第2話
見知らぬ天井が見える。
白い天井を物々しいダクトが這っている。
監視カメラのような装置も付いていた。
視界がおかしい。
全体的に緑がかっており、様々なデジタル表示が次々とポップアップされては別の情報に切り替わる。
まるでハッキングされたパソコンの画面のようだ。
いちいち気にしていると酔いそうなので、無数の表示を意識から外す。
困惑する私は全身が動かないことに気付く。
正確には何かで拘束されているらしい。
横たわった状態でシーツをかけられており、実際はどうなっているのか分からなかった。
状況が読めず身動ぎしていると、背後から声がした。
「おはよう。気分はどうかな」
間もなく私を見下ろしてきたのは、白シャツにネクタイを着けた若い女だった。
寝不足のような目つきで私を観察している。
電子タバコを吸う女は、書類をめくりながら淡々と述べる。
「佐沼辰貴。男。二十七歳。無能力者。職業は警察官。階級は巡査。署内でも有名なほどの堅物で極度の仕事人間」
「あの……」
「まず君の状態の説明から説明しよう」
女が顔を上げる。
甘ったるい煙を吐いた後、彼女は早口で喋り始めた。
「強盗犯と遭遇した君は徹底的な破壊を受けた。もはや生きているのが不思議な状態だったが、数度の大手術を経て奇跡的に復活した」
そこで女が言葉を切って微笑んだ。
不気味で悪意を含む表情だった。
「ただし、代償は払ってもらったがね」
女がシーツを勢いよく剥がす。
そこにあったのはボロボロの痛ましい肉体……ではなく鈍色の無骨な身体だった。
驚愕する私に合わせて、ベルトで固定された金属の手足が跳ねる。
間違いない、私の身体だ。
信じ難い光景に私は呆然とする。
「これは……」
「君の肉体の98%を機械化した。所謂サイボーグだね。公的には認められていない改造人間の手術で実験台になってもらった。これまでの手術で成功例は君だけだ。おめでとう」
薄っぺらい言葉を添えて女が私の肩を叩く。
感触は普段とあまり変わらないが、本当に機械化したのならデータとして受け取っているのだろう。
予想外の事態に思考が追いつかず、どう反応すべきか迷う。
そんな中、私は家族のことを思い出した。
己より大切な二人について女に尋ねる。
「妻と娘は……どうなりましたか」
「死んだ。強盗犯によって車ごと焼き殺されたよ」
「そう、ですか」
私は脱力する。
端的な事実が頭の中で反響し、思考を埋め尽くしていく。
視界に警告メッセージが表示された。
感情の高まりを検知したらしい。
どうでもいい。
家族の死を知って平常心を保つなんて無理だ。
(私のせいだ。誕生日のために店を予約しなければ……)
後悔と憤り、そして憎悪が膨れ上がる。
全身各所を縛るベルトが悲鳴を上げていた。
私が力んだせいで千切れそうになっているのだ。
なるほど、サイボーグのパワーは相当なものらしい。
無関係な発見をした私は、どうにか怒りを鎮めにかかる。
一方、書類を置いた女は勝手に語り出した。
「人類に異能力が発現したのが五十年前。原因は未だ不明で、ウイルスの感染拡大のように増加している。今や全人類の七割が異能力者だ。世も末だね」
私は深呼吸をする。
サイボークが酸素を取り込む意味があるのか。
そもそも呼吸機能があるかすら不明だが、とにかく多少は気持ちが落ち着いてきた。
「近年、異能力を使った犯罪が深刻化している。法律も技術も後手に回るばかりで何の抑止力もない。警官の君ならよく知っているね」
「早く用件に移ってください。談笑のために私を生かしたわけではないでしょう」
私が話を遮って主張すると、女は苦笑して肩をすくめた。