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詩亜の気持ち

ハーヴェスタムーンのライブ当日になった。その日の朝から彰人は興奮を抑えられなかった。学校に行っても興奮は冷めやらぬまま、悟、浅村と話す。




「えーっと、ハーヴェスタムーンっていうサークルのライブがあるんだっけ?」


「ああ、今日初めて詩亜がみんなの前で歌うんだ。今までずっと素性を隠してきたんだよ。今日どんな人か知ることができるんだ!」


「天河が珍しく興奮してるな」





悟の問いに対して彰人は答える。浅村も彰人のいつもと違うのを見て苦笑していた。


今日のライブは19時からライブハウスで行われる。バイトのシフトも今日はない。


窓側にいる風花と柚は盛り上がっている男子3人(主に彰人)を見ていた。




「良かったね風花。告っちゃえば~?」


「えっ、そ、それは・・・」


「天河くん、ニブチンだからハッキリ言わないと伝わらないよ~?」


「う、確かに・・・」




柚はからかいつつも、本心を言っていた。親友の恋路を昔から見ている。


現状では空が有利に見える。でも、ちゃんと伝えればわかってくれるかもしれない。親友の悲しむ顔は見たくないし・・・。




「うん。ちゃんと向かい合って話してみる!そのために特別なチケット送ったんだから!」


「お、やる気?応援してんだからさ。頑張りなよ」


「うん。ありがと」




風花は気持ちを固めた。今日のライブで天河くんに告白する。例え結果がどうなろうとも、後悔はない。付き合うだけが男女の関係ではないのだから。




そして学校が終わり、彰人は一度家に帰り身支度をしてから行こうと思った。詩亜と会うのだ。憧れの女性の前でだらしない恰好などできないだろう。


早めに会場まで行って時間を潰すことにした。遅れるよりは大分マシだろう。




すると、チケットの席ごとにグループができていた。みんなは電子チケットで処理を行っていた。だが彰人は風花にもらった紙のチケットだ。チケットカウンターに向かう。そして自分がどの席に属するのか聞くことにした。




「チケット見せてもらっていいですかー?」


「あ、はい。これなんですけど」


「・・・え”っ?」「どうしたの?・・・え”」


カウンターの女性スタッフ2人が顔を見合す。




「えっと・・・なにかまずかったでしょうか・・・?」




彰人は不安になった。でも風花がくれた大切なものに違いはない。彼女が間違えているとは思えなかった。


するとスタッフの女性が「ちょっとお待ちくださいね~」と言って奥へ消えていった。もう一人のスタッフが彰人に声をかける。




「ね、君どこの学校なの?」


「都内の高校です」


「あー・・・はいはいはい、わかりました。風花ちゃんからもらったのね」


「えっと、そうなんです!一条さんにもらって」


「大丈夫よ。ちゃんと見れるから。一番いいとこで、ね」


「一番いいとこですか?」




そうするとそのまま会場内に案内される。そこはステージの真ん前。その距離は1mもない。目と鼻の先に詩亜が立つのだ。ここって”SS席”というやつでは?


