相対する二人
配信を終了したのを確認してから彰人が声をかけた。
「お疲れ様。無事に智くんを救えたね」
「はい!・・・でも彰人はおまえたちの夜の結末を知っていたんですか?」
「・・・ネットの掲示板でだいたいのあらすじを知っていただけで、ちゃんとプレイしたことはなかったんだ。だからこんなにシナリオが重いとは思ってなかったよ」
空は彰人の言葉を聞いて静かに口を開いた。
「私はシナリオが重いだなんて思ってません。一ノ瀬さんは親友のために・・・そして篠原さんは自分の正義のためにあのペンションに行ったんです。誰かのためにそこまでできるなんて、それはとっても素敵なことだと思いませんか?」
「・・・そうだな。確かに自分を犠牲にしてまでも守ろうとする信念が二人にはあったんだ。簡単に真似できるようなことじゃない」
「ふふっ、自分を犠牲にしてまで私を救ってくれた人がいるじゃないですか」
そう言って空は彰人に向かって微笑んだ。その笑顔にどきりとしてしまう。
最近どうも空を強く女性として意識してしまっている自分がいた。
今日は泊まらずに帰らないとまずい・・・そう思って言葉を発しようとした。
空はまっすぐに彰人のほうへ近づいてきて、そのまま抱きついてきた。
「今日は泊まっていってください・・・一人はちょっと怖いから・・・」
「今日”も”だろ?!まずいって!いや何がまずいのかというと・・・」
そうしている時に空のスマホが着信を知らせた。空が彰人から離れる様子はない。
「空・・・ほら電話鳴ってるぞ?五所川原じゃないか?」
「朱里ちゃんなら”そんな場面だったら出なくていい”って言ってくれます」
抱きついて顔をうずめたまま、もごもごと話す空。胸元あたりに温かい吐息が当たってしまいドギマギしてしまう。
その状態のまま3分が過ぎた。だがスマホが鳴りやむことはない。
ほとんどの人は10コール(時間にしておよそ40秒)以内でつながらなければ切ってしまうのだが、電話をかけてきた相手はそうではなかった。
「空・・・もしかしたらとっても重要なことを伝えたいんじゃないか?電話に出たほうがいいと思う」
「うー・・・わかりました・・・」
空は渋々と彰人から離れスマホの画面を確認する。すると相手は彩香だった。
彩香は大切な親友だ。彰人の言う通り、大事な用件かもしれない。
「もしもし・・・ごめんね、ちょっと・・・」
「あーもう!さっさと電話に出なさい!あんたほんといい加減にしなさいよ!」
「え、ええっ?どうしてそんなに怒ってるの?すぐ出られなかったのは謝るけど・・・」
あまりの気迫にスマホを顔から離してしまう。彰人はその声から相手が彩香だとわかった。
「空?あんた今、彰人と一緒にいるでしょ。言ったよね?私だって一緒にいたいんだって」
「え・・・えーっと・・・彩香が何を言っているのかワカラナイヨ?」
「あんたねぇ・・・嘘をつくならもっとちゃんと嘘をつきなさい。中途半端な嘘は相手を傷つけるだけだからね?」
こんな態度では一緒にいることを肯定しているようなものだ。空は嘘がつけない性格だった。
「・・・今一緒にいます。でもでも!何もして・・・ない・・・」
「ほんとうに?」
「ごめんなさい。さっきまで抱きついてました」
彩香は盛大にため息をついた。自分が電話しなかったらどこまで行っていただろうか。自分から勝負を仕掛けているものの、だいぶ戦況は不利になっていた。
「空、スマホをスピーカーモードにしなさい。彰人にも聞こえるように」
「・・・はい」
言われた通りにスマホを耳から離し、画面を操作してスピーカー通話にする。
彰人も覚悟を決めた。これは言い逃れができないだろう。
「あーきーとー?そこにいるよね?いいなぁ、私も彰人と抱き合ったりしたいなー」
「彩香・・・その、今日は空の家にお呼ばれしてパソコンの設定を見たりしてて・・・」
「ふーん・・・空もパソコン持ってるんだー。私も持ってるから彰人に来てほしいなー。私のすごいんだよ?”動画配信とかしても”全然平気なやつだし」
「お、おう・・・」
なぜか”動画配信”の部分にトゲがあるような言い方だった。
彩香には空が”VTuber虚空さん”であることは話していなかった。別に隠しているわけではなく、きっかけがなかっただけだ。空も自分から伝えていないみたいだし、彰人から話すのも違うと思い言わなかった。
だけど、彩香に隠し事をしているようで後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
「彰人、あたしにもかまって。空ばっかり本当にずるい」
彩香は子供が駄々をこねるように言った。その声音はまるで手代木花を彷彿させた。
彼女が”あざとさ”を発揮するときの声にそっくりだった。
だが彰人はそんなことを考えている余裕はなかった。彩香に感謝を伝えたいのに、力になりたいと思っているのに悪いことをしているような気分になっていた。
「きーめた!明日はあたしとデートね!これ決定事項だから」
「え”っ?ダメです!彩香と二人っきりなんて危険すぐる!」
空は焦って口がまごついてしまった。彰人に抱きついたのをあんなに怒っていたし、そもそも一番最初に彰人と抱き合った相手は彩香なのだ。
それに彩香はなんかもうエロかった。彰人は強くお願いしたら断れない性格なことを空自身が一番よく知っていた。
「うーん・・・どこか個室がいいなー」
