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憧れの人

空がGOODYを歌っているその時、隣の部屋ではクウカが壁に聴診器を当てて息をひそめていた。聴診器を手にじっと動かない姉に対して日和は遠慮がちに声をかけた。


「お姉ちゃん・・・どう?」

「ズン・・・ズンズン・・・」

「ズンドコ?」

「きよし・・・じゃなくて、ズンしか聞こえない」

「えー?!だってだって、テレビでは確かに聴診器を当ててたのに・・・」


日和はがっくりとうなだれた。せっかく走って買ってきたのに・・・とぼやいている。

クウカは思った。日和は確かにアイドルグループのライブ会場で聴診器を当てて聴いている人たちをテレビで見たのだろう。

この世界には誰もが想像をもしなかったことをやってのける輩がいる。

そして、その様子をおもしろおかしく電波に乗せてしまうのがマスコミという存在だ。

テレビの影響力というのはネットが普及した今でこそ落ち着いているが、いまだに”流行を人為的に作り出そうとしている”ことからも強力なファクターだとわかる。

なぜ偽の流行に気づけるのか・・・それはネットの情報が大きな要因になっている。


「(とはいえ・・・テレビがすべて間違った情報を流しているわけでもなく、ネットがすべて正しいということではない・・・)」


クウカは日和に対して”情報の取捨選択”をあなどってはいけないことをちゃんと教えなければいけないと思った。姉として、妹に間違った道を進んでほしくはない。

聴診器を壁から離し、お姉ちゃんモード(目がキリッとなる)で日和に向かい合った。


「あのね、日和・・・これはとっても大事な話なんだけど・・・」

「う、うん・・・」


クウカがいつになく真剣だ。日和は喉を鳴らしながらお姉ちゃんの言葉を待った。


「情報っていうのはね、それ自体に意味はなくても”後付け”された付加価値によって全く異なる情報に生まれ変わることもあるんだよ」

「・・・うん?」

「テレビでやってたから、とか有名YourTuberが言ってから、と言ってそれが事実である根拠はどこにもない」

「・・・つまり?」

「単一の側面だけで理解したと思ってはいけない。今なら”オンライン上”でたくさんの意見が・・・」

「あ”ーっ!!」


クウカが妹のことを思って熱弁していた矢先、日和が素っ頓狂な声を上げた。

突然のことにクウカのお姉ちゃんモードが解除される。

日和はクウカの両肩に手を乗せ言った。


「お姉ちゃん!彰人くんとお友達なんでしょう?!なら”LINE”で連絡すればいいんじゃ・・・?」

「?!そこに気づくとは・・・日和、天才かっ!」

「普通だと思うなぁ・・・」


彰人とはLINEをお互いに交換している。何のことはない、LINEで詩亜と彰人にこっちの部屋に来てもらって交渉すればいいだけの話だ。

手に持っていた聴診器をテーブルにぶん投げてスマホを操作し始めた。


一方の彰人たちの部屋では空によるGOODYの歌唱が終わり、それぞれ雑談をしていた。

彰人は動画のチェックを行い、ちゃんと録画できているか確認する。隣に座った空は恥ずかしそうにしていた。


「あんまり見ないでください・・・っていうか私ってこんな声だったんですね・・・」

「ああ。いい声だろ?」

「~~~!!」


浅村は彰人がナチュラルに口説いている様子を見て苦笑いしていた。

彩香は空の歌を聴いて一層気合が入った様子だった。浅村からスマホを借りて何を歌うか楽曲検索を行う。

カラオケに限らず、スマホに野良アプリを入れるのに抵抗がある人もいる。

そういう時は率先して自分のスマホに入れて貸してあげると好感度アップだ。


彰人は動画をみなもに送ってから自分のスマホを確認するとLINEの新着メッセージが来ているバッジ表示を見つけた。

誰かなと思って開いてみるとクウカからだった。


クウカ「今彰人たちがいるカラオケボックスにいる。彰人にお願いがある。私と詩亜嬢の仲を取り持ってほしい。詩亜は私の憧れだから」


「(やっぱり風花が見たことあるって言った子はクウカさんだったのか)」


こうなることを風花は予想していた。彰人は風花との約束を果たすために動くことにした。


彰人「それじゃあ今から向かいます。どこに行けばいいですか?」

クウカ「神( ゜Д゜)!!隣にいるから来て!」


クウカの神発言に苦笑しつつ、隣にいるというクウカの元へ行こうとする。


「知り合いがこのカラオケボックスにいるみたいだから、ちょっと挨拶してくるよ」

「んー?彰人くんだし、女の子かなぁ?」


凛は茶化すように彰人に投げかける。いつもの凛の悪ふざけだが、今日に限ってそれは禁句<タブー>であった。

右隣にいた空はそれを聞いて激昂する。


「私の好敵手<ライバル>がここにも?!だからさっき優しい言葉で私を誘惑して・・・!」