風花にはとんでもないチケットも貰ってしまった。お返しはどうしようと考えていたところ・・・そのSS席の枠内に居た人たちに囲まれた。




「よう。若いようだけど君も”選ばれし月の民”のようだな」




ハーヴェスタムーンのファンは”月の民”と呼ばれている。


それは超大手ファンサイト「月面大脱兎戯画大戦」というところが始まりと言われている。




「この席取るの苦労したよねぇ。ほんと瞬殺だったから」


「我々は詩亜嬢の声色をきちんと聴いて記録に残さねばならない。そのためにはこの程度のこともできないようでは役不足」


「えっと・・・みなさんもこの日のために?」




「あたりめーよ。あの“詩亜”が表に出るなんてこれが初めてだぜ?来るしかないだろ。ああ、俺の名前はじょうだ。よろしくな」


「私は美智留みちるっていうの。長身でイケメンとかぁ。ね?この後時間ある?おねーさんとどっか行こうよ!」


「わたしはクウカという。神にも等しい詩亜嬢がこの地上に降臨するなんて滅多にない。この時代に生まれてよかった。我々は運命共同体」


「城さん、美智留さん、クウカさん・・・天河 彰人と言います。よろしくお願いします。今日はぞんぶんに楽しみましょう!」




「あ、そうだ。LINE交換しとかない?物販でさ、会場限定アルバムあるんだけど、人海戦術で行こうよ!」




美智留は名案だとばかりに提案する。それにうなずき城も賛成する。


そしてみんなでQRコードを表示し交換しあった。そして慣れた手つきでLINEグループを作成する「月の使者」というグループ名だ。




城「おし、みんな集まったな。あらかじめ欲しいグッズ書いとこうぜ」


美智留「そうね。とりあえず会場限定アルバム!これは絶対だから」


クウカ「・・・うん。私はアルバムだけでいい」


彰人「俺もアルバムだけでいいかな。ほんとはもっと欲しいけど、すごい人だし」


城「まったくだな・・・。おし、とりあえず会場限定アルバムに絞ろう。他は状況次第でってことで」




SS席の中でも友達ができた。一緒にハーヴェスタムーンのことを語れる同士ができたのだ。さすが人気同人サークル。みんないい人そうだ。




やがて19時5分前になり、会場は満員となっていた。SS席は他の席よりだいぶ余裕がある。次第に歓声も聞こえるようになってきた。もう詩亜も裏でスタンバイしてるはずだ。




「いよいよですね・・・!」




彰人は胸の高鳴りを抑えられない。クウカもコクリとうなずく。




「それではこれからハーヴェスタムーン、限定ライブを行います」




ウオオオオオオ!という歓声が聞こえてきた。遂に詩亜が姿を現すのだ。


一人の少女がステージに登場する。なんというか白のゴシックロリータな姿に身をまとい、顔の上半分にはキツネのお面がかけられており、素顔を見ることはできない。スタイルは抜群だった。


詩亜はゆっくりとマイクを口元に持ってきて・・・




「・・・みなさん、本日はわがサークル「ハーヴェスタムーン」のライブに来てくださって本当にありがとうございます。みなさんにいっぱい、いーっぱい歌を届けられたらって思ってます!よろしくお願いします!」




ウオオオオオ!




「まずは1曲目、これは私の好きな人が「一番好きな曲」と言ってくれた曲です。Fragment歌います!」




「(いきなりFragmentだって?!嬉しすぎる!)」




彰人のテンションは早くもMAXになっていた。そしてイントロが流れ始める・・・


そんな時、偶然か詩亜と目が合った。すると彼女は優しく微笑んだ。


彰人のテンションゲージはMAXになる。憧れの詩亜がこちらを見ていたのだ。




詩亜は静かに歌い始めた。それはCDに収録されているのとは若干違う始まり方。


今日のライブでしか聞けない、彼女なりのアレンジバージョンだ。


そうしてサビにかかる。曲の盛り上がりも最高潮だ。




「(喉からハイレゾ音源・・・!)」




なんて美しい声なんだろう。CDが悪いわけでは決してない。生歌が綺麗すぎるのだ。こんなん、また聴きたくなってしまう・・・!


彰人の隣にいたクウカは蕩け顔になっていた。詩亜の生歌に感無量のようだった。




そうしてデビュー曲や人気投票で上位の曲など、全13曲を歌い切った。




「はぁ・・・はぁ・・・どう、だったかな?一生懸命歌いました。みんなに伝わってくれたなら嬉しいな」




詩亜サイコー!これメジャーデビューしていいレベルじゃね?好きー!


・・・といった感じで無事にハーヴェスタムーンの初ライブは大成功を収めた。




「それではこのあと物販スペースで限定グッズの販売があります!みなさんくれぐれも走らないようにしてください!大変危険です!スタッフの指示にきちんと従ってください!」




ここで、遅れを取ったら終わりだ。彰人は自分が欲しいのもあるし、城や美智留の分も買おうと思っていた。そうしてなるべく前に行こうとする。


するとどんどん押されてしまって身動きが取れなくなる。左腕に誰かが抱きついているような感触があった。なんだか柔らかい感触もある。確認しようと振り向いてみると小錦クオリティの巨漢の月の民2人に後ろから密着されていた。


