第89話
──強いな。
二人の戦士は一目見て、互いに全く同じ感想を抱く。
共に若くして才気に溢れ、生まれて初めて同格以上の敵と相対した二人が感じていたのは、怖れでも高揚でもない、純粋な感動だった。
「……竜人氏族の長、竜公爵『紅翼天』ルーカス」
「は?」
突然の名乗りにシュヴェルトはキョトンと目を見開く。その反応にルーカスは憮然とした表情でボソリ。
「名乗ったぞ」
ああ、つまり『自分は名乗ったぞ。お前も名乗れ』と言うことか。不器用なそのコミュニケーションに思わず苦笑を漏らし、シュヴェルトは応じた。
「失礼した。オルデン男爵レイターが長子、シュヴェルトだ」
「……例の槍遣いの息子か」
シュヴェルトの正体にルーカスは納得した様子で頷きを一つ。その上でチラと麓の方に視線を向けて続けた。
「一つ聞いておこう」
「何だよ、見た目よりおしゃべりな奴だな」
シュヴェルトはツッコむがルーカスは気にも留めない。
「先ほどの光について貴様は何か知っているか? あそこには私の部下が向かっていた」
「────」
その質問にシュヴェルトは息を呑み、直ぐにニヤリと表情を取り繕って言い切った。
「分かんねぇのか? あんたの部下をウチの弟が撃退したんだよ」
「……そうか」
何の根拠もないハッタリでしかないシュヴェルトの発言を、ルーカスは静かに受け入れる。
「……あの忌々しい枯れ枝め。何が『槍遣いが留守にしている今、領地を落とすのは難しくない』だ。いるではないか。こちら側に足を踏み入れた戦士が──それも二人」
その言葉を遠見の水晶球を通じて聞いていた枯れ枝ことエインは「え~? ルーカスさん、忠告しても絶対『俺を甘く見るな』って現物を見るまで取り合わなかったでしょう?」と不満の声を漏らしていたが、それは彼らには届かない。
「何だかよく分からんが、計算違いってやつか? 大人しく逃げ帰るなら追わないでおいてやるぜ」
「否」
できればそうしてくれ、との願いの込められたシュヴェルトの言葉をルーカスは一刀両断する。
──まいったな。こんなとこでモタモタしてないで、とっとと皆の救援に向かいたいんだが……それとも、コイツが敵の首魁なら、ここで俺が仕留めるのがベストなのか?
長巻を構えながら、シュヴェルトはルーカスの背後──獣道を抜けてあと少しの場所にある筈の中央砦の方へと一瞬視線を向ける。
「……なるほど。貴様ほどの戦士が何故こんな場所で一人行動しているのかとは思っていたが、砦の救援に向かっていたのか」
ルーカスはそのほんの僅かな仕草からシュヴェルトの意図を正確に見抜き、憐れむように言った。
「であれば、一歩遅かったな」
「?──!!」
その言葉の意味に気づいた瞬間、シュヴェルトは我を忘れて駆けだしていた。そして己の直ぐ横を通り過ぎていった彼を、ルーカスは妨害することなく黙って見送る。
藪を切り裂き、岩を飛び越え、崖を駆けあがり、シュヴェルトはただ一直線に砦へと駆けた。そして──
「ぐあああああぁぁっ!!」
「やめろやめろ来るな近づくなやめてく──!?」
「弓だ! これ以上連中をとりつかせるな!! アンデッド共の方に押し出せ!!」
「やってる! やってるよぉ!? やってるのに何で……?」
「泣きごとを言う──ガハッ!」
「ひぃっ!?」
「…………」
シュヴェルトは思わず言葉を失い立ち尽くす。
砦は既に炎に包まれていた。
周囲はアンデッドに取り囲まれ、そして上空から飛来した竜人には砦内部に侵入され、蹂躙されている。
ああ、今また炎が弾けた。これが話に聞く竜人のブレスというやつだろうか。
これはもう──
「諦めるな!! 必ず助けは来る!! 俺たちで砦を守り抜くんだ」
それは誰が聞いても明らかな根拠のない虚勢。だがその檄に呼応して、砦の中の兵士たちがほんの僅かだが息を吹き返す。
「おうさ! 俺たちはオルデン家の戦士だ!!」
「竜人がなんぼのもんじゃい!!」
その叫びにシュヴェルトの心に再び火が灯る。
まだ終わっていない、間に合う、間に合わせて見せる──そうして、彼が長巻を握りしめアンデッドの軍勢目掛けて飛び込もうとした、刹那。
「──言った筈だ。一歩遅かった、と」
「!!?」
──ザシュッ!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふざけないでよ! 絶対安静に決まってるでしょう!!」
