決戦前夜
明日のカラオケには空、彩香、風花、凛の4人と彰人と浅村のメンバーで行くことになった。女性陣は全員が歌が上手い(と彰人が思っている)メンツだ。
空と知り合ってから女性と遊びに行くことが増えたと彰人は思った。
みんな魅力的な女の子だし、なんだか非日常を生きているとさえ思うくらいだった。
17時からおまえたちの夜の配信を始めて、現在は21時を少し過ぎたくらい。
すると空の部屋のドアがノックされる音が響いた。みなもが様子を見に来たようだ。
「空ちゃんと彰人くん、もう終わったでしょ?お母さんこんなに長いと思ってなくてびっくりしちゃった」
「あ、お母さん!明日ね、みんなでカラオケに行くことになったんだよ!」
「あらあら!私も空ちゃんの歌声聞きたいな。みんなで遊びに行くっていいわねぇ・・・」
みなもは”みんなで遊びに行く”の部分で感慨深い表情を見せた。
3か月の前の空には考えられないことだった。これは彰人が空を変えてくれたおかげだった。
やはり彰人は空にとってのかけがえのない人だと思った。そして目には涙が溜まっていった。みなもは涙もろいのだ。
そんなみなもを見ていた彰人は思わず声をかける。
「み、みなもさん?どうしたんですか?!」
「・・・ううん、なんでもないわ」
みなもは涙がこぼれないよう努めた。
彰人はみなもにも空が歌ってるところを見せたいと思った。
「そうだ!俺が空の歌ってるところを動画に撮ってくればいいんじゃないですか?そうすればみなもさんも見れるし」
「え”っ!だだだダメです!録画なんてしちゃダメなんです!STOP!動画泥棒ですよ!」
空は焦った。歌うことは好きになったが、それはあくまでも一人で歌っているときであって、人前で歌うということではない。
そうして焦る空を見てみなもが一言。
「彰人くん、空ちゃんがああ言ってるから・・・」
彰人の耳元に顔を近づけささやいた。
「こっそり撮ってきてね」
「は・・・はい・・・」
みなもはひいき目に見ても美人だ。そんな女性から耳元に囁かれた彰人は大いに焦った。人気声優によるASMRもすごいが、やはりリアルは格が違った。
吐息が耳にかかり、彰人は思わず俯いてしまった。それを見た空は激昂する。
「あ”ーっ!なんて言ったんですか!実の娘の前でないしょ話なんて・・・!彰人もまんざらでもないって表情だし!もう怒りましたよプンスカポン!」
「ふふっ、内緒だよねー彰人くん?」
「え、えーと・・・はい・・・」
「ヽ(`Д´)ノウワァン!」
母親のまさかの裏切りによって、空の精神面はダークサイドに堕ちそうになっていった。配信で闇堕ちしてるというコメントがあったが、その可能性は無きにしも非ずだった。
「よし、私も明日のカラオケ楽しみになっちゃったな。とりあえずご飯作ったから食べましょう。さぁさぁ空ちゃんも早く」
そう言ってみなもは階段を降りていった。
二人もそれに続く。
「うー・・・お母さんも彰人のことが好きだからな・・・」
思わずボソッと愚痴がこぼれた。
明日のカラオケでも仲間を集めて彰人を彩香から守ってもらうつもりが、隙(好き)を見せたら彰人が取られてしまうんじゃないかと危惧していた。
空は真剣に悩んでいた。そんな空の様子を見て彰人が慌ててフォローに入る。
「空?さっきのはなんというかみなもさんのお願いだよ?だから・・・」
「彰人・・・大切なことを言いますね」
空の表情は真剣そのものだった。彰人は思わず唾をのみ空の言葉を待った。
「人類の本当の敵は人類なんです!」
「は?」
なんだか壮大なアメリカの映画みたいなことを言い出した。
空は続ける。
「未知のウイルスでも、謎の生命体でも、AIの暴走でもなく・・・人こそが最大の敵なんです!」
「えーっと?」
「彰人はモテすぎなんです!彩香もだし!風花もだし!朱里ちゃんもだし!凛さんも多分そうだし・・・お母さんまで・・・」
「ちょっとまて、いろいろとおかしいぞ?!彩香と風花はわかるけど、五所川原とみなもさんは違うだろ?!」
「わかってるところが複雑な心境です!朱里ちゃんもよく彰人の話するし・・・お母さんも視線が熱っぽいし・・・」
先に1階にいたみなもが空の発言に反応する。
「ふふっ、私も彰人くんのことが空ちゃんと同じくらい大好きよ」
「えっ!いや・・・その・・・」
突然の告白により彰人は顔が熱くなっていくのを感じた。
”空ちゃんと同じ”とは娘を思う母親の気持ちなのか、空が彰人を好きだと思っているのと同じくらい好きという意味なのか、それはみなもにしかわからなかった。
「うがー!この世界は敵だらけです!もはや安全な場所などどこにもなぁい!」
「だからね、空ちゃんも頑張らなきゃダメよ?彰人くんはそれくらい魅力的な男性ってことなんだから」
ひと悶着ありながらもリビングで3人は夕食を取った。
空はなんだかんだ言いつつ明日を楽しみにしているようだ。
みなもによるとウェイクミーランドに行く前日もこんな感じだったらしい。
彰人はみんなで遊ぶということがやはり嬉しいんだろうなと思った。
食事を終えて空の部屋に戻ってきた。
空はなんだかもじもじしている。彰人はどうしたのかと思っていたものの、何か言いにくいことかなと思って黙っていた。
ロールケーキを買うときに自動販売機で買ったいろりはす(清涼飲料水)を口に含みつつ、空の部屋にあった本を読んでいた。
やがて空が静かに口を開いた。
