ラスボスに挑む前の下準備
去っていく車の音が妙に気になったが、問題はそれどころではなかった。
とりあえず今日は泊まらずに帰ろう。また明日会える、そう言えば納得してくれるんじゃないか・・・そう彰人が言葉を発しようとしたところに空が思いつめたような顔で言った。
「・・・最近カラオケに行ってなかった・・・このままでは彩香に負けてしまうかも・・・」
「前はカラオケによく行ってたのか?」
「はい!日中は料金がお得なんです!フリータイムにしておけばとりあえず5時間くらいは粘れるし」
「・・・もしかして学校に行くふりをして行ってた、じゃないよな?」
そう指摘された空の目が泳ぎだした。空は嘘がつけないのだ。
「で、でも!今はちゃんと学校に行ってますし!」
「おそらく空が学校に行ってないこともみなもさんは知ってたと思うな」
「うう・・・」
学校に行きたくない。でも母親に心配をかけさせたくない・・・だから学校に行くふりをしてカラオケボックスに入り浸っていたんだろう。
初めて会った時にマグダナルダで陽キャグループを避けていたのも「学校に行くふりをして時間を潰すため」にずっとマグダナルダ店内にいたのかもしれない。
時間をつぶせるところで思いつくのはファストフード店、喫茶店、ネットカフェ、書店、そしてカラオケボックスといった具合だ。
「カラオケボックスで時間を潰しているうちに歌が上手くなったってこと?」
「だってだって!歌わなきゃもったいないし・・・」
「・・・まぁ確かに」
理由がどうであれ、キッチリ料金は取られる。だったらカラオケを楽しんだほうがいい。その点について否定するつもりはなかった。
「じゃあ空の歌う姿を楽しみにしてるよ。なんか彩香も自信満々だったし」
「ハッ!自分の歌が人に聞かれてしまうということ・・・!」
「カラオケってそういうもんじゃない?」
「彰人!それは友達がいる前提の話なんです!ヒトカラ勢は自分が歌手であり、観客なんです!」
「・・・まぁそれは置いといて、今日は帰るよ。また明日会えるから」
「だ・め・で・す!これから彰人は私と明日の作戦会議をするんですから!」
彰人はため息をついた。おそらく空は明日のことで頭がいっぱいんだろう。
でも明日を迎えるためには今日をやり過ごさないといけない。
それはまた一緒に二人で夜を迎えるという意味を示していた。
「あの・・・私と一緒は嫌ですか・・・?」
空は今にも泣きそうな表情を浮かべた。確かに抱きつかれてもCoolな振る舞いをしていた。でもそれは・・・
「・・・嫌じゃないから困ってるんだよ」
「えー?よく聞こえませんでしたー」
「・・・まったく」
さっきまでの表情はなんだったのか。とても嬉しそうにはにかむ空。
なんだか空には勝てないような気さえしていた。
それでも空の悲しそうな顔は見たくない。今日も泊まるしかなさそうだった。
とりあえず男一人では分が悪い。悟と浅村に連絡を取ることにした。
二人にLINEを送って返事を待つ。すると悟からすぐに返信が来た。
悟「すまん。明日はお台場でなんかイベントがあるとかで強制連行だ。これだけで伝わるだろ?」
彰人「可憐さんだな。学校で話を聞かせてくれ」
悟「おそらくずっと愚痴だと思うぜ・・・」
悟もいろいろと大変そうだった。そうなると浅村しかいない。
あまり休日に浅村とつるむ機会がない。休みの日はどう過ごしているのだろうか。
LINEには「彩香も来る」ということをあらかじめ言っておいた。お互いにLINEを交換しているし、彩香からすでに誘われているかもしれない。
そんなことを考えているうちに浅村から返信が来た。
浅村「俺も行ってもいいのか?」
この文章からすると彩香は浅村に言ってはいないようだ。
どこか浅村に壁を作っているように思えた。二人には仲良くなってほしい。
彰人「頼む!用事がないなら!いや、例え用事があっても来てくれ!」
浅村「わかった。俺も正直行きたいしな。場所はもう決まっているのか?」
彰人「それは彩香から追って連絡があるみたいなんだ。また連絡する」
彰人はとりあえず浅村が来てくれることが決まって安心していた。
部屋で空と二人でスマホを操作していた。
空は朱里に電話しているようだった。スマホは先ほどのスピーカー通話のまま、彰人にも聞こえるようになっていた。
「・・・空?どうしたの」
「朱里ちゃん!明日は私のためにすべての予定をキャンセルしてください!」
なんだか朱里に覇気がない。いったいどうしたのかと思いあぐねていると朱里が静かに語り始めた。
「ごめんね空。明日はどうしても行けなくて・・・」
「そ、そんな・・・」
「その・・・お兄ちゃんが交通事故にあっちゃってね・・・」
「ええっ?朱里ちゃんにお兄さんがいたんですか?!だ、大丈夫なんですか?!」
彩香の「お兄ちゃんが交通事故にあって・・・」を思い出していた。
