『技』を知り、『理』を得る
「…………」
男は師であるネルの言葉に反論しなかった。男はネルが以前聞いたのスキル『制限』を使用してると分かっていた。
しかし、それ自体は納得している。何千年も修行してきた師匠に、百年ちょっとでは勝てるはずが無い。けれども、師が言っている真意は、スキルを使っていても勝てる、という事だ。
男は未熟な己を恥じていた。いや、師匠の願いを叶えられない自身を情け無く感じていた。
師匠がスキルを使っている状態なら勝てると考え、少し甘い考えが残っていた自分に腹が立った。
(何が強くなっただ?強者に対して未だ油断が残っているくせに)
弟子の心が揺れ動いているのを眺めているネルは計算通りに進み安心していた。しかし、それでも尚焦りが心の奥底に残っていた。
(これで目醒めてくれ……!)
ネルが『餞別』と言ったのは、この戦いは万水流を本当の意味で伝承させる儀式なのだ。
男は『流眼』を既に習得している。しかし、これだけでは伝承した事にはならない。完全に男に伝承させるにはネルの『死』が必要不可欠なのだ。
それと同時に覚悟も必要なのだ。
だからこそ、ネルは敢えて強い言葉を使った。本人は気付いていないであろう、微かな迷いを消すために。
男は知らない。
何故ネルが死を望んでいるのかを。
男は気付かない。
その魂に秘められた力を。
しかし、神々は知らない。
何故その魂が輝かないのかを。
何故異常な程に堅く守られているのかを。
しかし、ネルは賭けに勝ったのだ。
堅くーーー堅くーーー閉ざされていた、奥底に眠る怪物の力の一端が、今、現世に降臨した。
「ーーーやはり、お主の話は合っていたな。相棒よ」
ネルの視線の先には、悍ましいほどの流れの渦が男の体の周りを迸っているのを見ていた。
その頃、男は知らない場所に立っていた。
そこは、自然が支配者として絶対的な存在であった頃の姿をしていた。
辺りには、樹齢何千歳と言えるような巨樹がそれぞれの住処を主張するように聳え立ち、遠くを見渡すと、悠々たる山脈がまるで大地に育つ我が子を見守るように、歴然と立っていた。
男はあまりの光景に、しばらく言葉を失った。
もしかしたら、その時男は言葉を失ったのではなく、その自然の様子を表す言葉自体がなかったのかも知れない。
「来たか、我がーーーよ」
すると、目の前に巨人が立っていた。それは忽然と姿を現し、男は気付けなかった。
それと同じくして、何処からともなく声が響いた。
「ーーーーー」
「なるほど、まだ目覚めは早いかーーー」
目の前の巨人の言葉は理解出来たが、謎の声は何を話しているのかを聞き取る事ができなかった。
暫くの間、巨人と謎の声が話しているのを聞いていると、いきなり巨人と目が合った。
普通なら驚く話だが、男は不思議とさっきから話していたような親しみを感じた。
「事情は理解した。詳しく説明はできぬが、お主に『流眼』の使い方を教えよう」
巨人がそう言い放つと同時に、男の頭の中に情報が流れてきた。
「ーーーよ、お主がーーーー望んでいる」
情報が突如流れてきた事により、混乱している最中、巨人の言葉の欠片が聞こえ、そこで意識が一瞬途切れた。
静かに瞼を開くと、そこは先程までの世界とは違う。元の世界へと戻ってきた。
いや、少し景色が変わって見えた。
近くにある花に目を向けると、花は赤く咲いていると認識している筈なのに、何故かその花は咲く前であり、枯れてもいた。
混乱している弟子の姿を見て、『流眼』を習得したことを確信したネルは男に話しかけた。
「弟子よ、それが『流眼』の見せる世界じゃ。その目は見たモノの流れを見る。花であれば、成長していく全ての姿が見える。動物であれば、その生き物のこれまでの生涯が見える。その目は、所有者に運命を見せるのだ」
「運命……」
そう聞き、男はネルのこれからの運命を覗いたが、暗闇しか見えなかった。
「運命と言っても、過去を見せるだけじゃからのぉ、未来に関してはあまりにも可能性が多すぎて、見ることは殆ど出来んよ」
ネルは笑ってそう言うと、弟子を見据えて言った。
「ーーーさて、始まるぞ」
戦いが再開した。




