女神の御伽噺:プロローグ
むかしむかし、遥か遠い昔。
まだ大地も海も、星さえも生まれていなかった頃――。
高き空の果てには、ふたつの星が輝いていた。
ひとつは天使たちが住まう光の星、セレーナ。
もうひとつは悪魔たちが住まう闇の星、ゼブラ。
二つの星は相容れぬ存在でありながら、不思議と争うことはなく、ただ秩序を守り、平穏を保ち続けていた。
その均衡を築き上げたのが、全知全能にして創造の女神――アナスタシア・エストレラ。
彼女は数十年に一度、己の創りし世界へと降り立つ。
ただし自由にではない。
その足を運べるのは――「滅びの未来」が迫った世界だけ。
女神はその滅亡を防ぐために姿を現し、そしてまた伝説となって消えていく。
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分厚い本を閉じる音が響いた。
建物の前で、物語を語り終えた老婆が微笑む。
「ねえ、おばあさん。本当に女神さまっているの?」
「……ああ、いるとも。もしかすると、この世界にだって来たことがあるかもしれないねぇ」
子供たちはきらきらと瞳を輝かせる。
「女神さまって、どんな姿なんだろう!」
「きっと、すっごく綺麗なんだろうな!」
「でもそれ、ただの御伽噺でしょ? 本当はいないに決まってるよ」
――そう。これは御伽噺。
……そのはずだった。
にぎやかな子供たちの横を、ひとりの少女が通り過ぎる。
フードの影からこぼれるのは、夜の雪を思わせるような白銀の髪。
彼女の姿を誰も気に留めることはなかった。
けれど、その歩みこそ――世界を変える一歩だった。