第1話
私はハンドルを回して交差点を右折した。
雪の降る街並みを眺めつつ、安全運転で自宅を目指す。
後部座席では娘がオモチャの箱を掲げて喜んでいた。
誕生日に私と妻が買い与えたものだ。
妻は娘の隣に座って微笑んでいる。
赤信号で停車したタイミングで、娘が運転席に身を乗り出してきた。
そして満面の笑みで私に話しかけてくる。
「パパ! プレゼントありがとうね!」
「いやいや、喜んでもらえてよかったよ。パパの方こそいつもありがとうな」
「えへへ」
娘は照れ臭そうに笑う。
信号が青に変わったので娘を座らせてから発進した。
妻が少し心配そうに尋ねてくる。
「仕事を休んで大丈夫だったの?」
「上司に無理やり休暇を押し付けられたんだ。家族サービスを怠るなってさ」
「あら、素敵な上司さんね」
「部下には優しいんだ」
普段から私は無茶なスケジュールで働いており、周囲からたびたび注意されていた。
娘の誕生日も出勤するつもりだと同僚に話したところ、ついに強制的に休暇を取らされてしまった。
別に休暇が無くても問題ないと伝えたのだが、こちらの主張はすべて弾かれて現在に至る。
仕事を同僚に丸投げする形になったのは申し訳ないものの、おかげで久々に家族とゆっくり過ごすことができた。
明日、しっかりと礼を言わねばならない。
カーナビが速報のニュースに切り替わった。
女性キャスターが緊迫した声音で原稿を読み上げる。
『——駅付近で強盗が発生しました。犯人は四人の異能力者で、現在は自動車を使って逃走中です。付近にいる皆様はくれぐれも……』
強盗か。
場所はここからかなり近い。
耳を澄ますとサイレンの音がする。
妻が不安そうな顔をした。
「あなた……」
「ちょっと行ってくる。このまま離れた場所に移動してくれ」
そう伝えた直後、横から迫る黒いミニバンに気付く。
咄嗟にハンドルを切るも手遅れだった。
凄まじい衝撃と共に視界が激しく回転する。
回転が止まった時、車は上下がひっくり返っていた。
窓ガラスは割れ、車体のあちこちが潰れて悲惨なことになっている。
私は全身に激しい痛みを感じた。
身体がまったく言うことを聞かない。
指一本も満足に動かせず、微かな呻き声を洩らすことくらいしかできなかった。
視界も真っ赤に染まってあまり見えない。
(二人は……無事か……?)
今すぐ確認したいのに動けない。
そのうち私の身体は何者かに車外へと引きずり出された。
乱暴な動きのせいでさらにに激痛が走る。
私を掴んでいるのは屈強な体躯の男だった。
男はこちらを睨みつけてくる。
「おいおい。車がお陀仏じゃねえか。どうしてくれんだ」
「そっち、が……信号……無視を……」
「あ!? 聞こえねえなぁ! もっとはっきり喋ってくれよ!」
怒鳴られた後、私は投げ捨てられた。
アスファルトに頭を強打して顔を顰める。
身体から大量の血が流れ出すのを知覚した。
これは、不味い気がする。
私はどうにか起き上がろうと力を振り絞る。
その間、追突してきた車から男達が降りてきた。
彼らは好き勝手に喋りながら私の車の前に集まっている。
「車に女とガキがいるぞ!」
「へー、美人じゃねえか。羨ましいぜ」
「攫うか?」
「駄目だ。騒がれると面倒だろ」
「じゃあ殺そうぜ」
その直後、私の車が炎に包まれた。
妻と娘の悲鳴が聞こえた。
「ああ……あああああああああああっ!」
私は絶叫しながら炎に歩み寄る。
二人を助けようと飛び込む寸前、最初の男に行く手を阻まれた。
「お前も死んどけや」
振り下ろされた拳が顔面に命中する。
骨が砕ける音と感触を味わいながら、私の視界は闇に染まった。