オルデン家の兵士詰め所に怒声が響き渡る。
次期男爵夫人たるソフィアの剥き出しの怒りに、それをぶつけられたシューレは背筋をピンと引きつらせて硬直した。
「し、しかし、敵の次なる攻撃があった場合にはレゼルヴ様の力がなければ──」
「しかしも案山子もない! 脳にダメージを受けてるのよ!? 戦うどころか動かすだけでも危険な状態なの!!」
竜人の群れによる襲撃と、その後の【流星雨】という大魔術を辛くも凌いだレゼルヴたち。
しかしその代償は大きく、レゼルヴは連続行使した大魔術の反動で大きなダメージを受け行動不能となっていた。
異変を察知し避難先から引き返してきたソフィアに容体を見てもらったが、学院で長年薬学医学を学んできた彼女の答えは、とても戦場になど駆り出せる状態ではない、というもの。
ソフィアの言わんとすることはシューレにも分かる。彼自身、つい先ほど顔の穴という穴から血を吹き出して倒れたレゼルヴの姿を目の当たりにしたばかりなのだ。戦える状態ではなく、戦わせるわけにはいかないというソフィアの言葉はもっともだ。
「──ですが、戦わなければ生き残れません。そしてその為には、レゼルヴ様に戦っていただくほかないのです……!」
「何でそうなるのよ! ここにはレゼルヴ以外に戦士はいないの!?」
「それは……いえ、その通りです。少なくとも、この状況を打破できる力を持つ者は、レゼルヴ様以外に存在しません」
シューレは恥辱を噛み殺して認めるが、それはソフィアの怒りに油を注ぐだけだった。
「だから死ぬまで使い潰しても仕方ないって!? 貴方たち、レゼが次男だからって彼のことを軽く見過ぎなんじゃないの!?」
「そんなことはありません!!」
「!」
「そんなことはありません。絶対に……」
突然大声を出して反論したシューレに、ソフィアは勢いを削がれて言葉を失う。
そしてシューレも、不甲斐なさのあまりそれ以上言葉を続けることができなかった。
「──はいは~い。落ち着いたところで建設的な話をしましょうか」
その沈黙を狙っていたかのように、それまでジッとレゼルヴの容態を窺っていたメルが口を挟む。
「まずシューレさん。若様から留守を任されて気負う気持ちは分かりますが、流石にこの半死人状態のレゼ様を引っ張り出したところで、ここを守り切るのは無理がありますよ。敵の三の矢だか四の矢だかが、あのレベルだと想定するなら猶更です」
「むぅ……」
シューレも少し冷静になり、メルの言い分を認める。
「無理にここを守り切ることに固執する必要はないでしょう。仮に奪われても、若様が砦の兵士の救出に成功すれば取り戻すことは難しくありません。その場合、ここは集落ごと破壊されているかもしれませんが、生きていればやり直しはききます。というか、若様もあのレベルの襲撃があるなんて絶対に想定してませんって。守り切れなかったとしても文句を言われる筋合いはありませんよ」
「…………」
返事はないが、反論もない。それがシューレの答えだ。
そしてメルは彼から視線を外し、今度はソフィアに向けて続ける。
「ソフィア様」
「! な、なによ……」
「絶対安静にさせたいというお気持ちは分かりますが、今は状況が状況です。逃げるにせよ隠れるにせよレゼ様に一切負担をかけないというのは難しいでしょう。過保護は我々だけでなくレゼ様自身を危険に晒します。ある程度の無理はお目こぼし下さい」
「…………」
諭されて、ソフィアもまた不満そうな表情をしながらも黙り込む。
そしてメルは改めて詰め所の床に横になったレゼルヴに視線を落として話しかけた。
「──で、狸寝入りしてるレゼ様。そろそろ起きて方針を教えてくれませんかね? どうせこの場から皆で逃げれるぐらいの備えはしてあるんでしょう?」
「……狸寝入りじゃないぞ。頭が痛いってのに耳元でワンワン騒ぎやがって。お前らホントに私を病人扱いする気があるのか?」
顔を顰め、普段より少し荒い口調で反論が返ってくる。
その意識がハッキリした様子に周囲から安堵の息が漏れた。
そしてレゼルヴは憂鬱そうに溜め息を吐き、不安と期待、そして罪悪感の入り混じった視線をこちらに向けるメルを見つめ返し、口を開いた。
「方針を決める前に一つ教えてくれ。メル、君は──」