ものすごい勢いで彰人を押してくる。抵抗もできずなすがままだ。


左腕の柔らかい感触ってこの小錦クオリティの月の民の腹の脂肪かな、と深く考えないようにした。




そのまま物販スペースのところまで来てしまった。かなり前のほうである。


この位置なら売り切れることはないだろう。彰人は一安心した。なんとかスマホを掲げ、城と美智留、クウカに首尾を伝える。




彰人「物販スペース、前のほうに居ます。会場限定アルバムは確保できそうです」


城「お、マジか!彰人に頼んでいいか?俺はもう買えそうにない」


美智留「私も~。つーかあいつが押すからいけないんだわ!」


彰人「わかりました!一人3枚までなので3枚買いますね!」




しかし、クウカの返事はない。どうしたんだろうか。一人3枚までなので、このままではクウカの分が足りなくなる・・・と思ったのだが、




「(いや、ここは俺が身を引くべきだろう。俺はまた次の機会でいい)」




彰人は3人のために3枚買うことにした。会場に来られない月の民が暴動を起こしかねないくらいネット上でキレていたのを思い出す。


ハーヴェスタムーンはそういった事態になったとき、数量限定で売る場合もある。もちろん、ジャケット写真などが変わっており、会場販売盤とは差別化がされているが。




物販スペースに近づくにつれ列が整列されていき、ぎゅうぎゅうだった感じも緩和されてきた。すると左腕に人がくっついていることがわかった。クウカだ。




「・・・やはり、あなたについてきて正解だった。彰人は主人公属性を持っている」


「は?主人公属性・・・?」




それはまるでライトノベルなどの主人公のことを指すのだろう。彼女はそのまま彰人を見つめて言う。




「詩亜もずっと彰人を見ていた。まるで恋人をみるかのように」


「え・・・いや偶然だろ。あんなに近かったら目も合うって!」


「・・・照れ隠し?」


「いや、だから・・・」




そんな会話をしているうちに物販スペースのカウンターまで来た。彰人はまず、会場限定アルバムを3枚注文した。そしてハーヴェスタムーンのロゴをあしらったアクリルキーホルダーとコースターを買う。全部で1万円。1万円を渡し、お釣りを出さなくていいという配慮だった。




クウカも会場限定アルバムを3枚買った。無事購入できて満足そうだ。


そしてぞろぞろと出口へ向かう人に合わせて退場する。


城と美智留とは建物から出た広場で待ち合わせすることにしていたのだ。




「彰人と知り合ってマジで良かったぜー!サンキュな!今度飯おごるよ」


「彰人くんありがと!再販版より現物よねぇ・・・もう最高すぎ」




城と美智留から商品を渡し、アルバム代を受け取る。二人が喜んでくれてよかった。


そういえばクウカは3枚購入していた。どうするんだろう?彰人は気になって聞いてみた。




「ん、鑑賞用、保存用が2枚全部で3枚」


「おお・・・ガチ勢だなクウカさん・・・」


「む」


「どうしたの?」


「ブラがずれている」


そう言ってその場で服の中に手を入れてまさぐり始める。彰人は見ていたら失礼だと思い目を逸らした。




まさか・・・その状態で彰人の左腕にくっついていたのか?じゃあ、さっきの柔らかい感触の正体は・・・?!


彰人の顔がみるみるうちに赤くなっていく。クウカはそんな彰人を不思議な視線で見ていた。


そんな時、会場の外に聞こえるようにアナウンスが聞こえてきた。




「チケットナンバー0001番の方!今すぐ会場まで来てください!繰り返します・・・」




「チケットナンバー0001って取得可能なのか?俺は7890番だぜ」


「私も5500番。どんな人が取ったんだろ?」


「あ、俺のかも・・・」




城と美智留がスマホの電子チケットを確認する。その中で一人紙のチケットを取り出しナンバーを確認する彰人。それを見た二人は驚愕する。




「は?なんだそりゃ?どんなVIP待遇だよ?」


「電子チケットだけじゃなかったんだねー。でもそれどうしたの?」


「クラスメイトの女の子にもらったんです。その子もハーヴェスタムーンのこと好きだって言ってて」




城と美智留は驚いたままだ。ただ一人、クウカは彰人を意味ありげな瞳で見つめていた。

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