがいる場所は砦周辺の拓けた土地と森の境目。シュヴェルトは木々が邪魔になって長物の利を活かせず、間合いにおいては却ってルーカスの方が有利となっていた。
ならば拓けた場所に出れば良いと考えるかもしれないが、そうした場所ではアンデッドに取り囲まれやすく、却って障害が増える。また下手に間合いを開けると──
──ゴォォッッ!!
「ちぃっ!?」
ルーカスの口から放たれた光のブレスを、シュヴェルトは地面を転がりながら辛うじて回避する。
一瞬でもチャージの隙を与えれば、高威力・広範囲の中距離ブレスが容赦なく飛んでくるのだ。シュヴェルトは例え自分に不利と分かっていても、敵の間合いに飛び込んで戦う他に手がなかった。
──ギィィン!!!
「くそ……がぁっ!!」
一方で、戦いを圧倒的優位に進めるルーカスの胸にあったのは、目の前の戦士への感嘆であり敬意だった。
──見事だ。これほどの戦士、帝国でもそうそうお目にかかれるものではない。ましてやこの若さ……
このような形でしか剣を交えられないことを残念に思うが、これは戦争であり、ルーカスはその背に多くの同胞の命を背負っている。私情──戦士としての欲を押し殺し、彼は淡々と勝利のための戦いに徹した。
──ガンッ! ギィン!!
シュヴェルトもこの不利な状況に少しずつ適応し、動きが良くなってきてはいたが、それは戦況を覆すほどのものではない。シュヴェルトへのダメージは着実に蓄積しており、このまま行けば時間はかかってもルーカスがシュヴェルトを削り切るか、あるいはそれより早く砦の戦いに決着がつくことになるだろう。
目の前の戦士が油断ならない難敵だと理解しつつも、既にルーカスは己の勝利を確信していた。
「らぁぁぁぁっ!!」
追い詰められるシュヴェルトはルーカスより遥かに激しく動き回り続けていた。それは彼にとって優位な間合いがあまりに“狭い”からだ。
近づきすぎれば長巻の長さが邪魔となり、逆に離れすぎればブレスが飛んでくる。離れ、近づき、自分が優位を取れる狭い範囲を行き来しながら、綱渡りのような拮抗状態を維持していた。
しかしそんな動きを繰り返していれば、当然に相手も慣れてくる。踏み込むシュヴェルトの動きにあわせてルーカスも踏み込めば、間合いは一瞬で潰れ、ルーカス優位の距離。
──ガギィン!!
「ぐぅっ!?」
回転の速いルーカスの斬撃を後方に跳んで辛うじて凌ぎ、しかしシュヴェルトはブレスを撃たせないために即座にまた踏み込まざるを得ない。
それが自分にとって不利であり、先ほどの攻防の焼き直しになるとしても、戦士である彼にはそれ以外の選択肢がなかった。
ルーカスもそのことは幾度にも渡る攻防の中で理解しており、次こそ確実に彼を仕留めんとカウンターを準備する。一撃で仕留める必要はない。手数の優位を活かし、一撃目で動きを止め、二撃目以降で確実に仕留める。
──ギィン!!
長巻の大ぶりな一撃をしっかりと長剣で受け止める。ルーカスはそれを上に押しのけるようにして更に距離を詰め、最短距離でシュヴェルトの首に斬撃を放つ。突進の勢いを殺しきれていないシュヴェルトでは後方への回避は間に合わないし、長巻による受けも遅れる。仮にこの二撃目を凌げたとしても、確実に体勢は崩れてそれ以上の回避も反撃もままならない状態だろう。そこに畳みかける。
ルーカスの戦術は極めて堅実かつ合理的なものだった──が、だからこそそこをシュヴェルトに狙われた。
──斬ッ!!