確かにカラオケどころの話ではない。これまでにない重大な用事だった。
「そっか、話してなかったっけ。3つ上の兄がいるんだけどね、歩行者信号が青だったのに信号無視してきた車に轢かれちゃって」
思わず彰人も会話に参加した。車に轢かれるなんてことは生きていて滅多に経験するものじゃない。
「お兄さんの容体は?」
「あれ、天河いるじゃん。うちのダメ兄貴はタフなのが取柄でさ、轢かれたあとに受け身を取ってダウン追い打ちは回避したみたい」
「ダウン追い打ちって・・・」
朱里も格闘ゲームに理解がある女子なのだろうか。
女子に格ゲーの難しいコンボをやっているところを見せても「何が起こっているのか全然わからない」と言われるのが関の山だ。格ゲーを理解してくれる女子というのは貴重な存在なのだ。
実際問題、空はダウン追い打ちと聞いて「?」という表情をしていた。
「じゃあお兄さんは怪我はしてないのか?」
「なんかねー、サイドミラーと接触して吹っ飛んだらしいのよ。だからせいぜい打撲程度だとは思うんだけど救急車で病院に担ぎこまれてさ・・・明日は病院に行くから。っていうかあたし要らなくない?」
「朱里ちゃん!要らなくなくないです!彰人を彩香から守ってもらわないといけないのに・・・」
「彩香・・・あの子ね。好敵手<ライバル>なんでしょ?あんたが自分でなんとかしなさい。あたしに頼ってるままじゃ負け確よ?」
「うう・・・わかりました・・・お兄さんによろしくお伝えください」
「はいはい。じゃあね。天河も流されるんじゃないわよ?」
「あ、ああ・・・」
そうして朱里との通話を終了した。空は焦っていた。このままでは・・・
「私のターン!風花を召喚してターンエンドです!」
「風花なら確かに歌唱力は抜群だろうな」
なんといってもハーヴェスタムーンのボーカルだ。そして彰人は月の民である。
風花が来てくれればハーヴェスタムーンの曲も歌ってくれるかもしれない。
「・・・どうして風花の歌が上手いってわかるんですか?」
「えっ・・・いやその」
空は笑っていたが目の奥には闇の炎が灯されていた。
風花は空にカミングアウトしている様子はない。こういうことはなるべく本人から伝えるべきだろう。
「その、空と五所川原が放課後話をしたときに空き教室でとある同人サークルの話になってさ。風花も好きだって言ってたし多分上手いんじゃないかと・・・」
「さっきは自信満々でしたけど?」
「とにかく!風花の歌ってる姿を見ればわかるだろ。とりあえず誘ってみよう」
「はぁーい・・・」
空は風花にLINEを送り始めた。彰人は考える。ボーカルを勤めているだけあって、休日に作詞したりしてるのかなとか妄想が膨らんだ。
「朱里ちゃんにはああ言われましたが、私一人では無力です。誰かいませんか?女性で歌が上手くて彩香を止められるポテンシャルの持ち主がいいです!」
「うーん・・・女性で歌が上手い・・・凛さんかなぁ」
「何をされてる方ですか?!」
「バイト先の先輩で、声優を目指して頑張っている人だよ。ボーカルレッスンもしてると思うし、歌は上手いと思う。あと一応大人だし」
空は「大人」の単語に反応した。大人の女性なら学生である自分たちにはない闘気<オーラ>があるのではないかと。それなら彩香を止められるかもしれない。
「凛さんも誘いましょう!さぁ今すぐに!」
「う、うん。あんまり休日に連絡したりしないから期待はしないでね」
「それを聞いて安心しました!」
彰人はLINEのトーク画面から北条凛をタップして文字を打ち込んでいく。
しばらくして凛から返事が来た。
凛「彰人くんとカラオケ?行く行く!」
彰人「ありがとうございます。それじゃあ詳細はまたLINEしますね」
凛「うん!明日何着てほしいかな?」
彰人「えっ、普通の服装でいいのでは?」
凛「えー?だって彰人くんと一緒だよ?ご希望には答えるよ~」
彰人はどう返信しようか悩んでいた。するとその様子を見た空がスマホを奪った。
そしてそのまま凛に向けてメッセージを送りはじめた。
彰人「一番いいのを頼む」
「ちょ・・・空!」
「ふんだ。ただのバイト先の先輩って言ってたのに」
空はぷりぷりと怒っていた。確かにこれではまるでデートに誘ったかのようなやりとりだった。
凛「りょーかい!一番いいやつ着ていくね!」
「あああ・・・」
変なメッセージを送って幻滅させようとしたはずが3秒で了承されてしまった。
有名な泣きゲーのヒロインのお母さんくらいの了承の速さだった。
そうして部屋の中心で_| ̄|○←こんな感じになっていた空のスマホに風花から返事が来た。
風花「みんなでカラオケ?彰人も来るなら行くわ」
「・・・」
風花が来てくれるので本来なら喜ぶべきなのだが「彰人も来るなら」の一言で心中複雑な空であった。