「こ、個室ゥ?!あああ彩香!絶対に二人っきりにはさせません!」
空は鼻をふんすーと鳴らして抗議した。徹底抗戦の構えだ。
彩香は意外にもあっさりと了承した。
「いいよ。空も来なさい。あたしが圧倒的な存在だということを思い知らせてあげるから。でもね・・・」
「でも・・・?」
彩香は急に声のトーンを落としながら話始める。空にはそれが怖かった。
「・・・空のお兄ちゃんが交通事故にあっちゃってね、それで急に帰らなくちゃいけなくなって・・・」
「私は一人っ子で人生ソロプレイヤーです!勝手にお兄ちゃんを作らないで!」
「あんたがやってるゲームには”血のつながらない架空の妹”がじゃんじゃん出てくるでしょ?だから別にいいじゃん」
「な・に・が、いいんですかー!でも・・・彰人みたいなお兄ちゃんなら欲しいかも・・・」
「・・・俺がお兄ちゃんだとすると恋愛とかできないんじゃないか?」
「大丈夫です!実妹と付き合ってしまう作品はゴロゴロあります!」
「・・・あのねぇ空?そういう作品は最終話が終わってから大炎上してるでしょ?基本的にギルティだからね?」
彰人は手で顔を覆った。確かに”実の兄妹”という間柄での恋愛は御法度だと彰人も思っている。「姉や妹がいたらなぁ・・・」という妄想は現実にいないからできるのであって、実際にいたらとてもそんな気持ちにはならないだろう。
「そうだ!カラオケボックスにしよー!決まりね!」
「うう・・・完全なる個室!危険が危ない!」
「私は彰人と二人っきりになりたいのにな~」
「二人っきりになってどうするつもりなの?!」
「えー?カラオケボックスで二人っきりになったらやることって決まってるじゃん」
空の顔から表情が消えていく。そう、それはスマホでめっちゃコミックを読んでいた時に見たことのある広告のフレーズ・・・
「カラオケボックスに二人きり・・・何も起こらないはずがなく・・・」
彰人は顔が真っ赤になっていた。彩香と抱き合ったことは今でも鮮明に覚えているので恥ずかしさがこみ上げてくる。
「ないない!ないって!っていうかカラオケボックスには監視カメラがあるからね?」
「え”っ?歌ってるとこ見られてるんですかー?!」
「うーん・・・音声までは録音してないんじゃないかな・・・」
「っていうか彰人くんは何を想像したのかな~?」
彩香がなんだかうれしそうだ。
空は焦る。顔を赤くして俯いている彰人は間違いなくピンク色の妄想をしているのだと確信した。これはエロゲーマーとして誇り。”橘 空の直観”である。
「そうだ!みんなでカラオケに行きましょう!ねっ?ウェイクミーランドの時みたいに・・・そうすれば彩香だって変なことできな・・・ゲフンゲフン」
彩香はため息をついた。ダメだと言っても無理やりついてくるだろう。
空はふにゃふにゃしているようで芯は強い女の子だとマグダナルダでの会話で知っていた。
「まーいっか。でもいいのかなぁ・・・あたし歌唱力には自信があるんだけど?空ちゃんは確かに声優みたいな声だけどちゃんと歌えるのかなぁ?」
「わ、私だって歌には結構自信あるもん!彩香には負けないから!」
二人は戦いの様相を示していた。彰人は二人が恋愛協定を結んでいることを知らない。いつも二人は”どちらが上か”を競っているように思えた。
「えーっと、とりあえず明日カラオケってことで・・・」
彰人が断る隙はまったくなかった。二人をなだめて落ち着かせるのが精一杯だった。
「うん!じゃあ詳細はLINEするね!彰人愛してる!」
「あ、ありがとう・・・」
「むー!私が抱きついたってそんな顔しなかったのに!」
「いや・・・それは・・・」
彰人だって我慢しているのだ。もし許してしまったら、そのままズルズルといってしまいそうな気がしてならなかった。
「じゃあ、また明日ね・・・」
そう言って彩香はスマホの通話を終了した。
空と彰人の二人と話しているときは現実の嫌なことが少しだけ忘れられる感じがした。
自分は二人のことが好きなのかもしれない。でも、二人は自分のことをどう思っているのだろうか?
彩香は”想いが一方通行”だということを知っている。お互いが想い合うだなんてことはドラマやライトノベルの世界だと、彩香はそう思っていた。
だから二人が惹き合っている様子を黙って見ているわけにはいかなかった。
それは自分を否定するような気がしたからだ。
「(あたしはあたしを否定しない)」
明日、彰人に会える。それだけで他のことはどうでもよかった。
「もういいんだな?行くぞ」
「うん。いつもごめんね」
ハンドルを握る瀬良は”ごめんね”の言葉に面喰ってしまう。
彼が強く注意しても我を曲げないのが彩香という女の子だ。
そんな彼女からの謝罪の言葉が瀬良にとっては恐怖だった。
もう誰も失うわけにはいかない。
「・・・帰ったら好きなものを作ってやる。今のうちに考えておけよ」
「えーどうしたの急に?彰人に嫉妬しちゃった?」
そんなことを言う彩香は”いつも通り”だった。気のせい・・・いや・・・
「お前なんぞ天河彰人にくれてやるよ。それが今のお前の望みだろ?」
「素直じゃないなぁ」
彩香はそう言って笑った。
瀬良と彩香が乗った車は閑静な住宅街には不釣り合いなエンジン音を立ててその場を離れた。
彰人は空の部屋の外からあまり馴染みのない音を聞いて、なんとなくそれが気になるのだった。




