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みすぼらしい姉と天使の妹

 サラは特筆すべき点のない、けれど非があるわけでもない、ごく普通の男爵令嬢だった。普通であるのがどれほど幸福か知らないのは、幼い頃だけだった。


 政略結婚で結ばれたサラの父と母は、お互い穏やかに接していた。ふたりにはいつしか愛情が芽生え、サラが生まれた。

 サラの家は男爵で、貴族としての地位は高くない。贅沢もせず過ごしていたが、そのぶんお互い支えあう家族は仲良く、使用人とも距離が近かった。


 母はいつも愛情をこめた声でサラを呼んだ。


「サラ、あなたは長女だから、世継ぎが生まれなかったら、サラがお婿さんを迎えてこの家を継ぐのよ」

「それもいいな。サラがずっとこの家にいてくれる」


 父は真剣に考えこみ、母はそれを見て笑う。つられてサラも笑った。

 幸せな記憶が多いサラの幼少期は、妹が生まれて徐々に変わり始めた。


 妹は、生まれて数か月もすると目鼻立ちがくっきりとしてきた。誰もが美少女に育つと言い、みんなで可愛がる。

 サラもそのうちのひとりだった。母に抱きかかえられながら、アンジェラと名付けられた妹をあやす。

 歩き出すとみんなでお祝いし、その晩は貴族では珍しく、4人で一緒のベッドで眠った。





 アンジェラが8歳になり、家でパーティを開いて初めてアンジェラをお披露目すると、一気に状況が変わった。


「あ、アンジェラ、ぼくといっしょに歩きませんか」


 男爵が開くパーティに参加するどころか、いつも開催日すら知らない伯爵家の息子が、パーティの招待状を欲しがった。

 その瞬間、父の目に燃える欲の炎を、サラはたしかに見た。


 アンジェラが美しいという評判を聞き、パーティにやってきた伯爵令息は、これからアンジェラが仲良くするべき派閥や爵位の子供を権力で押しのけ、独り占めにした。


 サラには、目もくれなかった。


 まだ幼いサラが母と一緒になんとかパーティを仕切り、終わり間際まで帰ってこなかったアンジェラと、急いで挨拶回りをする。

 父の目に燃える炎は大きくなり、母にも燃え移っていた。


「姉さま……」


 いつもと違う両親の様子を敏感に察知したアンジェラは怯え、すがるようにサラのドレスの裾を掴んだ。たしなめなければいけない行動も、今はサラとアンジェラを繋ぐ、か細い絆に見える。

 サラはアンジェラの手を握り、パーティの終了とお礼を告げる。みなが帰るなか、ひとりだけ残った伯爵令息は、次にアンジェラに会う日を一方的に決めていった。

 父は、にこやかに了承した。




 それからだ。

 アンジェラは美しいと評判になり、たくさんの子息からパーティの招待を受けるようになった。

 家で、強欲が燃え盛る。


 両親も使用人もアンジェラを一番に考えるようになり、これまでとは比べ物にならないほどの金が使われる。プレゼントもアンジェラ宛てにたくさん届くようになった。

 サラはやや放置気味だけれど、愛情が向けられないわけではない。家庭教師がつくと、愛情を求めて必死に勉強した。褒められると嬉しくて、さらに勉強する。

 それに夢中で、両親がサラに会いに来ないことに、しばらく気づかなかった。


「お母さま、見て、先生が褒めてくださいました」

「まあ、すごいわね」


 母の頭をなでる手に、サラは幸福で目を細める。


「それでねお母さま、」

「ごめんなさいねサラ。お母さまは、アンジェラのドレスを選ばないといけないの」

「え……」


 サラの笑顔が凍り付く。

 サラは、最近ドレスを買ってもらっていなかった。社交より勉強を優先させた結果だ。

 両親も勉強をするのを喜んでくれていたし、後悔はしていない。お茶会もご無沙汰だけれど、自分だけドレスを買ってもらえないのは殴られるような衝撃だった。


「アンジェラがいただいたドレスなの。いただきものだから、サラが着ると、贈ってくださった方に失礼だわ」

「そ、うなの……」

「じゃあサラ、またお話を聞かせてね」


 母親は振り返らずに出ていく。

 嘘でもいいから、自分のためにドレスを買うと言ってほしかった。


 サラはこの日、自分から行かないと両親と会うことすらないと、ようやく気が付いた。



・・・



 つらい現実から逃れようと勉強にのめり込み、気付けばサラは結婚適齢期になっていた。徐々に欲に取りつかれた両親はもはや変わり果てていた。穏やかで実直だった面影はもはやない。