「──ぐぅっ!?」
まったく予期していなかった下方向からのコンパクトな斬撃に、ルーカスは完全に不意をつかれて左腕の一部と顔の左半分を大きく切り裂かれた。
ルーカスにとっては幸いというべきか、左腕は固い鱗が守ってくれたため戦闘に支障が出るほどのダメージはなく、また顔の傷も皮一枚で眼球は無事。しかし何が起きたのか分からないルーカスは混乱のままに飛翔し、牽制のプレスを放ちながら距離をとった。
そして上空から改めてシュヴェルトの姿を確認。ルーカスは自分が罠にかけられたことを理解し、ギリと音を立てて歯ぎしりした。
シュヴェルトの持つ長巻が短くなっている──いや分離して二本の長剣へと変化していた。恐らく、柄の部分にもう一本の刀身が隠れていたのだろう。あの長巻は元々二本の長剣を連結させたギミックソードだったのだ。
元々は屋内戦などを想定した仕掛けだが、シュヴェルトは敢えて無駄な突撃を繰り返すことで敵の頭に間合いを刷り込ませ、不意打ちの道具として利用した。
一方。見事に一撃を返した形のシュヴェルトだが、その表情は晴れなかった。
──仕留めそこなったか……!
本音を言えばこの一撃で仕留めてしまいたかった。間合いの不利は得物を長剣に変えることで解消したが、戦士としての技量は互いに拮抗しており、総合的には未だシュヴェルトが不利。
手札を切ったからには、最低でも腕の一本は奪っておきたかった。
これでもし、ルーカスが慎重策を選びでもしたら──
──ゴォォォッ!!!
ルーカスが上空からシュヴェルト目掛けて閃光のプレスを放ち、シュヴェルトはそれを高速で移動し効果範囲から逃れることで回避する。
──クソッ、早速か! 切り替えが早過ぎんだよっ!!
上空からのブレス連打。
空飛ぶ敵にシュヴェルトの攻撃は届かない。いや彼の脚力であれば跳んで届かなくはないが、そんな雑な攻撃容易く回避されてしまうだろうし、空中で身動き取れないシュヴェルトなど敵にとっては良い的だ。
そしてブレスを回避すること自体は難しくないが、こうしている間にも砦内の味方はどんどん追い詰められていく。
互いに決定打を欠く状況で、時はシュヴェルトに不利に働いていた。
──ちぃっ、ちょこまかと……!
一方で、上空から一方的に攻撃しているルーカスも決して余裕があった訳ではない。
そもそもドラゴンブレスは強力ではあるが使用には魔力を必要とした。このように連発していてはいくら真竜の血族で魔力豊富なルーカスと言えどいずれ限界が訪れる。
またブレスの真価は白兵戦と組み合わせてこそ発揮されるため、ただ距離をとって連発するだけでは素早い敵には決定打とはなり得なかった。
では間合いの有利が一つ消えただけに過ぎないのだから、改めて先ほどと同じように地上で戦ってはどうか?
それは戦術的には間違っていないが、ルーカスはシュヴェルトを倒してそれで終わりではなく、この後さらにもう一つの砦を制圧し、正体不明の存在──レゼルヴ──が守護する麓の集落を攻め落とさねばならない。
その事実がルーカスに必ずしも優位と言えない戦いに挑むことを躊躇わせていた。
互いに攻め手を欠き、拮抗状態に陥った二人の戦士。
その均衡を崩したのは、彼らではない第三者の存在だった。
──ゴォォォォッ!!
「!?」
予想外の方向から放たれた炎のブレスを、シュヴェルトは大きく前に跳んで辛うじて回避──
──ギィンッ!!
「ぐっ!?」
更にそこに待ち構えていたように放たれた斬撃を辛うじて長剣で受け止め──体勢不十分だったため衝撃を殺しきれず後方に弾き飛ばされた。
──ドガッ!!
太い木の幹にぶつかり、咽ながら体勢を立て直すシュヴェルト。
そこで彼が見たものは、恐らく先ほどまで砦攻めに加わっていたのだろう角持ちの竜人が二人。
「……レーラー、ドロテア」
「ルーカス様。勝手な横やり、どうぞお許しください」
「ご処分は後程。いかようにも」
レーラー、ドロテアと呼ばれた男女の竜人は、指示なく戦いに割り込んだことを詫びながら、しかし油断なくシュヴェルトを見据えていた。
その様子にルーカスは己の不甲斐なさを恥じるように顔を顰め、しかし直ぐに気を取り直して二人に言葉を返す。
「いや……俺が不甲斐ないばかりに、卿らには苦労をかける」
「そのようなことは──」
「俺にはまだ手段を選べるほどの力はない。悪いが手伝ってくれ」
『……はっ!』
その光景を見上げながら、シュヴェルトは苦笑いしながら悪態をつく。
「おいおい。だからお前ら割り切り良すぎなんだって……」
──あ~……こりゃ、死んだな、俺。