「いや誘惑ってなんだよ・・・率直な感想だって」

「彰人はとっても優しいです!」

「チョロいな・・・」「チョロインだわ・・・」「チョロすぎる・・・」


彰人と空以外の4人は全員「チョロい」で意見が一致していた。


「もうっ!私はチョロくなんてありません!彰人が行くなら私も行きます!」

「・・・やれやれ」


空がそう言って立ち上がると風花がため息をつきながら立ち上がった。


「行きましょう彰人、空もほら」

「風花も?!二人の知り合い・・・?」

「みんな、ちょっと待っててね」


3人はそう言って部屋を出た。浅村はなんとなく察しがついていた。

彰人と風花の知り合いということは、あの同人サークルの関係者だろう。

彩香と凛と浅村の3人になり、場を持たせるために浅村が自分のことを語り始めた。


彰人、空、風花の3人は部屋を出て隣の部屋の前に立つ。

移動したと言っても隣なので3mもない。彰人はドアをノックして返事を待つ。


するとノックから数秒しないうちに女の子がドアが開かれた。

そこにはクウカではなく別の女の子が立っていた。彰人は正直面喰ってしまう。


「あ・・・初めまして!私っ、お姉ちゃんの妹の日和って言います!あのあのえーっと・・・」

「よろしく日和さん。クウカさんにこんな可愛い妹さんがいるなんて知らなかった」

「きゃ、きゃわ?!?!」


彰人はナチュラルボーン口説き上手だった。しかし本人に自覚はない。

空と風花はそんな彰人を見て('Д')←こんな顔をしていた。

よく見ると日和の後ろで落ち着きなくこちらを見ている小さい女の子が一人・・・。


「あ、彰人・・・と詩亜じょ・・・うの中の人!」


クウカは恐る恐る”詩亜の中の人”と対峙する。空も視界に入っていたはずだが既読スルーされた。


「こんにちは。クウカさん。あの日、ライブに来てくれてありがとう」

「ハイ!アリガトウゴザイマス!」

「お姉ちゃん・・・」


クウカは緊張しすぎてカタコトになってるし、ありがとうをありがとうで返していた。


「ねぇクウカさん、そんなに緊張しないで。こっちも緊張しちゃうから・・・ね?」

「は・・・はい・・・。私、本当に昔から大好きで・・・」


風花は嬉しそうに目を細める。こうしてファンの人と交流できるのも生ライブをしたからこそ。自分のファンを大事にしたいと思った。


「クウカさん、一つ聞いてもいいかな?ハーヴェスタムーンの中でどの曲が一番好き?」

「(これは・・・God Question!!(神の質問)、この返答次第で結果が変わる・・・!)」


クウカは目の前の詩亜に自分の想いをぶつけようと思った。クウカが出した答えは・・・


「Symphonic Overlayシンフォニックオーバーレイです!」

「(ファーストアルバムの8トラック目!今ではプレミアがつきすぎてもはや貯金崩壊の品だぞ?!)」


クウカはそう告げた。彰人は誰に対してだかわからないが、心の中でアルバムがスゴイタカイ物だということを説明していた。

それはハーヴェスタムーンがまだ無名だった時代に作られたアルバムである。


風花は小さい頃から音楽と共にあった。お父さんがギターの弾き語りをしてくれるのをよく聞いていて、自分の中には音楽が身近にあった。そしてお父さんとの大切な思い出でもある。

ファーストアルバムである「symmetricalシンメトリカル」で自分が小さい頃から書き綴っていた詩を歌にして曲にしたのだ。



空は乙女色した日和の視線から彰人を守りつつ聞いた。


「彰人・・・これはいったい?」

「ああ、これは風花自身の口から聞いたほうがいいと思う。風花ってすごいんだ」

「むー・・・」


彰人と風花しか知らないという部分に若干の不満を感じつつも、風花”も”何かしらの活動をしていることに親近感を覚えた。自分の場合はVTuberという活動で、ネットで少しは知られているかなと思っていた。

当初のVTuber虚空さんの活動は”学校以外で話せる友達を作る”ということが最重要課題に掲げられていた。だが、今は違う。


「(確かに有名になりたいっていう思いは今でもある。けど今は彰人にほめてほしい・・・)」


空の中での優先順位が変わりつつあった。人は誰でも承認欲求を満たそうと行動を起こす。

VTuberを始めたときは”不特定多数のみんな”に認められたいという思いが強かった。

でも今は彰人と一緒に配信するのが好きで、その時間がずっと続けばいいと思い始めていた。


風花はクウカの言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。

そして風花は口を開く・・・。

クウカにとってその時間は、全問正解すると1000万円もらえるクイズ番組の司会者の溜めくらい長く感じた。

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