 両親の言動を諫めた長年の使用人を追い出し、この家にサラの味方をする者はいなくなっていた。


 アンジェラは、女神のように美しくなった。同性ですら目を奪われる。

 豪華なプレゼントやお金が舞い込み、それだけで家族の生活と使用人の給料を賄って余りあるほどだった。

 アンジェラは男爵だけれど、美しい。それだけの武器で、伯爵、いや公爵、もしかしたら殿下の側室にもなれるかもしれない。

 アンジェラは身分が高い男性にも好意を持たれていたし、実際に王族の側室にという話もささやかれていた。


 そうなると両親にとって、サラは社交をする必要がない存在だった。


「お父さま、わたしもたまにはパーティに出たいの。そろそろ結婚しないと」

「そうだねサラ。でもサラは、アンジェラと比べるとどうしても見劣りするだろう?」

「そう……ですけど、でも……」


 サラはくちびるを噛んだ。


「アンジェラの結婚相手によって、サラが結婚できる人が決まるんだよ。アンジェラより高い身分の相手と結婚するのは、サラには無理だ。貴族にも派閥があるんだよ。おまえの結婚で、アンジェラの邪魔をしてはいけない」


 サラだって、派閥があることくらい知っている。

 家から滅多に出られないだけで、家庭教師の先生から政治の状況や、社交界での話題などを聞いているのだ。


「でもお父さま、わたしは17歳よ。すぐに婚約しないと行き遅れだわ。姉が行き遅れだと、アンジェラにだってよくないはずよ」

「ふう、む……アンジェラの婚約がもう少しで決まりそうだから先延ばしにしていたが、そろそろ考えるとするか」


 考え出した父に追い出され、サラはとぼとぼと自室へ戻った。

 アンジェラのおさがりで囲われた部屋。一度アンジェラが、サラに似合うと持ってきてくれたドレスは、一度着ただけで取り上げられた。

 使用人が両親に密告して、すぐさまやってきた両親の顔は、なにかに取りつかれたように見えた。


「サラ! おまえがアンジェラからドレスを取り上げたのか!」

「ち、違うわ! アンジェラがくれたのよ!」

「そんな言い訳が通用すると思うのか! そもそも、おまえに華麗なドレスは似合わない! なぜ着ている!」

「だから、アンジェラが」

「嘘は聞きたくない!」

「サラ、あなたが新しいドレスを欲しがっていたことは知っているわ。だからって、妹のものを盗むのはよくないわ。返しなさい」

「お母さま……」


 サラが青ざめ、くちびるを震わせているのを、使用人たちは隠しきれない笑みを浮かべて見ていた。

 誰もサラの言うことを信じてくれない。サラを慈しみ、この世で一番の宝物だと言ってくれた両親は、もうどこにもいなかった。


 後日、アンジェラが必死に訴えてくれたのか、サラがドレスを盗んだという疑いは晴れたようだった。

 だが、サラに向けられた言葉は謝罪ではなかった。


「今後、疑惑を招く行動は慎みなさい」

「アンジェラがもう着ないドレスを手直しして、それを着ればいいわ。よかったわね」


 サラは返事もできなかった。心臓を氷で串刺しにされ、粉々に砕け散ったようだった。

 満足に息もできないうちに部屋を追い出され、閉められたドアの向こうで、やわらかな笑い声が響く。

 一家団欒の声。幼い頃、その輪の中心にいたことが、不意に思い出された。

 この家にサラの居場所はない。目をつむっても受け入れられないと叫んでも、サラにのしかかってくる現実は消えたりしない。



 こんな扱いが珍しくなかったからだろうか。

 サラは社交界に出ることなく、田舎の男爵に嫁ぐことが決まった。あまりいい噂を聞かない相手だ。

 ここまで両親からの関心がなくなっていたか、とサラは自嘲する。


 結婚が決まると同時に家庭教師も辞めさせられ、サラの心のよりどころが、またひとつ消えた。



 結婚相手とは、一度も顔合わせをすることがなかった。手紙さえなかった。

 サラは淡々と準備をし、婚姻の一か月前に忽然と姿を消した。





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