「彰人・・・今日は一緒にお風呂に入りませんか・・・?」
「ご、ごほっごほっ!ばっ・・・空、何を言って・・・」
「好敵手<ライバル>達は強力強大です。ここは私の家にいるというアドバンテージを最大限生かして行動するしかありません。先手必勝!電光石火です!」
「・・・あのなぁ空、一緒に入るってことはその、つまり、服を着ていないってことでだな・・・」
「そう・・・画面の9割が肌色に染まる・・・」
「ここは現実でエロゲーの世界じゃないだろ!」
彰人は天を仰いだ。確かにエロゲーなら呼吸をするように一緒にお風呂に入ってしまう作品がゴロゴロある。
でもそれは”エロゲー”だからだし、その後の二人はイチャコラするのが約束されている。
さすがの彰人でも女の子の裸を見てなんの反応も示さないなんてことは不可能だった。
「私はその・・・彰人になら見られてもいい・・・かな」
「俺は空のことを大事にしたいと思っているし、その・・・魅力的な女の子だと思っている。だからこそ、軽はずみな行動はしたくないんだ」
大事にしたい、魅力的な女の子・・・空は胸が熱くなるのを感じた。
「!!・・・わかりました。今回は諦めます。でもいつか一緒に入りましょうね!」
「正式にお付き合いしたら・・・まぁ・・・その・・・」
彰人はごにょごにょと言葉を濁した。
すると彰人のスマホがLINEの着信を知らせた。相手は渡来だった。
渡来「夜分遅くにすまないね、私だ。すぐに返事を送りたかったのだが急な出張もあってまともにLINEを確認する暇もなかったよ。元気かね?今日のゲーム配信は後半のみだが視聴させてもらった。いや、重厚なシナリオだった。私はゲームを一切しないから新鮮だったよ」
「誰から?」
空がLINEの着信に反応して尋ねる。彰人のことだし女の子の線も否定できない。気になって仕方がなかった。
「ああ、渡来さんからだよ。以前に朧月の件で相談してたりしてたんだけど忙しかったみたいだ。今日の配信を見ていたみたいだよ」
「え!渡来さんが見てたんですか?コメントくれればよかったのに~」
「空からもLINEしてあげると渡来さん喜ぶんじゃないかな」
「はーい!あとで渡来さんにLINEします!」
彰人「お久しぶりです渡来さん。相談の件は今のところ落ち着いてます。今日は空の家で一緒に配信を見守っていました。ネタバレもなく、無事にクリアできてよかったです。渡来さんも体調などはいかがですか?忙しいみたいですけど無理しないでくださいね」
渡来「ありがとう。私はこれでも頑丈にできているからね、なに心配はいらないさ。明日時間が合えば一緒に食事でもどうかね?久しぶりに話をしたい。もちろん空君も一緒にだ」
明日はみんなとカラオケだ。渡来の休みとはおそらく貴重なものなのだろう。彰人も渡来に会いたいと思っていた。
彰人「明日はみんなでカラオケに行くことになってるのですが、終わった後に空と俺と渡来さんで食事に行くのはどうでしょうか?」
渡来「ふむ。カラオケか。若いうちは青春を謳歌したまえ。私も夜のほうが都合がいい。それではカラオケが終わりそうな頃に連絡をくれないか?合流して食事に行こう」
彰人「わかりました。明日会えるのを楽しみにしてます」
空は彰人の隣に座り、一緒にトーク画面を見ていた。
渡来に会うのも久しぶりだ。空も嬉しそうだった。
「じゃあ明日、渡来さんに会えるんですね!いっぱい話したいことがあります!」
「そうだな。あんまりカラオケでポテトとか食べないようにしておこう」
そうしているうちにお風呂が沸く時間になった。
彰人が一番最初に入ることになっている。
リビングにいるみなもに声をかけ、以前泊まった時に借りたスウェットを受け取って脱衣所に向かう。
洗面台を見るとピンクの歯ブラシの端に「彰人くん」というタグがついているのを見つけて照れてしまう。また泊りに来るということをみなもは知っていたようだった。
2人ともお風呂を終えて部屋に戻った。
前回同様、ベッドに寝るように誘導された。断ることもなく隣に寝そべる。
空は嬉しそうだった。
「彰人は優しいです。だからみんなに好かれるんだと思うけど、ちょっと優しすぎます」
「・・・俺の半分はやさしさでできてるんだよ」
彰人は照れ隠しの意味を込めて有名な頭痛に効く薬の宣伝文句を言ってみた。
「半分じゃなくて9割くらいやさしさです・・・」
「じゃあ残り1割は?」
「希望・・・かな」
「パンドラの箱かよ」
パンドラの箱にはあらゆる災いが入っていたが、最後には”希望”があったというギリシア神話の有名なエピソードである。
「彰人は私にとっての希望の光なんです。こんなに毎日が充実しているのは誰でもない彰人のおかげだから」
「彩香もだろ?」
「むー・・・こんな時に他の女の子の名前を出さないで」
「でも俺だけの力じゃないんだ。それは空もわかるだろ?」
「・・・はい。彩香にも朱里ちゃんにも風花にも感謝してます。私、今とっても幸せだから」
そう言って隣にいる彰人の服の裾をつかむ。
彰人は初めて虚空さんに出会ったことを思い出していた。
あの時、手代木花が配信を中止しなかったら、虚空さんが配信一覧になくて目につかなかったら、空と出会えてなかっただろう。
彰人はセレンディピティ(思いもよらなかった偶然がもたらす幸運)ってあるんだなと思った。
そうして二人はゆっくりと眠りに落ちて行った。




